第20話 美琴と彩香
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「結局、振出しに戻ってしまいましたね」
そう言って、肩を落とす美琴。
演舞部の活動は、確かに良かった。対人関係と後ろ盾を除けば、そのまま彩香を入部させて……
「あれ?」
そこまで考えて、ふと思う。
隣に立つ彩香に視線を向けると、彩香も首を傾げてこちらを見る。
「どうかしたの?」
「いえ。……無理やり手伝わせていて申し訳ないのですが、彩香さんは部活をどうしたのかと。穂香さんから剣道部に所属していると聞いていたので」
美琴は、彩香と行動することが多い。
それこそ、登下校はいつも同じだ。しかし、帰宅部である美琴と時間を合わせているということは、朝や放課後は剣道部に顔を出していないことになる。
美琴の指摘に彩香はギクリとした表情をして誤魔化そうとするが、すぐにそれを諦めると小さく言った。
「辞めたよ」
その一言にどのような感情が込められていたのか、美琴には分からない。
だが、二年も続けた部活を……それも県大会に出場するほどの腕前を持つ彩香が辞めたとなるとそれなりの事情があるはずだ。
もしかして、自分のせいでは。
そんな考えが美琴の頭に浮かぶ。
「言っておくけど、美琴のせいとかじゃないからね。ただ、私も三年で今年受験があるから……って、その理由じゃ納得できないよね。美琴の手伝いをしているんだから」
自分で言っておきながら、矛盾していると気づいたのだろう。
美琴に向かって苦笑すると、帰路を歩き始める。
「……」
美琴は無言でその隣を歩き始めた。
「……実際のところ、対人関係かな。私が居ると、部の空気が悪くなるし。これでも部では、部長として頼られていたんだよ。今の二年生にも私を頼りにしてくれる子はかなりいた。けど、その子たちのほとんどは部活を辞めて行った」
そう言って、彩香は空を見上げる。
美琴は彩香の横顔を覗くが、その表情は何を思っているのか分からない。
「……」
歯がゆい気持ちだ。
彩香よりも人生経験は豊富なはず。しかし、人との関わりがほとんどなかった『田辺美琴』にも、人の気持ちを有していない冷血機械人間のような『金田誠』にも、彩香にかける言葉が思い浮かばなかった。
「私だって、一人の人間。好意を持たれる人もいれば、悪意を抱かれる人もいる。それを意識しなかったから、自分を慕ってくれた子を気遣うことができなかった」
少しだけ、彩香は自分に似ていると感じてしまう。
それは、彩香が他者の気持ちが理解できないと言っているわけではない。ただ、自分が進みたい道を真っ直ぐに進んだだけ。
その時、後ろを振り返ることも周りを見ることもしなかったのだろう。
「……」
賭ける言葉が思い浮かばず、美琴は押し黙る。
彩香は橋の上で立ち止まると、橋の欄干に手をついて水面を覗く。美琴も同様に緑色に濁った水面を覗いた。
「……まぁ、結局ギスギスした部の雰囲気に耐えられなくなって、逃げただけだよ、私は」
ポツリとそう呟いた。
「そうですか……」
それ以上は何も言わない。
何を言って良いのか、分からないのだ。他人の心というモノが、実際のところ美琴にはよく分からないから。
ただ、悲しそうな表情をする彩香の横顔を見ると、心が痛んだ。
「ただいま帰りました」
彩香とともに、とりとめのない話をしながら帰宅した美琴。
まるで帰宅時間を知っていたかのように、作業服姿の弘人が出迎えた。
「美琴、おかえり。彩香ちゃんもよく来てくれたね」
「お邪魔します。突然、すみません」
「ううん、気にしないで。千幸さんにはいつもお世話になっているんだし」
申し訳なさそうな表情で言う彩香に、弘人は柔和な笑みで答える。
先日のデートだが、千幸が上手くやったようだ。大成功という訳ではないが、朴念仁の弘人も千幸のことを意識し始めただけ大きな進歩だろう。
千幸のことを話す弘人は、自然と口角を上げているのが分かる。
「どうやら、春が来るのも近そうですね」
美琴がそう言うと、彩香は小さく笑う。
だが、弘人はその意味が分かっていないようで首を傾げると……
「何を言っているんだい、もうすぐ五月だよ」
そんなことを言う。
「そのようですね。春が遠のきました」
「クスッ」
ジト目で言う美琴が面白かったのか、噴き出してしまう彩香。
当の本人は意味が分かっていない様子だ。その姿に大きなため息を吐くと、美琴は話題を変える。
「それよりも、魔道具の方は完成しましたか?」
「うん。後は細かな調整だけだよ」
「それはちょうど良かったですね。彩香さん、この後少し付き合ってもらえますか?」
ちょうどこの場には彩香がいる。
まだ、諸々の問題が解決していないが、一先ず調整だけ済ませようと彩香に提案する。彩香としても断る理由がないためすぐに頷き返すものの……
「それは良いけど……。ねぇ、美琴」
神妙な表情で、美琴を見る。
「はい、何でしょうか?」
「いつまでもさん付けだと他人行儀が過ぎると思うの。今さらだけど、呼び捨てで呼んでくれない?」
「……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
美琴が固まっていると、生暖かい眼差しでこちらを見ていた弘人から忍び笑いが聞こえて来る。
「えっと……呼び捨て、ですか?」
「そう。さん付けだと何か距離を感じるんだよね」
「まぁ、それは確かに。ただ、こちらの方が呼びやすいのですが」
嘘ではない。
元の中学では、さん付けは当たり前。誠も目上の人と話す機会が多いため、丁寧な口調を心がけていた。
そう思うと、対等な関係で話し合うのは彩香が初めてかもしれない。
「そうなの? たまに、呼び捨てにしてくれているんだけど」
言われてみれば、記憶にある。
ただ、それは無意識にだ。いざ、呼び捨てにしようとすると、気恥ずかしさを感じてしまう。
しかも、彩香だけでなく弘人も「さぁ。早く、早く」と期待するような視線で見て来るのだ。知らない内に引きつった表情を戻すと、コホンと咳払いをする。
「……さ、彩香」
何だろう、この羞恥プレイ。
物凄く恥ずかしい。ただ、名前で呼ぶだけの行為が、まるで黒歴史を朗読しているような錯覚に襲われる。
きっと、自分の頬は熟れたリンゴよりも赤くなっていることだろう。
平常心を保とうとするが、固まったようにこちらを見る二人の視線に平常心が保てないのだ。
すると……
「「ぐはっ」」
「お父さん、それに彩香さん!?」
二人は、鼻血を出して倒れそうになる。
「も、物凄い破壊力。普段クールだから余計に……」
「うん、ギャップがすごいね。我が娘ながら、先が恐ろしいよ」
未来の父と娘。
二人は何か通じ合うものがあったのか、サムズアップをしていた。その茶番に、美琴は恥ずかしさを紛らわせるように声を上げる。
「どうでも良いので、早く鼻血を拭いて下さい!」
その声は、田辺家に響き渡るのであった。
それからしばらくして、弘人に連れられ二人は作業場に来ていた。
作業机には、一台のスマホ型のデバイスが置かれていた。装飾がほとんどないシンプルなデザインではあるものの、黄色や白を中心としたカラーで質素なデザインが好きな女性には人気が出そうだ。
弘人はそれを取ると、彩香に渡した。
「これが、彩香ちゃん用の魔道具だよ」
「これが、私の……でも、本当にもらって良いの?」
今さらではあるが、魔道具は高価な物だ。
それをただでもらうのは気が引けるのだろう。しかし、心配する必要はないと美琴は満面の笑みを浮かべると……
「ええ、私の代わりに魔法演舞に出てくれるのなら」
そう言った。
色々と手を回してはいるものの、やはり自分は出たくないのだ。ただ、彩香としては実際に貰ってしまうと強く言い出せないのだろう。
口を何度もパクパクさせる。
これで、出場は押し付けられると思ったが……
「美琴を気にする必要はないよ。実際、原材料はコアを除くとほとんどかかっていないからね。美琴は絶対に出場だから」
と、弘人が良い笑顔で言い放つ。
普段は感じられない覇気のようなものに、美琴は何も言い返せなかった。
「そうなの? けど、これでもかなり高いんじゃ」
「まぁ、コアはそれなりに高いよ。でも、この品質だと一万円を少し越える程度なんだ。そうだよね、美琴」
「……まぁ、そうですね。大企業であれば独自の購入ルートを持っているので、五千円程度で一つのコアが買えます。他の材料費も一万円あれば十分に買いそろえられますし」
渋々と言った表情で説明する美琴。
しかし、そのあまりの安さに彩香は驚く。
「いくら何でも、市販は高すぎるんじゃないの?」
弘人が作り上げた魔法具は、並列魔法を組み込んだ物だ。
そのため、現状では市場価格は不明である。しかし、浮遊魔法を組み込んだ時点で、十万は優に超えるだろう。
大企業なら、一台に十万円近くの利益を得ていることになる。
「それが、そうもいかないんだよね。一番高いのは、技術費……魔法式なんだよ。けど、美琴が魔法式を編んでいるからね」
「美琴が?」
まさか、美琴が関わっているとは思わなかったのだろう。
彩香は驚きのあまり目を丸くする。
「あくまで、式を編んだだけです。魔法式として刻印するには、専用の資格が必要ですから私はほとんど何もしていませんよ」
「いやいや、そんなことはないよ。と言うか、美琴は平然と魔法式を編んでること自体が異常なんだよ」
何でもないことのように言う美琴に、弘人がツッコミを入れる。
「まぁ、魔法式についてはどうでも良いではないですか。魔法は二つ。一つは無属性上位魔法【フロート】。もう一つは光属性魔法【ライトソード】。ライトの魔法にアレンジを加えたオリジナルですので、推定ランクは中級の下位と言ったところでしょう」
「オリジナルって……」
「因みにいうけど、原形を作ったのは僕だけど、完成させたのは美琴だからね。我が娘ながら、おかしいよね」
と、どこか遠い目をする二人。
美琴としては、別に可笑しなことをした記憶はない。棒状の【ライト】を【アイスブレイド】を参考にして光属性に作り直しただけだ。それに少し手を加えて複数展開できるようにしただけである。
特に、おかしなところはないはずだ。
「まぁ、そのことはどうでも良いので……【ライトソード】だけ試してみてくれませんか?」
「え、ああ、うん。あれ、【フロート】の方は?」
「慣れないと制御を誤って天井にぶつかる可能性があるので、今日は【ライトソード】の展開だけでお願いします」
美琴の言葉に納得した彩香は、デバイスを両手で持つ。
隣で、「ここで飛んでたよね」などと聞こえるが、美琴は無視した。彩香は緊張しているのか、目を閉じて祈るように魔道具を起動させる。
――【ライトソード】起動
彩香の周囲に光が収束する。
その数、十。
質素でありながら壮麗な雰囲気を纏う光の剣がそこに現れた。
「成功ですね」
「ふぅ……」
美琴の一言に安堵の息を吐く彩香。
そして、少しずつ目を開く。
「す、凄い綺麗な剣……美琴が作った剣とそっくり」
「それを元にして作りましたから。それで、動かせますか?」
「う、動かすの?」
美琴の一言に、表情を引きつらせる彩香。
「当然です、飾りではないのですから」
美琴は早く動かすように促すと、少しずつ光剣が動き始めた。
制御が思った以上に難航しているようだ。十本の剣はスムーズとはいかずぎこちない動きで舞う。
しかし……
「こ、これ……物凄くきついんだけど。本当に動かせるの!?」
「ええ、私も試しましたが、問題ありませんでした。……とはいえ、もう少し調整が必要そうですね」
彩香は美琴の一言に愕然とする。
すると、美琴の肩にポンと手が置かれる。弘人だ。
「彩香ちゃん、取りあえず少しずつなれればいいよ。十分凄いと思うよ、僕なんて二本動かすので限界だから。ただ、美琴が可笑しいだけだから、気にする必要はないよ」
「ですよね!」
と、父親にさりげなくディスられる美琴。
彩香も当然のように同意してくる。
反論しようとしたものの、二人の変人を見るような視線に何も言い返せない美琴であった。
その後、彩香は千幸の帰りが遅いため、弘人の提案もあって田辺家で夕食を食べてから帰宅した。
お風呂から上がった美琴は、不意にパソコンを開く。
メールが一通入っていた。
「……先生」
差出人は『月宮琴恵』
嫌な予感を覚えながらも、美琴はメールを開くのであった。




