第19話 演舞部の練習
週が明けて、月曜日。
練習場所について名案が思い浮かばなかった美琴と彩香の二人は、放課後に信哉のもとへ訪れた。
そして、事情を説明すると……
「そんな伝手あるわけないだろう。俺は、ただの一教員だぞ」
呆れた声色で答える信哉。
「ですよね」
もともと期待していなかったが、やはり伝手などないそうだ。
彩香は落胆したように肩を落とすと、その態度を見かねて……
「まったく。俺がそんな伝手があるような家庭で育ったように見えるか?」
拗ねたように、自虐を始める信哉。
自業自得ではあるが、新型の魔道具を購入したことで家計が厳しいそうだ。「教師は給料が安いんだよ……」などと安月給に文句を言っている。
彩香が失言を悟り美琴に助けを求めて来るが、株で儲けている美琴に言えることはなかった。
すると、何を思ってか……
「普通そう言うのは演舞部の……」
そう言いかけて、信哉は口を噤む。
「どうかしましたか?」
突然言葉が途切れたことに、疑問符を浮かべる美琴。
「いや、演舞部の顧問にでも聞けと思ったんだが」
どうにも歯切れの悪い返答だ。
演舞部の顧問について知らないため、彩香に視線を向けると……
「バード先生にですか? それはちょっと……」
苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「だろうなぁ……」
信哉も、大きくため息を吐いて脱力する。
「誰です、バード先生とは?」
聞き覚えのない名前に、首を傾げる美琴。
学校に通うようになって、まだ十日ほど。関係する教師の名前は覚えたが、それ以外の教師の名前などほとんど覚えていない。
あだ名であれば、なおさら知るはずもなかった。
美琴が疑問に思っていると、二人は顔を見合わせる。
その視線は、互いに「お前が言え」と押し付け合っているようだ。
結局、根負けした彩香が、深くため息を吐くと美琴に説明を始めた。
「バード先生って言うのは、美琴は知らないと思うけど鳳先生のこと。鳳だから、バード。……まぁ、どちらかと言うと、鳥頭だからという方が大きな理由かな?」
「鳥頭、ですか……」
頭は鳥、体は人間。
そんな人間がいるはずもない。おそらく、鳥の頭のように頭が空っぽだという皮肉から付けられたあだ名だろう。
確かに、この理由で付けられたあだ名であれば、同僚である信哉は言いにくいのも仕方がない。
「まぁ、そう言う訳だ。一応、演舞部の顧問をやっている」
「そう、ですか……」
二人の反応からして、鳳という先生はかなり性格に難があるのだろう。
直接会った訳ではないが、伝手を求めるのは難しそうだ。それにそもそも、伝手があるかさえ怪しい。
振出しに戻ったことで気落ちした二人を見て……
「どうせなら、一度演舞部を覗いてみたらどうだ?」
「「え?」」
「理由は分かるが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべるなよ。優勝こそしていないが、大会でそれなりの結果を出す奴もいるんだぞ。見学しても損にはならないはずだ」
「それは……」
確かに、それなら覗いてみる価値はあるだろう。
だが、あそこに顔を出すのは勇気がいる。
今日の昼休みも、どこから嗅ぎ付けたのか「やぁ、美琴。聞いたよ、魔法演舞に興味があるんだって」などと話しかけられた。
しつこく勧誘された挙句、周囲から嫉妬の籠った刺々しい視線が向けられたため、逃げたのは記憶に新しい。
そう言った経緯があるため、美琴も彩香も気が進まないのだ。
そんな二人の内心に気づき、信哉は苦笑を浮かべると……
「まぁ、俺に任せろって。取りあえず、行くか」
そう言って立ち上がると職員室から出て行く信哉。
自信満々な後ろ姿に困惑しつつも、後を追って職員室を後にするのであった。
三人が向かったのは、グラウンドではない。
アリーナと呼ばれる魔法の使用を目的とした室内施設である。全国的に見ればまだ少ないが、数年以内には全国の中高で設置される予定だ。
演舞部は、ここで練習をしている。
西川中学のアリーナは去年建設されたばかり。
最初の授業は他クラスとの兼ね合いもあってグラウンドで行ったため、アリーナを訪れたのは初めてだ。
美琴は、内装に興味深そうな視線を向けて二人について行くと……
「あぁ、二階から覗くんですね」
ふと、彩香がそんなことを言う。
「そう言うことだ。生徒の立ち入りは普段禁止しているがな」
「先生……」
「三沢、よく覚えておけ。大人のルールは建前さえあれば、意外と緩いんだよ。今回は、田辺の部活紹介って言う建前があるから問題ない」
身も蓋もない話をする信哉。
美琴は深く納得するが、まだ中学生でしかない彩香には納得しがたいことなのだろう。白けた目で信哉を見る。
抵抗がない美琴は、そのまま信哉の後に続く。
しかし、信哉の提案は魅力的なものだ。
葛藤があったようだが、信哉の後に続いて彩香も二階へと昇って行った。
「はぁ、罪悪感がすごい……」
「まぁ、そこはあれだ。みんなでやれば怖くないってやつだ。自分一人でやっているわけじゃないから、気にする必要ないぞ」
気落ちした様子の彩香に、信哉は暢気に言う。
だが、気にするなと言われて、気にならないような性格を彩香はしていない。大きくため息を吐いた。
「それ、慣れたらだめでしょ。と言うより、美琴は特に何も思わないの?」
「この程度で罪悪感を覚えませんよ」
日々、弘人に対して感じている罪悪感に比べれば、何と言うこともない。
平然と言い切ると、彩香だけでなく、信哉も表情を引きつらせる。そんな二人の視線に居心地の悪さを感じた美琴は咳払いをすると、話を逸らす。
「それよりも、練習が始まるみたいです」
ステージには、勇気を始めとした複数の少女たちがいる。
ステージの外にいる生徒を合わせると五十人近くいるのではないだろうか。演舞部が人気であることがよく分かる。
「やっていることは、普通なんだ。もっと魔法を使って練習するのかと思った」
隠れながら様子を見ている彩香が、ふとそんなことを言う。
「そりゃあそうだろう。体内魔素は無限じゃないからな。最初から魔法を使っていたら、ばてて練習どころじゃなくなるぞ」
思い出されるのは、授業開始直後魔素切れになったクラスメイト達。
彼らを思い出して、美琴はクスリと笑う。
「確かにその通りですね」
「まったくだ。……ちっ、あいつ相変わらずモテるな」
信哉の視線の先には、女子生徒たちに囲まれている勇気の姿が。
自称、他称ともに年齢=彼女いない歴の信哉の体から、黒いオーラが噴き出す。まるで呪詛のように「リア充滅びろ」などと聞こえて来るが、二人はそれを無視する。
「……それにしても、かなり高性能な魔道具を持っていますね」
美琴が気になったのは、勇気を中心に持っている魔道具が高性能なことだ。
実際に展開しないと魔法式は読めない。だが、最低でも十万は下らないレベルの魔道具なのは一目で分かる。
学校の備品ではないはずなので、個人が用意した物のはずだ。
「前も言ったけど、田辺製作所から融通してもらっているのよ。見てわかる通り、皆容姿が良いから宣伝になるんだって」
「詳しいですね。もしかして彩香も?」
「当たり。関係ない私にまで渡そうとして来たのよ、あいつ」
彩香は視線で勇気を指す。
だが、受け取らなかったのだろう。ただほど怖いものはなく、後で何を要求されるか分かったものではない。
賢明な判断だと思っていると、彩香がジト目でこちらを見る。
「どこかの誰かさんは、断れないようにして押し付けようとして来たけどね」
「……さぁ、誰の事でしょうか?」
普段であれば、平然としている。
だが、やっている事が勇気と同じようなことをしていると思うと、素直に認めたくないのだ。
白々しく視線を逸らす美琴に、彩香はため息を吐く。
「っと、そろそろ始まるぞ。空を飛ぶからもう少し隠れていた方が良いぞ」
ようやく現実に戻って来た信哉が、魔道具を操作し始める勇気たちを見て声を掛けて来た。疚しいことはないのだが、見つかると面倒なため二人は扉に隠れて様子を窺う。
まずは、勇気からだ。
空に飛びあがる前に、光魔法で宙を彩る。そして、空を駆けると踊りを始める。
「……認めるのは癪ですが、思ったよりも使いこなしていますね」
光と共に踊り始める勇気の姿を見て、美琴は複雑そうな表情で呟いた。
世界クラスの実力者かと聞かれれば、首を横に振る。しかし、マイナーな大会であれば、現時点でも優勝を狙えるだろう。
まだまだ拙い点は多い。
踊りはともかく魔法の制御は甘いのだが、それを補ってなお余りある才能が勇気にはあった。
「光属性中級魔法【イリュージョン】か。粋な演出をするねぇ」
光による演出も良いが、それよりも幻影を使った演出だろう。
信哉も嫉妬を抜きにして称賛の声を上げる。
「光の屈折を利用して、幻影を作りだしているのですね」
「そういうことだ。闇属性と言うことは、田辺も得意だろう?」
幻を作りだせるのは、八つの属性の中でも光と闇だけだ。
ただ、闇属性はどちらかと言うと幻よりも空間に作用する魔法だ。そのため、美琴は首を緩く振った。
「確かに、光を吸収して姿を消すことはできます。ただ、どちらかというと空間操作の方が得意ですね」
「……空間系は上位魔法よりも難易度は上なんだが」
「得手不得手ということで。それよりも、もう終わりそうですよ」
そして、踊りは終了する。
三分ほどの短い時間ではあったが、魔素の使用量が多く疲れたのだろう。地上で待機していた少女たちからタオルを受け取ると、汗をぬぐった。
絵になる光景に、隣から「爆発しろ」などと大人げない言葉が聞こえたような気がしたが、美琴は無視して彩香に尋ねる。
「この学校で一番の実力者は、彼なんですか?」
「ううん、違うよ。次の子、水野明美」
彩香が指したのは、水色の髪の少女。
日本人ではあるものの、魔素による異常によって髪の色が変化している。
そう言った人は少なからずいるのだが、西川中学では不思議とその数が多い。見渡す限りでも五人はいる。
美琴が注目していると、明美の練習は始まった。
「彼女は飛ばないのですね」
「うん、浮遊魔法を使うとその間に別の魔法がほとんど使えないからね。その分、魔法での演出がすごいよ」
「なるほど……」
彩香の説明を受けながら、明美の演技を観察する。
素晴らしいのは踊りの完成度だろう。水の羽衣を纏うように舞う姿は、まるで天女のようだ。
「はぁ……。やっぱり明美ちゃんの演技は綺麗だねぇ」
隣では、おっさんのような声で感嘆の声を上げる彩香の姿が。
時折、彩香はそちらの気があるのではと心配になる。本人は否定しているが、美琴も穂香も疑っている。
しかし、彩香が感嘆の声を上げるのも仕方のないことだと思う。
(基本に忠実、初級魔法を使い熟していますね)
美琴が注目したのは、魔法だ。
勇気とは違い、明美は派手な魔法を使わない。どれも初級魔法か基礎魔法のみで、それを自由自在に操っている。
そのため、勇気よりも長い時間踊っているにもかかわらず、その表情に疲労の色はなかった。
「終わり、ですね」
興味深い時間も終わりを迎える。
締めとして高く打ち上げられた水の柱が、会場を彩った。演技の余韻が覚めると、不意に信哉から声を掛けられる。
「んじゃあ、そろそろ引き上げるか。俺も仕事があるからな」
「「ありがとうございました」」
有意義な時間だったが、結局何も解決せずに一日は終わったのだった。




