第18話 彩香と相談
数日後。
美琴は用があって、彩香の家を訪れていた。
その用とは、魔法演舞のことだ。
結局、弘人の技術を周知させるためには、魔法演舞で披露すること以上の名案がなかった。美琴自身、良いアイディアだとは思う。
自分が出場することを除いてだが。
そこで彩香に代理で出場してもらおうと、事情を説明したところ……
「み、美琴が……魔法演舞に出るって!?」
お腹を抱えて笑い始める彩香。
笑い過ぎて過呼吸を起こしている。
美琴は、彩香の態度を不快に思いながらも、疲れたようにため息を吐くと……
「……笑い事ではありませんよ」
「だって、美琴がだよ。弘人さんも面白いことを考えるよね!」
「どこがです」
こちらとしては良い迷惑だ。
確かに、魔法制御には自信がある。だが、魔法演舞は、踊りも合わせて評価される。自慢ではないが、踊りなど一度も習ったことはない。
「それで、本題ですが。彩香さん、私の代わりに父の調整した魔道具で魔法演舞に出場して頂けませんか?」
「うぇ!?」
まさか、自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったのだろう。
先ほどの愉快な表情が一転して嫌そうなものへと変わる。
「意外なことではありませんよ。彩香さんの魔法の技術は中々のものです。それに、運動神経も良いと穂香さんが言っていました。何よりも、彩香さんはお綺麗ですし、間違いなく注目されると思います」
「……美琴に、綺麗って言われてもね。まぁ、嬉しいには嬉しいけど……複雑」
「そうですか? 私は病院生活が長いのであまり健康的と言う訳ではありません。彩香さんの方が人気があると思いますよ」
彩香の言葉に首を傾げる美琴。
確かに、客観的に見て美琴は美少女と呼べるだろう。しかし、彩香と比べると身長も低く、凹凸に乏しい。
彩香の方が、間違いなく舞台映えするだろう。
「……」
しかし、納得できない様子の彩香。
ジト目で見られて、少々居心地が悪かった。
すると……
「美琴ちゃん、それに彩香! 行ってくるから、留守番よろしく!」
下から声が響いて来た。
彩香の母であり、美琴の主治医である千幸だ。互いに顔を見合わせて苦笑してしまう。
「やっと行ったみたいだね」
「ええ、これで少しでも進展があれば良いんですけど」
「う~ん。それは難しそうだね。お母さんは、奥手だし。弘人さん、ヘタレそう」
「否定できない所が辛いですね。……とは言え、進展しそうで進展しない二人の関係を見ると、イライラしますから」
「まぁ。お母さん、今日は気合を入れた服装していたし、少しは期待できるんじゃない?」
「そうだと良いんですけどね」
せっかく設けたデートの機会だ。
有効に活用してもらいたいと思うのだが、何もなく終わりそうな予感にため息を吐く娘二人。
「やっぱり、ついて行った方が良かったかな」
ふと、そんなことを言う彩香。
弘人とは違い、医者である千幸は多忙だ。そのため、容易にデートの機会を設けることはできない。せっかくのチャンスを不意にしてしまうことを危惧しているのだろう。
「親のデートに連れ添う娘など普通いませんよ」
美琴は首を緩く振って言った。
しかし、彩香は納得できないようで……
「けど、二人きりだと不安なんだよね。物凄く……」
「……」
そう言われると、返す言葉もない美琴。
しばらくの静寂の後、美琴は諦めたように言った。
「これについては本人たちの問題です。私たちにできることはもうないでしょう。後は、神に祈るだけです」
「……それもそうか。今から追いかけても仕方ないからね」
後は天に任せる。
そう言って、お茶を飲む二人。
「それで、先ほどの返答ですが。彩香、出場して見ませんか?」
美琴が改まった態度で申し出る。
「忘れてくれなかったか……」などと言うが、当然だ。今日来た本当の目的は、こちらなのだから。
彩香は考えるそぶりを見せると……
「けど、私は魔法具を持っていないよ?」
「それについてはご安心を。既に光属性の並列魔法を組み込んだ魔法具の制作を行っている所ですので」
「出場するって言ってないよね?」
美琴をジト目で見る彩香。
しかし、その視線を気にすることなく涼しい表情で……
「交渉において、外堀から埋めるのは当然ですから」
と、笑みを浮かべて言う。
彩香は頬を僅かに赤くして固まるが、すぐに気を取り直すと……
「き、汚い!? 私が断りにくくなるのを分かって!」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ただ、そうですね。彩香さんが断ると、制作途中の魔道具が無駄になってしまいます」
わざとらしく「困りました」と首を傾げる美琴。
その態度に、彩香は頬を引きつらせる。
「美琴が黒い……。弘人さんが言ってたけど、美琴に交渉させたら相手が可哀想だよ」
「相手の弱みを突くのは基本中の基本。そう、せん……いえ、祖母が教えてくれました。それに、祖母に比べれば私の交渉など児戯のようなものです。常に脅迫されているようなものですから」
「何そのお婆さん!? 滅茶苦茶怖いんだけど!」
「ええ、本当に」
琴恵のことを思い出して、ブルリと肩を震わせる。
何せ、常に考えを読まれるのだ。何か悪事をしていれば、それを盾に交渉を進められるのだから負けることはないだろう。
「美琴が怖がるなんて、相当ね……」
美琴の恐怖心が伝わって来たのか、頬を引きつらせる彩香。
しばらくして、ため息を吐くと……
「良いわ、引き受ける。もともと魔法を使ったスポーツには興味あったし」
「そうですか!」
彩香の快い返事に明るい表情を浮かべる美琴。
しかし、彩香は笑みを浮かべると……
「けど、美琴が参加しないのは不公平だよね? 言い出しっぺなんだし」
「え?」
続く言葉に嫌な予感を覚える。
言い出しっぺ、つまり最初に提案した人。彩香にこの話を持ちかけた人と言う意味では、美琴が該当するだろう。
と言うことは……
「条件として、美琴の出場を提案します。美琴が出ないのであれば、私は出ません」
「……」
唖然。
これでは、何のために話を持ちかけたのか分からない。硬直していると、さらに畳みかけるように言った。
「それと、一つだけ聞きたいのだけど。練習場所はどうするの?」
「学校、ではないのですか? 西川中学には、演舞部という部活があると聞きますし」
演舞部とは、魔法演舞の練習をする部活だ。
基本的に魔法の使用は、関係する工場や研究所、一定の許可を得た場所に限られる。一部魔法を除くと、一般人による路上での魔法の使用は原則禁止されているのだ。
だからこそ、ちょうど部活のある学校を選んだのだが……
「それは、やめておいた方が良いわよ」
と、真面目な表情で首を振った。
「何故です?」
理由が分からず、尋ねる。
「中学一有名な『西川と不愉快な仲間たち』がいるからよ。その取り巻きの中の一人に、部長がいるからね。私たちが入ったらどうなるか、分かるよね?」
「……」
美琴は言葉を失う。
西川勇気は、ことあるごとに美琴や彩香、そして穂香に関わろうとする。だが、それは彼に好意を寄せている少女たちからすれば面白くないのだろう。
まともに練習できないだろう。
次から次へと重なる問題に、眩暈がする。
「それに、あの部活は田辺製作所がスポンサーについているようなものだからね。弘人さんの魔道具で出場するのは難しいと思うよ」
「は?」
何故その名前がここで出て来るのだろう。
しかし、有名な話のようで「知らなかったの?」と彩香が尋ねて来る。
「西川勇気の父親が、田辺製作所の社長なの。美琴の事だから、知っていると思ったんだけど」
「……西川」
美琴の脳裏に浮かぶ、一人の男性。
誠が社長だった頃、取締役専務を任されていたナンバーツーだ。だが、西川と言う苗字はありきたりで、勇気がハーフだったこともあって気づかなかったのだ。
だが、そんな息子がいるなど聞いたこともない。すると……
「あいつの女好きは父親譲りらしくてね。愛人との間に出来た子供みたい。……親子そろって、毎晩家に女を連れ込んでいるよ」
「何でそんなことを知っているのですか?」
「そりゃあ、近所だし」
そう言って窓から一際大きな建物を指さした。
三沢家も随分と大きいが、その家はその倍以上ある。もはや邸宅と言っても良いだろう。あそこに、西川親子が住んでいるようだ。
「美琴、顔赤いけど大丈夫?」
生々しい話に、顔が赤くなっていたのだろう。
美琴は当然だが、誠はまじめすぎるが故にこう言った話に免疫がない。恥ずかしそうにしていると、彩香が苦笑した。
「と言う訳で、演舞部に入ると襲われちゃうよ」
「揶揄わないで下さい……」
想像しただけでも、背筋がゾッとする。
寒気を覚えて、無意識に肩を抱いてしまう。やはり、あの男には金輪際関わらないようにしようと心に決める。
「と言う訳で、練習場所をどうするか。一番は、魔法演舞を教えている場所へ行くことだけど……」
「有料と言うことがありますが、予約が一杯でしょうね」
魔法演舞は、魔法を使ったスポーツの中では一番歴史が古い。
マイナーなスポーツに比べれば教える場所も多いのだが、メジャーであることで人が集まるのだ。
「私が出場する云々についてはさておき……」
「それ、絶対だからね」
美琴の言葉を遮って、強い口調で言う彩香。
その目は本気だった。思わず、美琴は視線を逸らしてしまう。
「コホン! とにかく、場所をどうにかしないといけませんね」
「あと、教育者ね。踊りを独学でやるのは難しいし」
「私としては、踊りはいらないので並列魔法を使って頂ければ……」
美琴の目的は、優勝ではなく魔道具のデモンストレーションだ。
別に踊る必要ないと思うのだが……
「やるなら全力! そんなことで、注目されるわけないよ!」
「……そうですね」
彩香は、いつにもまして真剣な表情を浮かべ詰め寄る。
その気迫に思わず後退ってしまう。
「んとなると、場所と教育者。やっぱり、演舞を教えるクラブを探すのが一番かな。伝手があれば一番なんだけど。信哉先生が頼りにならないかな……」
考え始める彩香。
一方で、美琴には一人だけ頼れる人物が思い浮かぶ。だが、それは最終手段だ。その考えをなかったことにし、彩香と共に頭を悩ませるのであった。




