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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
月宮の血統
17/92

第17話 今後の方針

 数日が経ち、田辺家に一通の手紙が送られて来た。

 差出人は田辺製作所。おそらく、書類審査の結果だろう。開封しなくても結果は分かっているが、弘人は緊張した面持ちだ。


「じゃあ、開けるね」


「ええ、どうぞ」


 落選するはずがないのだ。

 美琴がさっさと開けろと思っていると、弘人が小粋なペーパーナイフで封筒を切る。中から出て来たのは、一枚の紙。

 弘人は、静かに返信を読み始める。すると……


「……落ちたみたい」


 肩を落として、苦笑する。


「はい?」


 訳が分からないと言った表情をする美琴。

 弘人から手紙を取ると、一字一句見逃さず何度も読み直す。それは、間違いなくお祈りメールならぬ、お祈りレターだった。

 

「な、何故……」


「仕方がないよ、そこにも書かれている通り技術力が足りないみたい。やっぱり、僕程度の技術者だと、やっぱり駄目みたい」


 困惑する美琴に、仕方がないと首を振る誠。

 だが、そんなことはあり得ないのだ。


「お父さんは静かにしていてください!」


 頓珍漢とんちんかんなことを言い始める弘人をぴしゃりと黙らせる。


「は、はい!」


 美琴の剣幕に、裏返った声で返事をする。

 込み上げて来る怒りを抑えながら、美琴は冷静に考え始める。

 美琴の知る限り、弘人の技術力は世界でもトップクラス。技術不足など、あり得るはずがない。

 だとすれば……


(まさか、出来レース)


 あらかじめ、通過者が決まっていたのではないか。そんな考えが浮かぶ。

 だが、その考えは一瞬で棄却する。


(それよりも、名前ではじかれた方が可能性は高いですね)


 就活では、就活生を学校で選ぶということがある。

 ある程度名前が知れた学校以外は、履歴書を読まれることなく落選するそうだ。それと同じように、読まれることなく落選したのではないか。

 だが、就活生のように数が膨大と言う訳ではないはずだ。

 零細企業だからと言って、目を通さずに処理するなど……


「ふ、ふふ、ふふふふ……」


 ああ、なんて言うことだろうか。

 自分がいない間に、随分と腐敗が進んでしまったようだ。一度熟した果実は、そのまま腐り落ちるだけとはよく言ったものである。

 一度吹き返したはずの田辺製作所は、再び堕落への道を進み始めている。

 そう考えると、笑いが込み上げて来た。


「み、美琴さん……」


 どこか恐ろしい者を見たかのように、恐縮した様子で弘人が声を掛けて来た。


「はい、何でしょうか?」


 満面の笑みを浮かべる美琴。

 弘人は、何故か表情を引きつらせる。


「い、いや、何でもないよ?」


「そうですか」


 そう言って、手紙を破き始める美琴。

 ビリビリと何回も、何回も……。細切れになって、机の上に落ちて行く様子を見て「ひっ」と弘人は小さな悲鳴を上げる。

 しかし、怒り狂った美琴にその声は届くことはない。

 封筒も同様に破り捨て、最後はまとめてごみ箱に捨てた。


「はぁ……」


 まったく気分は晴れない。

 深く重いため息を吐くと、椅子に深々と座り込んだ。


「……これからどうしましょうか?」


 金銭的には余裕がある。

 先日の無駄な出費は痛いが、それなりに余裕がある。

 ただ、弘人の仕事は不定期で、その収入は微々たるものだ。そのため、どこかの企業の下請けになりたかった。そうすれば、仕事が安定し、毎月一定の収入を得られる。

 それに……


(先生に借金を返すとなると……)


 美琴が最も懸念しているのは、借金の返済だ。

 琴恵が受け取るのは、弘人が魔道具で稼いだお金から。並みの中小企業の下請けでは、早々返済することはできない。

 その間に、利子としてどんな無理難題を要求されるか分かったものではないのだ。


 では、どうするか。

 他の企業を探すべきか、そう考える。

 だが、基本的に応募を受け付けていないため、田辺製作所以外美琴の要望に合う企業が存在しないのだ。


「美琴、お茶を淹れたよ」


 美琴が頭を悩ませていると、弘人が麦茶の入ったコップを置く。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。力になれるか分からないけど、僕で良かったら相談に乗るよ」


 そう言って、胸を張る弘人。

 だが、何故だろうか。最近では頼りになると思い切っている美琴でも、頼りなく感じてしまうのは。

 だが、自分一人で悩んでも仕方がない。

 そう思って、弘人に相談する。


「今後の方針について、どうしていくのか悩んでいた所です」


「え、このままの状態だとダメなの?」


「下請けの仕事が欲しくはないのですか?」


「あ、はい。凄く欲しいです」


 弘人の仕事は、正直言って凄く暇だ。

 このご時世、よほど物に愛着がなければ修理ではなく買い直しを選択するだろう。そのため、一か月の内仕事のある日の方が少ないのだ。

 下請けで満足してほしくない美琴としては、素直に頷く弘人を見て深いため息を吐く。そして、先ほどの続きを話し始める。


「今考えている案としては、売り込みに行くことですね」


「それって。つまり、企業に直接行って売り込みに行くってこと?」 


「そうなりますね」


 その言葉に嫌そうな表情をする弘人。

 頭を下げることに抵抗はないが、上手く交渉できる自信がないのだろう。美琴が代わりたいところだが、中学生を相手にしてくれる企業などあるはずもない。


「ですが、その方法はあくまで最終手段です。大企業どころか中小企業でも相手にしてくれません。下請けの更に下請けを回してもらえれば良いところです」


「世知辛いね」


「そう言う世の中ですから。と言う訳で、他の方法を考えているところです」


 美琴が説明をすると、弘人は天井を見上げて考え始める。

 すると、何か思いついたのか美琴を見て言った。


「それなら、この現物を見てもらえば良いんじゃない?」


「それはそうですが、どうやって見せるのですか?」


 確かに、並列魔法を見てもらえば、向こうから寄って来てくれるだろう。

 だが、問題はどうやって見せるかだ。書類選考でさえ相手にされないのだから、不可能に近い。

 すると……


「路上で披露するとかは?」


 意外な発言に、美琴は唖然とする。


「……捕まりますよ」


「え、そうなの? でも、よく路上ライブとか見るけど」


「あれは、しっかりと許可を貰っていますから。魔法を使ったものとなると、さらに厳重なチェックが必要です。それにそもそも、そのまま通り過ぎて行くのが関の山でしょう」


「名案だと思ったんだけどなぁ……」


 美琴の説明に、弘人は肩を落とす。

 そして、もう一度考え直すがなかなか思い浮かばない。

 しばらく二人で頭を悩ませていると……


「美琴、気晴らしにテレビをつけても良いかい?」


 普段ならこんなことは聞かない。

 だが、美琴が集中しているからだろう。気をつかって許可を求めて来る。


「ええ、どうぞ」


 美琴としても異存はない。

 それに気晴らしにでもなるかと思って、テレビ画面に視線を向ける。


『お値段、何と九千八百円! 九千八百円です!』


 ちょうど通販番組だった。

 場を読まない番組に、美琴はクスリと笑ってしまう。


「最近話題のハンディーアイロンですか」


 美琴は、場を和ませるように「買おうか悩んでいるんですよね」と言う。


「面白そうではあるけど、実際使えるか分からないからね」


「はい、テレビ通りなら欲しいんですけど。チャンネル変えません? この時間なら、午後ドラがやっているはずです」


「ああ、サスペンスがやっているね。美琴、好きだもんね」


「人並み、だと思うのですが……」


 言われてみれば、確かによく見ている。

 意外と犯人当てが好きなのだ。人の心が分からない誠の影響・・だろうか。そんなことを思っていると、弘人がチャンネルを変える。

 ちょうど新作魔道具のCMの途中だ。


「はぁ……。テレビで宣伝できれば、楽なんですけどね」


「え?」


「どうかしましたか?」


 美琴がつい口にした言葉に驚く弘人。

 今の発言が可笑しかったのだろうか。疑問に思って尋ねると……


「魔法演舞に出ればいいんじゃないの? あれは、規定さえクリアしていれば、どの魔道具も使えるはずだよ」


「あっ!」


 弘人の指摘に、美琴は声を上げる。

 テレビとなると、それなりに大きな大会に出場しなければならない。だが、地方で開かれる小さな大会でも企業関係者は見に来ているのだ。


「魔道具さえ披露出来れば、関係者なら並列魔法に気づくはずですね。そうすれば……」


 田辺製作所でなくとも、他の企業が存在する。

 大会の規模が大きければ、外国企業の関係者もいるはずだ。そこで、弘人の技術力を披露出来れば間違いなく仕事が回って来る。

 しかし……


「問題は出場選手ですね。有名選手に伝手があれば、良いんですけど……」


 そう、美琴の知り合いに魔法演舞出場者はいない。

 見ず知らずの他人のために、無名の魔道具を使ってくれる選手などいるはずがないのだ。せっかくの名案だと思い、肩を落とすが……


「それなら、美琴が出場すれば良い。そうすれば、解決だね」


「は?」


 今、この男は何と言ったのだろう。

 誰が、出ると? 困惑する美琴だが、徐々に弘人の言っていることを理解し、慌てたように立ち上がる。


「待って下さい、私には無理です! 不可能です!」


「美琴なら案外いい線行くと思うよ? それに可愛いから、きっと話題になると思うよ」


 と、これは名案だと笑みを浮かべる弘人。

 しかし……


「それを身内贔屓みうちひいきというのです!」


 美琴は、断固反対である。

 何よりも恥ずかしいのだ。だが、弘人も引く気は無いようで……


「けど、この並列魔法。誰にでもすぐ扱えるとは思えないけど。僕もようやく扱えるようにはなったけど、美琴ほど上手に扱える気はしないよ」


「それは……」


 弘人の正論に、美琴は言葉に詰まる。

 そこに追い打ちを掛けるように、弘人は満面の笑みを浮かべて言った。


「それに、耐魔素性の的を初級魔法で壊しちゃうくらい魔力量も多いみたいだしね」


「うぐっ」


 先日の失態を思い出して、うめき声を上げる。


「それで、美琴。どうするの?」


「……」


 勝ち誇った表情を浮かべる弘人。そして、敗者の表情を浮かべる美琴。田辺家で初めて父が娘に勝った瞬間だった。








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