第16話 魔法学(下)
どうにか二話でおさまりました。
それからしばらくして。
グラウンドの片隅では、信哉を中心に生徒たちが半円状に集まっていた。魔法学の実技授業が楽しみなのだろう。男女関係なく、魔道具を使う瞬間を今か今かと待ちわびている。そんな生徒たちを一瞥すると……
「さて、魔法学の実技授業を始める前に、先におさらいをしておこう」
信哉の第一声に、ブーイングが飛ぶ。
まさかのお預け。中学の授業は一限当たり五十分で、既に授業開始から五分が経っているため、これ以上短くなるのが嫌なのだろう。
不平不満だけではなく、信哉に対する誹謗中傷の発言が飛び交う。
「様式美みたいなものだから仕方がないだろう。初回の実技なんだから、我慢してくれ」
慣れたものなのか、おざなりな態度で対応する信哉。
これ以上ヤジを飛ばしたとしても意味もない。返って授業時間を短くするのだと理解した生徒たちは、渋々だが聞く姿勢を取る。
それを見届けた信哉は、早速とばかりに質問を始めた。
「んじゃあ、基本からだな。魔法とは何か、それについて誰か答えてみろ」
と言うものの、誰からも手が上がらない。
信哉は仕方なしと、手前に座る男子生徒を指名した。指名された男子生徒は嫌そうな表情を浮かべるものの、周りに後押しされて立ち上がる。
「えっと、体内に存在する魔素を呼び水として大気中に存在する魔素を変換する、技術?」
「その通りだ。魔法とは、自身の持つ魔素で大気中の魔素を操り、魔法式に則った現象へと変換する技術だ。じゃあ、そうだな。そこで眠そうにしている高田、魔素とは何か答えてみろ」
「げ」
先ほどから我関せずの態度を貫いていた穂香。
前から見れば一目瞭然なのだろう。指名されたことで、「面倒」の二文字が穂香の表情から窺える。
美琴を挟んで隣に座る彩香が視線で促すと、穂香はのろのろと立ち上がると……
「とにかくすごい力の源」
堂々と言い切った。
「……すまん、聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「訳の分からないスーパーパワー」
またしても堂々と言い放つ。
いったい、穂香の自信はどこから来るのだろうか。穂香は出番が終わったと悠々と腰を下ろした。
対して、唖然とした表情をしている信哉を見て、生徒たちがクスクスと笑い始める。
「……」
信哉は眉間を抑えた。
きっと、説明になっていないとでも思っているのだろう。信哉は大きくため息を吐くと説明をする。
「高田の説明はあれだが……まぁ、間違ってはいないな。魔素とは、ありとあらゆる生物が体内に有しており、大気中に酸素と同じように存在する。エネルギー枯渇問題が深刻化する地球において、解決策となる再生可能なエネルギーだ。ただ、研究は途中段階であり分からないことが多いエネルギーでもある。魔法が使えると言うのは、あくまでも一側面に過ぎない」
そう言って締めくくると、信哉は今度生徒たちが持つ物とはデザインの違う魔道具を取り出した。初めて見るタイプの魔道具だったからか、生徒たちの目が好奇心に染まる。
「先生、それ新しい魔道具ですか?」
「ああ、俺のポケットマネーで購入した最新モデルだ。滅茶苦茶高かったんだぞ」
フォルムは、一般的とされるスマホ型。
赤茶色を基調として黒と金で装飾されており、見るからに高そうなデザインだ。男子生徒から「見せて、見せて」などと声が飛ぶが、信哉は一切無視して魔道具を操作し始めた。
すると、魔法は起動しない代わりに数字やアルファベット、記号などの文字列が現れる。
「これが魔法式だ。魔法式については……そうだな、田辺。説明できるか?」
指名されてすっと立ち上がると、視線が集中する。
居心地の悪さを覚えながらも、淡々と説明を始めた。
「魔法式とは、魔素を使って現象を生み出すための設計図です。従来、魔法式には環境データや座標指定、範囲選択など様々なファクターを入力する必要がありました。しかし、最近の魔法式は重要なファクターを人間の五感より抽出し、魔素を使用者の意図に即した現象に変換できるようプログラミングされています」
美琴が説明を終えると生徒たちから「おぉ……」と感嘆の声が上がる。
「……詳しいな、俺が説明することは何もないぞ」
「父が魔道具を作っているので、その影響です」
「なるほどな。……因みに、この魔法式がどんなものか理解できるか?」
普通の中学生は、魔道具に用いられるM言語を理解していない。
この質問を信哉からの挑戦だと受け取った美琴は、魔法式を見つめ始める。
(環境データが多いですね。となると、周囲の環境に影響を与えるものと考えるのが妥当でしょう。地属性で規模は、中級。力のベクトルまで設定されているとなると……)
それらの条件に当てはまる魔法は一つしかない。
「……地属性中級魔法【グラビティ】でしょうか。おそらく、ドイツのヴェルテンベルク社のものですね」
「そこまで分かるのか!?」
信哉は驚愕のあまり、これでもかと目を見開く。
どうして分かったかと尋ねられ……
「ヴェルテンベルク社は、魔法式に少し癖がありますので。それに、先ほど先生は最新モデルといわれたことから、確証を得ました」
「……なるほどなぁ」
呆れたような声で何度も頷く信哉。
これは勝負ではなかったのか。そう思ったのだが、よくよく考えれば勝手に挑戦だと受け取っただけで勝負のつもりはなかったのだろう。
虚しさを覚えながら、そのまま座り直す。
「さて、おさらいはここまでにしよう。今日は、的当てをやるから一列に並んで待っていろよ」
それからいくつか質問をすると、ようやく実技に入る。
待ちわびていた男子生徒たちは、勢いよく立ち上がると我先にと的の前に並び始める。美琴たちも最後の方に並んだ。
的当てとは、その名の通り十五メートル先に立てられた的に魔法を当てるだけだ。
実技授業の目的は、魔素の制御にある。そのため、期末には実際にこの的を使ってどの程度正確に魔法を飛ばせるのかという試験があるそうだ。
実際、今の中学生がどの程度正確に魔法を飛ばせるのか気になった美琴は、興味深そうに体を乗り出して前方を見る。
「んじゃ、最初の一発はどの程度か見たいから一人ずつやれ。その後は残りの四つの的で十発撃ったら交代だ。体内魔素が、つきそうになるまで好きにやってくれ」
ゴーサインを出す信哉。
すると、先頭の男子が軽く体をほぐして魔道具を持つ手を的の方へ突きだした。
「行くぞ! ファイアーキャノン!!!」
気合十分。火属性中級魔法【ファイアキャノン】は授業内で扱う魔法の中では最上位に位置する魔法だ。
まさか、いきなり見れるとは思わず美琴は目を見開くが……
「は?」
放たれるのは、直径十五センチほどの炎の砲弾?
力なくヒュロロロと人魂のように的へと向かって行く。しかし……
「消えましたね」
「ノオオオオオオ!!!」
美琴の声が響くや否や、【ファイアキャノン】らしき魔法を使った男子生徒はひざを折る。すると、後ろに控えていた男子生徒が不敵な笑いを浮かべて肩を叩いた。
「情けないな、二年の時と変わっていないではないか」
「くっ。今のは調子が悪かっただけだ! ……うぷ」
「ふっふっふ、そこで見ているが良い。俺は、遂に氷魔法を使えるようになったのだ」
二人目の男子生徒は、そう言って的の前に立つ。
そして、両手で魔道具を突き出すように構えると……
「アイスブレイドォー!!!」
言うだけあって、勢いよく発射された氷の剣。
それは、途中で落ちることなく的に命中した。しかし……
「小さくないですか?」
そう、放たれたのは、お子様ランチについているような剣。
鉛筆よりも遥かに細くて短いのだ。美琴の小さな呟きが聞こえたのか、周囲に笑い声が響き渡る。そして、当の本人は……
「ぐっ、もう魔素が……」
一人目の生徒同様に魔素が枯渇したのだろう。
吐き気があるようで膝を突くと口元を抑える。その姿を見て、信哉は呆れを隠そうともせず言った。
「阿保。あんな大道芸一発で魔素を使い果たすなよ。二年の時と同じように追試確定だぞ」
「無念……」
そう言ってよろよろと歩き去る。
信哉はその男子生徒から氷属性の魔道具を回収すると、代わりに【ライト】の魔法を渡していた。
最初から、そちらを持って行けば良いのに。
美琴だけでなく、誰もが思ったに違いない。すると、前に並ぶ彩香と穂香が美琴に声を掛けて来る。
「この後五人くらいは同じ結果だから気にしない方が良いよ」
「うん、いつものこと」
「そうですか……」
彩香と穂香の言う通り、続く五人ほど一発撃って退場して行った。
魔素が枯渇したことで吐き気があるのだろう。グラウンドの隅で互いに肩を寄せ合って口元を抑えている。
本当に何しにきているのだろう。
彼らから視線を外すと、他の人たちを見る。
「初級魔法であれば、十分に使いこなしているみたいですね。ほとんどの人が命中させています」
最初の六人は例外として、それ以外は普通に魔法を使えていた。
同じ初級魔法の中でも難易度が高いものもあり、美琴は思わず感嘆の声が出てしまう。どんどん列が進み、遂に彩香の出番が回って来た。
「三沢、一応光属性の魔道具を回収しておいたが使うか?」
「いえ、これで大丈夫です。では……」
彩香は信哉の申し出を断ると、魔道具を片手に的の前に立つ。そして、特に構えることはなく……
「【ファイア】」
そう短く唱えると、彩香の目の前に直径五十センチほどの火の玉が形成されていく。
基礎魔法だと言うのに、今日見た中では魔法の規模が一番大きい。
【ファイアキャノン】もどきとは比べ物にならない完成度だ。美琴はそれを見て……
(彩香に、イメージモデルを頼みたかったですね)
田辺製作所の新作魔道具のイメージモデルをやって欲しかったと思ってしまう。
どうでも良い事を考えていると、【ファイア】の魔法は完成し火の玉は安定した球状にまとまる。
そして、彩香が腕を振ると、まるで的に吸い込まれるように火の玉が飛んで行った。
ゴウッ!
耐魔素性の材質で作られた的にぶつかった瞬間、音を立てて燃え盛る。他の者たちも手を止めてその光景に見入ってしまう。
「流石だな。基礎魔法でもここまで扱える人は少ないぞ」
「いえ、そんなことはないですよ」
謙遜したように苦笑を浮かべると、そのまま他の四つの的の列に並ぶ。そして、次は穂香で的の前に立つとすぐに……
「【ウインド】」
穂香は、腕を振るう。
それと連動するように小規模な突風が発生し、的を揺らした。
(早いですね)
美琴は目の前の光景に舌を巻く。
彩香ほど威力はない。だが、起動速度は間違いなく彩香よりも早かった。
「普段の行動は遅いくせに、魔法だけはこんなに早いんだよ」
「面倒だから?」
「面倒って……ああ、何か納得だな」
信哉は、穂香の返答に深いため息を吐く。
「んじゃ、あと美琴だけ。頑張って」
「最後は、地味に嫌ですね」
最後と言うこともあって、視線が集中しているのだ。
居心地の悪さを覚えながらも、【ライト】を発動させようとしたが……
「あっ、田辺。出来れば氷を使ってくれないか? 同じ学年に氷魔法の使い手がいないから、出来れば一度見せてもらおうかと」
信哉が先ほど回収した氷属性の魔道具を美琴に渡してくる。
その時に、「俺が……うぷ……いる、ぞ」などと聞こえて来たが、おそらく幻聴だろう。特に断る理由もないため、美琴は氷属性の魔道具を受け取る。
「因みに何か特技があるなら、披露しても良いぞ」
「特技って……ああ、それなら」
無茶ぶりだと思ったが、ふと名案が浮かんだ。
先ほどの意趣返し、そもそも自分の思い違いだったが、少し信哉の度肝を抜かしてみたくなり、クスリと笑うと的の前に立つ。
周囲の視線が集まるなか、美琴は瞑目して集中力を高める。
――【アイスブレイド】、起動
「……うわぁ、綺麗な剣」
誰かの声が聞こえる。
しかし、本番はここからだ。弘人が作った【光剣】は最初から複数作り出すことを想定していた。
一方で、【アイスブレイド】は一本の剣を作り上げるだけの魔法。複数作り上げることはできないはずだが……
――【アイスブレイド】、再度起動
美琴は、完成した氷剣を飛ばさずキャンセル。
残された氷剣を支配下に置くと、もう一度最初から魔道具を起動させた。
「まじか……」
誰かの唖然とした声が聞こえて来る。
おそらく成功したのだろう。美琴は目を開くと、美琴の両サイドに蒼い流麗なデザインの剣が二振り浮かんでいた。
「行け」
美琴がそう言うと、二振りの剣は剣先を的に向け、一直線に飛んで行くと……
ズサッ! ズサッ!
いとも容易く耐魔素性の的を貫いた。
それから数拍おいて……
「なに今の!?」
「本物の氷魔法だ! すげぇ、綺麗!」
「しかも、あの的貫いたよ! あの西川君でも壊せなかったあの的をだよ!」
「田辺さん、凄すぎるでしょ!」
「それでこそ……うぷ……俺のライバル、だ……」
溢れんばかりの大歓声が巻き起こる。
誰もが興奮したように声を上げ、見事に貫かれた的を見ていた。
しかし、当の本人はと言うと……
「……」
その場に膝を折り、青ざめた表情を浮かべている。
そして、思う。
(や、やりすぎました……。弁償、ということには……ならないですよね?)
幸いなことに、美琴の懸念は杞憂に終わる。
簡単な注意だけで済まされたが、監督教師である信哉はそうはいかないようだ。美琴は、少し居た堪れない気持ちで、職員室で叱られている信哉を見るのであった。




