表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
月宮の血統
15/92

第15話 魔法学(上)

誤字報告、ありがとうございます!

 入学式から数日が経ち、本格的に授業が始まった。

 転校生が珍しいようで休み時間には机を囲ってクラスメイト達が集まって来たが、ようやく収まって来たようだ。

 美琴は、数学の教科書を片付けていると前の席に座る穂香が、声を掛けて来た。


「何で数学があるんだろう。別に算数だけでも生きて行けると思うんだけど」


 辟易へきえきとした様子で言ってくる穂香に、美琴は苦笑を浮かべる。


「確かに、私生活では加減乗除が分かれば十分でしょうね。ただ、数字が綺麗にまとまった瞬間、美学を感じませんか?」


「数学の美学って。うわぁ……」


「人を変態のような目で見ないで下さい。失礼ではないですか」


 美琴はため息を吐くと、外へ出て行くクラスメイト達を眺める。


「それはそうと、次の魔法学の授業は外でしたよね」


「うん、実技みたいだから」


 穂香は、「面倒……」と言って体を伸ばす。


「まぁ、確かに体操着に着替えるのは面倒ですよね。しかも、洗濯物が増えますし」


 美琴としては、魔法学の授業に興味がある。

 しかし、実技で着替えるとなれば話は別だ。言葉に出さないものの、女子と一緒に着替えるのは抵抗がある。

 女子トイレに入ることにも良心の叱責しっせきがあり、良心の呵責にさいなまれる日々を送っている。

 思い出しただけで、申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。

 罪悪感から、机に頭をぶつけたい衝動に駆られる。美琴の体を思って自制をするが、気持ちが晴れず悶々としてしまう。


「彩香が言っていたけど、美琴は家事をしているんだっけ?」


 すると、思い出したように穂香が言う。


「ええ、まぁ。うちは、父子家庭ですから」


「……デリカシーに欠けた?」


 美琴が言い淀んだことで、失言したと思ったのだろう。

 だが、美琴は自己嫌悪に陥っていただけで、申し訳なさそうに言われると、こちらのほうが申し訳ない気分になってくる。


「気にしませんよ。ただ、帰った後が大変だなと思っただけです」


 気を取り直すと、笑みを浮かべて首を横に振った。

 すると、先ほどの授業の片づけを終えた彩香が、体操着の入った袋を持って、美琴たちの近くにやって来る。


「美琴、それに穂香。そろそろ移動したほうが良いんじゃない?」


「着替えの時間があるから、多少配慮される。ゆっくり行けば良い」


「そうはいかないわよ。実技だと、魔道具は先着順だから。最後の方だと、基礎魔法しか残っていないわよ」


 と、呆れたように言う。

 穂香は気だるげな表情を浮かべつつ、次の授業の支度を始める。


「そう言えば、魔道具は貸与されるんでしたよね。持ち込みは不可なのですか?」


「持ち込みは可能だけど、中学生にはなかなか手が届かない代物だから、持っている人は少ないの」


「うん、安いので二万円以上。競技用であれば十万円以上はする。それなら、新品のゲーム機を買う」


「なるほど。確かに二万円代となると、良い魔法がありませんよね。一般的な【ライト】くらいでしょうか?」


 魔法にも初級、中級、上級とランクがある。

 その中で初歩といえるのが、無属性魔法【ライト】だ。LEDライトのような白色の光球を周囲に浮かせることができる。

 因みに【ライト】が光属性でないのは、適性が異なっても魔素消費量が変わらないからだ。


 ほかには、小さい火種を作り出す【ファイア】の魔法や、わずかな水を作り出す【ウォーター】の魔法がある。これらの魔法は、初級魔法の中でも低位に位置し基礎魔法と呼ばれることが多い。しかし、見た目は地味で人気がない


「【ライト】なら、懐中電灯を買った方が安い」


 穂香の核心をついた一言に、彩香は口元を隠して笑い始める。

 確かに、【ライト】は電池要らずの懐中電灯だ。二万円を出したいかと聞かれると、美琴も百円の懐中電灯を迷わず選ぶだろう。

 それを想像して、美琴は苦笑交じりに肯定する。


「普通に懐中電灯を買ったほうが良いですね」


「でしょ。浮遊魔法が二万円くらいなら買うのに」


「浮遊魔法ですか。最近安くなりはじめていますけど、需要が高いので当分は価格が下がらないと思いますよ」


「……そう」


 穂香は残念そうに肩を落とす。

 しかし、こればかりは仕方がないことだ。需要が高ければ、多少高い値段に設定しても売れる。浮遊魔法ともなれば、高価でも買い手は多いのだ。

 そのため、田辺製作所でも生産がまったく追いついていない状況だった。それを考えると、一般に普及するのはまだまだ先のことになるだろう。


「あっと、そろそろ着替えないと!」


 彩香は笑いから覚めると、時計を見て血相を変える。

 次の授業まで残り十分を切ったのだ。急がないと間に合わないだろう。


「えっと、私は後から行きますので、気にせず先に……」


 さすがに一緒に着替えるなどできない。

トイレで着替えれば良いと思っていたのだが、彩香は呆れたようにため息をつくと美琴の手を引っ張る。


「更衣室の場所を知らないのだから、一緒に行くわよ」


「え、ちょっと待ってください。体操着も持っていないので……」


 断ろうとするが、それは許されなかった。


「私が持っていく」


 穂香がそう言って美琴の体操着を持つ。

 退路を絶たれた美琴は悪あがきを続けるものの、抵抗もむなしく彩香に連れられて女子更衣室へ連れて行かれるのであった。






 更衣室で体操着に着替えると、魔道具を置いてある準備室へ向かった。


「美琴って意外と初心なんだ。美琴が慌てている姿、初めて見たよ」


「うん、まだ顔が赤い」


 彩香や穂香が面白半分に言ってくるが、美琴はそれどころではない。


「ほっといてください。もう、私は人として最低です」


「下着姿を見ただけで、大げさな……」


 彩香が呆れたような目で見てくるが、美琴にとっては逮捕されてもおかしくないほどの罪を犯した気分だ。自分で自分が嫌になって来る。


「三沢たちか、遅かったな。……というより、田辺が今にも自殺しそうな思いつめた表情をしているんだが、何かあったのか?」


 保管庫で待っていた信哉。

 美琴の表情を見るなり、早速のいじめかと身構える。彩香は、苦笑を浮かべて首を横に振った。


「特には何も。ただ、美琴は同性の下着姿に耐性がなかっただけです」


「ああ、なるほど……なのか?」


 信哉は、美琴が女子校出身だからと納得しようとしたようだが、納得できなかったようだ。美琴に怪訝そうな視線を向けて来る。

 とは言え、信哉の方も追求するつもりはないのだろう。保管庫にある残りの魔道具を取り出した。


「うわ、碌なのが残ってないよ」


 彩香が残りの魔道具を見て、ため息を吐く。

 信哉は、苦笑を浮かべて言った。


「まぁ、最後の方だから仕方がないだろう。派手なのは、男子が持って行ったからな。ほら、早く選べ」


 授業用に用意されたスマホ型の魔道具。

 パッケージに入った状態で、裏面にはどのような魔法式が組まれたものか記入されている。

 残り二十台ほどあるが、二人はどう言った魔道具なのか知っているのだろう。すぐに決まった。


「美琴はどれにするの?」


「そう、ですね……」


 無属性初級魔法【ライト】、炎の初級魔法【ファイア】。水の初級魔法【ウォーター】。風の初級魔法【ウインド】。地の初級魔法【ロック】。

 本当に、初歩である基礎魔法しか残っていない。

 美琴はどれにしようかと悩んでいると、「そう言えば……」と言って信哉が尋ねて来た。


「田辺の適正属性を聞いていなかったが、なんだ?」


「私ですか? 私は氷と闇属性ですよ」


「二属性持ち。しかも、氷と闇って……」


 美琴の申告に、信哉は驚いた様子だ。

 彩香や穂香も同様で、唖然とした表情でこちらを見て来る。


「どうかしましたか?」


「いやいや、普通驚くよね!? 二属性持ちなのは、この学校にも数人いるけど。氷と闇ってどっちも上位属性だよね」


 火水風土は基本属性と呼ばれる一方で、氷雷光闇は上位属性と呼ばれ適性を持つ人間は少ない。しかも、その二つの属性を持っているとなれば驚くのも無理はないだろう。

 しかし、美琴が二つ属性を持っているのは理由がある。


(美琴は氷で、誠は闇。そう考えると、少しだけズルをしている気分ですね)


 『田辺美琴』の適正属性は氷であり、『金田誠』の適正属性は当然闇だ。

 冷血無慈悲な血も涙もない腹黒男には当然の属性である。本来氷である美琴に、闇属性が加わったというところだろう。


「そう言う、彩香と穂香の属性は何ですか?」


「私は、光だけど……」


 どこか歯切れの悪い返答だ。

 美琴が疑問に思っていると……


「光は彩香以外だと、ハーレム主人公しかいない。因みに、私は風だから」


「ああ、なるほど。私なら、同じ属性は嫌なので隠しますね」


 学校一のイケメンと名高い、西川勇気。

 普通の女子であれば、同じ属性になれたことを喜びそうなものだが、この三人には迷惑にしか感じられなかった。

 ここ数日の間にも、美琴は勇気からの接触があった。

 執拗以上に絡んでくる上に、遠慮など考えない不躾ぶしつけな態度。しかも、周囲の女子から鋭い視線が向けられるのだ。

 美琴の中の勇気への好感度は、ゼロを通り越してマイナスに突入している。彩香はもちろんのこと、小柄で庇護欲をそそるような可愛らしい容姿をしている穂香にも同様の経験があるのだろう。


「なんつーか、お前らも大変だな」


「そう思うなら、あれを止めて下さい」


「無茶言うなよ。女子どころか教師も敵に回るんだぞ。まぁ、一番嫌な奴はどういう訳か、消えて行ったけどな」


「ああ、あの人か。何でも、点数の水増しとかしていたみたいですからね。四六時中遊んでいるくせに、成績が良かったので可笑しいとは思っていたんですよ」


 二人の会話から、一人の女教師の顔が思い浮かぶ。

 どうやら相当酷い教師がいたそうだ。裏で手を回したであろう元教育者が、その女教師の調査資料を見てどう思ったのだろうか。

 想像しただけでも背筋が凍る。


「それで、どれにするんだ? 一組には氷も闇も適性者がいないんだが、やっぱ残ってないな」


「男子が持って行った。因みに、雷と光もない」


「ったく、あいつら。上位属性は適性がないとすぐにへばるって言うのに」


 常習犯なのだろう。

 美琴以外は誰が犯人か分かっている様子で、大きくため息を吐く。


「それで、美琴はどれにする? 【ライト】が一番無難だと思うけど……」


「そうですね……」


 美琴は顎に手を当てて悩む。

 弘人の魔道具作成に付き合って、美琴は全属性の魔道具を試したことがある。ただ、やはり適正属性とは違って効率が悪い。

魔素保有量が桁違いに多くなったため、どの属性でも特に問題なく使うことができる。だが、適正属性に比べると使用後に疲れるのだ。美琴は、【ライト】が組み込まれた魔道具を手に取る。


「じゃあ、これをお借りしますね」


「すまんな。どうせあいつらすぐに魔素切れになるから、その時にでも奪えば良い」


 信哉の冗談とも本気ともとれる言葉に、美琴は苦笑を浮かべる。


「じゃあ、先に行って待っていろ。あと二人来たら、グラウンドへ行く」


 信哉の言葉に頷くと、三人はグラウンドへ向かうのであった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ