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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
月宮の血統
14/92

第14話 新学期

 冬過ぎて、桜が舞い散るこの季節。

 桜の花びらが散り、道を白く彩っていた。ほのかな暖かさを感じさせる朝の日差しは、建物間から差し込み、アスファルトを照り返す。

 

「ふぁ……」


日光の暖かさが気持ちよく、美琴は小さく欠伸をしてしまう。すると、隣を歩く制服姿の彩香が笑みを浮かべて言った。


「もしかして、学校が楽しみで眠れなかった?」


「……そんな訳ありませんよ。個人的には自宅学習の方が楽でしたから」


 そう言って、美琴はため息を吐く。


 三年に進級した美琴は、新学期から学校に通うことになった。個人的には、片手間に株の売買が出来る自宅学習の方が良かったのだが、それだと高校に進学することが出来なくなってしまう。

 美琴個人としてはそれでも構わないと思っている。例え、中卒であろうとお金を稼ぐことはできるからだ。

 しかし、周りが猛反発したこともあり、渋々だが学校に通うようになった。

 そう言った背景を知っているため、彩香は苦笑を浮かべる。


「いや、何かあのままだと美琴が、えっと……エリートニート、になりそうで」


「その言葉は、褒めているのですか、それともけなしているのですか?」


「えっと、それは……」


 美琴がジト目で言うと、彩香が頬を掻いて視線を背けた。

 その仕草が何を言いたいのか如実に物語っているため、美琴は小さくため息を吐く。


(確かに、忙しかったことは認めますけど……)


 美琴が部屋に引き籠りがちになったのは、理由がある。

 一つは、田辺製作所への資料の作成だ。田辺製作所は、中小企業の技術を取り入れるため積極的に応募を受け付けている。

 つい先日、美琴はその書類審査に資料を提出したのだ。結果次第では、二次選考としてプレゼンがある。まず間違いなく書類審査は通過するはずなので、既にプレゼン資料の作成は完了している。

 他にも、田辺工房の帳簿付けや、弘人の作る魔道具の設計の見直し、時には琴恵から不幸のメールが送られて、その片手間に株取引と多忙な日々を送っていたのだ。

 とは言え、個人的には暇な日々を送るよりは性に合っているため文句はないのだが。


「そう言えば、また株で儲かったの? 弘人さんが、通帳を見るのが怖くなるって呟いていたよ」


「まぁ、それなりにですよ」


 その言葉は謙遜ではなく、本心だ。

 琴恵からの借金はまだ返済していない。本人曰く、株式運用で稼いだお金で返済されては意味がないと言うことだ。

 そのため、美琴の手元には資金が残っている。

 リスクを抑えて運用しているため、美琴からすればそれほど儲かってはいないと感じているのだ。

 田辺家を知っているからか、彩香は心配そうに尋ねる。


「そんなにお金が必要なの?」


「生活には困らないのですが。そうですね……お父さんが使っている旧型の魔道具製造機ですが、パーツの交換や消耗品の補充。今後の事を考えると、別の機器を購入する必要がありそうですし。それを考えると、私の得た利益は微々たるものです」


 美琴の最終目標は、吹けば飛ぶような零細企業を大企業にすること。

 それを考えると、いくらお金があっても足りないのだ。道のりの長さに、思わずため息を吐いてしまう。


「そうなんだ……。それにしても、美琴は本当に詳しいよね。普通に英語の資料とか読んでいるし」


「趣味のようなものです。英語に関しては、だいたい同じような単語ばかりなので、基礎さえできていれば案外読めるものですよ」


「そうかなぁ?」


 納得できないのか、彩香の追求は続く。

 だが、美琴は柳に風と言った態度で淡々と言葉を紡ぐ。


「そう言うものです。特に財務諸表は、大体どこの国も英語で表記していることが多いので、同じ単語を覚えていれば分かりますよ」


 怪訝そうな視線を向けられるが、言えることはないため適当にはぐらかす。

 彩香は納得したわけではなさそうだが、学校が近くなったのでこれ以上の追求はなく、二人は学校に続く坂を上り始めた。






 美琴は職員室前で彩香と別れると、職員室へ向かう。

 二年の時の女教師を探すが、その姿は見当たらず代わりに教頭先生に声を掛けた。


「田辺美琴さんか、彼女なら突然の転勤で既にこの学校にはいないよ。確か、田辺さんのクラスは……」


 裏で何やら大きな力が動いた様子だ。

 とは言え、あの女教師の態度からしてこうなるのは時間の問題だったのだろう。そんなことを思っていると、教頭は男教師に声を掛けた。


「山中君、ちょっと良いかい?」


「えっと、何でしょうか?」


「こちらは田辺美琴さん。君のクラスの子だ。事情は知っているよね?」


 教頭の紹介を受けて、山中と呼ばれた男性教師は美琴に視線を向ける。

 そして、自分のクラスの情報を思い出しているのだろう。しばらくして思い出したのか、声を上げた。


「えっと、ああ。確か、入院していた……」


「そうだ。じゃあ、後は君に任せるからよろしくね」


 そう言うと、教頭はこの場を去って行く。


「取りあえず自己紹介しておくと、俺は山中信哉やまなかのぶや。『三の一』の担任で、魔法学を教えている」


「私は田辺美琴と申します。至らぬことが多いかと思いますがよろしくお願いいたします」


 美琴は、流麗な所作で一礼する。

 あまりにも綺麗な動きに信哉は「流石はお嬢様だな……」と感嘆の声を上げる。すぐに気を取り直すと、信哉は美琴を連れて教室に向かった。


「じゃあ、少しだけここで待っていてくれ。ちっと煩いかもしれないが、まぁ無視して構わない」


「え?」


 美琴の疑問をそのまま信哉は教室へと入って行く。

 いったいどう言う意味だろうか。しかし、その疑問はすぐに氷解する。


『っしゃああああああああ!!!』


「っ!?」


 突然の窓が割れんばかりの歓声に、美琴は驚く。

 一体何事だと窓から教室を覗こうとすると、信哉が教室の扉から入ってくるように促して来た。

 まるで見世物のような登場の仕方に嫌気がさすが、転校生であれば仕方のないことだと思って教室の中へと入って行く。


「失礼します」




*****




 新学期を迎えて三年に進級した少女、高田穂香たかだほのか

 クラスを見渡すと、至る所で同じクラスになれたことを喜んでいるクラスメイトの姿があった。

 後ろの方の席でその姿をぼうっと眺めていると、声を掛けられた。


「おはよう」


 声がした方を見ると、そこには幼馴染である彩香の姿があった。


(相変わらず、完璧だなぁ……)


 その姿を見て、思わずため息を吐いてしまう。

 彩香は西川中学で知らない人が居ないほど有名だ。容姿端麗で成績優秀、剣道部に所属しており県大会に出場するほどの実力だ。

 それでいて、そのことを鼻にかけることもなく、誰に対しても優しい。生徒だけでなく、先生からも頼られる存在だ。


「彩香ちゃん、おはよう……」


「どうしたの? なんか元気がなさそうだけど」


「ううん。ただ、学校が憂鬱なだけ……自宅学習で十分じゃないの?」


 わざわざ学校に来る必要があるのか。

 体育などは別だが、国語などの授業であれば自宅でネットを介在して受ければ良い。そう思っているのは、穂香だけではないだろう。

 彩香の表情を見ると、苦笑を浮かべていた。


「なんか、デジャヴを感じるんだけど……」


「そうなの。似たような感性を持っている人がいて嬉しい」


「う~ん。美琴の場合、学校に行く時間がもったいないとか考えて居そうなんだよなぁ」


「美琴?」


 聞き覚えのない名前だ。

 彩香とはそれなりに付き合いが長いが、今まで一度もそんな名前が出たことはない。疑問に思って尋ねると……


「美琴は同い年の子で、私でも嫉妬しちゃうくらいの綺麗な子だよ。勉強も教えてもらうことがあるからね」


「彩香が?」


 穂香は彩香の言葉が信じられなかった。

 そのため、聞き直そうとするが……


「……っと、先生が来たみたい。後で紹介するから、またね」


 タイミング悪く、担任教師の信哉が教室に現れたため、彩香は席に戻る。

 信哉は教壇の横に立つとホームルームの前に連絡事項があると言う。


「えー、このクラスに転校生が来る。去年転校してきていたんだが、入院していたため今日から通うことになった」


「先生、質問です! 転校生は女性ですか!?」


 信哉の説明を遮って、一人の男子生徒が声を上げる。

 信哉は呆れたような表情を浮かべるのも束の間、口角を上げて言った。


「よろこべ。女子生徒だぞ。しかも、美少女だ」


『っしゃああああああ!!!!』


 まるで魂の叫び声のようなものが、教室中に響き渡る。

 あまりの煩さに、穂香は耳を塞いだ。


(けど、先生が美少女って言うのも珍しい……)


 西川中学には、顔立ちの整った生徒が多い。

 女子で一番だと思うのは、やはり彩香だろう。男性女性関係なく、何度も告白を受けて居るのを見たことがある。

 一方で、男子で一番有名なのは西川勇気だろう。穂香としては苦手なタイプだが、大抵の女子が噂をしている。

 そして、勇気を取り囲む少女たちは全員美少女だ。

 そう言った生徒たちを見慣れている信哉が、美少女と呼ぶのはかなり珍しい。それだけに男子生徒の期待も高いのだろう。


「田辺、入ってきて良いぞ」


 歓声がちらほら聞こえる中、信哉は転校生を呼ぶ。

 その瞬間、先ほどまでの歓声が嘘のように消えてしまう。穂香もその転校生の姿に見惚れ、言葉が出なかった。

 美少女と言うよりも、作り物と言われても疑わない。

 匠が作り上げた精巧な人形といわれても納得してしまうほど芸術的なまでの容姿。儚い印象があるが、どこか圧力を感じるその姿に誰もが息をのむ。

 そして、静かにその姿を目で追ってしまう。

 美形の多い西川中学でも、群を抜いて現実離れした容姿をしていた。


「初めまして、田辺美琴と申します。至らぬ点が多々あるかと思いますが、一年間よろしくお願いいたします」


 そう言って、流麗な所作で一礼をする。

 まるでお嬢様のようだと思った。細かな所作一つとっても気品が溢れており、同い年とはとても思えない。

 誰もが見惚れているなか、不安に思ったのか美琴は視線を信哉へと向ける。


「ああ、気にする必要はないぞ。それより、趣味か好きな食べ物とか、そう言うのはないのか?」


「趣味、ですか。特にはありませんが……」


 と言いかけて、美琴は口を閉じる。

 何を言おうとしたのだろう。気にはなったが、続く言葉はなかった。

そして、美琴はもう一つの質問に答える。


「好きな食べ物は、ラーメンでしょうか?」


 その一言に、教室内にチャルメラの音が聞こえたような気がした。

 生徒たちはもちろん、質問した信哉でさえ首を傾げる。唯一、彩香だけはまるで笑いを堪えるように顔を覆って肩を震わせているのが見える。

 ただ、それ以外の生徒たちは心を一つにして思ったはずだ。


((((((ラーメン、って何?))))))


 その声にならない質問は、結局答えがないまま終わるのであった。







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