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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
月宮の血統
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第11話 祖母との対面(上)

 日曜日。

 弘人と美琴は、東京都内にある高級住宅を前に立ち尽くしていた。弘人は目の前の建物を見て暢気に感心しているが、美琴はこれから会う人物を思って顔面蒼白だった。


「田辺弘人様、そして、美琴様ですね。大奥様がお待ちです、どうぞ私についてきてください」


「ありがとうございます。……行こう、美琴」


「はい……」


 消え入りそうな儚い声で頷くと、美琴は弘人の後ろについて行った。


「相変わらず、見事な庭園ですね」


 弘人の視線の先にあるのは、枯山水だ。

 視界に映るのは白砂と石、それから草木。白砂は美しい砂紋を描き、感嘆の声が出てしまう。いったい、維持費にどれほど掛るのか、想像もできない。


「ええ、大奥様が特に力を入れておりますから。美琴様は、庭園には興味がありませんか?」


 ふと、何を思ったのか使用人の女性は美琴に質問をして来た。


「いえ、そのようなことは……。見事な枯山水です。平庭式でしょうか。華やかな魅力はないですが、質素で何とも言えない侘び寂び(わびさび)の趣がありますね」


「まぁ、美琴様はよく分かっておられますね。最近では枯山水の良さを分からぬ者も多いですから」


 女性は、この庭園が好きなのだろう。

 だが、その良さが分かる者が少なくなって悲しそうな表情を浮かべる。弘人に対して言っているわけではないようだが、弘人は視線を逸らしてしまった。

 しばらく歩くと、目的地に着いたのだろう。

 女性は立ち止まると、中にいる琴恵に確認を取った。


「では、くれぐれも粗相がないようにお願いします。私はここで控えておりますので、何か御用がありましたら、お気軽に声をおかけください」


「あ、はい。じゃあ、入るよ」


 弘人に連れられて、美琴は入室した。

 部屋の中心には一人の着物姿の女性。六十代前半だが、ピンと背筋が伸びていることで若々しく見える。

 人当たりの良さそうな柔和な笑みを浮かべているが、室内には緊迫した空気が張りつめており、自然と背筋が伸びてしまう。


 この女性こそが、月宮家の当主である月宮琴恵だ。


 金田誠が唯一恐れる女傑。

 その朽葉色の瞳は、ありとあらゆるものを見透かすように澄んでいた。緊張のあまり、足が竦んでしまいそうになる。


「お久しぶりです、琴恵さん。ご壮健そうでなによりです」


 美琴が立ち尽くしている中、弘人は平然とした様子で挨拶をする。

 この緊迫感を前に、なんたる大胆さ。驚きのあまり目を見張るが、美琴は気づいてしまった。


(この緊張感が分からないのですか!?)


 以前から鈍感だと思っていた。

 だが、これほどとは思っていなかったのだ。琴恵は柔和な表情でこそあったが、何も感じていない様子の弘人を見て、僅かに表情を動かした。

 しかし、それも一瞬の事だ。

 すぐさま挨拶を返してくる。


「ええ。本当に久しぶりね、弘人さん。琴音の葬式のとき以来かしら。美琴は……」


 琴恵の視線が、弘人から美琴に移る。

 まるで自分の全てを見透かされるような視線に、美琴は悪寒を覚えビクリと肩を揺らしてしまう。


「……」


 無言で美琴を見つめる琴恵。

 まるで何かを探っているような、そんな視線に美琴の心拍数が一気に上がる。時間にして一時間だろうか、それとも一分だろうか、一秒にも満たない時間かもしれない。

 しばらくして、琴恵は何かを悟ったように美琴に笑みを見せた。


「久しぶりね、美琴。まさか、覚えていないとは言わないでしょうね?」


 その言葉は、果たして田辺美琴に対して言ったものなのだろうか。それとも、金田誠に対して言ったものなのだろうか。

 それは分からない。だが、ここで覚えていないなどと言えるはずもなかった。

 美琴が口を開こうとすると……


「琴恵さん。美琴が会ったことがあるのは、小さい頃でしたから覚えてはいませんよ」


 代わりに弘人が答えた。

 美琴は僅かに安堵を覚えるが、依然として琴恵の視線は美琴に向けられている。居心地の悪さを感じつつも、しばらくすると琴恵が視線を外して頷いた。


「……それもそうね」


 その言葉の意味は分からない。

 だが、美琴は先ほどの弘人の一言に感動を覚えていた。


(これが、お父さんの……いいえ、田辺弘人という男の上に立つ資質ですか!?)


 もしかすると、弘人は鈍感を演じているだけ。

 実際は、目の前に座る妖怪と対等の資質を持つ者である。美琴は、この時そう確信してしまった。


「……」


 琴恵の鋭い視線を受けながらも畳のへりを平然と踏み歩く姿には、無礼を通り越して貫禄すら感じてしまう。

 そして、弘人は琴恵の対面に用意された座布団に正座した。


「……美琴は普通に歩けるわよね?」


「はい……」


 琴恵から向けられる絶対零度の視線を前に、美琴は畳のヘリを踏まないように静かに弘人の隣に座るのであった。


「それで、用件はなにかしら?」


 室外で待機していた使用人がお茶を用意すると、琴恵は早速本題に入る。


「えっと、それはその……」


 流石に、故人である妻の実家にお金を貸して欲しいとは言いにくいのだろう。これまで交流がほとんどなかったのだから、当然のことだろう。

 美琴は意を決して、短く呼吸をすると代わりに申し出た。


「無理を承知で申し上げます、私たちにお金を貸して頂けませんか?」


「……」


 美琴の一言に、琴恵の表情は変わらない。

 普通であれば、突然現れた義理の息子と孫に言われたのであれば、金目当てかと落胆しそうなものだ。

 しかし、琴恵は二人の来訪した理由をやはり知っていたようだ。

 しばらくして、琴恵が沈黙を破る。


「一つだけ質問するわ。貸すと言うことは返せる見込みがあるのかしら?」


「はい」


 美琴は迷わず答える。

 そして、傍らに置いたバッグから一部の資料と弘人が作り上げた銀色のデバイスを取り出した。


「これは、父が作り上げた物になります」


 美琴は、実物と説明資料を琴恵に渡す。

 普通の人であれば、資料を渡しても分かりはしないだろう。だが、琴恵は日本初の魔法を授業に取り入れた学校を経営している。

 そのため、美琴の渡す資料が理解できないはずがないのだ。


「これは……」


 資料に目を通して行くうちに、琴恵の表情が驚愕に染まる。

 まさか、これほどの物だとは思っていなかったのだろう。速読を終えると、ふぅと息を吐く。


「流石にこれは驚いたわ。これをあんな中古品・・・・・・で作り上げたのだから、弘人さんの技師としての腕は相当なもののようね」


 美琴は琴恵の言葉に引っ掛かりを覚える。

 途中から弘人も加わり、並列魔法を組み込んだ魔道具について詳細な説明をして行くと……


「これなら問題なさそうね」


「ということは……」


 弘人の言葉に返答はなかった。

 代わりに、琴恵は外で待機している使用人の名前を呼んだ。


あおい


「失礼いたします。こちらでよろしいでしょうか?」


 美琴たちを案内した葵と呼ばれた女性は、中に入ると琴恵に銀色のアタッシュケースを渡した。


「ええ、下がって良いわよ」


 琴恵は、アタッシュケースを受け取ると葵を下がらせる。


「これだけあれば、十分よね。確認してちょうだい」


 琴恵は、弘人にアタッシュケースを渡した。

 美琴が呆然としている弘人に小さく声を掛けると、不慣れな手つきでアタッシュケースを開け始める。


「……え?」


「どうかしたのですか?」


 アタッシュケースに入っている大金を前に驚いたのも束の間、弘人は呆然とした声を上げた。そんな父の様子に美琴は、首を傾げる。


「いや、その……借金の金額と同じなんだけど」


 そう言って、恐る恐る弘人は琴恵に視線を向ける。

 対して琴恵は当然だという表情で見返して来た。


「突然の来訪であれば、何らかの意図があると思うのは当然のことではないのかしら?」


「えっと、支払いの金額まで分かるのでしょうか?」


「美琴、覚えておきなさい。お金と権力があれば、零細企業の経営状況など簡単に知ることが出来るのよ」


((……うわぁ))


 美琴も弘人も、二人して琴恵の発言にドン引きする。

 そして、美琴はこのひとだけは絶対に敵にしてはならないと再確認した。


「で、では、私たちはそろそろ……」


 このままここにいる事に危機感を覚えた美琴は、退出を弘人に促す。

 しかし……


「待ちなさい。弘人さん、久しぶりに美琴にあったのだから、二人で話し合いたいのだけれど宜しいかしら」


「っ!?」


 美琴は、琴恵の提案に鋭く息をのむ。

 この妖怪と二人で……そう考えただけで、胃が締め付けられるような気分だ。

 縋るように弘人を見ると……


「それもそうですね。では、僕は先に退出しようと思います」


 とても良い笑顔で了承してしまった。


(お父さん!!?)


 弘人の発言に美琴は目を剥く。

 しかし、当然と言えば当然だろう。お金を貸してくれた義母に、孫と二人で話したいと言われれば断れるはずもない。

 そもそも、断る理由もないのだから。

 だが、美琴としては柔和な笑みを浮かべる祖母が、般若はんにゃよりも怖く感じてしまう。


(ああ、これはきっと社長を見捨てた報いなのですね……)


 美琴を見捨てて退出する弘人。

 因果応報と言う言葉が、脳裏に浮かぶ。

 本人にその意思はないだろうが、そう思わずにはいられない。去りゆく父の背が部屋の外に消えていくその瞬間まで見届けると……


「さて、お話を聞かせてもらいましょうか。美琴……いいえ、誠と呼んだ方が良いかしら?」


「……」


 その一言に、美琴は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

 やっぱりと言う思いもあったが、それ以上に……


(この人、超怖いんですけど……)


 琴恵が怖かった。







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