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奇運のファンタジア   作者: みたらし団子
天才経営者のやりなおし
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第1話 プロローグ

みたらし団子です、よろしくお願いいたします!


時間潰し程度の感覚で、気楽に読んでいただけると嬉しいです。


 目が覚めると、視界には白い天井が広がっていた。

 寝起きの混乱した思考で、ここはどこなのかと考える。鼻につく消毒液の臭いから、大凡の見当はすぐについたが、どうしてこんな場所で寝ているのか分からなかった。

 鉛のように重い体を起こすと、周囲を見渡す。大部屋の病室のようでカーテンの隙間から患者服を着た女性の姿が見えた。


「ここは……っ!?」


 何故ここにいるのか。

 記憶を辿ろうとすると、途端に激しい頭痛に襲われる。


『金田ぁああああ!!!』


 脳裏に浮かぶのは、怒号を放つ男性の姿。

 その手には包丁が握られており、一直線に自分に近づいてくる。そして、女性の甲高い叫び声と自分の胸部に深々と刺さる包丁。

 そう、確かに胸を刺されたのだ。

 一度だけではなく、何度も、何度も……


「……生き延びた、のか?」


 あり得ない話だ。

 今でも胸や腹に感じた熱を覚えている。ぼんやりとした視界で、自分の血に濡れた床。そして、男の狂気を孕んだ笑い声。

 魔素を利用した最新の医術であっても、死者を治すことはできないだろう。


(それに、あの男……)


 名前も知らない男性。

 しかし、男性の恨み言や行動からして、自分が切り捨てた部下の一人だったのだろう。だが、刺された今であっても会社のためであって間違ったことをしたとは思っていない。

今でも当時の事を後悔はしておらず、当然のことをしたと思っている。

 だが、以前なら感じなかった罪悪感のようなものを不思議と感じてしまう。


 不意に痛みを覚えた胸をおさえる。

 ふにっ。


「は?」


 柔らかな感触に呆然とした声を上げる。

 小さいながらも柔らかな感触。何度も触るが、胸は柔らかかった。

最近の医学では、縫合と一緒に豊胸手術でもするのかと思ったが、自分の体の異変はそれだけでなかった。


(声が高い? それに髪が……)


 自分のものらしからぬ、女性のような高い声。

 そして、視界の端にはまるで夜を溶かしたかのような美しい黒髪が映った。非常に長い髪だ。腰のあたりまであるのではないだろうか。

毛先まで癖がなく絹のような触り心地である。


「え、何これ?」


 頭の中に流れ込んで来る一つの記憶。

 そこにあるのは、金田誠かねだまことという一人の男のものだ。混乱がより一層深まっていると……


「田辺さん、目が覚めたんですね!」


(田辺、さん?)


 カーテンを開けて現れた看護師の言葉に、より一層困惑する。

 だが、金田と呼ばれるよりもそちらの方が聞きなれた呼び方だった。そして、ベッドに掲げられたネームプレートを見る。


『田辺美琴』

 

 そこには、金田誠ではなく田辺美琴と書かれていた。

 まるで歯車が音を立ててかみ合うかのように、自分が誰なのかを思い出す。


「田辺さん、ドクターを呼んできますので横になっていて下さい。術後の回復は良好だったのですが、どこか心ここにあらずと言った様子で、皆心配していたんですよ」


 女性はそう言うと、美琴を寝かせると脈を測り始める。


「はい……」


 訳が分からなかった。

 金田誠という男性の、三十三年の記憶。

 そして、自分の中にある田辺美琴という少女の、十四年の記憶。この体は間違いなく美琴のものである。だが、意識は誠のものだ。


 では、美琴の意思はどうなってしまったのか。

 それも自分の中にあるような気がする。過去を省みて、誠であれば心が痛まない決断も、美琴であればおそらく心を痛めると感じているからだ。


「脈は安定していますね。では、ドクターを呼んできますので、そのまま待っていてください」


 てきぱきとした動きで体調を確認すると、看護師の女性は病室を出て行った。

 ここは大部屋であるらしいが、他の入院患者が観ているであろうテレビの音だけが響いている。


「……そうか、成功したのか」


 不意に思い出した。

 自分が、美琴が置かれた状況を。中学二年の夏に発症した、心臓病。非常に珍しく、検査をしても原因がなかなか特定できず。そんな難病を特定した今の担当医に巡り会ったのが、一月前。

 術前検査などを経て、先日手術をしたばかりだ。


「美琴ちゃん」


 考え事に没頭していると、不意に声が聞こえて来た。

 現れたのは、担当の女医だ。その隣には看護師の女性もいる。


「調子はどう?」


「……」


 自分が誰なのか。

 考えれば考えるほど分からなくなってしまう。困惑の渦に飲み込まれて、ぼんやりとしていると、担当医の女性が肩に手を乗せた。


「美琴ちゃん?」


「っ、はい!……調子は手術後とは思えないほど良い、と思います……」


 そう言えば、と思って体を動かして見る。

 体調を確かめるが、不思議と動けるのだ。

 金田誠は虫垂炎ちゅうすいえんの手術をしたことがあるが、目が覚めたばかりだと動くことさえままならなかった。

 それに鼻からチューブを入れられて、抜くときに苦しかったのを覚えている。

 不思議に思っていると、女医は笑う。


「不思議そうね。手術は成功したけど、三日ほど目が覚めなかったのよ。ただ、魔素治療によって体の方は回復したみたいね」


「魔素治療?」


「ええ。術前に説明したけど、魔素を使った最新医術で術後のケアをしたのよ。傷口を見て頂ければ分かると思うけど、ほとんど傷跡が残ってないでしょ」


 服をまくってみる。

 自分の体であるのだから、恥ずかしがる必要はないのに恥ずかしく感じてしまう。だが、それも一瞬の事で、新雪のように白い肌には傷口のようなものがほとんど残っていなかった。


「本当に羨ましいくらい綺麗な肌よね。歳をとると、肌のケアをしてもなかなか……」


 女性特有の話だ。

 担当医の女性は三十代半ばくらいだが、後ろでしきりに頷く看護婦の女性は四十を越えているだろう。

 中学生の美琴にも、男だった誠にも分からない世界だった。


「え、えっと……?それよりも、三日も眠っていたんですか?」


 どう答えればいいか分からず、あいまいな笑みを浮かべると話題を転換する。


「ええ、手術は無事に成功よ。術後の回復も順調だったのだけれど、何故か意識が戻らなくてね……」


 担当医の女性が申し訳なさそうに頭を下げる。

 美琴からすれば、命が助かったのだから非難する気もない。それに、その原因には心当たりがあった。


(もしかすると、原因は自分か?)


 一人の体に二つの記憶。

 それほどの情報量が頭の中に流れ込んで来たのだ。脳への負担を考えると、三日も起きなかったとして不思議ではない。

 それどころか、もっと眠っていた可能性もあるのだ。

 しかし、そんなことは話せるはずもない。


「原因についてはともかく。さっき、お父さんに連絡を入れておいたから、早めに診察を済ませましょうか」


 未だ困惑は収まらないまま、医師の診察を受けるのだった。

 それから、しばらくして。医師も看護婦もいなくなったことでテレビの音だけが流れる病室に、一人の男性の声が響き渡った。


「美琴!」


 年は四十歳ほどだろうか。

 細身で、少し気が弱そうな顔つき。だが、美琴にとっては最も見慣れた顔だった。


「……へ?」


 美琴だけでなく、誠も知っているその男性。

 胸を刺した男性のことなど知らないが、この男性については一生忘れることはないだろう。


「良かった! 良かった! 美琴まで死んでしまったら、そう思って気が気じゃなかったんだ!」


 一目散に抱き付いて来た。

 だが、おそらくこの時美琴はきっと間の抜けた表情を浮かべていたことだろう。

 なぜなら……


(なんで、クビにした元社長の娘になっているんだ!?)


 そう、美琴の父である田辺弘人たなべひろとは、誠の元上司だった人物。

 そして、会社の乗っ取りをしたときに、後の火種となるとして、真っ先に切り捨てた先代の社長だったのだから。


 金田誠、いや田辺美琴はこの日から、心苦しい日々を送ることになった。









拙作ですが、ブックマーク・ポイント評価の方もよろしくお願いいたします!

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