七話 勇者の逃亡劇②
遅くなってすいませんでした。
さて、どうしようか。
念のための手は打ってあるが、いつまで持つかはわからない。なるべく早く行動しなければならないのだ。
「こ、これからどこへ行くんですか?」
九重さんが震える声音で、そんなことを呟いていた。
「とりあえずこの城から出る」
私は即答する。そして、彼の元へと向かうのだ。だが、状況は絶望的。正門から抜け出すのはまず困難。だからといって裏門も行けるわけがない。
どうする?一番手っ取り早いのは壁を破壊して、その抜け穴から出ることだ。だが、私の[光]魔法ではそこまでの破壊力は出せない。その前にあの壁には対抗魔法等の結界が置かれている。私の火力ではそれを突き破ることができない。
「敵ですよ」
寺石が指でその方向を指し、息切れさせた口で言う。その方向を見れば確かに、十人近くの敵兵が見られた。全員が全員、フル装備。銀に光る鎧に、両刃の剣。その目には殺意と同じくらいに、嘲りが含まれている。
「みんな、下がって!」
私はそう促すと、寺石の横を通って敵兵の進路方向に立つ。そして、腕を前に掲げた。その瞬間、
音もない光の線が敵の一人を貫いた。
「なっ!?無詠唱でだと?!」
敵の一人の表情が驚愕に染まる。その声を出した兵士の横には、胸に穴を開け血に埋もれた肉塊があった。
私はなにをこれほど、と目の前の敵を睨んでいた。確かに、魔法に詠唱は付き物である。
普通は、だが。
この世界には魔物がいる。私たちは詠唱で魔法を放っている。だが、魔物は?下級の魔物は人間の言葉を話すことができない。でも、その魔物たちは魔法を使うことができる。
私はそれをそういうものとして理解していた、つもりだった。
だが、ある一人。その一人がその概念を覆らせた。
「囲め!」
敵兵のリーダー格が指揮を出す。だが、私はおいそれとそんなことを許さない。素早く足を運び、両側に旋回している内、右側の二人の兵に飛びかかる。
「くっ!」
「うっ!」
そして、繰り出された2筋の剣戟を避け、強化された精神と共に拳を振るう。
そして、一瞬のうちに二人の兵を無力化した。
「!」
それから敵兵は束になってその剣を放ってくる。四方八方、死角からもその猛威は振るわれた。何本もの剣が私に向かって攻撃を開始したのだ。
それを私は紙一重で避け続ける。避ける。避ける。避ける。
「くそっ!風よ、我が身を加速したまえ」
敵の速度が、剣舞のスピードが上がっていく。だが、私はそれを避け続ける。華麗な足さばきでその剣を回避する。まるで踊っているかのように。
「なんなんだ!遊んでるのかっ!」
「そんなことはありません」
そんな会話を戦闘中に私たちはする。だが、その言葉は敵の逆鱗に触れた。自分が馬鹿にされていると、思ったんのだろう。
馬鹿みたい。戦闘中にそんな不毛なことを考えるなんて。
一人、敵の動きが鈍る。集中力が欠けたのか?まぁ、どうでもいい。
私はこの時を待っていた。
「ッ!」
縦に振るわれた剣を最小限の動きだけで避け、無防備になったその腹へと拳を叩き込んだ。
だが、それだけで脅威が去ったわけではない。後ろから三本、右から二本、振るわれる剣はまだ存在する。その兵士はちょうど私を中心とする円状に立っている。
ニヤリ、と私は心の中でほくそ笑む。
そして、その五本の剣は私の頭上で甲高い音を上げながら重なった。
「なっ?!」
私は魔法を描く。[光]魔法の中でも近接格闘を得意とする魔法。『光剣』を。
私が先頭の始めに放った『閃空』よりかは火力が劣るものの、持続してその姿を留めることができる『光剣』は近接格闘にもってこいだった。
私の周りに光の筋がきらめく。円状にふり抜かれた私の剣は綺麗にその鎧と体を真っ二つにした。
敵兵の腰から上は宙を揺蕩い、そして数秒後地に落ちグシャッという音を辺りに響かせた。
時間にして数分の戦いではあったものの、彼らにとっては何時間にも思えただろう。私も五年前はそうだった。
だが、今回は守る側だ。絶対にこの子達を守り抜く。
「じゃあ、早く行こう」
「い、行かせるかよ」
後ろの方から声がした。私が昏睡させたはずの二人組だ。もう、起き上がっていたのか。
だが、すぐに終わらせる。早くこの場から去らねばならないのだ。
「じゃま…………」
私は殺気を振りまく。その兵士たちはその殺気にたじろいたがそれも一瞬。その剣を拾い上げ私を標的にその足を動かし、すごい勢いで私に迫ってきた。
私は素早く『光剣』を生み出す。その程度の剣ならばこれで断切することができる。様々な剣魔法の中でも『光剣』は随一の切断力を持っているのだ。
この勝負、私の勝ちだ。
だが、近づくだけでその兵士からは攻撃を仕掛けてこなかった。
「どういう……こと」
「ふふっ」「後で分かるさ」
時間が惜しかった私は攻撃を仕掛けた。だが、そいつらは避けるだけで自分達からは一切攻撃をしなかった。
そいつら二人は私の剣戟を避ける。次は私が踊らされる番だった。
「あともうちょっとで、お前らも終わりだ」
もうちょっと?どういうことだ?何かの大型魔法がここに打ち込まれる、とかか。いや、それなら、そんな大きな魔力を感知できないわけがない。ならば、こいつらが奥の手を隠している……それもありえない。そんなことする必要は絶対にない。
ならば、もしかして。
それに気づいた時、ふと、私は自分の表情を確認した。その表情を見た兵士たちも、恐怖かなにかの感情を渦巻かせているようだった。
「な、なんで!お前は笑っている」
兵士のうち、一人がそんな言葉を叫ぶ。ああ、そうだ。私は笑っている。見れば寺石も笑みを浮かべている。
どうしてか?
そんなこと決まりきっている。ここまで非常事態が起きているのにも関わらず、私の計算違いがあったのにも関わらず、敵は当初の作戦に引っかかっていたのだから。
「もしかして、あなたたちは援軍でも読んだの?」
「……そうだが、それがどうした!」
私は予測通りの答えが返ってきて、一層その笑顔がたまらなくなっていた。
「じゃあ、残念ね」
私はその戦場で二人にそんな憐れみの言葉を与えていた。
「その援軍は、もうちょっと来るのが遅れるそうよ」
私、寺石、その二人は戦場で笑っていた。
そして、私は怯んだその二人の兵士を目掛け一瞬で間合いを詰めた。
横一線。血飛沫はそれを噴水のように飛び散らせた。
私はそんな地獄絵図で生徒たちに振り向き直った。
「じゃあ、続けよう」
そう、続けるのだ。
「私たちの、勇者の逃亡劇を」
よければ別作『壊れた勇者は恋をしたくない』もよろしくお願いします。