六話 勇者の逃亡劇①
今回は前回と変わって少なめです。
「くっ!」
私は繰り出されるそいつの剣戟を回避し続ける。胸を狙った横薙ぎを身を屈めて回避し、間髪入れず放たれた膝蹴りを横に転がるようにして避けた。
いったいどうしてこうなった。何が悪かった。何があった。いつ、仕掛けられたんだ。
何も分からない。
だが、こうしていても拉致があかない。向こうには今も、逃げている寺石たちが見える。彼らだかじゃ危ない。私が援護しないと。
「はあッ!」
そいつは下段から上段へと剣を切り上げる。私はそれをサイドステップで回避し、カウンターを放とうとした。
が、上段へ切り上げた剣でそいつは私の右肩から
左腰にかけて斜めに切り裂こうと二連撃目を放った。その攻撃を直感でバックステップして躱す。空を切る剣の刃は、しかし動きを止めなかった。
まるでこれが本命とでもいう風に、今までで一番鋭い剣戟が放たれた。"ボワッ"という空気の音ともに、横薙ぎされた剣がこちらへ牙を剥く。
刃先と私まで残り一寸。今から後ろへ下がってもおそらく、これは食らってしまう。
なら。
私はそいつから放たれた剣の三連撃目を逆に近づき、身を屈めることで躱し、そして無防備なそいつの腹へと拳を叩き込む。
よし、これで終わり。
早く彼らの元へ向かわない―――――とっ!
私の脇腹から血が滴っていた。見えるのは赤く染まった剣の刃と、なを虚ろなそいつの瞳。
「そんな」
私はそいつを蹴飛ばし、間合いを遠ざけ、その隙に彼らの元へと走っていった。
なんで、まさか。身体強化を掛けていたなんて。いや、本当にそうなのか?私の中に、最悪のシナリオがよぎる。
いや、でも流石にそんなのはありえない。とも言い切れなかった。
五年前、そうなったものがいたから。でも、王国にはそんな技術ないはず、一体どうやって。
違う。あれは身体強化だったんだ。いくら王国でも、そんなことできるはずがない。
様々な思考が混濁する中、私はその闇の中を走っていった。
「一体どうなってるのよ」
逃走中の一人、相田美琴がそんなことを口走った。
「口より先に足を動かせ。死にたくないだろう」
僕は、寺石義晴は相田に怒鳴っていた。どうなってるんだ。僕だって聞き耳を立ててたはずだ。敵の接近なら容易に気づくことだってできた。それに、動くことによって発される、空気の流れで範囲は限定されるが、索敵だってできるのだ。実際それを使っていた。
だが、現状はどうだ。いきなり、中から剣を振り上げるものができた。そいつらはみんなに攻撃を仕掛け、残ったものが、今の僕たちだった。
「おい!そこのメガネ!これからどうするんだ!」
口うるさいそいつ―――佐藤相馬は僕にそう聞いて来ていた。他のみんなもそれを聞きたいような表情だ。
「とりあえず、先生と合流する。詳しいことは話さないが、死にたくなかったらついてこい」
僕は作戦というには馬鹿馬鹿しいほどの案を言っていた。だが、実際問題これ以上良い案が生まれないのだ。
僕たちが寝泊まりしていたのは二階の真ん中の部屋だ。その廊下に通ずる階段のうちの一つに到着した。だが、降りようとしたぼくたちの前に敵兵が現れた。
「ひっ!」
相田が、九重が、悲鳴をあげる。佐藤は黙っていたものの、やはり凍てついたような表情をしている。
目の前に銀の鎧を纏い、剣を装備した兵士が三人いたのだ。
どうする。一旦逃げ帰るか?だが、奴らがこっちへと襲って来ていないのを見ると、これはおそらく捜索ではなく、待ち伏せ。
ならば、この階全ての階段に敵兵が待ち伏せされてると考えていいだろう。
だからといってこの階から下に行かなければ、本末転倒だ。このまま待って、後ろから挟み撃ちにされるのは厄介だ。
幸運なことに、敵兵はまだ僕たちが、僕が無害なことということを前提でそこで待ち伏せをしている。
そんな、今ならば。
「みんなはここで待ってろ!」
そう叫び、僕は階段全力で駆けていった。うまくできるかは分からない。が、やるしかない。
「風よ!弧を描く刃で我が敵を切り裂け!」
[風]魔法『風牙』、発動。
まっすぐ突き出した僕の手のひらに、風エネルギーが収束されるのが分かった。そのエネルギーは弧を描く刃へと形を成し、僕はそれを一気に打ち込んだ。
空を切ってその風の刃は進む。そして、三人の中の一人、中央にいた者へと直撃した。僕が生み出した風の刃はそいつを切り裂くとまではいかなかったが、衝撃波を与え、後ろにある壁へ激突させ、意識を取ることはできた。
よし!これなら。
だが、兵士は素早く戦闘モードへと移行した。先までの動きとは明らかに違う足運びに僕は一瞬たじろぎ、そしてその腕を掴まれた。
「餓鬼が!調子に乗りよって」
「殺してやるっ!」
兵士二人がそんなことを言う中、もう一人、違う誰かの声が響いた。
「私の生徒に………手を出すなッ!」
放たれた一本の光の筋は兵士へと直撃し、鎧を溶かし、胸に風穴を開けていた。
「なっ!」
もう一人の敵兵はそいつの―――茅野星奈の存在に気づいたが、もう遅い。
♦︎
私は一瞬でその兵士へと間合いを詰める。そして、精神強されたこの身体で近づき、右の拳でその兵士を貫いた。
血が身にかかるがそんなことは関係ない。私は目の前の生徒に手を伸ばす。
「大丈夫、寺石くん」
その手を寺石は握り、即座にこんなことを切り出した。
「そんなこと言ってる場合じゃない。早く行動するべきですよ」
「そうだね」
私と寺石は相槌を打ち合う。
だが、他の生徒たちはまだ困惑しているようで。
「ど、どういうこと」
「どうなってるんだ」
「どうなるの」
そんな生徒たちを見て、私は声を上げた。
「詳しいことは後で話します。だから、今は私について来て、必ずここから、この死地から逃がしてあげるから」
生徒たちは現状をまだ飲み込めてない様子だ。
だが。
「わかりましたよ、先生」
「わかったぜ、先生」
「わかりました、先生」
この現状では一致団結できるみたいだ。よかった。
それじゃあ。
「始めよう、勇者の逃亡劇を」
よければ別作『壊れた勇者は恋をしたくない』も、どうぞ