四話 隔てた扉の向こうと完全なるハッピーエンド
少なめです。
そうして、私は調査を開始した。範囲はこの四階から上―――私たちが見ることのできない領域だ。
あの大きな図書館から出て、その廊下を歩いて行く。もちろん、不可視化の魔法を自分にかけて、だ。
(さて、と。まずどこから、探しに行こうかな)
とにかく、私はそのフロアに存在している部屋全てに足を運んだ。その中にはまだ作業中の人や、休憩中の人などが入っていたが、不可視化の魔法にかかれば、そんなこと関係なかった。
しかし、そこにあったのはやはり腐りきったものばかりだった。
そこでは魔物の解剖実験をしていた。
そこでは改竄される前の歴史書が存在していた。
そこでは拷問部屋が設置されていた。
そこでは違法な薬が製造されていた。
腐敗した現実が、私の眼を襲って来た。こんなものが、隠れていたのを五年前の私たちは見抜けなかった。
身の毛もよだつ、こんな残酷な現実を、だ。
でも、今回は違う。絶対に思う通りにはさせない。
私はそのことを胸に、前へと進んでいった。
そして、四階フロアをあらかた巡回し周り、めぼしい情報がなかったのを知ると、その上―――五階へと足を進めた。
そして、その階段を静かに上がり、最上階へとたどりついた。
私はその廊下を足音一つたてずに、進んで行く。
そうして、一つ一つの部屋へと回って行く。だが、そこにあったのは、上位貴族の寝室や、非常に高価そうな美術品など、私にとってはどうでもいいものだった。
何か、ないのか。ここには今回の作戦が書かれてる書類は存在しないのか。
そういう不安と焦燥にかられ、私の足音の間はどんどん狭まって行く。早歩きでその長い廊下を駆け抜ける。
どんな些細な情報でもいい。どうか、神様!
「して、今回の作戦はどうだい」
「はっ!まだ、初期段階ですので、なんともいえません」
一人は王だ。今日のあの召喚場所での会話から、声は覚えていた。もう一人は、誰だ。わからない。が、これはかなり重要な情報かもしれない。
私はそう考え、両開きのドアを隔てている向こうの会話に聞き耳を立てた。右側のドアに寄り添って。
「なんとも、ではない!必ず成功させよ!」
「まぁまぁ、王よ。そこまで、感化なさるな。大丈夫です。このラクイルツェ、必ずや成功させてみせます」
誰、だ。王以外の面子がわからない上に、第三者まで現れてしまった。しかし、このラクイルツェ、王に対し、あの態度が許されるほどの上位貴族のものなのか。
まあ、私にとってそこはどうでもいいのだが。
「まあ、ラクイルツェがそこまで言うのなら、大丈夫だろう」
そして、王がそこまで信用している人物。私にはその正体がわからなかった。だが、この会話はなかなか機密度の高い会話らしい。
これを聞いていれば、あるいは。
「で、王よ。この作戦が成功したあかつきには、分かっておりますか」
「ああ、もちろんだ」
何なんだ。この会話は何かがおかしい。何故だかはわからない、だが気持ち悪い。
「で、だ。これからどういう動きなのだ」
王はそうそこにいる二人に問いかけた。
「あぁ、まぁ今夜で何か一手を打とうかと思っています。だな、リース」
と、ラクイルツェ。それにつられリースと呼ばれた、三人の中のもう一人は答える。
「はい、そうでございます」
「今夜、か」
王は何か深く考えるような雰囲気で、大きなため息を吐き出した。
「どうなされましたか王よ」
「どうしたんですか」
順に、ラクイルツェ、リースが王に尋ねた。
「いや、今夜のパーティー代、結構したんだ」
やばい。なんとも言いづらい。いや、敵からすればザマァみろってところなのだが。なんだろうか。もはや哀れに思えてくるのだ。
「はぁ、あの肉、なかなかするんだよな」
いや、知らないよ!だったらするなよ!と私は軽く心の中で突っ込む。知らなくていい情報も知ってしまった。
だが、得た情報だってある。
「とにかく、今夜動かさせていただきます」
そうだ。つまり、今夜。今夜、何かアクションを起こすということだ。
これは中々大きい情報だ。中ではまだ何か会話をしているが、これ以上、下にいなければ逆に怪しまれてしまう可能性だってある。だから、私は早速この情報を持ち帰ろう。
と、その場所を引こうとした、瞬間。
"ガタン"
と、急に両扉のうち、私が聞き耳を立てていなかった方、つまりは左側の扉が開いた。
え?一瞬私は状況を理解できなかった。
「どうしたんだい、リース」
「いえ、何か動くような気配がいたしましたので」
「そうか。…………で何かいたか」
「いえ、私の杞憂だったようです」
そうして、その剣をぶら捧げる鎧に包まれた男は、扉を閉めた。
なん、だったんだ?私はなにも物音を立てなかったはずだぞ。
なぜ、バレたんだ?
その前に扉を隔ててるとはいえ、私はなぜあいつの気配を察知出来なかったのか?
わからない。わからないが、私は身の危険感じ、すぐさま下のフロアへと降りていった。
今回の偵察でわかったことは一つ。
今夜、何かが起こるということ。私はこのことを寺石に話し、パーティーの後どう対処するかを話し合おうと決めた。
パーティーまで後1時間弱。
さて、何をして暇を潰そうか。
♦︎
青年は懐かしい記憶を思い出していた。
ある少女との出会い、ある人との出会い。そして、クラスメートとの再会。
思い返せば、幾度となく人との出会いがあった。
青年は思う。
出会いとは別れを呼ぶものだ、と。
人は、生物は寿命というものをあらかじめ持って生まれてくる。つまり、死と隣り合わせで生まれ、そして生きていくのだ。
だから、出会いがあれば必ず、別れがある。
少し前の僕はそんなこともわからなかったのか、と。
青年は自嘲する。そうするしか、平常心を保つ方法を思いつかなかったのだ。
でも、そんな狂った運命でも、僕は一度曲げることができた。確かに完璧なハッピーエンドじゃなかった。
でも、確かに、絶望を一縷の希望へと変えたんだ。
今度こそ、完全なるハッピーエンドを求めて。
僕はこの道を歩いて行く。