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九話 勇者の逃亡劇④

 青年はその地をかけていた。早く、一刻でも早く城へと向かわなければならなかったから。


 だが、城の方が騒がしい。勇者が何かしたのか。


 分からない。だが、僕は絶対にその子たちを助ける。


 そう決心して、僕はその剣を引き抜く。魔法で織り固められた剣魔法の一種だ。


 その特化能力は『破壊、消滅』


 僕はその剣を横薙ぎに振り、城壁を瓦解させた。


 ♦︎


 閃空・双(せんくう)


 二筋の光が尾を残して空中を駆けていく。それが目的とするのは目の前の敵―――アルカス。鎧すら貫通させるその光を目の前にアルカスは腕をまっすぐ伸ばす。


 そして、手のひらに展開された大きな魔法陣から闇が溢れ出た。それはその光を飲み込むように広がりそして収束した。


 その光はもう消えていた。


「くそっ!」


 私はこのアルカスという男に阻まれていた。私たちの道を。生存するための道を。希望の道を。


 だから、ぶつかる。激戦が始まる。闇と光の果てのない戦いが始まる。お互い天敵同士の魔法師は戦い出す。


 私は光の矢を放つ。貫通力は閃空に劣るがその分攻撃範囲が広い。まぐれでもいい。一弾でも当たれば。


 光り輝く幾多もの矢は失速する気配を見せず、そのままアルカスへと向かっていく。


 だが。


闇絶(あんぜつ)


 アルカスは自分の足元に魔法陣を張り巡らせ、そして闇の壁を生み出した。矢はそれに阻まれ、静止し、消滅した。


「ふう。この程度なのですか」


 アルカスはそんなことをぼやいている。勇者である私との戦いに期待したのだろう。強敵との戦いに期待したのだろう。

 だが、それは腹違いだ。私は別に強くはない。勇者の中でも弱い方の部類に入っていた。


 そう。私は弱い。けど、負けるわけには!


「まだ……まだッ!」


 私は吠える。光の剣を生み出し、上段から振り下ろす。残像を残しているその剣戟を、やはりアルカスは悠々とそれを避けていた。

 そしてそいつの背後に設置された魔法陣が牙を剥く。[闇]魔法、『蛇焉(じゃえん)』だ。


「くっ!」


 放たれた闇色の大蛇が私に肉薄した。その巨体を私は剣一本で受け止めようとする。


 だが、そんなことは無理だ。


 いともたやすく壊された―――飲み込まれた光は、それが消えるのと同時に私に衝撃を晒した。


 腕がッ!


 何かが壊れる音が辺りには響く。そして、よくわからない不思議な浮遊感と、コンマ数秒後背中に伝わった衝撃。


 私は壁を背にして垂れていた。


「…ぅ、くっ!」


 動かない。手が動かない。足が動かない。目が開かない。声が出ない。


 さっきまでの余裕は誰がしてた?

 いけると確信したのは誰だった?

 この作戦を立てたのは誰だった?

 油断し隙を見せたのは誰だった?

 慢心してしまったのは誰だった?

 結果をこう導いたのは誰だった?


 誰だ?誰だ?誰だ?誰だ?


 ??????????????????????????????????????????????????????????????????????


 脳内が疑問符に埋め尽くされていく。恐怖を見ないために自問自答を続けている。


 そして、そいつはこう問いかけるのだ。


 誰だった?


 ………………………。そんなの知っている。言われなくても分かってる!


 全部全部全部全部全部全部全部全部。


 私だ!


 私が、慢心しなければ。

 私が、隙を見せなければ。

 私が、もっとすごい作戦を考えられたなら。


 何かが、きっと何かが変わっていたのに。


 そうだったのに。


 私は深層心理、奥深く。そこで泣いている。一人啜り泣いている。


 また、ダメだったの。


「風よ!」


 え?


 どこからか、声が聞こえた。


「邪魔です」


 風が乱舞する。闇が蠢きだす。少年は苦しむ。男は冷徹に笑う。


 待て……。


「風―――よッ!」

「邪魔です」

「うああああ!」


 待て…………。


「いい加減、死んでください」


 待て………………。


「せ……ん、せ……………い」


 待てッ!


 それは無自覚だった。それは反射的だった。


「しま――――ッ!」


 壁を背にして垂れてしまっていた私から、その光は現れ空中を飛んでいき、アルカスの背中を捉えていた。


 グチャッと肉を裂き、それはその男を刺し貫いた。血が飛び散る。


 だが、アルカスは膝を地につかない。


「危なかった」


 アルカスは初めて緊張の意を込めた言葉を放った。


「でも、ようやくですか」


 そいつは笑って私を見つめる。だが、私はそんなことに頭が回らなかった。


 目の前に傷だらけの寺石くんがいたから。血をダラダラと流している寺石くんが見えたから。


「アルカス、でしたっけ」

「ええ、そうです」


 私はそいつを睨みつけ、腕を突きつける。


「覚悟、できてますよね」


 アルカスは、その戦場で目の前の敵を嘲るように笑っていた。


「ええ、もちろん」


 瞬間、爆音が鳴り響いた。城壁の方からだ。だが、そんなこと今はどうでもよかった。


 こいつを殺すこと、それが今の目的だった。


 光の筋がアルカスを狙う。だがやはり闇に覆われてその光は消滅してしまう。だが、闇とは黒。実際私からは闇の壁に阻まれて、アルカスの姿が見えないのだ。


 闇絶は攻撃とともに視界も遮る。つまり、私はその魔法発動時、アルカスの姿を捉えることができないのだ。


 じゃあもしそれが相手も同じ条件としたら。


「はっ!」


 私はまだアルカスが闇の壁を張っている時にその間合いへと詰め寄った。そして、光を纏わせた拳でその男に飛びかかった。もちろん、まだ相手は闇の壁を張っているが。


「ぐわっ!」


 闇と光。交わる瞬間に私は光の強さを大きくした。結果、反発が起きあい、お互いの力を相殺したのだ。闇と光が無くなってなかったのは私の拳のみ。


 その拳はしっかりとアルカスの腹に届いた。


 アルカスは後方へ飛び去るように吹っ飛んだが、体をひねり綺麗に着地していた。


「これが、勇者」


 私はこんな無意味なことを言っていた。


「まだ、やる?」


 返答は待たずとも、お互いの意志は決まっていた。


 こいつを、殺すッ!


 今度はアルカスが私に迫って来る。そして、その黒い拳を放って来た。輝きを放つ拳はそれと交差し、攻撃を防いでいた。


 お互い、自分の拳に魔法を纏わせたのだ。


 アルカスが右のストレートを放つが、私はそれをサイドステップで回避し、溝内を狙いに拳を振り抜く。

 だが寸前でその拳はガードされ、私を狙って蹴りが振られていた。


 私はそれを両腕を立てて防御する。


 間合いは広がり、だが一瞬でそれは詰まっていった。


 戦いは続く。拳と拳の攻防は続く。私は足を回してその首を狙う。が、アルカスは後方へ跳躍しそれを回避していた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 息切れを出していたのは私だ。魔力が枯渇して来たのだ。こんなところで、まだ。


 意識が次第に朦朧として来る。アルカスは構わず私に拳を入れた。自然と口から血がこぼれる。


「ふぅ………久々に楽しめましたが、もう終わりですか」

「まだだ!」


 寺石の声が響く。彼だって体がボロボロのはずなのに、立ち向かっている。私だって、そうしたい。


「死になさい」


 闇は全てを飲み込む。それは風さえも。


「くそっ!」


 次第に絶望が私の胸に積もっていく。


 このまま、負けてしまうんだろう。


 これで、私の物語は終わるんだろう。


 でも。こいつだけは、殺すッ!


「ぅっ。くっ!」


 ゆっくりと、私は立っていく。そして、おぼつかない足でその場を進んでいく。


 寺石はそれを見て。


「ぶっ飛んでください」


 アルカスを押し負かし、間合いを取った。


「私に考えがある。ちょっとの時間、私を守って」

「あなたならそういうと、思ってましたよ」


 相変わらず憎たらしげな口だ。だが、今はそれでいい。


 私がこの現状を壊す。


 絶望なんてしてたまるものか。


「行きますよ。根暗野郎」


 柄にもなく寺石はそんなことを吐いていた。傷をつけられた怨念が溜まっているのだろうか。

 まぁ、どうでもいい。


 頼んだぞ。寺石。


 私は魔法を組み立てていく。


「なにをしているっ!」


 なにをしているかは分からなかっただろう。なんて言ったって、こんな魔法は現状じゃ無意味なはずだからだ。


 だが、それを私はしている。


 アルカスは駆け出す。得体の知れない恐怖を排斥するために。だが、そこに寺石が現れる。


「風よ!弧を描く刃で我が敵を斬り裂け!」


 瞬間、今までで一番鋭く研がれた風の刃が放たれた。だがそんなものは、いつもの状態のアルカスには関係なかった。そう、私との戦いで魔力を消費しなければ。


「くっ!」


 アルカスはそれを正面から受け止め、血をまき散らした。だが、一瞬で魔法を組み立て寺石にカウンターを放っていた。


「はぁ、同じ手が聞くとでも思ってるんですか」


 寺石はそれを身軽に避け、アルカスを嘲笑している。これは自分に気を寄せるための演技、もしくは今までの鬱憤を晴らしているのかもしれない。


「黙りなさい」

「ぐはっ!」


 アルカスは大蛇を寺石に突撃させた。それを予期しなかった寺石はその的にいともたやすくなってしまったのだ。そのまま、壁に衝突させられた寺石。だが、その顔はやけにニヤついていた。


「させませんっ!」


 私に向かい、そいつは迫って来る。


「――――穿ちたまえ!」


 その声が響いた時には、もう魔法は放たれていた。


「何ですか?!」


 そう、そうなのだ。今はなったのは[炎]魔法『赤弾(せきだん)』。そしてこの戦場の中でそれを使えるのはただ一人。


 佐藤相馬だ。


 だが、佐藤くんは初心者で無詠唱魔法などできない。


 ならば、なぜ詠唱の声が聞こえてこなかったのか。


「まさかっ!」


 アルカスはようやく気づいたかのように、寺石の方を向いた。寺石は満面の笑顔をアルカスの方へと向けていた。


「貴様!」


 そうなのだ。寺石は[風]魔法『流制(りゅうせい)』の力で佐藤たちがいる付近の風の流れを止め、音を聞こえないようにしたのだ。


 寺石が倒れた今、その効力はきれたが、それで十分だった。


 口調も荒々しくなったアルカスが寺石の方に攻撃を仕掛けようとするが、その前に魔法の弾がアルカスに迫っていた。


 佐藤相馬[炎]

 相田美琴[水]

 九重渚[土]


 その三人が一斉に魔法弾を放っていた。


 それに気を取られて、防御魔法を張る。闇の壁に阻まれ初級魔法は消滅した。それで攻撃は止んだ。


 だが、新たな、そして最後の攻撃が放たれようとしていた。


「なにをするつもりだ………勇者ッ!」


 私はそれを―――――長距離飛ぶように改編させた[光]魔法『閃空』を放つ。それに火力は無いも同然。


 怪我を与えることはできるが、それは痛手になるようなものではない。


 だから、アルカスは私のしていることが分からなかったのだ。


 だが、私はこれにかけている。これがうまくいけば、勝てる!


 慢心でも、油断でもない。事実だ。


 それはアルカスの横を過ぎ去っていった。


「何だったかは分かりませんが。私の勝ちですね」


 アルカスは私に迫って来る。


 勝ちを確信した目で。

 負けなどありえない、といったようなその眼差しで。

 負けるわけがないと慢心しきったその目で。


 ああ、私が勝った。


 瞬間、アルカスの後方から、光の筋が飛来し、アルカスの胸に風穴を開けていた。


 アルカスは驚愕したように目を見開き、その胸に手を当てていた。

 そこには大量の生ぬるい血が存在して。


「なん……だと!」


 力尽きたか、そいつは地に伏した。


「答え合わせです」


 私はその男を見下ろす位置に立った。


「私が超遠距離を飛ばせるように改変した魔法はあなたの横を過ぎ去っていきましたが、あれが正規ルートだったんです」

「どういう……こと、だ」

「私が索敵用に配置した鏡、兵士たちの撹乱するために配置した人形たち。これで分かりますか」


 アルカスは肩を震わせていた。その表情は驚愕に満ちている。


「……まさか」

「私が放った光はその人形の光を吸収し、光を膨大化させながら鏡を反射して城中を周った」


 私はそんな話を続けていく。


「そして最後、全ての人形を回収して光は強大化し、お前が立っていた位置に光は通ったんだ」

「そんな、ことが」


 できるわけない。私も最初はそう思っていた。だが、何故だかあの瞬間できるというヴィジョンしか浮かばなかった。


「私の………勝ちだ」

「ああ、あなたの勝ちだ」


 そうして、後は何も言わず私たちはその場を跡にした。


 ♦︎


「ありがとう、寺石」


 私の背中で意識を失っている寺石に私はそう呟いた。


「でも先生、どこいくんです」

「とりあえず、向こうの方に」


 それは戦闘中、爆音が響いた方角だった。


「え、でもあっちは……」


 九重さんがそのことに気づいたが、私は説得しようと話を始めた。


「さっきの音はおそらく壁が壊れる音。今ならおそらく私の人形に阻まれていた兵士たちは、誰もそこに行っていないはず」

「な、なるほど」


 理解はしていなさそうだが、私は有無を言わさず連れて行く。


 瓦礫の山を越え、そこに辿り着く。やはり、予測通りに壁は壊れていた。人が五人ほど通れるような大きな穴だ。


 だが、そこに彼の姿がなかった。


「どこにいるの……」

「先生?早くしましょうよ」


 九重さんが私をそう促す。それに引かれて私は穴の方へと向かっていく。


 たしかに、彼の魔力を感じたはずだったのに。


 そんな大きな不満を抱えつつ、私は、私たちは逃亡に成功した。


 ようやく、勇者の逃亡劇が幕を下ろした。

これにて、『勇者の逃亡劇』が終わりました。


そして次回は三日ほど間を空けてから投稿したいと思っています。気長に待っていてください。

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