八話 勇者の逃亡劇③
勇者の逃亡劇、3個目!
最初の辺りは星奈目線ではなく、三人称で書いています。
…………書けてますよね。
「勇者の……裏切り者の居所が分かった」
「本当ですか、隊長」
隊長と呼ばれた大男、カリスは王国の戦力である騎士団の一つを受け持つ騎士団長だ。そして、今王直々の命令によって、城内の全戦力が駆り出されていた。
異世界から来たという子供達を倒すために。
「でも、どういうことだ?なんなんだ。王は何を考えている!」
カリスは怒鳴りながらその机に拳を振り下ろした。音が響く。
「王国の身勝手で呼び出した勇者を、それも子供達を殺すなど」
「隊長……」
部下たちがどよめきを孕んでいる。
「わ、悪い。私がしっかりとしなければな」
カリスはその言葉とともに自分の中で決意を固める。たとえ、この手が地に汚れるとしても、少年少女を殺す、と。
「騎士たちよ、行くぞ!」
カリスの号令に部下たちは咆哮をあげる。そして、各々装備を持って戦場へと駆けて行った。
♦︎
カリスは報告された場所へと団を率いて向かっていた。ガチャガチャと鎧の擦れるような音と、騒がしい雑踏。その合間を縫って進んでいく。
「いたぞ!」
中庭の横に位置する廊下。その端に一つの影が見えた。そこにいたのは茅野星奈とかいう、子供達の先生だった。
「お前は、お前たちは、何も悪くない!全部私たちが悪い!すまない」
「…」
そんなカリスの大声の謝罪も、星奈は何一つとして答えなかった。
「一瞬で殺してやる」
カリスは剣を引き抜く。その刃にカリスの顔が映る。醜く、シワによってくしゃくしゃになっていた。そして、目元が潤んでいる。
「うあああああああああああ!!」
不格好にカリスは剣を振り抜く。だが、それは空中を踊るように、空を切った。風の音だけが、カリスの耳元で反響する。
だが、驚くぐらいカリスは冷静になっていた。数多くの戦場でこのような場面は多々あったからだ。
落ち着いてカリスはその方向へ向き直る。見れば星奈は地を蹴って横に飛び寸前で避けていた。
ならば、と。カリスは己が剣が地面に衝突する間も無く、その剣の動きを軌道修正し星奈の首を狙った。
「はっ!」
カリスは気力を呼気とともに吐き出した。
だが、星奈はその剣すら避けた。
不自然な動きをして、だ。
「なんだ?」
カリスは正体不明の恐怖を感じていた。何かは分からないが、この目の前の敵は只者ではない、ということは分かる。
「はっ!タアァァァァォァああああ!」
何度も剣を振る。だが、それは例外なく星奈の横を通っていく。カリスの頭が焦燥感で埋まる。恐怖感で埋もれる。それを薙ぎ払うかのように剣はその動きを極端化している。
そう、初心者目からしてもその動きは単純で、読みやすく、すぐにでも殺せるほどだった。
だが、星奈は一切攻撃を仕掛けない。全ての攻撃を避けるだけだった。
「くっ!」
カリスはついに呻き声を漏らした。そして、聞こえたのは自分の声だけ。
当たり前だ、とカリスは鼻で笑う。
「待てよ……」
さっきから、音が妙に少ない。いや、カリスの声や剣が切り裂く風の音は大きい。
違うのだ。この戦場にある音が小さいのではなく、少ないのだ。
さっきから、星奈が動いて出来る音がないのだ。
剣を避けるときの地を蹴る音がない。戦場は激化しているのに呼吸の乱れる音がない。足音がない。声が聞こえない。
そう、まるで、聖奈がそこにいないかのように。
「ど、どういうことだぁぁぁぁあああ!」
カリスは正体不明の敵に吠える。
だが、やはり星奈は―――そいつは音を出さない。
カリスの迅速の剣戟を避け続ける。
「「「「くらえぇぇぇぇぇぇええええ」」」」
そんな声がどこからか聞こえる。そいつの真後ろだ。槍を、剣を、持って駆けた兵士たちがそいつに突貫する。
その武器はそいつの体に突き刺さる。だが、そいつからは血が流れなかった。ただ不明瞭な感覚が兵士たちを苛むだけだった。
「なに?!」
その兵士たちは愕然とする。理解不能。理解不能。
「と、とにかく攻撃だ!攻撃を続けるんだ!」
そこからは子供のお遊びと言っても差し支えなかった。迷わず勢いよく特攻を仕掛ける兵士たち。だがそれに相対して位置するそいつは、その攻撃のことごとくを躱し、避け、あるいは受けてもなお平然と立っている。
しかし、攻撃の嵐が止むことはない。ただ、そのまま時間が経てば疲弊しきった兵士たちが地に伏すのは明確だった。
「くそ!なんなんだ一体。タチの悪い悪夢だな」
カリスがそんな言葉を吐き出す。王国の戦力そのトップですら、このザマだった。
「どうすれば……」
カリスは戸惑う。勝機が見えない。目の前の道は暗く閉ざされ、底のない泥沼に沈んでいくだけだった。
「私が手伝いましょうか」
と、その暗がりの道から濁ったような声が響いてきた。
「あなたは、王国魔法騎士師団のアルカス・ルータス、か」
「いかにも」
すると、早速アルカスはそいつの方に腕を伸ばした。そして、詠唱を唱えずにそれは顕れた。
♦︎
「つまり、その[光]魔法で幻影を作って、それで敵を拡散したらってことか」
「まあ、そういうこと」
そう。そうなのだ。私は昨日のうちに城中に私の幻影を作り出す魔法陣を張っておいたのだ。
そして、予定時期よりかは早かったが、それを使い作戦は成功した。
このままいけば、楽に抜けることができる。城のもののみぞ知る秘密の抜け穴というやつを、だ。
そこに警備が置かれている可能性は否めないが、他のところよりかは楽に突破できる。
「早く行こう」
私たち五人はさらに足の動きを速める。
いける!これで、いける!
私がそう確信したとき、その男は現れた。
「どこへ行くのです?」
「えっ?」
どうして、ここに敵兵がいる。敵兵は撹乱させてるはず。なのに、こいつは。
関係ない。こいつは、今ここで殺す。開幕速攻、拳を振り抜く。が、その男は私の拳を片手で受け止めていた。
私は身の危険を感じ、その体を後退させた。
「……どうやって」
「ああ、あの人形ならすべて食べてきましたよ」
食べ、た。まさか、まさか!
こいつは……。
「ほう…。もう気づきましたか。そうです」
[光]魔法と同じく希少価値が高く、それと同時に、私の天敵となりゆる属性魔法がある。
それは――――。
「私は[闇]魔法の使い手……アルカス・ルータスと申します」
次の勇者の逃亡劇④で、『勇者の逃亡劇』は終わります。
それから作者の諸事情でこれからさらに文量が少なくなっていくと思います。
申し訳ございさん。
よければ別作『壊れた勇者は恋をしたくない』もよろしくお願いします。