プロローグ 地獄の記憶と地獄の再臨
よろしくお願いします。
誤字脱字等々ありましたらご報告いただけるとありがたいです。
幾数もの人影がこちらへ向かってくる。狂ったような形相で。鈍く光る長剣を手に握って。
吠える。何かを吠える。
私はそれを眺める。人の波を眺める。そして、その視線を隣の彼へと流した。その表情は、苦しそうで、悲しそうで。
本当はこんな戦い望んでいないのに。
誰だって同じだ。こんなもの、こんな結末、望んでいなかった。勝手に定められた運命に翻弄され、ボロボロに成り果てて、そうして最後はコレだった。
私は泣く。ただ泣く。無価値な自分に。無力な自分に。何もできない弱い自分に。
ねぇ、何で?君はそこまで強いの?涙の一筋すら流さない君は、一体なんでそこまで強くなれたの?
かつて彼はこう言った。ぼくは強くないよ、と。
嘘だ。そんなのは嘘だ。だって君は今だって、誰もが絶望しているこの腐敗しきった現状の中でも、希望を見据えているじゃないか。
私はそんなことはできない。ただ黙って、涙を流して、悲観して、絶望して、何もできない。
それでも、君はただ一人、みんなを救うことができるハッピーエンドを目指している。
敵は向かってくる。刃物は陽炎と煌めいて、その殺意を本物としている。
間合いは詰まる、詰まる。互いに得物を構え、そして交わる。
叫喚、叫喚。戦場は荒れた。
刃は振るわれる。彼は、真っ先に狙われて、それでも腰に備えられた漆黒の剣を抜かない。
誰も傷つけたくない。そう彼は言う。一度は壊れて、私たちに牙を剥いた彼がそう言う。だからなのか。
彼は本当の絶望を知っているから、もう誰にもそれを与えたくなかったのか。
回避、回避。彼はそれを続けた。悪意を殺意を避け続ける。
私は、私は。
始めて、私に刃が振るわれた。私は身の丈ほどの長大な杖を前に掲げる。剣と杖、ぶつかった瞬間、反動が身を駆けた。
「ひッ!」
本物の殺意に晒されたことがなかった。正直に、怖かった。彼がこれを毎日のように受け続けた日々があったと考えるならば、それは到底耐えられるものだはなかった。
腰が引ける。あっ。
そして、私は戦場の地へ倒れ込んだ。そんな私に無残にも剣は振り下ろされんとしていた。
死ぬッ!
「裏切り者がッ!死ねッ!」
裏切り者?そんなわけない。私が、私たちが、裏切るわけがない。
これが奴らの策略なのだ。策略
もう、死ぬね。ごめんね。
矢崎くん。
"キーン"
と金切音が戦場に鳴り響いた。瞼をゆっくりと開く。まだ怖い。本当は殺されんたんじゃないか、と。不安が脳裏を埋め尽くす。
しかし、その不安は安堵へと変換されていった。
彼が、矢崎くんが漆黒の剣を抜いて私の前の刃と交わらせていた。
「大丈夫?」
そう矢崎くんは優しく問いかけてくれた。もちろん目線は相手に向けていた。
でも、その優しさが、私の方向へと向けているのは分かった。それが何よりも嬉しかった。
それでも、こんな嬉しいことはあっても、戦いは残酷に続く。
でも、さっきまでとは何かが違うかった。心の持ちようか、それともまた他のものか。
何かはわからないが、決定的に何かが違うかったのだ。
その戦いに希望が指したかのように見えたのだ。
♦︎
「まって!どうして!」
こうなるの!
どうしてッ!
薄い薄い膜に隔てられて、彼は向こう側にいる。
「待って!待って!」
こんな結末は悲しすぎるよ……。
地面から溢れんばかりの光が眩いほど輝いている。
それが私たちを覆っていく。まるでここから消えていくように。
白に、覆われていく。
彼の影が薄っすらと消えていく。虚空へ溶けるように消えていく。
「さよなら」
誰かが言った。
待って!私、まだッ!
何も、言えてない。
彼が、彼だけが、こんな結末なんて悲しすぎるよ。
♦︎
「はっ!」
動悸が治まらない。まだ拍動が激しく躍動している。
まだ、この記憶。
頬に何かを感じる。
涙?
「まだ、未練たらたらじゃん」
自嘲気味にそう呟く。そな言葉とは裏腹に涙はその役割を止めようとしない。
ただ、ずっと流れるだけだった。
「かっこ悪い」
まだ、決別できてないだなんて。
あの地獄から早5年
私はなんの変哲も無い生活を勤しんでいた。
そして、今日は初勤務。とはいっても、仕事場には何回も言って仕事をしていたのだが、ある意味今日が初勤務だ。
彼に憧れて、誰かを導く仕事がしたかった。
だから、先生というのを選択した。もちろんそこまで簡単なものではなかった。
しかし、あの地獄と比べればこんなものへっちゃらだった。
身支度を整えて、私は勢いよく家から飛び出した。
桜並木の下を通り、新たな場所へと。
入学式は始まり、校長先生の祝辞に始まり、様々な注意喚起、今日の動きなどが述べられ、終わりを迎えようとしていた。
やっとだ。私は自分の教室へと向かう。
ありきたりに言うならば夢と希望が溢れた部屋へと。
そして、ドアを開く。ガラガラと鳴りスライドして開かれた隔たりの向こうには、ガヤガヤとした喧騒が広がっていた。
その中を私は教卓へと向かった。
そして、言う。
「おはよう」
と。
「それじゃあ自己紹介でもしていこうか」
私はあらかじめ決めていたスケジュールに沿って進めていく。
「私の名前は茅野星奈、よろしく」
生徒達から拍手が加わった。
とても、とても暖かい。
自己紹介は続いていった。面白い子、恥ずかしがり屋な子、冷静沈着な子、かっこいい子。様々な生徒達がいた。聴いていて飽きないようなとても濃厚な時間だった。
矢崎くん、私は新しい道へと進めたのかな?
そんな呟きを心の中で発する。
私は新たな道へと踏み出そうと―――――
していたのに。
幾数もの光の線の軌道が交わり合って一つの図形と成していた。それがこの教室の地面全域に広がっていた。
既視感を覚える。これは、そんなまさか。
ありえないありえないありえないありえない。
「ァァァァァアアアァァァァァアアァァッ!」
絶叫は響く。私の喉が壊れるくらいに響く。
その光は眩かを強める。濃く、強く、果てしないほどの量の光に教室が満たされた瞬間。
不思議な浮遊感が私たちを襲った。
浮いていて、そして存在があやふやになっていくような感覚。
覚えてる。覚えてる。
ここから地獄が始まった。そんな日々が始まった。開いちゃいけない扉が開いた。
ダメだ。ダメだ!ダメだッ!
その先に行ったらダメだ。
そんな叫びも虚しく光は私たちの姿見を覆った。
目を開ければそこは円状に等間隔で並んでいる神秘的な石造りの柱が見え、中央には玉座が置かれていた。
そしてそこに座しているのは長い髭が特徴的な白髪の老人。その顔のシワは確かな威厳を確立していた。
「ようこそ、勇者諸君」
そいつはそう言う
「異界なる地アルデリアへ」
そいつはそう言い、静かに笑った。
それを感じ取ったのは私―――この地で勇者として戦っていた茅野星奈だけだっが。
♦︎
薄暗い廃墟で、一人の青年は佇む。
ボロボロのマントを翻して、先ほどの世界の揺れの起点となった方へと体を向けた。
「これは」
その言葉を聞く者は誰一人として存在せず、その空間に木霊していくだけだった。