1
20✕✕年 3月17日
今日は僕の恋人の、葉山薫の葬儀だった。
交通事故で即死だったというのに、その顔は眠っているかのように穏やかだ。
今にも目を開けて、おはよう!と馬鹿みたいにデカい声で話しかけてくれそうなくらいに。
白い花に包まれた薫の姿は、皮肉なほど美しかった。
死花より先に、ウェディングドレスを着せてやりたかったなぁ…なんて、遺影のピースサインを見つめながら思った。
自然と涙は出なかった。
悲しくないわけがない。
きっとまだ心が受け入れてくれないから、涙なんて流す暇がないんだと思う。
僕と薫が付き合っていたことを知る友人は、同情の言葉をかけてくれた。
「大丈夫だよ」と「ありがとう」を繰り返して、愛想笑いで繕った。
薫が灰になったのを見届けて家に帰ると、時計の針は22時を指していた。
そう言えば、まだ今日は何も食べていなかった。
冷蔵庫を開けても、中にはマヨネーズと卵が2つあるだけ。
ゆで卵を食べようと鍋に水を入れて火をかける。
「あー!またそんな物しか食べてない!ちゃんとご飯食べてよ」
頭の中で、薫の声がした。
馬鹿か、薫はもう死んだのに…。
出来上がったゆで卵は、若干半熟だった。
僕は固めが好きだけど、薫は半熟が好きだった。
僕はマヨネーズ派だけど、薫は塩派だった。
僕は頭から殻を剥くけど、薫はお尻から殻を剥いた。
ゆで卵ひとつとっても、思い出がたくさん浮かび上がってくる。
今頃、薫はどこで何をしてるんだろう。
天国に辿り着いたのか?
それともまだこの世にいるのか?
真っ暗で何も無いところを彷徨っているのか?
気がつくと、僕はお風呂に入って歯を磨き終え、ベッドに横たわっていた。
目を閉じると、薫の笑顔が瞼に張り付いていた。
ふわふわとした感覚のあとに、夢が僕を迎えに来た。