俺と少女の変わった関係
ワンピース姿の少女は、安いパイプ製のベッド上に座り込んでじっとりとした視線を向けていた。
警戒心や敵対心はない。
ただ、「早くしろ」という言葉を目で訴えかけているだけだ。
「じゃあ…………」
少し近づいてやると、少女の方から手を頬に添えてきた。
少女は少し、嬉しそうに笑った。
その笑顔は可愛いという感じではなく、本当にただ満足気な笑み。
少女は顔を近づけてきて俺の瞳を覗き込みながら舌を俺の頬に這わせた。
これは彼女なりの愛情表現とのようなものらしい。
別に舐める事で興奮したりしている訳ではない。
無論、俺も頬路を舐められて興奮するような変人ではない。
彼女に舐められると、どことなくざらざらした感触がする。
少女はゆっくりと、顔の角度を変えて俺の顔を舐めまくる。
少女は頬と顎とおでこと鼻先を実に十分程かけて舐め回すと、満足したようでぱっと顔を話すとたどたどしく「あ、り、が、と」と言った。
でも、これだけでは終わらない。
まだもう少し、彼女の時間は続く。
一番重要で、一番大変な事が。
「グル……」
少女は力み、口を開ける。
犬が唸り声を上げて口を開ける感じだ。
俺はぐっと耐える心構えをした。
「いただ、キマ……す」
「どーぞ」
次の瞬間、彼女の口がぐわっと“裂けた”。
それこそ口裂け女みたいに頬まで。
そして少女は俺の首筋に噛みついてきた。
「うぐぅっ……………!」
相変わらずその痛みに耐える事ができず、俺は声を上げた。
これは、少女の喰事だ。
血を吸う……と言えば吸血鬼が真っ先に浮かぶだろうが彼女は違う。
吸血鬼ではないのだ。
最たる証拠に彼女は血を吸っている訳ではなく、痛みから生まれる“痛み”を喰っているのだ。
噛みつかれた直後は痛みが伴うが、少しすると徐々に和らいでいきやがて何も感じなくなる。
「ウマ……ウマ……」
「喋りながら食うんじゃねえ」
俺は自由な右手でコツンと少女の頭を軽く叩いた。
すると少女は首から顔を離し、「痛い」と口を尖らせた。
「お前に痛覚があるのか?」
「ある」
「ふぅーん」
「殴ッテ、みるか?」
「やだね、女の子を殴れるか」
「ツマらん、奴」
「お前なぁ……お前の“喰事”を提供してやってるのは俺なんだぞ?もう少し、感謝というか敬意をだな……」
「別に誰でもイイ、けど」
「いいのかよ?!じゃあ、なんだよ?!この一年近く、俺が痛みを提供してやったのは全部意味なかったのか?!」
「意味、無くはない。私の、喰事だったから、ナ」
「じゃあもっと敬意持てよ!俺の事、お前とか、つまらんとか言うな!」
「ダッテ……お前、ツマらないもん。手頃ナ、餌程度の価値しかナイ」
「ああそうかよ!もうラーメン作ってやらねーからな?!ハンバーガー買ってやらねーかんな!」
「ソレハ、困る……!」
「だったら、お前呼ばわりするんじゃねえ!ご主人様って言ってみろ!」
「は?ふざけんな」
殴られた。
思いっきり、殴られた。
安ベッドの上から、三メートルは飛んだぞ今。
引っ越しの時の段ボール残しといてよかった。
「お前の命、私が繋いで、やってる。私のホーがご主人様だ」
「このサディスティック女!」
「コノ、無職め」
「それは言わないで」
「……ゴメン、な、さい」
まったく、この少女は酷い奴だ。
痛みを貪った後は、すぐ「散歩に行こう」だ。
俺はお前の喰事のせいで、首が血だらけなんだぞ。
彼女の持つ能力のせいなのかはわからんが十分もあればすぐ元通りになるけど。
「外、行きたい」
「もう少し待て、まだ首が塞がってない」
「わかった」
そう言って少女は黙り、俺は大人しく昨日買った漫画に手を伸ばそうとした。
「少し、マッタ、散歩に行こう」
「早ぇえよ!まだ一分も経っゴホッゴホッ!」
治りきってないのに大声を出したのが間違いだった。
口と首から血が出てきた。
急いで大量の布を手当たり次第に引っ掴んで首に押し当てて、血が止まるのを待った。
まったく、喰事の度にこんな目に遭うのだからたまったもんじゃない。
「全く、コレダから、人間は……」
「おま……あんまり言うと、追い出すぞ」
「ソ、ソレハ、やめてくれ。包帯、巻クノ、手伝う」
そう言って、少女は床に置かれた救急箱から包帯を取り出して俺の首に巻いて……
「ぐっ……!締まってる……!締まってる……!手、離せ今すぐ……!!」
「あ……力加減、ムズカシイ……謝る」
「もういいから……何もしないでくれ……」
それから三十分程して、首の噛み傷が完治した俺は少女に催促されて彼女の散歩に付き合わされていた。
俺としては、できれば外を出歩かせたくないのだが。
こいつは、危険なのだから。
「凄い!楽、しい!」
この普通の街並みのどこがそんなに凄いのかは、あえて訊かない。
訊いた所で、全部!と答えるだろうし。
「まったく……はしゃぎすぎなんだよ、この程度で」
「…………」
凄い形相で睨まれた。
どうやら彼女の地雷を踏み抜いたらしい。
何が彼女の地雷なのかは、俺にもわからん。
「な、なんだよ……」
「ハシャグ、なと言われても、な」
少女はそれだけ言うと、視線を別の所に向けた。
「ぁ……れ……」
「あれ?」
彼女が指差す方向には、ハンバーガーショップの看板。
こいつ……さっき俺の“痛み”を喰ったばっかりだろうが……!
「買、え」
「さっき喰ったろ」
「喰ったノハ、痛み、だ。肉やラーメンとかでは、ナイ」
「お前なぁ……!」
「ダ……メ……なのか?」
「俺が作るでっけえハンバーグと店のハンバーガーどっちがいい」
「っ?!ナン……なんて、事……ダ……」
こいつは、何が気に入ったのか俺の作るハンバーグとラーメンと店で買うハンバーガーがお気に入りらしく、今の様な質問をするとだいたい悩んだ末に諦めてくれる。
少女はう~ん、と必死に考える顔をした。
「仕方……ナイ……」
今回も、悩みに悩んだ末に無事諦めてくれた。
いくら安いハンバーガーでも大量に頼まれでもしたら、たまったもんじゃない。
「ハンバーガーは駄目だが、帰りにソフトクリーム買ってやるよ」
「ホン……ト、か?」
「ああ」
「やった……!」
ああ、もうこんな話をしていると、こいつの危険性を忘れそうになってしまう。
とにかく、俺は緩みかけていた気を締め直した。
帰りにソフトクリームを買ってもらえると知った彼女は、どこからどう見てもウキウキとしていた。
純真な眼差しで、チラチラと俺の顔を見てはニヤリと白い歯を見せて笑って前を見る。
まったく、こうしてると本当にただの子供だな。
「なあ、散歩と言ってたが、今日はどこに行くつもりだ?」
「そ……だな、フ、ランスなんて……」
「海を歩くつもりか、お前」
「歩く……?お前、バカ、か?」
「腹立つなお前」
「くくっ、確か、ニナ」
少女は笑って、一瞬の内に歩道橋の手すりに飛び移っていた。
おいおい、今のを他の誰かに見られちゃいないだろうな?
注目の的にでもされた面倒だぞ。
周りを見渡してみて、誰も見ていなさそうなのを確認して、ひとまず安堵する。
「お前なあ、人前で人間っぽくない事をするなよな」
「ムぅ……力加減、ムズカシイ、な」
「力加減というか、今のは何を思ってジャンプした」
「階段、メンド、クサっくてな」
「お前、普通に歩けるだろうが!昇れよ!」
「アイニク、普通デハ、ないのでな」
確かにそうだ。
こいつは普通ではない、むしろ人間でもない。
「ってぇ、違う!何、納得してんだ俺!普通じゃないからって、数メートルもジャンプして手すりに飛び移る奴があるかあ!」
「飛び移って、カラ言われても、ナ」
「確かにそうだけど!今後は控えてくれ……」
「ムぅ、ワカッタ」
こいつは、もう少し人間の言葉をスラスラ言えるようになってほしいと思う。
喋ると、いつも途切れ途切れになって、聞き取りづらい。
まあ、少しずつ慣れてきてはいるが、一年かけてこれだ、普通に喋れるようになるのはいつになるだろうか。
学習能力自体は高いようで、人間の生活そのものにはあっさり慣れてくれたのは幸いだ。
「オイ」
「なんだよ」
「遊……ボウ」
歩道橋の上で、何をして遊ぶというんだ。
そもそも遊んでいいような場所ではないだろう。
その辺をわかって……ないよなぁ……。
「悪いが、歩道橋は遊ぶところじゃないぞ?」
「あの、滑る……ヤツダ」
「それは公園に行けばある滑り台だな、間違いなくここじゃないな」
「ソ……なのか……ならば、その公園トカユー場所へ、連れて行け」
「はいはい」
俺は彼女が差し出してきた手を握って、「ほら、行くぞ」と歩き出した。
俺は少女を連れて、町の公園に向かった。
途中、少女の視線が何度か食い物に向いていたが、無視した。
「ほら、ついたぞ」
ベンチといくつかの遊具があるだけの、何の特徴もない普通の公園だが少女からすればこれだけでも満足なようで、笑って走り出した。
一直線に駆けだすと滑り台に向かって飛び乗り、滑り下りる事を何度も繰り返す。
外見の割に、やる事が幼すぎる。
というか階段を使え、階段を。
「あははは!楽しい、楽しいゾ!」
「はいはい、そうですか、よかったな」
「オ前モ、遊べ」
「なんでだよ、俺は滑り台で遊ぶような年じゃあない」
正直言って、俺としてはこいつを早く安全な家の中に戻してやりたい。
いつスイッチが入って、彼女が本性を剥き出しにするかわからないからだ。
こうして無邪気に遊んでくれている内にはいいのだが…………
「…………匂う、ナ」
「チッ」
やっぱり、こいつが外に出ると平和的には終わらないようだ。
彼女の言う“匂い”とは、痛みの匂い。
もっと簡単に言えば血の匂いだ。
誰かが誰かを殺したか、傷つけたか、或はただ単に一人で怪我を負った何者かの匂いを少女は嗅ぎ取ったのだ。
勿論、俺にはそんな事わからないが、彼女の反応からして場所は近い。
全く、もっと住む街をよく選べばよかったと後悔してもここから離れる金もないのだから諦めるしかない。
「なあ、俺から喰らう痛みだけじゃ駄目なのか?」
「駄目ではナイ、お前だけでも、ジューブンだ」
「ならいいだろ、面倒事に首を突っ込まないでくれよ」
「ダガ、私は食い意地が、ハッていル」
「はぁ……やめとけ!」
俺は少女の手を引いて、帰路に着こうとした。
巻き込まれたくないという思いがそうさせた。
だが、少女はそんな俺の思い通りにはならず、するりとすり抜けて“匂い”のする場所へ向かい始めた。
彼女の口元が緩み、本当の口の形を取り戻していく。
スイッチが入ってしまった。
そうなると止めるのは至難の業だが、放っておいたらどうなるかわかったものではない。
面倒事に巻き込まれるのは間違いないが、せめて彼女のストッパーにならねば。
「待てよ、俺も行く」
「お前、イテも邪魔だ」
「邪魔しなきゃまずいだろ」
「…………好きにシロ、人間め」
「好きにさせてもらいますよっと」
匂いを辿る少女についていった先は、公園からそう遠くない貸コンテナが並ぶ場所だった。
黄色いコンテナが並び、人目もなく、日が陰っているというのもあってか薄暗かった。
匂いの本があったとしても、そう不思議ではなさそうな場所だ。
(…………で、どうなんだよ?)
俺は小声で少女に訊く。
すると少女は口元に指を当てた。
黙っていろという強い主張が感じ取れ、俺は口を閉ざした。
少女はワンピース姿にも関わらず、猫の様に四つん這いになって、コンテナの陰を移動し、俺も慎重についていく。
時折、匂いを嗅ぐ動きをして、少女は在処を探す。
その動きはどことなくというか、とてもエロティックだ。
俺は場所と姿勢的に、ワンピースから覗く太腿を拝む事になる。
さすがに中まで覗く気持ちはないが。
(……コッチ、だな)
少女がそう言い終えるかどうかのタイミングで、ガタンッと大きな音がした。
呻き声もするし、コンテナに人が叩きつけられたようだ。
それに続けて、怒声も聞こえた。
(おい…………思ってたよりも、やばいんじゃないか?)
(私は、平気ダ)
(お前はそうだろうけどよ……俺は人間なんだぜ?)
(コワイナラ、帰れ)
少女はそう冷たく言って、コンテナをよじ登り始めた。
さながらイモリみたいに、掴めるような場所もないのにするすると昇っていく。
俺は仕方ないので、そのコンテナの横に回って覗き込んでみた。
――ああ、やっぱり。
そこには、黒服を着た男とジャージ姿の男が数人居て、ジャージを着た一人が鉄パイプを持ってコンテナの前にへたれ込んだ男を睨み付けている。
痛みの匂いの本は、襲われている方か。
視線をコンテナの上に移すと、少女が口を開けていつ喰いつこうかと様子を伺っていた。
男たちは目の前の男だけを見ていて、少女にも俺にも気付いてはいない。
(どうするつもりなんだ……?)
あいつが正面からあの男たちに挑んでも、負けるような事はないだろうが、やはり気にはなる。
すると。
「サテ、喰う前の運動、ダ」
(まさか……)
そのまさかだ。
少女はコンテナの上から男たちの前に飛び降りた。
「誰だてめえ?!」
黒服の男の怒声が響いた。
公園からもそう離れてはいないとはいえ、住宅も離れている訳ではないのに何してんだこいつらは。
「おいおい、俺たちゃ遊んでる訳じゃねえんだぜ?」
「まあ、見られたからにゃあ、ただで返す訳にはいかねえよなあ」
「中学生、いや高校生ぐらいか?」
「まあいいだろ、連れてって楽しんで、親から金搾り取って返しすとするか」
そんな会話が聞こえた。
しかし、俺は少女の方に視線を向けている。
あいつがどうするのかだけが、俺の気がかりなのだ。
それでも一応、携帯を取り出してレコーダー機能を起動させて男たちのやり取りを記録させてもらっている。
それにしても、へたれ込んでる方の男は何をしたんだ?
「まあ、手を焼かせるなよ嬢ちゃん」
下卑た笑い声。
伸ばされたその手が少女の肩を掴もうとした瞬間。
「痛み、モラウゾ」
少女の指が鋭い刃物のような爪へと変わり、男の右腕をばっさりと切り落としていた。
「ぐぁあっ……!う、腕が……!!」
「痛い……イタイ……美味そう……だな……キヒヒッ」
少女は、男の痛みを喰らおうと口を開けたが、男が闇雲に振るった鉄パイプが少女の首を捉え、その身体は勢いよくふっとばされて地面に叩きつけられた。
ぐったりとして動かず、首もおかしな方向に向いている。
男たちの間に動揺が見て取れた。
「…………」
俺は、何もせず少女の方を見る。
あいつが死ぬ訳がないのだ。
こちらに向かって捻じ曲がった少女の口元が笑みを浮かべた。
「やべえぞ!殺っちまったぞ!」
「それより、腕どうすんだ?!」
「とりあえず止血だ!急げ!!」
動揺した男たちの言葉が飛び交う間、へたれ込んでいた男がそっとその場を離れようとしていた。
俺はできれば、そのまま逃げのびてほしいと思った。
だがそいつは、覗いている俺と目を合わせた直後、何を思ったか「そ、そこにもいるっ……!」と言いやがった。
そのせいで、男たちは俺を見つけ、一人が「何見てやがる!」と走って来た。
俺は慌てて逃げようとしたが、足がもつれ転んでしまい、あっという間に男に捕まった。
(くそっ……あいつ何考えてんだ……!おい、さっさと起きろ!)
俺がどれだけ睨み付けても、少女は倒れたまま起き上がろうとしない。
まさか本当に死んだのか?
「おいてめえ、どこのガキだ?」
答えないでいると殴られた。
その間にも、少女に腕を斬られた男はもう一人の男に止血を施されていた。
「そこの男もとっ捕まえておけ」
「あいよ」
逃げようとしていた男も捕まる。
「そいつ……何したんすか……」
「あぁん?黙って聞かれたことだけ答えろや」
「どこのガキかって聞いてんだよ!」
また殴れて、地面に叩きつけられる。
口の中に鉄の味が広がって、ぺっと吐き出してみると、べっとりとした血が出てきた。
すげえ痛い。
こういう痛みを喰ってほしい。
「答えろオラぁ!!」
「ぐっ……!」
今度は蹴られた。
それでも答えないでいると、更に蹴る、殴るの暴行を受けた。
全身が痛い。
それでも、少女は起きない。
(なんなんだ、あいつ……!)
そして、しびれを切らしたのか、男が俺の襟元を掴みかかって来て後頭部を思いっきりコンテナに叩きつけた。
「がっ……!」
「いい加減、吐けよ!どこの誰かって言えば済む事だろが!」
そう言われてたってなぁ……こっちは…………親はいないしな。
(くそっ…………なんで親は死んだんだっけ……?)
嫌な事を思い出そうとして、俺は涙ぐんだ。
その間にも俺は殴られ続け、隣でもう一人の男も同じように暴力を受けていた。
そんな俺の視界の向こうで、少女がゆっくりと立ちあがった。
「よぉ…………やっと起きたか…………」
「あ?」
次の瞬間、男は消えていた。
一つ瞬きした間に、だ。
少女の姿もなく、少女のいた場所には少し人に似た姿をした異形の竜がそこにいた。
男は、竜の口の中にいてグチャグチャと音を立てて飲まれていく。
竜は、男が死ぬその瞬間の痛みを全て喰らい尽すと、少女と同じくらいの大きさになって他の男たちにも襲い掛かっていった。
次々と襲い、片端から鋭い爪で切り刻み、痛みを喰す尽くした。
男たちが死ぬその瞬間まで、痛みを感じたのかはわからない。
でも一つわかるのは、少女であった竜は今、とても満足しているという事だ。
男たちは肉片一つ残さず、喰い尽された。
その体積が竜の体のどこへ行ったのかわからない。
そんな事はどうでもいいのだ。
とにかく今はこの隙に逃げるしかない。
乾いた音が響き、俺は腹の辺りに熱い物を感じた。
振り向くと、さっきまで殴られていた男が拳銃を持っていた。
「なんだよ……クソが…………」
「お、俺は死なねえぞ……!お前もどうせ、あの化け物の仲間なんだろうが……!俺は、俺は…………絶対逃げ延びてやる!」
ああ、そうかよ……お前もあの男たちの仲間だったのか……
あの男たちの所から逃げようとして…………
俺は、朦朧とする意識の中で男が拳銃を竜に向けるのを見た。
「オ前、傷、ツケタナ……私ノ物ニ……!」
そんなくぐもった少女の声がした。
そして、視界の箸にいた男はまた消えた。
全員、死んだな。
感じた時には、俺はごろりと転がされた空を向いた。
覗き込む顔は竜ではなく、あの少女だ。
「…………」
何か言われた気がするが、何を言ったのかわからないまま俺は――
□
まどろみの中で俺は、病院のベッドの上で目覚めた。
生きている。
なぜ?
その問いに対する答えは、医者から聞かされた。
誰かが「男の人が、襲われている」と警察に通報してくれたらしい。
それで救急車も出て、意識不明の俺は見事救われたという訳だ。
しかし、通報してくれた人はどこにもいなかったそうだ。
その人の声はどうだったかと訊くと、女の子だったらしい。
「…………あいつ、俺の痛みは喰っていかなかったのかな…………」
俺は、病院のベッドの上で外を見ながら呟いた。
俺の痛みを好んでたくせに。
□
それから三ヶ月が経ち、俺は退院して家に帰った。
しかし、「ただいま」と扉を開けた部屋には誰もいなかった。
「ラーメン作れ」とか「ハンバーガー買え」とせがんでくる、あの少女はいない。
俺は、胸が痛んだ。
手術痕の痛みじゃない何かだ。
でもその痛みを喰ってくれる奴は…………
「いないよな……」
俺の足は、おのずと少女と出会った、あの神社に向かっていた。
町のはずれにある、小さな神社だ。
俺はそこで、痛みを喰えず腹を空かして餓死しそうなあの少女……というより竜と出会った。
俺より少し小さいが、それは確かに竜だった。
その時、俺は父が事故で死んで、母も自殺した事で相当まいっていた。
俺も、自殺しようと思っていたのだ。
だけど、その竜を見た瞬間、俺は自殺しようという意思が消えていた。
助けたいと思った。
何故そう思ったかはわからないが、どうにかして何か食わせてやらなきゃと思った。
でも、何をやるべきなのか迷っていると、竜は人間と同じぐらいの大きさになって俺の腕に噛みついてきた。
初めて、“痛み”を喰われた瞬間だった。
確かに最初のうちは痛かったが、徐々に痛みが吸われていくのがわかり、こいつの食事は痛みなんだって事を知った。
それが俺とあいつの出会いだった。
父親は事故死、母親は自殺。
友達だった奴らは、遠ざかっていった。
俺を引き取った親戚も俺の事を煙たがっていたから、こっちから出て行ってやった。
そしてあいつは、喰うだけ喰って、どこかに行きやがった。
なんでどいつもこいつも……俺の前から……!
「食い逃げは許さねえぞ、クソガキが!」
「誰ガ、クソガキだ、人間ノ癖に」
その声は、確かに少女の物だった。
振り返るとそこに、竜が居た。
出会った時と同じ、異形の竜が。
「どうして……いなくなった?」
「お前が、起キヌカラ、待ちくたびれたのだ」
「じゃあ、なんで俺が目覚めてから三ヶ月も出てこなかったんだ?!」
「スマヌ…………目覚めたと知る、ノガ、遅くなった……」
竜は、少女の姿に変身しながら謝ってきた。
俺の胸に頭を押し当て、泣いているようだった。
「嬉し泣きか?この」
「馬鹿言ウナ、腹が減ったのダ。オ前が作るハンバーグか、ラーメンで、イイ」
「わかったよ、買い物付き合え」
「……ウン」
「露骨に嫌そうな顔すんな」
「してない、モン」
「わざとらしくかわいく言うな」
「ワザとでは、ない」
「やっぱやめた、作ってやんね」
「なっ……!それはヤメロ!」
「じゃあ、俺にキスしてみな」
速攻でキスされた。
光よりも速かったような気もした。
「えっ……?」
「ハンバーグとラーメン、リョーホー作れよナ」
少女が見せたとびきりの笑顔は、とても嬉しそうだった。
少女は、ハンバーグとラーメンと、痛みを喰う。
俺は、彼女にハンバーグとラーメンと、痛みを喰わせる事で、心を埋める。
またいつまで続くかはわからないが、少なくとも続いている間は俺の心は充実しそうだ。
それが俺と少女の、変わった関係だ。