表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

想い、2つ

作者: 福宮薫

私の朝は、この一言をかけることで始まりを迎える。


「おはようございます、お嬢様」





お嬢様はベッドの中で未だにゴロゴロしていて、中々起きる気配を見せない。

「お嬢様」

「うーん…あともうちょっと…」

「お嬢様!」

「んー…分かってるから…起きますよっ…と」

お嬢様はそう言うと、体をゆっくりと起こしひらりと地面に降りた。

「ねえ、今日の朝ご飯は?」

「フレンチトーストとハムエッグにいたしましたが…」

「本当!?嬉しいわ、あれとてもおいしいのよね!」

トタトタ、とお嬢様はリビングへ走っていく。

私は微笑み、その後を追った。





お嬢様は上機嫌で編み物をしている。

それを見ながら、私は温かい気持ちになった。

(お嬢様は、とても優しくて、強い人だ)

まだ15歳だというのに、弱音もいっさい吐かない。

私も19歳だからそこまで差はないかもしれないが、そんな私から見てもお嬢様は大人びている。

彼女はきっと、どんなに辛い運命を背負わされていたとしても、前を向いて歩いていけるだろう。

でも。

(それでも、一人ぼっちは辛いだろう)

だから、私は消えられない。

もし身体は消えたとしても、魂はお嬢様の側にいなくてはならない。

(彼女を一人にして…逝けない)

私は透けそうになっている手を、そっと握りしめた。

「ルドルフ?」

すると、お嬢様が怪訝そうにこちらを見ていることに気付いた。

(――いけない)

私はお嬢様を不安にしてはいけない。

そのためにここにいるのだから。

「どうされましたか、お嬢様?」

私はにっこりと笑った。





太陽の光を浴びてのびやかに育った植物たち。

によって作られた、どこまでも広がっている草原。

そこでお嬢様はひたすら走っている。

お嬢様は走ることが好きだ。

そして、走っているお嬢様はなおのこと美しい。

太陽の光を反射して光る金髪は、彼女自身の眩さを表しているようだ。

私はそう思っている。

(私の黒い髪とは大違いだ)

せめて銀髪だったらお嬢様と対にはなれたのに、そんなことすら叶わない。

なんて幼稚で馬鹿げた考えだろう。

私は苦笑した。

(私はもう、お嬢様と一緒に走ることはできないけれど)

私の体は弱くなってしまった。

今自分にできることは、木陰からお嬢様を見守ることぐらいだ。

(だって、自分はもう…)

「―――しまっているから」

自分の手をそっと太陽に照らしてみた。

半透明な手は、遠くのお嬢様の後ろ姿を私の目に映した。





「おやすみなさい、お嬢様」

「うん…おやすみ、ルドルフ」

私はお嬢様に笑いかけて、その場を去ろうとした。

しかし、

「ルドルフ」

「…お嬢様?」

お嬢様に呼びかけられ、私は足を止めて振り返った。

「どうかなさいましたか?」

「ねぇ…今日は、ここにいて?お願いだから……」

「お嬢様…」

お嬢様の声は震えていて、私は酷く驚いた。

(こんな…弱々しいお嬢様は、見たことがない)

お嬢様はまるで太陽のように明るい人だ。

本当に辛いときはわずかに態度にでるが、それも微々たるものだ。

そんなお嬢様が…今、私を必要としている。

(お嬢様が…私を……)

その時私が感じた感情は、お嬢様を守らなければという責任感と──優越感だった。

(馬鹿、俺は何を考えているんだ。しっかりしろ)

「はい、お嬢様。私はずっと、お嬢様のお傍にいます」

そう、ずっと。

私の答えにお嬢様は満足したのか、ふわりとほほえんだ。

私はベッド近くのイスに座り、再びささやいた。

「おやすみなさい、お嬢様」





次の日の朝、私はお嬢様よりも先に起き、朝食の準備をしていた。

(今日の朝ごはんは『和食』と呼ばれているものにでもしようかな…。確か、日本という国で作られているという)

お嬢様が気に入るかどうかは分からないけど、とにかく作ってみよう。

そう思い付いた私は、食材を取りに冷蔵庫に向かった。

無意識に伸ばした手が冷蔵庫の扉をすり抜けてしまう。

(また間違えた)

私はその手を引っ込め、そして手を一振りする。

すると、扉は開く。

(この能力は…あれだ、ポルターガイストに似た感じになるのだろうか)

そう、私はそれが使えるのだ。

なんと言ったって、私は…。

「…ルドルフ」

背後から聞こえてきた声。

私は体をこわばらせた。

いや、そんな、まさか…!

「お、じょう…さま…?」

そこにいたのは紛れもなくお嬢様だった。

(なぜこんな早くに起きてきたんだ!?いつもならまだ寝ている時間なのに…。いや、それより、今のあれ…。まさか、見られたか!?)

それだと非常にまずいことになる。

俺は急いで口を開いた。

「お嬢様、今―――」

「大丈夫、いいのよ、全部知ってたから」

『大丈夫』と言いながら歪んだ笑顔を向けてくるお嬢様。

しかし、俺はそれよりもお嬢様の言葉に背筋が凍った。

(ぜんぶ、しってた?)

お嬢様はうつむいたまま、言葉を続けた。

「私、あの日の夜、全部見てたの」

「あの日の夜って…なんのこと…ですか?」

俺の声が、みっともなく震えているのが分かった。

お嬢様はふわりとスカートを翻して、俺に背を向けた。

「3年前の夜…私、夜だけに咲く花が見たいって、だだこねちゃったことあったわよね。誕生日だからって、柄にもなくわがまま言っちゃって。

でも、ルドルフは夜は危ないから私は出ちゃいけない、だから自分が取ってくるから家で待ってろって言って、探しに行ってくれたのよね。

でも、ルドルフがなかなか帰ってこないから私心配になって…家を出たの。そしたら…」

「ダメですお嬢様、その先を言っては!!」

俺はもう分かっていた。

本当にお嬢様は…すべてを知っているのだと。

でも、お嬢様は話すのを止めなかった。

「ルドルフが崖から落ちるところを…見ちゃって…。私はすぐ崖に近づいたけど、ルドルフの姿は見えないし…凄く高くて、果てしなくて、底は見えない…。

だから…きっと、ルドルフはもうっ…死んじゃった…って思ってっ…!」

お嬢様は、泣いている。

顔が見えなくても、そんなことはすぐに分かった。

でも、お嬢様は話すことをやめなかった。

やめたら最後、もうこのことを話すことはできなくなると感じているようだった。

「私、凄く怖くなって、家に帰ってずっと泣いてたの。そしたら、ルドルフがただいま帰りました、なんて言って帰ってくるでしょう?私はじめは凄く嬉しくて…でもすぐ気付いてしまったの。ルドルフの体に、どこも傷が付いていないことに」

「お嬢、様…」

なんて聡いんだろう。

聡いからこそ、お嬢様は、その事実に目をつぶることはできなかった。

そして俺にも、真っ直ぐ事実を突きつける。

「ねぇ、だからルドルフ…あなたは……幽霊、なんでしょう?」

お嬢様はこちらを向き、じっと俺を見つめた。

綺麗な碧い瞳に見つめられて、嘘なんてつけるはずがなかった。

俺は頷く。

「そうです…俺はもう生きてはいません。死んでしまったんです。3年前の夜に」

「そう、なのね……。ごめんなさい、ルドルフ。私のせいであなたを縛りつけてしまって。でももういいの。私は…私は、一人でも生きていけるから」

お嬢様の言葉に俺は目を見開いた。

「そんな…本当にそうだと思っているのですか!?なんといっても…お嬢様は……!」

そう、お嬢様には重大な秘密がある。

辛く苦しい、業が。

「お嬢様は、死ぬことができない体なのに!!」

お嬢様の家系は先祖を辿ると魔女であった。

そのため爵位もない成り上がりであり、周りからはただでさえ白い目を向けられていた。

そこに生まれたのがお嬢様だ。

お嬢様は莫大な魔力を秘めており、成長もある程度で止まり、死ぬこともできない…。

そう占い師によって告げられた。

ただでさえ、魔力を持つものは珍しい。

そして自ら魔力を持っていることを皆隠すのだ。

そんな中に、こんな世界にお嬢様は産まれた。

旦那様と奥様はそんなお嬢様を忌み嫌った。

そしてお嬢様が10歳となると、森の中の小屋にお嬢様を押し込め、俺をつけた。

それから毎月のようにお金は届けられるが、お二方からの手紙は一通も来たことがない。

「お嬢様はきっと、この先も絶対に辛いことが数多くあります。ずっとここで暮らすわけにもいきませんし、新たな場所へ旅をしなければならないこともあるでしょう。そんな時に、本当に一人で、大丈夫なのですか…?」

「っ…」

お嬢様の顔が酷く歪んだ。

(そんなに辛いなら、こんなこと言わなければいいのに…!)

俺は思わず、感情的に叫んだ。

「幽霊となった俺なら、あなたの側にずっといられる!俺はあなたを一人にしない!ずっと一緒にいられたら、きっと幸せに」

「違う!!」

お嬢様は俺の声を上回る声量で叫んだ。

俺は驚いて口を閉じた。

お嬢様は震えながら、俺をにらんだ。

「人は…生きているから、幸せなの。生きているから、この世界にいられるの。生きていないあなたは、幸せでもないしこの世界にもいられないわ。きっといつか…いつか、バランスが崩れてしまう」

「そんなことは…!」

「ならルドルフ…あなた、私の名前、分かる?」

「え…?」

この言葉に俺は虚をつかれた。

お嬢様の、名前?

俺は確かにそれを知っていたはずだ。

なのに…はずなのに…名前が思い出せない……!!

(俺の記憶が…欠落しかけている…?)

お嬢様はそんな俺を見て、悲しげに目を伏せた。

「ねえ、ルドルフ…もういいの。ありがとう。私はあなたといられて、本当に幸せだったわ。お母様にもお父様にも愛されなかった私を、あなたは愛してくれた。それだけでもう、十分なのよ…」

確かに俺はお嬢様を愛している。

でもきっと、お嬢様は勘違いをしている。

俺は親愛の意味ではなく、別の意味でお嬢様を愛しているのだ。

「お嬢様、私はあなたのことを―――」

俺の言葉は、お嬢様の言葉によって止められた。

「ルドルフ。私、あなたのことが好きよ」

「…え?」

「好き。大好き。愛してる。できればあなたの…お嬢様じゃなくて、彼女になりたかった…なんて言ったら、おかしいかしら?ぜひ笑ってやって頂戴」

お嬢様の言葉に、俺は目を見開いた。

(まさか、そんな、お嬢様も俺のことを…?)

そこで、お嬢様は恥ずかしそうに笑った。

「ごめんなさい。こんなこと言われても、迷惑ですよね…本当にごめんなさ」

今度は俺がその言葉をさえぎった。

「お嬢様!俺も…俺も、お嬢様のことが好きです。執事としてではなく、あなた様のことが好きなのです」

こんな時、彼女に触れられたらいいのに、触れられない。

俺が彼女に伸ばした手は、彼女の体をすり抜けた。

(ああ、俺…本当に、死んでたんだな)

痛いくらいに実感する。

俺はそっと手を戻した。

すると。

「本当に?」

お嬢様は瞳を輝かせた。

「ええ、本当に」

「ふふっ、ふふふっ…嬉しいわ…。本当に…!!」

そう言うと、ぽろぽろとお嬢様は泣き出した。

それを小さい手で必死に拭う。

「ねえ、ルドルフ、私の名前は『フラン』って言うの。だから…呼んでくれないかしら?」

その願いを断る理由は持ち合わせていなかった。

「フラン、お嬢様」

「"お嬢様"は要らないわ」

「え、っと…フラン?」

「うん」

お嬢様は泣き笑いの表情のまま、力強く頷いた。

「ありがとう。でもルドルフ…もうお別れね」

「え?」

「あなたの体…透けてるわ」

「!!」

俺の体はほとんど消えていて、見えなくなっていった。

「お、お嬢様…」

「いいの。私のことは気にしないで。大丈夫…私の中に、あなたはずっと生き続けるから。だから…行ってらっしゃい、ルドルフ」

3年前のあの日のように、お嬢様は言った。

だから俺も、それに答えなければいけない。

「行ってきます、お嬢様。必ず帰ってきますから、いい子で待っててくださいね」





* * * *





「おっかしいなぁ…道間違えたかな」

俺は森の中を歩き続けていた。

「地図通りならそろそろ町についてもいい頃なのに…はぁ、しくった」

そろそろ日も落ちそうだし、もう最悪だ。

「だぁーもう!!今日は野宿か…夜は冷えるし危ないから嫌なんだよなぁ…」

ぶつくさ言いながら歩いていると、目の前に小さな小屋が見えた。

明かりがついているので、人もいるようだ。

「お、やった!今日はここに泊まらせてもらおう!」

俺はその小屋に近付き、ノックをした。

「すみませーん」

すると扉が開いた。

中から出てきたのは、とても美しい女性だった。

(うわぁ)

俺が感嘆していると、その女性は俺を見て、固まった。

「えっと…あの?」

「ルドルフ」

「え?いや、俺ルドルフなんて名前じゃ」

「ルドルフ…!!嘘でしょう!?まさか…まさか、あなたに会えるなんて…!」

「いや、だから俺は」

「例え生まれ変わりでも…会えて嬉しいわ、ルドルフ…」

女性は俺の話なんかまったく耳に入っちゃいなかった。

そしてその女性は俺に抱きついてきた!

「うわぁ!?あの、ちょっと…」

「ルドルフ…。今度こそずっと、私の側を離れないでくれる?」

しかし、震えながらそう言われれば、さすがにもう否定の言葉を言えなくなって。

俺はうーんと唸った。

(言葉遣いとか身なりから考えるに、なんだか貴族様っぽいし…。貴族様って変わってる人多いしなぁ。勘違いしてるにしても、誤解を解くことは難しそうだな…)

仕方なく、俺は了承することにした。

「分かりました、えっと……お嬢様?」

「…!!」

俺がそう答えると、さらにお嬢様は俺を強く抱きしめた。

俺もなぜかとても泣きたくなって、そっとお嬢様を抱きしめ返した。

想いが2つ、重なったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ