エルフの幻影
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俺達がウエストダンジョンの20階層に行こうとしていた時、19階のセーフティエリアで行き詰まっていたリュミエールの冒険者達に声をかけられた。
どうやらエルフの幻影を追って20階に行ったAランク冒険者パーティーが、コカトリスにやられて全滅したらしい。
セーフティエリアにはここまで逃げてきたものの、石化解除薬が無い為に死んだそのパーティーのメンバーが2人石像になっている。
ここに居た連中は一度外に戻り、石化解除薬を手に入れてからの再アタックを考えているようだが、スタンピードの発生はもう一刻の猶予も無い状態にまでなっている事を彼等に告げ、俺達は先を急ぐことにした。
その際、Bランク冒険者パーティー「ノルディーク」の2人が、俺達に同行する事を申し出てくれた。
Bランクで19階層までしか来たことのない2人には悪いが、36階層までの強行軍に付き合ってもらおうか……今まで経験したことの無い鬼畜仕様のダンジョン攻略になるだろうが、コカトリス対策はしてある、死なないように援護するから頑張ってくれ。
俺達が20階層に侵入した途端に都合良く現れたエルフの幻影は、自分達に向かってきたコカトリスを上手い具合に俺達になすり付けて逃げて行くが、クロスの魔法での援護もありサクサクとコカトリスを倒してその姿を追う事が出来ていた。
「とうっ……はぁ、次が出る前に進むぞ。コカトリスといっても、思ってたよりたいした事ないな、嘴と尻尾の蛇さえ気を付けたら何とかなる」
「あの3匹に比べれば、こっちの方が楽ーって、どうなんだ?」
「……あれは、別物……」
俺達は顔を見合わせ、あの地獄の様な戦闘訓練を思い出して、乾いた笑いを浮かべた。
「兄さん、ここ20階層だよね。こんな簡単に進めていいの?」
後からはノルディークの連中の、ひそひそと話す声も聞こえてくるが、実際あそこで戦った3匹に比べれば大人と子供ほどの強さに差があるんだ。
なんだったんだろな、あの強さは……そんな魔物3匹が、サクラさんやレイティア姫に犬みたいに懐いて、素直に指示に従っていたのには驚愕だったんだが。
「はぁはぁっ……くそっ、やっと追い詰めたと思ったのに! 又逃げられた!」
「ぜぃぜぃぜぃ……まさか30階層まで逃げるなんて。やはりエルフの魔法は凄いですね」
ヒルとクロスは疲労困憊で座り込み、30階層につながる階段を睨んでいる、19階層までしか来たことのなかったBランクの冒険者としては、俺達と一緒とはいえ29階層までついて来れただけでも大したものなのだけどな。
「よし、ちょっと早いが今夜はここのセーフティエリアでしっかり休んで、明日の朝30階層に進もう」
スイムとバイクは俺がそう言うと予想していたのだろう、マジックバッグから水袋を何個も取り出し湧き水を詰めたりポーションや食料の確認を始めたのだが、ヒルとクロスが信じられ無いという顔で突っかかってきた。
「何ですぐに追いかけないんですか? 今ならすぐに追いつけます!」
「僕も、まだ行けます! 早く追いかけないと、見失ってしまいます!」
今から追いかけるって、ウエストダンジョンの攻略は20階層のコカトリスで蓋されて、30階層以上行った奴はいないのか?
「いや、今から30階層に進むのは危険だ。どうせ、明日の朝には全部変わるんだ」
「……30階から……鬼畜仕様……」
「そうそう、お前等もしっかり水汲んで装備の点検しておけよ~。30階層からはえげつないぞっ」
俺達の言葉に、ヒル達は不思議そうな顔を見合わせている、詳しく教えておいた方が良さそうだ。
「俺達は前回、36階まで進んだが、30階層以上は毎朝構造が変わるんだ。前日の夜、セーフティエリアを出てすぐの通路から上の階層に続く通路が有ったはずが、次の日の朝にそこを出たら昨日半日かけて踏破した草原が目の前に広がっていたりな。もちろん魔物の強さも段違いだ」
「ついでに、セーフティエリアも全然セーフティじゃ無いから。湧き水が熱湯だったり、毒蛙のオタマジャクシがうようよいて、湧き水自体が猛毒になっていたりな」
「……セーフティエリア……カビだらけの場所有り……」
俺達の話しを聞いて顔色が悪くなるヒル達に、対エルフ用にあらかじめ決めてあった説明を続ける。
「それに26階層を過ぎた頃からエルフとの遭遇が多くなったのは、多分この辺りの魔物の相手をするのが辛くなってきているんだと見てる、俺達に魔物を押しつけて戦闘を避けて逃げているんだとな……」
「今から考え階層に上がっても、夜までにセーフティエリアを見つけるのは無理だって。それならここでしっかり準備して、徹夜で逃げてヘロヘロになっているエルフを追いかけた方が効率が良い」
俺とスイムの説明に納得はしたものの、これ以上進む事への不安が出てきたのか、
「30階層以上がそんな事になっているなんて……俺達は足手まといでは?」
「僕達、このままついて行って良いんですか?魔物は、ほとんどトライアスラの皆さんに倒してもらって……」
なんて言いだした、自分達の実力をきちんと把握して、ダメだと思ったら引き返すってのは、上級冒険者の資質の一つだからな。
とはいえ、彼等も一緒に行ってエルフが死んだ場面を見てもらわないと後々面倒だ、それに彼等だけで19階層のセーフティエリアまで帰れるかも不安だ。
「いや、2人の戦闘時の連携には助かってるよ。それに、考えたくないがエルフを取り逃がした場合俺達パーティーだけの証言だと疑われる可能性が高い、今までまったく係わりのなかった君達も同じ証言をする事で信用してもらえるのではないかと」
「「分かりました、明日からもよろしくお願いします」」
俺の言葉に神妙に頷いた2人は、そう言って装備の点検を始めた……ここからは1日に1階層進めればラッキーだ、先に報告に向かった彼等が他の冒険者達に上手く話してくれていると良いんだが。
「なあ、前回ここの通路って、こんなに長くなかったよな」
32階から33階へ通じる通路を駆け上がりながらのスイムの言葉に、嫌な予感がする……何かトラブルか?
「はあぁっ? え? ここって36階層の湿地帯? 何で33~35階層飛ばして、ここに出るんだよ」
最初に新しい階層に飛び出したスイムの叫び声に、俺達も慌てて飛び出すと目の前には湿地帯が広がっている……こんな事出来るのはウエストダンジョンのダンジョンマスターしかいない、つまり外の状況がそれほど逼迫しているのか、まずいな。
「あ、あそこにエルフ達が!!」
ボロボロになりながらも、何とか俺達に付いてきていたクロスの指差す方向に、湿地の泥を跳ね上げながら逃げるエルフの親子がいる、これが幻影だなんて……ダンジョンマスター達の魔法は人間のそれとは次元が違うと言わざるを得ない。
幻影だと知ってる俺達でさえ、本物のエルフだと勘違いしそうになる。
今までで一番近くにエルフ達を見つけた事で興奮して、そのまま湿地を走り出そうとするヒルとクロスの肩を掴んで止める。
「待て! ここの湿地帯は上から見ただけでは分からない底なし沼が点在してるんだ! 何も考えずに進むと底なし沼に住むホールイーターに食われるぞ!」
俺の言葉を聞いてびくっと足を止めた2人の目の前で、前を走っていたエルフの子供が急に姿を消した。
「フルール!! 嫌ぁーっ!!」
叫び声をあげて子供が消えた方向へ手を伸ばす母親のその腕を、巨大なホールイーターが飛び出して食い千切り底なし沼に沈むのと、彼女が湿地に倒れこむのは同時だった。
「何だあの化け物は? まさか、子供は食われたのか?」
「アレがホールイーターだ!」
呆然と立ち尽くすノルディークの2人を置き去りに、俺達はエルフとホールイーターの元に向かう、毒々しい色の蛙達が走る俺達に向かって飛びついてくるが、ダンジョンマスターに貰ったブーツと外套のおかげで毒の影響が無いのがありがたい。
腕を食い千切りられ、ふらふらと立ち上がったエルフの幻影の上着の裾に、先頭を走るスイムの指が掛かった瞬間、エルフが底なし沼の方向に倒れかかり、またしても飛び出したホールイーターが彼女を飲み込んだ。
「くそっ、後一歩だったのに……って、あいつ等ちゃんと見てたよな?」
小さな声でそう呟いたスイムの手には、どんな魔法を使ったのかエルフの幻影の着ていた、大量の血痕のついた上着の一部が残されている。
しっかりホールイーターの歯形も残ってるし、これで納得してくれよ……