秘密の指名依頼
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「サクラ、3日後位にトライアスラの連中が来るぞ、カレーが食いたいとか言ってやがったが用意しなくて良いからな」
レオンってば天邪鬼なんだから、それカレー作っといてって事でしょ、でもランさん達が来るならシバさん達にしばらくここには近付かないようにお願いしなきゃね。
コトコト煮える鍋の中からカレーの匂いが辺りに漂いだします、中辛のルゥしかないのでレイちゃんの分はどうしようか迷ったものの、友人の子供は2歳からお子様カレーを食べていたので、レイちゃん分は別の鍋で牛乳とハチミツ入で辛さがマイルドに成るよう作ってみました。
「カレーの匂いってすげーなー、あー腹減った!!」
「かーしゃま、レイちゃんもおなかへったの~」
いつの間にかカレーをかき混ぜる私の後ろに来ていた、レオンとレイちゃんが騒ぎ始めたけど、ランさん達がまだ来てないのよね。
「ね~レオン、ランさん達って何処まで来てるのかな?私達だけで先に食べるのは、ちょっとね……」
ちらっと下から見上げてそう言うと、レオンは頭をがりがり搔きながら面倒くさそうに、
「ちっ、しょうがねえな。近くには来てるから迎えに行ってくる」
なんて言いながら、一瞬の内に転移魔法で消えちゃった。
「「いってらっしゃ~い」」
護衛の仕事を終え無事に北の「シュバルツ王国」に帰ってきた俺達は、装備を整えると早々にノースダンジョンにもぐった。
旅の途中、王太后様より内密のお話があるとの呼び出しを受けた俺達は、ダンジョンの隠し部屋に住むあの子の様子を見てきてほしいという指名依頼を、規則違反になると知っていながらギルドを通さず受ける事になったのだ。
ノースダンジョンの32階に隠し部屋があることも、そこにダンジョンマスターの奥さんと、王家が隠していた魔力無しの王女が住んでいることも、前ギルドマスターが死んだとは言え冒険者ギルドを全面的に信用することは出来なかった俺達は報告していなかった。
「まあさ、あの子の事は気になってたから、様子を見に行くのはぜんぜん構わないんだけどさ、あそこまで行くのが大変なんだよなぁ」
俺達以外に誰も居ない29階のセーフティエリアで、疲れた様子でそう言ったスイムに俺とバイクは苦笑するしかない、30階より下は毎日構造が変わるから、どうしても斥候のスイムに負担がかかる。
「……頑張れ……」
「頼りにしてるからな」
バイクと俺がそう言ってスイムの両肩をたたくと、はぁ~っとため息をついて、
「俺達があの隠し部屋に行きたい時は、ダンジョン内でそう言えってダンジョンマスターが言ってたけどさ、何か進む方向に目印がでたり、魔物が少なかったりしないのかな?」
とか言ってるが、あのダンジョンマスターがそんな事をしてくれるとは、とうてい思えないだが。
「……あり得ない……」
「無理だろうな、そんな事するタイプには見えなかったしな」
「やっぱり、そうだよなぁ。はぁ、しょうがないから頑張るか……あっ、そう言えばさ、サクラちゃんの作ったカレーだっけ?あれ美味かったよな~、又食べたいな~」
ダンジョンに潜って1週間、携帯食の味の無い歯が折れそうなほど硬い堅パンにも、塩辛いだけの干し肉にも飽きてきた俺達は、あそこに行けば又美味しい物が食べれるかもと少しだけ期待して、これまでより一層厳しくなるだろう明日からのダンジョン攻略の為に早めの就寝をしたんだが……
「……むにゃむにゃ……カレー……」
寝言でまで……バイク、この前自分だけカレーが食べられ無かったのが、そんなに残念だったのか。
予想通り、30階層より先のダンジョン攻略は一筋縄ではいかなかった、構造が毎日変わるのも問題だが先ずは魔物の数が多い、ここまで攻略出来ている冒険者が少ないのが原因なのか?
そう言えは、25階より下で俺達以外の冒険者とは出会って無いな。
「はぁ~っ、ウエストダンジョンよりこっちの方がましって言ったけどさ、こっちはこっちでえげつないよな」
疲れた表情を浮かべそう言ったスイムが寄りかかったダンジョンの壁から、カチッと小さな音がした。
青ざめる俺達の目の前の通路の壁が、ゴゴゴゴゴッと地響きをたてて横にずれると隠し部屋が現れ、その中はメタルリザードとロックスネークの大群がひしめき合っていた。
「……モンスターハウス……」
「スイム、後で覚えてろよ」
扉が開いてしまった以上、逃げればモンスタートレインになる……魔物を引き連れて逃げて、別の冒険者になすりつける行為は冒険者として絶対やってはいけない行為だ。
まあ、他の冒険者はこの階に居ないと思うが、別の魔物と挟み撃ちになる危険を考えても、この場でこいつら全部を倒すしかない。
覚悟を決めて部屋の中から出てこようとしている魔物達と対峙した時、俺達の後ろからとんでもなく怖ろしい気配が現れ、今にも部屋から飛び出そうとしていた魔物達がじりじりと奥に下がると同時に、ゴゴゴゴゴッと音をたてて扉が閉まった。
後ろからの気配に俺達では到底勝てる気がしない、だが目の前の扉が閉まっても攻撃されない事に不思議に思い、背中を冷や汗が流れるのを感じながら振り向けば、
「おいおい、こんな簡単な罠に引っかかってんじゃねぇよ、お前ら!なかなか家に来ねえから、迎えにきたぞ」
と、呆れた表情を浮かべて立つダンジョンマスターの姿が……
「あはははは……助かった?」
「助けていただき、ありがとうございます。お久しぶりです、ダンジョンマスター」
緊張の糸が切れたのか座り込んだスイムが、気の抜けた声で呟くのを聞きながら助けてもらったお礼を言ったのだが、ダンジョンマスターはイライラした顔でスイムの腕を掴んで立ち上がらせると、
「礼なんかいいから行くぞ!俺は腹が減ってるんだ、昨日から匂いだけを嗅がされて、早くカレーが食いてぇんだよ」
叫んだ瞬間、俺達はあの不思議な隠し部屋の庭に移動していた……まさか、これは伝説の転移魔法なのか?
そんな疑問も、辺り一面に漂う香辛料をたっぷり使っているだろう、空腹を直撃するカレーの匂いにどうでも良くなってしまった、その上俺達3人の腹から
「「「ぎゅるるるる~」」」
と音が鳴ってしまう。
「くくくくく、良い匂いだろう、先ずは飯だ、飯だ!」
笑いながら家に向かうダンジョンマスターの後ろを歩きながら、俺達は美味い飯への期待を膨らませていた。