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転生悪役令嬢の工作授業

長らく、お待たせ致しました!


セリーヌのお見舞いの品を考えましょう。

お見舞いと言ったら何かしら。


お花は……既に届けているわ。

お菓子は、既に口にしたものばかりだし。

後は…千羽鶴、とか?


『千羽鶴って……※※………千羽もいないでしょ…』


そう言って、くすくすと耳のそばで笑い声がしたような気がして、びっくりする。


『どうせ、途中で飽きちゃったんでしょ。…いいよ。※※がそう言うなら、それで』


やはり、この声は気のせいじゃない。

でも、実際に囁かれたものじゃなく………私の記憶から?

なんなの?誰なの?


正体を掴もうと記憶を探り始めれば、やっぱりもやもやしてわからないのに、心がきゅうっとして泣きそうになった。


「お嬢様?いかが致しました?」


思わず涙を堪えるように目に力を入れた顔を見られたらしく、側にいた刺繍の先生モイラが声をかけてくる。

途端、パチンと思考が現実に戻って、先程までの気持ちが弾けたようになくなった。


ー助かったわ。


私は、顔を上げて心配そうにこちらを窺う老女に、何でもないと微笑んだ。





刺繍練習の後にモイラの時間を貰って、セリーヌへの見舞品の相談をしていた。

時間外だからと、モイラは先生からダンゼルク家専属医の妻として立場を切り替えて、言葉遣いも戻している。

それでも刺繍の先生なのだから、刺繍にしたらと言われるかと思ったのだけれど、まだまだ未熟な私の腕では、私自身も納得できるようなものにはならない事をわかっているらしく、一緒に考えてくれていた。


「それで、お嬢様はどのようなものを思いつかれたのです?」


優しい眼差しで尋ねるモイラに、一瞬なんの事かと思い、そう言えば千羽鶴を考えたのだと思い出した。


「…千羽鶴なのだけれど…」

「センバ……?」


モイラはキョトンとし、問うように私の傍らに立つアルリックに目を向けた。

しかし、アルリックは無言のままでいるので、困ったように再び私に視線を向けてきた。


「申し訳ありません、お嬢様。私は学がないものですから、それがどのようなものかは想像がつきませんわ


それはそうよね。

つい、記憶のままに言葉にのせてしまったけれど、わかるわけがないわ。


「鶴という、とても長くいきる鳥がいるの。それを千羽、紙で作って、病気の人に贈る風習があるのだそうよ」

「まあ。お嬢様は物知りですね。それも本でお読みになったのですか」


モイラはこちらの都合で私室に入った事があり、数が増えてきた本棚も見ている。

今度は、私がちらりとアルリックを見た。

これが本からの知識ではないことは、本棚を管理している彼にはバレているだろう。

モイラにそうだと言ってもアルリックは何も言わないだろうが、私はそうしたくなかった。


「本ではないわ。誰かから…そう聞いたの」


結局、誤魔化すしかないのだけれどね。


「そうなのですか。面白い風習ですね。でも、紙で鳥を……作るのですか」

「鳥の形になるように折るのよ。長寿の鳥にあやかって、病気に打ち勝ち、長生きできますようにと祈りながら作るのよ。それを千羽」

「そういう意味があるのでしたら、それも良いかもしれませんわね。千羽となると大変ですが……、それは数人で千個つくってもよろしいのですか」

「気持ちなのだから、構わないわ」

「それでしたら、私も何かお手伝いできるかもしれませんね」


にこにこ笑うモイラに、私は少し嬉しくなって、アルリックを見た。


「あなたも手伝うのよ、アルリック」

「畏まりました。早速お作りになりますか」

「そうね。大きめの紙一枚と、それを切るものを用意して頂戴。……でも、まずは練習してみるから、それほど良い紙でなくてもいいわ。書き損じの紙でも構わないわよ」

「…………畏まりました」


アルリックは一瞬何かを考え、側を離れた。

そのまま部屋の扉を開け、戸口に立っていたメイドに言付ける。


「…ウルリックがお持ち致します」


アルリックが言うとおり、程なくして紙とそれを切るナイフを大きなトレーにのせてウルリックがやって来た。

テーブルの上に紙とナイフが置かれ、ウルリックは直ぐに退室する。


「あら、書き損じの紙でも良いといったのに」


低質紙ではあれど新品の紙を見て呟く私に、アルリックは答える。


「書き損じの紙も、管理されておりますので。…それに、万が一にもインクがお嬢様の手を汚す事になってはなりません」


最後の、今考えたでしょ。


すんなり出た答えの後に、白々しく付け足された言葉にむうっとなる。

だが、管理されているとの言葉の裏に今更気づいた。

貴族の常識では、手紙でさえ相手に届く前に盗み見られる前提で言葉を選んで綴る。

そうなると、本件を回りくどく書く事になるのだけれど、情報を掴まれるのを警戒しているのだ。

それくらい文字を残すのに慎重になるのだから、管理は厳しくなるのは当然か。

書き損じであっても、充分にその家の情報になる事もあるのだ。


以前、文字を練習したあの紙でさえ、家族や私やアルリックの名前という「情報」になるわけで、それが悪用される可能性もあるというのはわかるのだけれども。

あれでさえも、厳重に管理されていると知るのは、複雑な気分になってくる。


ーまあ、とりあえず、今は折り鶴よね。


「いいわ。じゃあ、紙を整えましょう」


低質紙の大きさは日本の下敷きサイズ。

数枚あるから、一人一枚で良いわね。


「縦と横の長さが同じになるようにしなくては駄目なの」


アルリックから一枚で紙を受け取って、短い縦端を長い横の端にくっ付け、斜めに折った。

紙の上になった折られた方の横端に沿って、重ならなかった部分を山折で跡をつけてから、アルリックに命じる。


「この線に沿って切って」


紙は再びアルリックの手に戻り、ナイフを持って綺麗に切り取られた。

残ったのは、三角に折られた部分だけ。


「こうして広げれば、縦も横も同じ長さの形になるのよ」


正方形になった紙を見せると、モイラは驚いたように目を見開いた。


「まあ、最所の紙の形も決まっているんですね」

「そうなの。アルリック、他の紙も同じようにして」


主たる私は最初に示すだけ。

残りの紙は、アルリックが全て正方形に切り出した。


「じゃあ、やるわ。アルリックも、座って一緒にやるわよ」

「はい、お嬢様」

「畏まりました」


何故かモイラは目を輝かせながら、アルリックは淡々とした表情で、私の手元に注目している。


「まずは、こうねー」


講師が4歳の公爵令嬢による授業が始まった。






「まあ!綺麗に出来ましたわ」


目を輝かせてモイラは手の上の折り鶴を掲げてから、そっと下ろし、先に折った鶴に並べると、愛おしそうに眼差しを緩ませる。


「こうして並べると、やはり最初は不格好ですね」

「仕方がないわ。本当に初めてで、手順を聞きながら作ったのだもの」


一時間ほどかけて、私達3人は二羽ずつ折りあげた。

きっちり端や角を揃える。きっちり折り目をつける。そんなところも大切なのだけれど、何もかもわからない上にちまちまとした手仕事なのだから、意識が散ってしまうだろう。

だから、最初の鶴が不恰好であっても仕方がない。そして、モイラが暖かい眼差しを向けるように、そんな鶴でもなんだか可愛らしいのだ。


「お嬢様、アルリックさんはいかがでした?」


思わず、両手で隠してしまう。

モイラはそんな私に目を一瞬開いて、微笑んだ。


他の二人とは違って、日本人だったのだもの。

久々だったけれど、手順も忘れていなかったし、上手く教える事が出来たと思うわよ。

誤算は……今が4歳児だったということよね……。


「…センセイ。よろしければ見せて下さいな」


からかうようなモイラの眼差しに、そんな彼女も好きな私は恥ずかしながら披露する。

折り目の甘く端がずれている、ちんまりとした二羽の折り鶴が手の中から現れた。


ー折り目も端も気を付けていた。

ただ、押さえる力が思った以上に弱かったのだ。


身長が足らないから、椅子から下りても体勢がままならず、椅子の上に立ってなら、体重をかけてしっかり押さえられたかも知れない。

けれど、私は公爵令嬢。そんな姿を晒すわけにはいかないのよ。


「お嬢様の鳥も、可愛らしいですね」


モイラは微笑んで誉めてくれるけれど、もう少しどうにかしたかったわ。


「ありがとう。ーアルリックはどうなの?」


刺繍や絵に関しては、独特な才能を持つアルリック。

もしかしたら、折り紙だって………。


モイラとは反対側に座っているアルリック。

私が視線を向けた時は、ちょうど二羽目が完成して並べ置かれたところだった。


それは、私よりも酷く型崩れしたへたれた鶴と、出来上がったばかりの、ピンとした理想のお手本のような鶴。




「ーなぜ、こんなに極端なのよ」

折り紙なんて、テンプレですね。

でも、もう少し続きます。


次回は「転生悪役令嬢の問題点」(また仮)です。

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