転生悪役令嬢の事情聴取②ー獣人店員
事情聴取編を分割しました。
後半部分、うさみみメイド編です。
「お嬢様、本日のご用は何でございましょうか。新しい本のご購入でしょうか」
うさミミメイドが新しいお茶と交換する中、それまでキリルがいた椅子に座った店主。
「そうね。それも良いかしら」
「おや、ご用は違ったのですか?」
「アルリックとあなたにお願いしていた特注品の様子を聞きに来たのよ」
「お呼びして下されば、喜んで参りましたのに」
「ここに来たかったのよ。本に囲まれるって、悪くないから」
店主は目を見開いて一瞬動きが止まる。
「ーそれは、光栄でございます」
そして、実に嬉しそうに微笑んだ。
そんな店主を前に、私は少し恥ずかしくなって目をそらしてしまった。
「そ、それで、どういう状況かしら」
「はい。今は執事殿の図案から、専門の意匠図案家による手直しをさせて頂いているところでございます。公爵家の紋章を入れるとの事ですので、その両方を美しく活かせるよう、執事殿とも相談させて頂いております」
「そう。それで、意匠が決まったら、後はもう作るだけなの」
「そうですね。ただ、意匠によってはもう少しお時間がかかりますね。表紙だけでも、使う皮の種類や色選び、染色や刺繍など、工程はまだまだございますから」
「そうなの」
「…それで、お嬢様。こちらの手違いで、期日をお伺いしていなかったようですが、……この際、いつまでとお嬢様がお考えか伺ってもよろしいですか?」
「あら、きちんと言っていなかったわね。実は、決めていないのよ。でも、そうね。逆に決めた方が良いかしら」
「時間があるのでしたら、執事殿の希望により近い、さらに良いものに仕上げさせましょう。ですが、もちろん、お嬢様のご希望の日にあわせて仕上げます」
「ふふ、有難いわね、アルリック」
アルリックに視線を送ると、応じるように目を閉じて軽く一礼した。
「確かに、時間があれば、よ色々できる事もあるでしょうけど、期日を決めないのも駄目よね。…そうね、じゃあ。私の誕生日に間に合うようにしてちょうだい」
「誕生日ですか」
「それなりに時間はあると思うわよ。雪の女神の月ですもの。詳しくはアルリックに聞いて頂戴。…ああ。当日でなく、前後5日間の内で構わないわ」
「雪の…。ありがとうございます。では、その辺りも執事殿とお話させて頂きます」
「更に出来上がりが楽しみになってきたわね」と店主と笑いあう。
そうして、ふと、店主の後ろに控えるうさミミメイドに目をやった。
「…彼女は初めまして、よね?」
店主は後ろを振り返り、彼女を見てああと呟いた。
「彼女はアリスと申します。見ての通り、兎人族の娘です。…お嬢様は、獣人族をご覧になるのは初めてですか」
「ええ……屋敷にはいないわよね?」
アルリックに聞くと頷いた。
「はい。ですが、獣人族の国アズイールから働く為にやってくる者が最近多いと聞いております。いずれ、屋敷でも下働きから雇う可能性がございます」
「そうなの」
じゃあ、彼女もかしら。
再び、メイドに視線をやれば、店主は頷いた。
「ええ。彼女も働きにこの国に入りました。……ですが、彼女はその際にちょっと不幸な目に会いましてね」
「不幸な目?」
「ええ。……お嬢様。先程、執事殿が仰っておられましたね。獣人族の入国が多くなっていると。そうすると、それを手助けする商売が生まれるのです」
斡旋業ね。
「商売ですから利益がなければ成り立ちませんが、欲を多く持たねば、関わる人皆が幸せとなります」
「……つまり、彼女は欲を多く持った商売人と出会ってしまったのかしら」
「ええ。私の知人がそんな境遇の彼女と出会いまして。詳細は申し上げられませんが、色々あって知人が彼女を引き取る事になり、……彼から一時預かっているのです」
「あら?先程、彼女はあなたを主と呼んだのではないかしら」
そう言うと、店主はちょっと困ったように微笑む。
「そこのところはですね…。知人が、私をこの店の主なのだから、そう呼んだらよいと面白がって、アリスに教えたからなのです」
「まあ」
「アズイール国も含め共有語が広く使われてございますが、彼女の生まれたところでは、兎人族の言葉で充分だったらしく、共有語をほとんど知りませんでした。ですから、まずは始めに共有語を教え、今では意味がわかっているはずなのに、彼女は直してくれないのです」
やれやれといった店主の様子に、私はくすくす笑ってしまった。
「まあ、今は従業員として預かっている訳ですから、間違いではないのです。…知人に返すときまでには直るように頑張りますよ」
ふと、店主の言う「知人」が何故アリスを手元に置いて置けなかったのかと聞きたくなった。
だが、私自身がその知人を知らないし、店主は経緯を「色々あって」としか言わなかったし…踏み込み過ぎよね。
「彼女は可愛らしくて、好感がもてる方だと思うわ。ただ、身分のある方には、少し注意が必要なところはあるわね」
「何か、失礼を?」
「…いいえ。彼女から見れば、私はただの幼い子供でしょう。年上の者として、とても優しい振る舞いでしたわ。…ただ、年は関係なく、己に誇りを持ってらっしゃる方には、仇になってしまうかもしれないの。だから……頑張って頂戴ね」
釘をさすというより、軽い指摘となるよう、微笑んで言葉を結ぶ。
店主も意図に気づいたのか、一瞬青ざめて引き締めた表情をふわふわと緩ませる。
「お言葉を胸に。……ありがとうございます、お嬢様」
あらかた用事が終わったので、私はまた新しい本を数冊購入して、店を出る事にした。
他の客がいないため、店主もアリスも出入口まで見送ってくれる。
そうして、出入口を挟んで彼らと向き合った時、そういえばアリスとは最初以来話していなかったと思い出す。
でも、まずは挨拶。
「今日は楽しい時間を過ごせましたわ。御店主」
「私共も、楽しい時間でございました」
「…最後に、御店主。アリスに聞いても良いかしら」
アリスは自分の事だとわかって、店主の様子を伺う。
店主は「どうぞ」頷いた。
「あなたは、この国に来て不幸な目にあったそうだけど、今はどうかしら。引き取って下さった方や御店主は優しい?」
私の共有語を聞き取ろうとしてか、うさみみをピクピク動いたままで、頷いた。
「フタリトモ、トテモヤサシイデス。イマハ、フコウデハナイ…デス」
「そう。よかったわね。……ところで、引き取って下さった方は何とお呼びしているの?」
ちょっとの好奇心を付け加えれば、アリスは変わらず人形のような表情のまま答えてくれた。
「ルトサマト。ホントウハ、ゴシュジンサマ。デモ、ソレハイヤダト、イワレマシタ」
「私も嫌だと言ったはずですが」
「ルトサマ。ソノママデト、イワレマシタ」
「…本来の主の方の意見が優先……まあ、そうでしょうけど」
店主がまたやれやれと言った表情になるので、私も笑ってしまう。
「……お嬢様。そろそろ」
いつまでも、立ち話をしているものではないと、アルリックが促す。
私達は、そうして別れた。
公爵家に戻る馬車の中で、店主やアリスとの会話を思い起こしていたら、唐突にある可能性に気づいた。
『ルトサマ』
ルトヘル・ストッケル。
絶えた貴族の血筋唯一生き残りと判明する教師。攻略対象者。
ーまさかね。
6/25 分割しました。
最新話の更新を待って頂いた方には申し訳ありません。
6/28 次話が出来ました。
引き続きお楽しみ下さい




