転生悪役令嬢の事後報告
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「お嬢様。一度休憩をとられたら、いかがでしょう」
アルリックの言葉が耳に入り、知らず知らず煮詰まっていた私の心がすとんと「そうしよう」と素直に従った。
目の前のまっさらな便箋の横に、握っていたペンを置いた私の目の前で、窓際に備えられたソファーとサイドテーブルの側でお茶のセットをするアルリックの姿があった。
視線を手元に戻せば、今私を悩ませている2通の手紙が目に入る。
なくなってくれないかしら、と思いつつも、そうはいかないのはわかっている。
私はため息をついて、書き物机から離れた。
「全く、どちらも面倒だわ」
ぽすん、と勢いをつけてソファーに座れば、令嬢らしくないその所作に、アルリック手が一瞬止まるけれど、結局何も言われずにお茶が置かれた。
「ー乗じて、これを課題とした先生がいるのよね」
お茶を一口飲んで横に立つアルリックを見上げれば、相変わらず無表情でそこにいる。
「騒動の原因の一つである人に、添削してもらうのは、何だか納得いかないわ」
「…良い機会です」
騒動の起因、という部分に、アルリックは反応しない。
流れでいえば、「申し訳ございません、お嬢様」とくるのだろう。だが、私は謝罪の言葉はいらないと言った。
そもそも、私に謝罪するのは変だし、彼が起因であっても全ての責があるのかと問われれば、それはそれで何かが違う気がするからだ。
「事情はご存知でしょうし、非公式に届いたのですから、返書に時間をかけても、お相手はそれほど気になさらないでしょう」
「それならば、書かなくても良いのではなくて?」
「…お嬢様が、それで良いと本当にそうお思いでしたら」
書き物机の上にある、2通の手紙に再び目を向ける。
その手紙の主は、殿下とセリーヌ嬢だった。
「わかったわ。書くわよ」
「お心のままに。ー私も、喜んでお嬢様のお手伝いをさせて頂きます」
添削を「お手伝い」とぬけぬけと言い放ったアルリックにむうぅっとなったが、状況は変わらない。
ため息をついた私を、相変わらず人形のような感情のない顔をした執事は静かに側で立っていた。
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ダンゼルク家の恥となるあの騒動は、結局のところ、『なかったこと』になった。
あの日。
アルリックを連れて戻った自分の部屋で、バルクからの報告を受けていた。
バルクは無事にハイマン氏を含む魔術研究所の所員達を見送ってきたらしい。バルクが無事にというなら、彼らは騒動に気づく事なく、館を発ったのだろう。
『セリーヌ嬢は大丈夫かしら』
『はい。すでに気づかれて、お体を休ませておいでです。シェームス殿の診察では、床に体が打ち付けられた衝撃と精神的な衝撃で、気を失われていたようですが、怪我もなく休息をとれば回復するだろうと』
『そう。良かったわ』
『ですが、体がどのように打ち付けられたかわからず、頭を打っている可能性もあるため、暫くは体をあまり動かさないほうがよろしいとも仰っておりました』
『当然ね。……そうだわ。ガラン子爵家の他の人達はどうしているかしら。セリーヌ嬢の付き添いとしても、長い時間待っているでしょう』
『実はお嬢様。私の方から他の方々へお知らせいたしましたが、内容はセリーヌさまのご意見に添わせて頂きました』
『どういう事?』
『簡単に申せば、セリーヌさまが体調を崩し倒れた為に、我が屋敷の者が診ていると』
『なんですって!』
セリーヌ嬢は具合が悪くて倒れただけ、と言ってくれているの!
それは、こちらとしても有り難いけれど、……でも!
『セリーヌさまはお優しい方でございますね。己を害したあのメイドを案じておりました。恋情というものは、自分自身でもどうにもならないからと』
バルクはちらりと私の後ろに控えるアルリックに目を向けたが、直ぐに戻す。
『確かに、これはあまり公にするのはよろしくないと思われます。勿論、旦那さまにはありのまま報告致しますよ。旦那さまも、子爵さま…王家にお知らせされる事でしょう』
バルクは説明した。
そもそも、ダンゼルク家とガラン子爵の繋がりは、「殿下」が絡んでいる為に、慎重にならなければならない。万が一にも、「殿下」に繋がる事を誰か気づく事があってはならないからだ。
セリーヌの気持ちに応える訳ではなく、むしろ口実として事態にあたる事になったのは心苦しいところもあるけれど、当然の事だった。
『そちらは、私共と旦那さまにお任せくださいませ』
そう言われ、それ以降は私の手から離れる事になった。
だがせめて、セリーヌの顔を見るだけでもと言ってみたが、ガラン子爵家の者が彼女に付き添っているから、止めた方がよいと言われてしまった。
それでも様子を見たくて、セリーヌが帰る際に、その出入口が見える上階の窓から見ていると、ウルリックくらいの青年に抱えられた彼女の姿を確認する事ができた。
その彼女の表情が柔らかく、むしろ微笑んでいたのを見て、ようやく少し安堵したのだった。
その後の動きは、バルクから簡単に説明された。
バルクが言った通り、お父様に報告が上げられ、お父様からガラン子爵と殿下側に伝えられたらしい。
そして、内々に処理されたそうだ。
セリーヌ嬢は子爵邸に戻り、静養していると聞く。
ただ、「殿下」とのダンスレッスンの時間は、セリーヌが復帰できるまで、未定となった。
そして、件のメイドとアルリックについてだが、騒動自体がないことになっているので、アルリックへの処罰はなかった。
直ぐに箝口令が敷かれたので、騒動を詳しく知るものはあの応接室にきた者くらいなのだけれど、彼らはむしろアルリックに同情しているそうだ。
あのメイドの想いは彼らの中ではよく知られていて、状況を弁えぬ押しの強さを見せる事もしばしばあり、眉をひそめる者も少なからずいたらしい。
だが、あのアルリックだから大丈夫だろうと、ほとんどの者が見てみぬ振りをしていたらしく、その罪悪感もあって、せめて処罰が軽くなるよう嘆願する者も出たとか。
そういった流れがあって、結果処罰はなかったアルリックも含めて、その辺の規律を正すように通達されたようだった。
まあ、面倒だからと、体だけでも応えちゃうアルリックも酷いわよね、やっぱり。
それで、メイドはどうなったか。
『しかるべき場所へ移動致しました。もう、お嬢様や旦那さまを悩ませる事は……………2度とございません』
ーバルクが微笑んでそう言ったきり、口を閉じてしまったので、これ以上聞くのを止めた。
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「…お嬢様。まずは、返事を返しやすい方から取りかかられては?」
私が騒動を思い返していて、カップを持ったまま動かなくなったのを見て、アルリックが声をかけてきた。
私が手紙の返事をどう返したら良いか悩んでいると思ったらしい。
「どちらが、取りかかりやすそうですか」
「そうなると、セリーヌよね」
少し冷えてしまったけれど、かまわず私はお茶を口にした。
ガラン子爵邸にセリーヌへお見舞いの花を贈っている。
建前は、体調をまた崩したケビンから来たダンスレッスンに出れないとのお詫びに、お返しとしての花だ。
だが、そのまたお返しとして、ケビンの名前で届けられた彼女の手紙には、花とダンゼルク家での診察へ感謝と、騒動を起こした事と王家とダンゼルク家を繋ぐ役割を果たせない事への謝罪が書かれていた。
……良い娘よね。
あくまでも彼女は殿下の付き添いの侍女だから、殿下の事以外で言葉を交わした事はあまりない。
だから、セリーヌ自身と会話をしてみたくなった。
うん。改めてお見舞いといつかお話しましょうと誘ってみようかしら。
良い娘だから、恐縮させてしまったり、無理強いになってしまわないようにしなきゃね。
子供らしさを全面に出してみようかしら?とあざとい作戦を考えながらも、手紙の内容の方向性が決まって少し楽になる。
「……それに比べて、殿下の手紙は…厄介よね」
どういった経緯からかわからないが、お父様が手紙を預かって来たのだ。
渡された時に、何故か不機嫌な様子を隠しきれておらず、目の前で読むように言われた。
嫌がる理由も特にはないので、それに従ったのだけれど、読む間も何かを探るように私を見ていものだから、お父様にも手紙を見せてあげたら、ようやく不機嫌が直った。
なんだったのかしらね。
殿下の手紙の内容は、纏めるとこんな感じだった。
騒動の件は承知したとの事。
そもそも頻繁に城から出るのが困難であったが、出る理由が暫く使えなくなると城での窮屈さが益々感じられるようになったいう愚痴。
セリーヌを通じて献上していたお菓子の催促。
……最後に、セリーヌの様子を知りたいという願い。
この際だからとばかりに、書き連ねていらっしゃるわね。
お菓子の催促までは良いとして、セリーヌ嬢の事はお父様から伝わっていないのかしら。
返事はどうしましょう。
窮屈さに関しては、私で良ければお話を聞くとお伝えして、お菓子はやはりいくつかレシピを献上する事にしましょう。
セリーヌ嬢の様態については、お父様に殿下へお伝えしているかどうか確認して。
お伝えしていなければ、シェームスから診察時の様子とセリーヌ嬢への手紙を届ける際に様子を伺ってきて貰いましょう。
「なんとか、書けそうな気がしてきたわ」
「それは、よろしゅうございました」
それでもやはり面倒だと再びため息をついた私に、変わらず感情ない声でアルリックが応えたのだった。
タイトル通り、事後報告の回です。
お父様は、殿下からの手紙に「まさか、うちの娘を見初めたのか!?」ともやもやしていたようですが、手紙を見せてもらい、安心したようです。
そして、殿下はセリーヌが気になっていて、ルゼナに教えてもらいたいようです。
殿下は8歳ですが、恋に年の差は関係ありませんよね。特に初恋は。
再度、お知らせです。
キャラ紹介のページを一新致しました。
ルゼナ母や本屋店主の名前も決定致しました。
殿下やセリーヌ嬢も追加致しました。
ご興味あるかたはどうぞ。




