昔の話4。
「お父様。提案があります」
私の発言に、周囲が驚きの反応を示したのが分かった。それまでは退屈そうに同席していただけの私が、積極的に意見を主張した為だろう。
「どうした? 改まって」
月に一度の定例会議。私はこの機会を待っていた。言おうと思えばいつでも言えたのだが、こうしたちゃんとした会議の場で発言する事に意味があると思ったのだ。
「先日の飲食店での件。結果として警察の方が駆け付けて、事態は収束しました。ですが報告にもあった通り被害は甚大です。以前から召喚術関連の問題は取り上げられていましたが、もはや警察だけでは案件過多で、手に負えない規模になりつつあります」
甚大な被害の一端は完全に私のせいなのだが。
私とロジーはその場に居合わせた人達の証言から、正当防衛として処理された。父親はそんな事よりも、私が召喚術を使用したという点にとても驚いていたらしい。
「ふむ。言いたい事は分かる。その対策として警察の人員強化、街の防犯意識向上について今動いている所だ。召喚術の迷惑行為を取り締まる警備員等を、各店舗に派遣するなどして……」
「それじゃ足りない」
強く、父親の目を真っ直ぐ見て訴える。隣の母親も、向かいに座る運営部門のヒストも、普段とは違う私の素振りに目を見張っていた。
「そんなんじゃ数も足りないし……強さも足りない。俺は当事者になって痛感しました。街の不良や無法者が召喚術を利用した時、それは脅威となって、警察の力量の範疇を超える場合があります。時にはそれを抑え込み……捩じ伏せるぐらいの強さが必要です」
「ほう。……具体的に、対策は?」
こちらがそれを用意している事を見抜いての質問だ。親子と言えども、こうした会議の場では対等に議論する。それが父親の性格だが、だからこそ私はこの機会を選んだのだ。
考えの足らない、子供の発案に過ぎないかもしれない。だけど、私は提案した。その方向性と可能性を示す為に。そして、私の意見を主張する為に。
「戦闘に特化した、国営の警備団体を設立しましょう」
「それにしても凄かったな」
野菜丼を美味しそうに頬張るロジーが不意に言うので、頭にハテナが浮かぶ。
「何が?」
「何がって、お前の召喚術だよ」
「あぁ……」
向かいの席で私も同じ野菜丼を食べる。かけるドレッシングによって鮮やかに風味の化けるその丼は、しかし馴染みのあの店の物では無い。店内が滅茶苦茶になってしまった為に、当分の間休業となってしまったのだ。
「悪かったな。俺のせいでお前のお気に入りの店が壊滅しちゃって」
「あの連中のせいだろ、って言いたい所だけどな。トドメを刺したのはお前だったな」
気にしている部分を無神経に貫いてくる。だが、その通りなのでぐうの音も出ない。
私が召喚した燃え盛るウサギは、連中のそれより一回りも二回りも大きい個体だった。その爆発力も桁外れで、店内の半分を吹き飛ばしてしまう程の威力で相手を圧倒した。直後に警察が駆け付けて事態は収束したが、一番最初に警戒の目で見られたのが私だった事は言うまでも無い。
「まぁ気にしてないけどな。結果こうして似た様なもん食えてるし。国王には感謝してる」
シャキシャキと、野菜の新鮮な歯応えを味わいながらロジーが笑う。今日は甘めがいいのだと、かけているのはアーチェのドレッシングだ。
こっそり城を抜け出していた事にただでさえ引け目を感じていたのに、更に勝手に領収書を切る様な事態になってしまって……私は父親に説明するのが非常に憂鬱だった。だけどどうせいずれバレてしまうし、それならばこちらから、と弁解しに行った時の事だ。
「構わん。むしろ非常に興味深い」
父親はそう返してくれた。
「私の目から、お前は時に淡白で冷めた子供に見える部分があった。大人達の堅い空気の中で育ったからだろうか。良かれと思って公務に同行させ続けた事が裏目に出ているとしたら、それは私の方針が間違っていた事に他ならない。心苦しく感じていたからこそ、お前が夜な夜な外出しているのを容認していた」
やっぱりバレていたみたいだった。更に父親は続ける。
「そこに今回の領収書だ。そこにある店名と金額を見て、恐らく二人分の食事だろうと想像が付いた。私は驚いたし、ハッキリ言って嬉しかった。お前が私の知らない場所で、独自の交友関係を広げているという事実にな」
10代半ばともなれば、本来それぐらい当然の様に皆過ごしているのだろう。学校にも通うし、友人と遊びにも出掛ける。だが、教育も交友もある程度制限された王族の人間からすれば、それは珍しい事由だったのだ。
「その内この城に連れてくるといい。食事でも用意して持て成そうではないか。窮屈にならぬ様、誠意を持って歓迎するぞ」
意外にも本心から嬉しそうに、父親は言ってくれた。
……後から知ったのだが、この時父親は、私が領収書を切ってまで一緒に食事をした相手を女の子だと思っていたらしい。親心から思春期の息子が好きになった相手を一目見たかったのに、ロジーを見てガッカリしたと、後日笑って話していた。
そんな経緯の後、飲食店が利用出来なくなったという流れから、現在城の食堂にて野菜丼を食べている次第である。父親から給仕係に伝えてくれたお陰で、あの飲食店での野菜丼が見事に再現されている。完璧に同一とまでは行かないものの、ロジーを満足させるには充分な仕上がりとなっていた。
「なんでお前が召喚したウサギはあんなにデカかったんだろうな。変な才能でもあるんじゃねぇか?」
「まさか。召喚術は個体じゃなくて種族に対して呼び掛けてるって聞いた事がある。だからたまたま群れの主みたいな奴を喚び出しちゃっただけだろ、きっと」
成る程ね、と呟きながら丼を平らげる。
冷静に説明しながらも、私は内心で胸が踊る感覚を味わっていた。それはきっと、飲食店での騒動の頃からずっとそうなのだ。
あれほど憧れていた召喚術という魔法を、私はついに使用出来てしまった。喚び出せてしまったのだ。そしてたまたまであろうが何であろうが、私の召喚術が相手のそれを圧倒した。私はその事実に、どうしようも無い感動を覚えていた。
私はもっと試したい。
その才能を、実力を、見極めたい。
そんな欲求が、父親に警備団体設立を打診するに至った一つの要因である事は、自分本位過ぎてとても口には出せなかった。
私が提案した新警備団体設立の件は、思ったよりもスムーズに話が進んでいた。どうやら運営サイドもそういった方面の対策を検討していたらしく、トントン拍子に計画が進行していったみたいだ。
悪質な召喚師に対抗する場面を見据えると、団員にはそれなりの戦闘力が求められる。戦闘に特化した部隊とする為に、街から戦士及び召喚師として腕に自信のある実力者を募る事となった。
当然私も入団するべく両親の元に赴くと、意外にも母親から猛反発を受ける事になる。
「ザイン、良く聞きなさい。今回のこの警備団体発足によって、きっとこれまで国が関わって来なかったアンダーグラウンドな部分にまでメスを入れる事になるわ。まぐれの召喚術で撃退出来る街の不良みたいな、そんな生易しい対象じゃなくなってくるの。あなたはまだまだ子供なのよ」
勿論そんな事は分かっていた。だけど俺は自分が子供だなんて自覚は無い。召喚術を初めて使ったあの日から、日々勉強を惜しまなかったし、練習も研究も重ねて来た。母親の言い分に納得出来る筈も無く、父親を見やる。
父親は難しい顔をした後、真っ直ぐ私の目を見据えた。何か覚悟の様なものを訴えられている気がして、私は視線から逃げず、むしろ強く睨み返した。
「幼い頃から半ば強制的に公務に連れ回し、大した自由も与えず、珍しく自分から参加を申し出たこの時だけ不許可では……、親の威厳を疑われてしまうな」
母親は驚き、だけどすぐ諦めた表情に変わる。父親はそう簡単に信念を曲げない。きっと何かを決めたら、もう他人の意見に左右されたりしないんだろう。
「甘い道では無いと、承知の上だな?」
「はい」
「ならば……いいだろう。お前の意思を認めよう。団に加わる事を許可する。お前の目標と、この国の裏側の現実と、そしてお前自身の在り方について、最前線で目と胸に焼き付けて来い」
「……はい!!」
力強く返事をして、父親相手に深々と頭を下げた。それは感謝であると同時に、覚悟の証明だった。
私が私の意思を主張する為の強さは、その権利は、きっとこの瞬間に産声を上げたのだ。
それと、もう一つ。どうしても、警備団体に必要不可欠な存在がある。
「お父様、続けてそれに関係したお願いがあるのですが」
「ほぅ」
「もう一人、警備団体に必要な存在が居ます」




