広場にて3。
パァン!!
……花火と良く似た、だけど圧倒的に無機質で冷たい、強烈な発砲音。
見た事も無い量の鮮血が舞って、力無く倒れ込むトア。
鳥カゴに変質した不気味な傘を持って、くすくすと笑うケミー。
忘れたくても忘れられない、定例会議でのあの光景が蘇る。
そして。
『答えろ。誰の指示だ?』
不意に現れたリッシュの発言。
あの頃からずっと、謎のままだったその答え。
それがまさか、ロジーさん……だって言うのか?
「………………」
感情の読めない表情で、リッシュを見据えるロジーさん。絵里も千佳も、トアでさえ、二の句が継げずに驚愕している。
俺だって同じだ。
病院の食堂で、俺達の召喚術について優しく諭してくれたんだ。ザイン国王の旧友で、トアが信頼を寄せていて、召喚難民を救おうとしていて……。そんな優しくて正義感のあるロジーさんが、あの襲撃を裏で画策していただなんて、とても信じられない。
ケミーを使って……俺を殺そうとしていただなんて。
夕闇が深まり、所々で数少ない街灯が申し訳程度に点灯する。頼りない明かりがかろうじて俺達を照らすけど、お互いの表情は見え難いものとなっていた。
ロジーさんは答えない。どうしたんだ。なんで否定しないんだ。
まさか本当に……。
「まったく。まぁ……仕方ないか。目的の1つは果たしたからな」
まるで時間が止まったかの様な空間に、ロジーさんの声が浮かび上がった。
肯定……した。とうとう認めてしまった。
「その通りだ、リッシュ君。良く分かったね」
「あの時から見当はついてた。くだらねぇマネしやがって」
そういえばリッシュの奴、そんな事を言ってたな。……あれ? ちょっと待てよ。って事はつまりあの時から、ロジーさんとラシックスは繋がりがあったっていう事なのか。
食堂での会話を思い出してゾッとした。食事を摂りながら、何食わぬ顔で和やかに話していたロジーさん。自分が強襲を仕向けた相手と、あんな風に普通に会話が出来るものなのか。
「ロジー……本当なの? あなたが、あの襲撃を仕掛けたの?」
信じられないという表情と縋る様な声で、トアが尋ねた。ロジーさんは足元を見下ろす。そこにあった歪な形をした手の平大の瓦礫を一つ取り上げ、空を仰ぎ見た。
「召喚術はな、祈りの魔法なんだよ」
以前と同じ言葉を、以前と同じトーンで口にした。だけど今は疑心のフィルターに遮られて、同じ様には響かなかった。
「この世界は実に素晴らしい。その一端を担っているのが召喚術である事は紛れも無い事実だ。これ程の発展の背景に、その技術の存在は不可欠だった。だがな……便利さや豊かさと同時に、どうしようもない悲劇を生むのもまた、召喚術なのだよ」
手にした瓦礫を空に掲げた。
この世界の夜空は相変わらず綺麗だった。濃い紫のグラデーションに、小さな光が幾つも散りばめられている。地上の明かりが少ない為か、それら星々はすぐ近くに感じる程にくっきりと映えていた。この場所がそこまで闇を深めないのは、月明かりのおかげか。
そんな夜空に掲げられた歪な瓦礫は影となり、まるで絵画に落ちた墨の様だ。
「悲劇……?」
ロジーさんの言葉を、絵里が反芻する。悲劇……。召喚難民や、暴走し討伐される召喚獣の末路の事を言っているのだろうか。
いや……違う。これもまた、以前ロジーさんが口にしていた。
『ザインよ。またあの悲劇を繰り返すつもりか』
あの言葉と、何か関係があるのか。そしてそこには、ザイン国王も関わっている?
そもそもあの言葉は、一体何についての感想だったのだろう……。
「ロジー……何の話をしているの? それがケミーを使ってヤナギを狙う事と、何か関係があるの?」
トアはもう疑いの目も、訝しむ顔もしていない。そこにあるのは、単純なる敵意だった。
「あなたの言い分はきっと正しいわ。召喚術はこっち側の都合である部分が非常に大きい。便利なだけじゃなく、身勝手で利己的な術師のせいで、トラブルも多く発生している」
トアが強く主張する。親しみを持っていた人の、裏切りとも取れる本性を目の当たりにしても尚、その口調は怯んだりしてはいなかった。
「そして理想も正しいと思う。誰かが代わりに送還する事が出来るなら、それは様々な問題を解決する手助けになり得る。……だけど」
一拍置いて、力を込めた。それは、覚悟の様に見えたんだ。
ロジーさんを糾弾し、否定する……覚悟に。
「そのやり方は間違ってる」
鋭い眼光が、ロジーさんを射抜く。そこには少なからず怒りの様な感情が混じっている気がして、驚いた。
トアが、そんな風に誰かを責めるなんて。
「………………」
「やり方って……、ロジーさんの送還術の事?」
返答をしないロジーさんに代わって、千佳が話を紡ぐ。
「そう。詳しい説明は後でちゃんとするわ。だから絶対にロジーの送還術で還ろうなんて考えないで」
改めて念を押すトア。……言われなくても、だ。ここで明るみになった事実が全て本当の事であるなら、もはやロジーさんに対しては不信感しか無い。
俺と絵里は銃口を向けられ、トアは大怪我をした。
あの事件の黒幕が、ロジーさんであるなら。
「……どうやらこの辺で解散みてぇだな。お迎えが来た様だぜ」
不意に口を挟んだリッシュが、親指を空に向ける。見上げると、更に深まった闇夜の中に、大きな影が見えた。あれは……鳥か? いや、それにしてはサイズが異常に大きいな。
「あれは、グラウンのレトリバード……。迎えに来てくれたんだわ」
バサッと豪快な羽ばたきで、鳥が上空から降りてくる。舞い落ちる羽根は、掌を覆い尽くそうかという大きさだ。
夕方くらいまでには帰って来て欲しいというグラウンさんのお願いを案の定聞き入れなかった俺達は、結局手間をかけさせてしまっているみたいだ。大変に申し訳ない。
「トア様、遅くなってしまってすいません。みんな、大丈夫かい? ここに向かう途中、赤銅の竜を確認したんだが……」
大きな鳥の背からグラウンさんが飛び降りた。凄い、これに乗って移動して来たのか。
グラウンさんはリッシュを視認した後、ロジーさんを見て驚いた表情に変わる。
「ロジーさん……どうしてこんな所に?」
「グラウン、後で説明するわ。ちょっと色々ややこしくてね」
リッシュとロジーさんに背を向け、グラウンさんと大きな鳥に向かって歩き出すトア。リッシュも肩を竦め身を翻し、瓦礫となった電波塔の向こうへと歩き出した。
いや、でも待ってくれ。確かに色々新しい情報も手に入ったし、謎だった事も幾つか解明出来た。……だけど、事態は何も変わっていない。むしろ悪化して複雑化してしまった気がする。リッシュにトアを諦めさせる事も出来てないし、ロジーさんの問題まで浮上してしまったじゃないか。
「ロジーさん!」
せめて気になる事を一つでも解消しておきたい。俺は振り返り、ロジーさんに尋ねた。
「送還術を極めて……何をするつもりなんですか?」
ロジーさんがケミーを使って俺を狙った理由……それは何となく分かる。これもあくまで想像でしか無いけど、ロジーさんの主張や理念を鑑みれば、思い付く可能性は多くない。
だけどそもそもの送還術……。それを極めるなんて、並大抵の努力では無いはずだ。その決意と執念の裏側には、正義感とは別の何かがある様な気がしてならない。
するとロジーさんは手にしていた歪な瓦礫を地面に落とし、杖の先でそれを砕いた。粉々になったそれを目を細めて見つめ、
「私の目的はただ一つ、召喚難民の廃絶だ。ナルミの様な思いは……もうたくさんなのだよ」
苦々しく呟いたのだ。
ナルミ……? 誰だ。
「知りたくば、ザインに聞くといい」
そう言い残し、リッシュとは別の方角にロジーさんもまた歩き出した。
その後ろ姿を見送るトアとグラウンさんは、同様に目を見開き、絶句していた。
「トアちゃん、どうしたの?」
「知ってるの? ナルミって人」
心配する絵里と千佳に、弱々しく答えたトア。表情は固く、その声は震えるのを抑えている様に感じられた。
「私の……お母様よ」