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修羅場の続きは異世界で。  作者: ピコピコ
第1章
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電波塔3。

 その巨体が振り回す凶悪な尻尾は、かろうじて形を残す半壊した建物を更なる瓦礫へと粉砕していった。展望台の外に見えるその存在は、俺達に異世界という恐怖を植え付けた諸悪の根源。

 赤銅の竜だった。

「あ、あの竜。この世界に来て最初に見た奴!」

「赤銅色の竜……、なんでこんな所に?」

 臆せずに真っ直ぐ竜を見据える千佳とトア。絵里はそこから一歩引いて、自前のボールペンを取り出した。……召喚術の準備だ。あの赤銅の竜に対抗する為に、喚び出すのはきっと蒼天の竜。バービットより時間が掛かる分、早めの対応が必要なのだろう。

 みんな肝が座っている。頼もしい限りだ。

 距離にしておよそ200メートル程。多少離れているが、その気になれば一瞬にして詰められてしまうだろう。ここら一帯で一番高いこの電波塔が、安全であるはずが無い。

「チッ、ケミーか。またくだらねぇマネしやがって」

 ケミー、そして赤銅の竜……そうだ。あの竜に関しても、聞きたい事が沢山あるのだ。

「リッシュ、あれはケミーが召喚した竜なのか?」

「あぁ? 質問ばっかりだなテメェは」

 呆れた顔でリッシュは続けた。

「その通りだろうな。じゃなきゃあんなクソガキを勧誘なんかするか」

 ……? どういう意味だ? 昨日もそうだったけど、こいつはどうにも説明が足りな過ぎる。まぁ説明するつもりなんてこれっぽっちも無いんだろうけど。

「どういう事?」

「……成る程。あの赤銅の竜は、ケミーの家系が代々伝えて来た召喚術だったのね」

 千佳の疑問に、納得しつつ答えを返したのはトアだった。そういえばグラウンさんの説明にあったな。召喚術は古書や文献で知ったり、各家系で代々受け継がれてるって。

 つまりケミーは赤銅の竜召喚の継承者で、その戦力を欲してラシックスはケミーを組織に招き入れた……と。そういう事か。

 ……あれ? でも待てよ。

「え。召喚術さえ知っちゃえば、ケミー君が居なくても召喚出来るんじゃないの?」

 浮かび上がった俺と同じ疑問が、絵里の口から零れ出る。そうだよな。さっき絵里と千佳がやってみせたバービットみたいに、図形と詠唱さえ知ってれば他の人でも召喚出来るんじゃ……。

「中級ランク程度の召喚術ならまだしも、竜みたいにランクの高い召喚術はそうはいかないの。召喚出来ても使役出来なかったり、そもそも発動しなかったりするのよ」

 成る程。定例会議の時に、トアが蒼天の竜を召喚する事に戸惑った理由の一つがそれだったもんな。色々ある召喚術の中でも、どうやら竜の召喚だけは別枠の扱いをされているみたいだ。

「蒼天の竜はこの国に秘蔵されていた召喚術だから、ケミーみたいに素質まで継承されているパターンとは異なるわ。だけどそれでもヤナギ達がそれを使いこなしている事実は、本当に凄い事なのよ」

「テメェらが伝説の蒼い竜を召喚して使役しちまった事が、どれだけあり得ねぇ行為か分かったか?」

 トアとリッシュに責められる様に、改めて思い知らされる。俺達が不意に出来てしまった事の重大さを。……そんな脅かされても困るわけだが。

「リッシュ、俺達が初めてこの異世界に来た時にも、赤銅の竜が街を襲っていた。その時こっち側の見解では、あの竜は野生化してるって話だったけど……。昨日お前らが襲って来た時、ケミーは改めて召喚しようとしていたんだ。って事は初日の荒野の時も、本当は野生化なんてしてなくて、何らかの使役を受けていたって事なのか?」

「ストップだ。いい加減うるせぇよ異世界人」

 瞬間、空気が張り詰めたのを感じる。ホバットは手にしていた羽根ペンからが飛び立ち、物陰に隠れてしまった。微動だにしないリッシュ。その苛立ちが空気の振動を持って伝わってくる。

「今俺がバカみてぇにテメェらの質問に答えただろうが。望み通り世間話に付き合ってやってんだ。フェアに順番と行こうじゃねぇか」

 そう言って緩慢にリッシュは立ち上がった。ソファの背に寄り掛かかる様に体を預け、俺達に正面を向ける。背後の窓の向こうには、豪快な音を立てて暴れる赤銅の竜が見える。

「俺が言いてぇのは一つだ」

 ズズン……と遠くで建物が崩れる音が聞こえる。そんな事を気にも留めず、リッシュは不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「トアを寄越せ」

 羽根ペンがトアを差す。トアも険しい表情でリッシュを睨み返す。

 ……おい。俺の話を聞いてなかったのか、こいつは。それを阻止する為に俺達はここまで来たっていうのに。

 わかってる。違うのだ。これは俺の提案に対する明らかな拒絶と改めての警告。さっきの言葉通り理解も納得も求めていないのだろう。自らの信念と目的を、あくまでも貫き通すつもりだ。

 やっぱり、話し合いなんて無理だったのだろうか。こんな奴の意思を挫くなんて、とても不可能に思える。

 その時、思いも寄らない質問がリッシュに向けられた。

「リッシュ氏は、どうしてトアちゃんの事をそんなに好きになったの?」

 声の主は絵里。まるで昼休みに机を囲んでランチをしている時の様な、そんなほのぼのしたトーンで疑問を投げ掛けた。そんな部分を全く気にしていなかった俺にとって、そこに焦点が当たる女子の着眼点はやっぱり凄いなと感心する。気になるポイントが男の俺と異なるのだ。

「はっ。くだらねぇな、時間の無駄だろう」

「いやいや。順番にって言ったのリッシュでしょ。今度はこっちの番だよ」

 食って掛かったのは千佳だ。おいおい、なんて強気なんだ。怖いもの知らずか。

「絵里の質問の意味わかるよ。私も気になってた。なんかねー、どうも胡散臭いというか。ケミーちゃんの勧誘と同じパターンの様な気がするのね」

「あ?」

「つまりね。トアが好きなんじゃなくて、トアの召喚術の才能の方が欲しいんじゃないかなーってね。そう思う訳ですよ」

 トアを指差す。堂々と意見を主張しながらも、さり気なくトアより一歩下がった辺りが千佳らしい。

 言われてみれば確かに。むしろそっちの方が真実味がある。赤銅の竜の為にケミーを勧誘するくらいだ。

「ククク。悲しいね、そんな風に思われるなんて。安心してくれよトア。俺は純粋にお前を愛してるぜ」

「だから。何を見てそう思ったのよ」

 トアが訝しむ様に睨む。すっかり疑っている様子だ。

 やれやれと大仰な手振りで観念した様子のリッシュは、仕方なさそうに話し始めた。

「まぁ、お前の召喚技術に関心がねぇと言えば嘘になるな。ラシックスの戦力的期待も、無いとは言わねぇ。だけど本質はもっと単純なものさ」

 絵里の質問だけど、その答えには俺も少し……いや、かなり興味があった。

 今まで誰かを特別好きになった事は無いし、3人から好きだと言って貰えるこの状況でも尚、先行するのはいつも俺の感情とは別の思考だった。

 他に気が回らないくらい、たった1人を特別に思える様になればいいのにと思う。

 選択する恐怖すら超越する程、どうしようも無く誰かを好きになりたい。そんな思いが強くなってきていた。そのヒントが……もしかしたらリッシュから見付かるかもしれない。

「2ヶ月くらい前、収穫祭の日だ。俺がお前に興味を持ったのは。……だが今にして思えば、本当のきっかけは更に前」

 凶悪ながらも若干の笑みを含みながらの思い出話は、次の瞬間にふと鋭い口調に変わった。


「今から半年前だ。トア、俺はお前を見掛けたんだよ。異世界から召喚されてきたお前をな」

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