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修羅場の続きは異世界で。  作者: ピコピコ
第1章
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北スラム7。

 引っかかっていた疑問の一つが解消した。

 あの時、定例会議での攻防。ケミーは拳銃と、異界溝から取り出したとされる武器……パラ=ズンを所持していた。そして後に現れたリッシュが使用していたのは刀だった。

 ずっと不思議だったんだ。召喚術という方法があるなら、そっちを主に利用した方が制圧の手段や攻撃のバリエーションは豊富そうなのに、どうして物理的な武器を装備していたのか。

 単純に戦力の増強という意味で武器と召喚術の二段構えだったのかと思っていたのだ。だけどきっと別の意味合いも含まれていた。

 その場に召喚術の天才、トアが居たからだ。

 召喚術に特別詳しいトアには、恐らく奇襲は通じない。簡単に対策も立てられてしまうし、対向するに最適な召喚術を容易く使われてしまう。だから武器が必要だったんだ。召喚術だけで挑むのは、分が悪いから。

 そしてその理屈は、この場に置いても通じるはずだ。

 今までの口ぶりから、ギアッドは召喚術を用いた戦闘に慣れている。トア程では無いにしろ、ある程度の知識と経験が自信を後押ししているのだろう。

 ならばギアッドに打ち勝つ決め手となるのは、召喚術では無い。

 ギアッドが橋の上に居た事も都合が良かった。挟み撃ちで逃げ場を奪い、煙幕で召喚術を発動する余裕も与えなければ、行動範囲は限られてくる。

 狙い通り、ギアッドは橋の真下に飛び降りてきた。

「ッ!?」

 とは言えこっちには武器の用意が無い。

 だから。

「やっぱり降りてきたか。ここしか逃げ場が無いもんな」

 俺は強く握った拳を、全力で振り抜く。

 ……つもりだった。

「………………」

 握り拳はギアッドの数センチ手前で停止した。あちこちで立て続けに鳴っていた音が一斉に止まり、辺りは静寂に包まれる。

「……どうした?」

 地面に着地してしゃがんだ態勢のギアッド。その顔面スレスレに、俺は拳を浮かべたまま静止していた。

「なぜ殴らない? ……情けでもかけたつもりかよ」

「……情け……? 冗談じゃない」

 そんな振る舞いが出来たならカッコ良かったんだろうけど、残念ながら俺にそんな余裕は無かった。

 恐くなって、振り抜けなかっただけだ。

 今までの人生で殴り合いのケンカなんて一度もした事が無い。だからこんな、異世界や召喚術なんて特殊な状況だとしても、人を殴るなんて行為は俺には難しかった。召喚獣を仕向けるのとは訳が違う。直接自分が手を出す事が、こんなにも勇気のいる行為だったなんて。

 手の震えをどうにか隠しながら考え込んでいると、その顔を威圧と捉えたのか、ギアッドは両手を上げて降参の態度を示した。

「はー、分かった……負けを認めるよ。天才の王女様だけならまだしも、謎の異世界人に得体の知れない召喚術まで使われちゃたまんねーわ」

 得体の知れない……。確かに、この特殊な分担作業はそういう事になるのかもしれない。理屈を知らないまま相手をするのは恐怖だろうな。

 何にせよ助かった。俺はビビって手を出せなかったけど、降参してくれたおかげで決着が付いたみたいだ。この甘さはいずれ命取りになるだろうか。この甘さの克服は……果たして俺にとって正か、否か。

「柳ー! 大丈夫ー!?」

 前方から絵里と千佳が走ってくる。俺は体勢を立て直し、2人に敬礼した。いずれにせよ、この状況の打破はあの2人のおかげだ。その閃きと行動には感謝しかない。

「上手くいって良かった。試しにやってみようって、私が思い付いたんだよ、柳君」

「ちょっと絵里、待って! ケータイを使おうって提案したのは私だよ!」

「私も思い付いてたもん」

「それはズルい!」

 言い合いが始まった。もはや楽しんでいる様にも見えるが……そこに決まって割り込んでくるのはトアだ。

「……なんだか良く分からないけど。結局は私とヤナギの連携プレーが決着の決め手になったんだから。2人とも感謝しなさいよね」

 そう言って俺に腕を絡めてきた。なんだか日増しに密着度が上がっている様な気がする。境界線が無くなりそうな程トアの体はピッタリと俺にくっついているのだ。

「こらトアくっつき過ぎ!! っていうかなんでそうなるの、決め手は私達のバービットでしょ!」

 そうだ。なんでバービットだったんだろう。しかもあんなにたくさん。

「俺はてっきり蒼天の竜を召喚したのかと思ってたよ」

「それでも良かったんだけど、試しにやってみようと思って。それにせっかくならたくさん居た方が心強いかなって」

 というか、あの定例会議の時に知ったバービットの召喚図形と詠唱を記憶していたのだろうか。相変わらずそのポテンシャルには驚かされる。そしてそれを単体では無く複数体同時に召喚するという、発想の飛躍と発展。流石だ。2人共、常に行動の原点にあるのは好奇心と探究心なのだろう。疑問を残したままにしたくないとも言える。

 そこは俺も同意だ。分からない事を分からないままにしておくのは、どうにも気持ちが悪い。

 振り向いてギアッドを見る。ギアッドはハナレオンとカマキリを送還していた。昨日トアが言っていた送還義務の放棄みたいな事はしない様で、そこは少しだけ好感が持てる。

「ギアッド、約束だ。リッシュの居る場所に案内してくれ。それと……異界溝について、知ってる事を教えて欲しい」

 送還を終えたギアッドはポケットに手を突っ込み、鋭い眼光で睨んでくる。……おい。そういう話だっただろ。

「はっ。仕方無いね。ケンカ吹っ掛けて負けちまったんだもんな。分かる範囲で答えるぜ」

 降参したくせにふてぶてしい。だけど自分で決めたルールを破る様な横暴な奴では無いみたいだ。この国で出会う人は義理堅い人が多いなぁ。

「とは言っても……悪いんだが異界溝について、俺もそんなに詳しく無い。その辺の話はリッシュ君がまとめてるし、俺達は結局リッシュ君に付いて行くだけだからな」

 やっばりか。なんとなくそんな気はしてた。

「だけどどうやら、リッシュ君の夢っていうか目的っていうか……そこに辿り着く為の大事な要因だって話だぜ。異界溝って場所は」

「リッシュの……夢?」

 それに異界溝が必要だって言うのか? なんだか危険な雰囲気がする……世界征服とか言い出すんじゃないだろうな。

「異界溝にはきっと色んな物が散らばってる。そんな想像だけで探求者としてはワクワクするもんさ」

「…………」

 夢を持つ事は素晴らしい。俺達だって自分が将来どうなりたいかを日々模索して、その為の進路に狙いを定めて勉強している。大学でどんな事を学びたいか。その先でどんな仕事に就きたいか。高校生は、人生の過渡期と言っても過言では無い。

 だからリッシュの事は羨ましい。俺には今の所そんな明確な夢も無いし、1人の女の子に胸を張って「好きだ」と伝える事も出来ていないし。

 だけど……違うだろう。その為に誰かを傷付けたり、反社会的な手段を選ぶのは。

「もし戻ってるなら、リッシュ君は多分あの電波塔に居るはずだ。勝手に行ってくれ」


 この道の先に見える赤い電波塔。

 そこに……リッシュが居る。

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