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修羅場の続きは異世界で。  作者: ピコピコ
第1章
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深夜の出来事4。

「あー……なんかそんな事言ったかもしれない」

 後ろからしがみつく絵里は、居心地が良いのか未だに離れようとしない。かく言う俺も、絵里の体温に妙に安心を感じて、もう少しこのままで居たいなんて思ってしまっている。接触する鼓動がまるで競争をするかの様に、お互いに早い。

 絵里のそんな積極的な一面は中学生の頃から顕在だったようだ。大胆不敵な宣戦布告に、千佳は思わず笑ってしまったのだと言う。



「だって絵里ってば、好きな人を賭けの対象にしちゃうんだもん。そんな発想それまで無かったし、ビックリしたよ」

 千佳はまるで面白いテレビを紹介するかの様に、楽しそうに話した。

「でも成る程なーって思った。夕香に気を遣ったり、柳の事想ったり、色々考えてぐちゃぐちゃしてたのが、丸ごと一掃された気分だった。そっかそういう指標があれば、正々堂々と向き合えるんだ、って」

 その頃から俺は知らずの内に賭けの対象にされていたらしい。そうとも知らずに何も考えずに過ごしていた俺は、もしかしたらやっぱり幸せ者だったのかもしれない。裏で起きていた色々な事を後になって知るのは、いやはやどうにも不思議な気分だ。

 絵里は曖昧だった関係性と距離感に指針を示した。分かりやすい条件付けと、絶対的な結論を。そしてそれがもたらした影響は、千佳にとって非常に大きな意味合いを含んでいたのだ。

 真っ向から戦うという事。

 お互いにそれを了承出来る関係性があるという事。

 絵里は勇敢だった。関係がこじれる事を恐れていなかった。ライバルになり得る友人に対して、堂々と戦いを挑んだのだ。

「怯えて悩んでいた自分がバカらしくなったの。……まぁ、自分の得意分野で戦おうとするなんてズルい奴だなーって思ったりもしたけどね」

 ケラケラと笑う。そういえばその頃から絵里は秀才で、毎回テストで好成績を残していたっけ。夏祭りデートで相手を決める際、召喚術で競おうと提案したトアと全く同じ発想である。競争は、いかに自分の土俵に持ち込めるかなんだなぁと感心する。

「だから、もう私は大丈夫なの。私は絵里の堂々と立ち向かう姿勢に救われたんだ」



 淡い月明かりに照らされた室内は相変わらずシンと静まり、2人の息遣いだけが微かに響いていた。こうして密着している事にすっかり慣れてしまいそうな程、心が落ち着いて安らいでしまっている。この温度を失った時、俺は不安を覚えてしまいそうで恐かった。

「……千佳ちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ。私はただ、勉強なら勝てるかなって思って提案しただけだったのに」

 悪びれた様子で話すが、嬉しそうな雰囲気が滲んでいる。見えないが、きっとニヤニヤしているのだろう。

 ちなみにその期末テストの結果は、なんと絵里と千佳が同率1位であった。今回同様、それぞれがお互いの苦手分野で数点落としているが、最終的な総合計が同点となっていた。成績での競争もここから始まっていたのだ。俺が賭けの対象にされた事で2人の成績が向上しているのであれば、それは実に喜ばしい限りである。とか思ってみるが口には出さない。そんな事を言える立場では無いような気がするし。

 更に補足をすると、夕香はこのテスト勝負で2人に負けてしまったらしい。絵里が勝手に決めた勝負だが、なんとなく張り合える自信が無くなってしまったらしく、フェードアウトしてしまったみたいだ。これがトアだったら関係無いと言わんばかりに言い返して来るんだろうなと苦笑が漏れる。その駄々が許容されるかは人間性次第だろう。こちらと、そしてあちら側の。

 閑話休題。

「だからさ、絵里」

 本当に……ほんとーに、俺がこんな事言える立場じゃないんだけど。トアの勢いに負けて弱気になってしまっている絵里を元気付けてあげたいのだ。それが、俺の優柔不断の原因であり、願いそのものなんだから。

「絵里だって、トアに負けてなんかいないよ。絵里の気持ちはちゃんと伝わって来てるし、想ってくれてるんだなって、いつも凄く実感してる。千佳やトアには無い、優しく包んでくれる所とか、どんな事でも受け止めてくれる所とか、俺はそういうのに救われてると思うんだ」

「……本当に?」

「うん。それに、千佳も絵里には感謝してた。あの言葉があったから、今こうして居られるんだって。好きな人に向かって、 堂々と気持ちを示せるんだって」

 その当人である俺がこんな話をするのは非常に複雑だけど。でもいいのだ。絵里が笑ってくれるなら。

 すると、今までずっとしがみつく様に抱き付いていた両手から力が抜け、絵里がするりと離れていった。

 一抹の寂寥を残して。

 そうしてのそのそとベッドの上を移動し、再び隣に戻ってきた絵里は小さく微笑んでいた。嬉しそうにしている顔を見られたくないのか、やや俯いて前髪が顔半分を隠している。

「ありがとう。元気出た。皆んな不安になったり元気になったり、色々あるんだね」

 感慨深く呟いた。本当にそうだね、と俺も呟く。

 この異世界に来なければ、千佳とも絵里とも、こんな話はしなかっただろうなと思う。お互いの胸の内を明かすきっかけなんて、そう簡単にやって来ないものだ。

 だけど話す事で救われる事もある。知らない事を知らないままで居るのが罪になる時すらあり得る。

 俺達はそうやって少しずつお互いの距離を縮めて行って、認め合える関係を探す作業を繰り返しているのだろう。異世界に召喚された事でその行程が少しだけ緩和されて、距離を近付けられたのなら、ここに来て良かったと言えるのかもしれない。

 窓の外はとっぷりと夜に浸かり、月の明かりすら沈んでしまった。今、何時くらいなんだろう。徐々に増してきた眠気に伴って、現実感が曖昧になってくる。

 朧げな意識の中で、隣に座る絵里の頭のてっぺんがふらふらしているのが見えた。いや、揺れているのは俺の方かもしれない。瞼が重く、狭まっていく景色。


 この状況大丈夫かなぁと思いつつ。

 寝息を立てている絵里の隣で、俺も微睡みに身を委ねて眠りについてしまった。

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