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修羅場の続きは異世界で。  作者: ピコピコ
第1章
37/87

夜の出来事。

 流れる風は昼間のそれとは打って変わってひんやりとしていて、お風呂上がりの火照った体に心地良く染み込んでいった。

 だけど対照的に体温は上昇していく。理由は明白で、こんな風に、真剣な表情で真っ直ぐ見つめられているからだ。

 その力強い視線から、目が離せなかった。リッシュの時とは意味合いが違う。千佳の大きな瞳に、ただひたすらに魅了されていたのだ。

 すぐに返事が出来なかったのは、見惚れていたから……だけでは無くて、何と言っていいか分からなかったからだろう。いい加減愛想を尽かされてしまいかねない、どうしようも無い自分に苛立ちすら覚える。

 何も言わない俺をどう思ったのか、千佳は視線を落とし缶ジュースを開けた。そして何かを思い出した様に「ふふっ」と吹き出して言ったのだ。

「ねぇ、覚えてる? 中学の修学旅行で、2人で観覧車に乗った事」

 大事そうに缶ジュースを両手で包みながら、別の話題を始めた。返事について期待はしていない、と暗に言われている気がして、少しだけ心が痛む。

「あぁ、覚えてるよ。色々とトラブルが起きて大変だったよな」

 懐かしい。と言ってもまだ1、2年程前の話か。ここでの生活が濃密過ぎて、元の世界での出来事が急速に思い出になっていく様な感覚だ。

 中学の修学旅行で訪れた海浜公園に、大きな観覧車があった。それが公園の目玉の1つだったせいもあって、俺も含めてウチの生徒が行列を成していたんだ。

 そしていざ自分の番になった時。スタッフの誘導ミスで、それぞれ別の友人と並んでいたはずの俺と千佳がセットになって、観覧車に乗る事になってしまったのだ。クラスが同じだったので話す機会はたくさんあったとは言え、観覧車に2人きりで乗る様な関係では無かったから、変に緊張してしまったのを覚えている。しかもあの時……。

「あの時は、」

 千佳がテーブルに身を預ける様に突っ伏して、そろそろと手を伸ばしてくる。

「もっと近くに居たのになぁ」

 千佳の手は、テーブルに載せていた俺の手に触れる直前で止まった。いつも明るい千佳の声が、寂しそうに弱々しい。

「今はこれが私達の最短距離」

 俺と千佳の間には、まるで障害物のようにテーブルがある。そのテーブルを疎ましく思うかのように、千佳は爪を立てた。

「ここが観覧車だったら良かったのに」

「………………」

 届くはずの距離を、けれど千佳は触れない。触れたくて、でもそうする事に戸惑いがあるように。

 人と人との距離は、きっと一方だけの歩み寄りだけでは成り立たない。お互いが近付いて、初めて関係が築かれるのだ。そうでないと不安になる。相手の意思が不明なまま近付くのは、きっと恐い。

 だから、千佳が残したこの空白を埋めるのは俺なんだ。俺が歩み寄らなければ、千佳はずっとこの空白を彷徨う事になる。

 気付けば、俺は千佳の手を握っていた。夜風にひんやりと冷えた臆病な想いを、覆うように包んでいた。千佳は幸せそうに優しく笑って「あったかい」と呟く。……湯冷めしてるじゃないか。

「実はね……観覧車に私達が2人で乗ったのは、偶然だけど偶然じゃないの」

「……え? どういう意味?」

 千佳は重なった手を愛おしそうに眺めながら、静かに説明を始めた。

「私と一緒に並んでた夕香がね、柳と2人で乗りたいって言ってスタッフにお願いしてたの。どさくさに紛れて2人をセットにして下さいーって」

 そうだったのか。じゃあ違う二人組をセットにした事自体は、スタッフのミスなんかじゃ無かったんだ。結局人を取り違えて、大失敗してるわけだけど。

「私あの時は柳の事なんとも思ってなくて、夕香がそう言うならって協力したの。なのになんでか私と柳で乗る事になっちゃって、その後謝るの大変だったんだよ。しかもあの時……停電になったでしょ」

 そう。千佳と2人で観覧車に乗って頂上付近まで昇った時、突然動きが止まったのだ。ゴンドラ内の照明も消えて、夕暮れ前の空の、薄紫色した影が混ざり込んだ。

「止まってたの、時間的には10分くらいだったかな。あの時の柳はすっごく頼もしくてカッコ良かった。私が浮かない顔してたから、ずっと気を遣って励ましてくれたりしたよね」

 観覧車が止まって千佳が不安そうだったから、元気付ける為にたくさん話をした。今思えば、あの状況が無かったらここまで親しくなっていなかったかもしれない。

 照れ臭くなって、缶ジュースを開けて一口飲む。アーチェのジュースは甘味が程良く美味しかった。

「あの時、私は柳を好きになったんだ」

 吹き抜けるそよ風と共に、千佳が静かに告白をした。眼下に映える城下町の明かりが揺れ動くのと裏腹に、俺と千佳の間の空気が止まる。心臓が強く脈打って、千佳の顔が見れなかった。

「結局、夕香のチャンスを奪い取った挙句に、私も柳の事好きになっちゃって、結構色々言われたんだよ。協力してくれる約束だったのにー、って。……こんな事柳に言っても仕方ないんだけどね」

 「ありがとう」と、重ねていた手を解いて体を引き、千佳は椅子に座り直した。俺の体温の上昇で温かくなった千佳の手の温もりが、俺の手の内に微かに残る。

「それでねー、思ったの。友達と同じ人を好きになるのって結構シンドイなって。きっかけがそんな感じだったから、すっごく夕香に気を遣うっていうか。積極的にアピールしたいのに出来ないし。だけど夕香が柳と仲良くしてるの見ると胃が痛いし」

 缶ジュースを飲みながら酔っ払いの愚痴の様に饒舌になる千佳。ここまで溜め込んでいた鬱憤やらが噴出してしまったようだ。異世界に召喚された事による不安と緊張が少しずつ解消されるのと同時に、抑えていた感情も溢れてしまったのだろうか。ちなみに俺はその夕香という女のコの事を、覚えてはいるけど特別印象には残っていない。俺にとってはただのクラスメイトの1人だったのだろう。申し訳ない事に。

「柳の事は好きで、譲りたくないって気持ちは強いけど、だけど友達と競争するっていうのは嫌だなって思った。私が頑張れば頑張る程、夕香には嫌われていくし。それが苦しくて辛いのに、柳を諦めるのは同じくらい苦しくて。……体調がおかしくなりそうだった」

 最後は冗談っぽく笑って見せたけど、きっと冗談では無かったのだろう。知らない所で、俺なんかの為にこんなに辛い想いをしていたなんて。

「もしあのままの私だったら、今のこの状況なんて、本当に気が狂いそうなくらいシンドイんだろうなぁ」

 当事者の俺が言うのも何だけど、友人と同じ人を奪い合う状況。それがここでは自分の他に2人居る。確かに、友人関係を維持したまま競争に勝って好きな人と結ばれるというのは、難しいのかもしれない。お互いの胸中は分からないし、無意識の内にストレスも蓄積してしまいそうだ。あくまで客観的な想像だが。

「でもね、今は大丈夫なの」

 千佳が嬉しそうに笑う。その顔には、悩みも迷いも一切無かった。


「そんな私を救ってくれたのが、絵里だったんだ」

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