お祭りにて3。
広場の脇に、まるで美術館のような外観の小さな建物があった。何故か入り口が左右に2ヶ所あり、片方にだけ行列が出来ている。
「あれは何?」
「あー、あれはトイレよ」
「えっ!? あの立派な建物トイレなの!?」
そんなやり取りの後、ついでなので利用する事になった。トア、絵里、千佳が行列の最後尾に並ぶ。お祭りの会場だけあって利用する人が多く、俺が並ぶ男子トイレの回転率はまだしも、女子トイレの方はなかなか進まなそうである。
トイレの内装は外観同様、豪華でそして綺麗だった。公園のトイレがしっかり整備されていると街全体に好感が持てる。この国の治安はなかなか良いようだ。ラシックスが縄張りとしている北スラムに関してはどうか分からないが。
案の定俺の方が先に広場に戻ってきた。ひとまず先程のベンチに座って待つ事にする。
この異世界に召喚されて2日目の夜だ。元の世界では今日は土曜日のはずなので、きっと昼まで寝ていた事だろう。朝から起きているとこんなに1日が長いのかと、異世界にて教訓を得る。それにしても、明日買う予定だったゲームはそれなりに楽しみにしていたんだけどなぁ。
両親は心配しているだろうか。うちの親はそんな事無い気がするけど、また以前の様な事をしているだなんて思われたら困る。元の世界に戻ったら有無を言わせず父親にぶっ飛ばされそうだ。
「だー……れだっ!!」
不意にばふっと、後ろから覆い被さるように抱き締められた。ほっぺた同士がくっつきそうな程の距離にあるのはトアの顔だ。俺の認識だと抱き締めるんじゃなくて目を塞いで尋ねる行為だったと思うが、この国、若しくはトアの中では違うのかもしれない。
「トア、早かったな」
顔の距離にドギマギしながらも、平静を装って答えた。
「適当な理由つけて抜け出してきちゃった。どーせヤナギの方が先に出てくると思ったし」
なんて抜け目の無い奴だ。俺を捕らえるという点において行動が完璧過ぎる。
「それに、約束したもんねー」
その体勢のままぴょんぴょんと飛び跳ねる。体重をのし掛け、首を絞められているのでなかなかに苦しい。
約束。きっと賭けの事だ。
金魚掬いの勝負は……トアの勝ちだった。
「私わかってるのよ。ヤナギがわざと負けてくれたって。最後だけ変な角度でポイ引き揚げたでしょ」
「…………」
バレている。その通りだ。悩んだ挙句、俺はトアに勝ちを譲った。女の子にあんな風に真剣にお願いされたら、断れるわけないじゃないか。
絵里と千佳から隠れたやり取りであった為に、その選択に後ろめたさというか、罪悪感に似たものを感じていた。俺自身がトアと2人っきりになる事を望んだという、逃れようの無い事実を選んだからだ。
だけど、何かを選択するという行為は、あらゆる状況に於いてそういった可能性を孕んでいると実感した。選択は、その他の排除だ。いつだって、選ばなかった方には罪悪感が伴う。俺はずっとその責任に怯えて生きている。
……だからもしかしたら、なんでも強引に決めつけてしまうトアに惹かれているのかもしれない。それは、力強く手を引いてくれる千佳にも当て嵌まるし、優しく寄り添ってどんな選択も許してくれそうな絵里にも当て嵌まる。……うーん、結局選べないという結論に至る。相変わらず最低な男だ、俺は。
Tシャツの袖から伸びるトアの白い腕は汗で少し湿っていて、絡みつく首に確かな熱を感じさせる。夏の夜特有の生温い気温と、密着して感じるトアの体温、そして至近距離にある女の子の存在、それらの要素が容赦無く俺の体を熱くさせていく。汗が止まらないし、心臓の脈も忙しない。非常に周りの目が気になる。
絵里と千佳から好意があると伝えられてしばらく経つが、こんな風に接近されて密着するような経験なんて今まで無かった。あの2人はこんなに大胆じゃないし、俺は特別誰かと付き合った事も無いし。
「ヤナギがわざと負けてくれたって分かった時、思わずドキっとして何て言ったらいいか分かんなかったわ」
決着の直後発生した謎の沈黙はそういう理由だったのか。何を思っているか分からなかったので、少々不安だったのだ。
絵里と千佳はまだ戻ってくる様子は無い。あの行列だからなぁと、進んではまた伸びる人の列を見て辟易する。
「それで……どうする?」
好意を寄せてくれている相手に、なんで2人っきりになりたかったんだ? なんて野暮な事は聞けない。好きな相手とは2人っきりになりたいものなんだろう。そこまで誰かの事を想った試しが無いので想像の範疇を越えないが。いつだって俺自身の気持ちの行く先は、選択というフィルターの向こう側にあって、自分がどうしたいかなんて二の次になってしまっている。……まぁ、そんな事今はどうでもいいんだけど。
「ふっふっふ。とっておきの瞬間があるの。それをどーぉしてもヤナギと2人で味わいたくて」
ワクワクを抑えられないといった表情で、トアがニヤニヤと笑う。我が子へのご褒美を出し惜しみする母親のようだ。
「こっち来て」
ともすればご褒美を待ち侘びる無邪気な子供のように、飛び跳ねて俺の手を引く。
「あ、おい。あんまりあの2人から離れるのは……」
「大丈夫。すぐ近くよ」
そういえば、あっちの大通りも含めて広範囲に渡って展開されているこのお祭りだが、なんだか先程よりこの広場の人口が増している気がする。そんな人混みの中をはぐれないように、手を握って歩き出すトア。
それにしても、元気で良かった。
拳銃で撃たれて崩れ落ちた時は、本当に目の前が真っ暗になるほど気が動転したんだ。こんな風にお祭りを一緒に楽しめるなんて思ってもみなかった。
願わくばもう2度とトアが傷付く事の無いように。
これは果たして恋愛感情なのか、その仕組みについては良く分からないけど。
俺はトアの手を、はぐれないように力強く握り返したのだ。




