お祭りにて1。
「ねぇ見てヤナギ、金魚掬いよ! 水系の召喚術っていくつかあって結構綺麗なの多いんだけど、やっぱり自然に魚が泳いでる感じには敵わないわよねー」
「柳! あそこのお面付けて射的構えたら絶対面白い! 写メ撮ったげるから一緒にやろ!」
「クレープ売ってる。柳君、一緒に食べない? プペンとかパスの他に、アーチェとかクロボーなんてのもあるよ」
三方から引っ張られる。うーん……状況的には両手に花というか、両手じゃ足りない花状態なんだけど、いかんせんこのテンション(3倍)には付いていけそうにない。トアの意外に自然派な所とか、千佳とワイワイ遊ぶ感じとか、絵里が珍しく興奮してる様子とか、一緒に居ると楽しいのは間違いないんだけど。
結局俺達は4人でお祭りを回る事になった。やっぱり絵里と千佳をこの知らない土地で放っておくわけにはいかないし、俺達の召喚術の特殊な制約上、個別で居るのは危険だと判断した結果だ。
せっかくのお祭りに俺達はこの国の普段着(多分)で、トアはTシャツに短パンといった格好である。ヒストさんに内緒で病院からそのままやってきて、そのついでに寄った服屋で適当に買ったものだ。これはこれで夏らしいがお姫様とは程遠い姿となった。
太陽はほとんど山の向こうに沈んでいて、オレンジ色は遠くの空に追いやられている。頭上には紫の濃淡が綺麗なグラデーションとなって広がり、その手前でお祭りの提灯が柔らかい光と共に不規則に点在している。
そういえばちゃんと城下町を歩くのはこれが初めてだ。きっと普段のそれとは雰囲気が違うんだろうけど、街並みは開放感があり、綺麗に整備されている様子が窺える。
お祭りはこの国のメインストリートらしい大通りを中心に開催されていた。その南側には通りに沿うような形で大きな川があり、両岸には整備された緑地公園がどこまでも続いている。その景観の為か、大通りには背の低い建物が並んでいて、お祭りの出店や飾り付けなど、これだけ乱雑に展開されていながらも広々としたイメージを維持している。
「ところでトア。手術直後なのに、本当に大丈夫なのか?」
賑やかに流れる人混みを縫うようにして歩きながら尋ねる。溢れる人々は基本的に俺達と変わらない外見だが、ごく稀に、見た事の無い動物だったり、獣と人間のハーフのような耳や尻尾、翼などを携えた人を見掛ける。そういった光景はきっとこの世界では日常なのだろう。さすが異世界だ。
「平気よ。そりゃちょっとは痛いけど、大した事無いわ」
そう言いながら金魚掬いのおっちゃんに「4人分ね」とお金を渡す。
「そっちの世界では馴染みが無いだろうけど、ミノンアーチの病院には治癒系を専門に扱う召喚師が常駐してるのよ。その後押しもあって回復は早いわ。だからきっと治療日数とか入退院とか、そっちの認識とズレがあるかもしれないわね」
はい、とそれぞれにポイを渡す。なんだか申し訳ない気持ちになる。なにしろ俺達3人はいまだに無一文だ。国王かヒストさんあたりに頼みば多少貰えるかもしれないという淡い期待もあったが、安静にという忠告を無視して無断でお祭りに来ている手前、そんな都合のいい恩恵は受けられない。……というかこれじゃ、射的もクレープもトアの金頼みじゃないか。
「ありがとう、トア。へー、治癒の召喚術なんてのもあるんだ」
「うー、こういうの苦手なんだけどな」
たくさんの金魚が窮屈そうに泳ぎ回る水槽の前に、4人並んでしゃがみ込む。
「まぁ治癒って言っても、なかなか使い勝手のいい召喚術じゃないんだけどね。……そんな事よりヤナギ、これは勝負だからね!」
好きだな、勝負。いいけどね、実は俺はこういうのは得意なんだ。
「……私が勝ったらさ、」
不意に声量を落とす。絵里と千佳には届かないような小さな声で、顔を近付けて内緒話のように俺に囁いた。それは密談であると同時に、懇願のようでもあった。
「後で、本当にちょっとでいいから……2人っきりになれないかな?」
「………………」
やや上目遣いの大きな瞳が、至近距離で、まるで許しを請うように訴えてくる。
そのお願いは……ずるいだろう。俺が勝とうとすればする程、それは拒絶と同じになるじゃないか。
緊張を解くように小さく息を吐き、すぐさま元気を戻したトアが声を上げて言った。
「さぁ、勝負スタート!!」
……そして決着がついた。
破れたポイと、白い器の中で忙しなく泳ぐ金魚を見下ろす。
後半は、一足先に脱落してしまった絵里と千佳が、俺とトアの一騎打ちを見守る形となっていた。さすがに勝負を持ちかけるだけあって、トアは器用に何匹もの金魚を器に放り込んだ。
俺は……どうすれば良かったんだろう。
咄嗟の提案のせいで、完全に思考が遅れていた。今まではこれくらいの事で動揺なんてしなかったのに、急に怖じ気付いたように内側が混乱している。誰かと特別親しくなる事が、それが波及する事態が、その影響と規模が、この異世界に来て大きく変わってしまったからだろうか。
トアは何も言わない。俺も、何も言わなかった。ほんの数秒だったけど、変な沈黙が生まれていた。トアが持ち掛けた賭けは……。
「2人とも凄い! こんなに取れる人見た事ないよ」
「だけど、僅差で勝負が決まったね」
絵里と千佳が器を覗き込んでくる。というか、どうするんだこんなにたくさんの金魚。
すると勢い良く立ち上がったトアが振り返って言ったのだ。
「あー楽しかった。久々に本気で金魚掬いなんてやったわ。じゃあ次は射的ね、チカ!」
「え、いいの? やったー。その前にあのお面買って柳に付けよ! 絶対面白いから!」
「その次クレープね、トアちゃん。クレープ」
トアは、満面の笑みを浮かべていた。