召喚術について3。
「誰か1人でも欠けたら、召喚術が成立しなくなる」
絵里が呟き、グラウンさんが頷く。
そうなのだ。分担するという事は必要な条件が増えるという事。そしてそれは土壇場において弱点にもなり得る。仮に召喚術が必要な状況になった時、俺達3人は常に近い場所に居なければならない。そう考えると、むしろデメリットの方が大きいような気がしてきた。
まずいな。リッシュに思いっきり喧嘩売っちゃったし、また襲ってくる可能性があるのに。
「グラウンさん、そもそもなんで竜は柳に従ったのかな。柳は物理的な関与をしてないのに」
千佳が最もな質問をした。その通りだ、どうして俺なんだ。
「申し訳ないが、分からない。少なくとも僕の今までの経験ではそういった事例は見た事が無い。先程の様子では国王様も、リッシュですら馴染みの無い反応だったし、恐らく知らないと思う。トア様なら、研究の過程でそういった文献を目にしている可能性はあるが……もちろんそれも、前例があればの話だ」
これってそれほど特殊な状況なのか。使い勝手が悪いし、単純に誰も試みなかっただけにも思える。
「召喚術はな、祈りの魔法なんだよ」
不意に声が届いた。俺達から少し離れた席で食事をしていた男性だ。歳は40代半ば程。ザイン国王と同じくらいだろうか。だが着古して傷んだコートと、顔の濃い髭、そして国王に比べて細くやつれた様な体つきから察するに、もう少し歳上な印象も受ける。
すると突然グラウンさんが驚きの声をあげた。
「ロジーさん!! ミノンアーチに戻っていらしたんですか?」
「少し前にな。……グラウンか。逞しく育ったようで何よりだ。盗み聞きのつもりは無かったんだが耳に入ってしまってな。そちらのお三方は異世界から召喚されて来たようだね」
男性のテーブルには、色の濃いドレッシングのかかった野菜丼がある。それをスプーンで豪快に口に運びながら答えた。
どうやらグラウンさんと面識のある人らしい。だけど、しばらくこの国に居なかったのだろうか。
「ロジーさんはかつてザイン国王とコンビを組んでいたんだ。サモニカの前身であるミノンアーチ警備団体において、2人は圧倒的実力を持ってこの国の平和を守ってきた。周囲からは戦士のロジー、召喚のザインと呼ばれ、無敵のコンビと称されていたんだ」
「えー! 凄い!! っていうかザイン国王もそんなに凄いんだ!」
千佳が声を上げる。俺も驚いたが、それと同時に疑問も生まれた。
それほどの実力だったザイン国王は、どうして召喚術をあまり使わなくなってしまったのだろう。あの鍛え抜かれた肉体は、召喚師というよりむしろ戦士としての体だった。体術と召喚、それぞれを極めようとする過程なのか。それとも単に召喚術という手段から身を引いたのか。
そして彼、ロジーさん。今のこの印象からは、実力のある戦士には到底見えない。もちろん俺みたいな素人が見た目で判断するべきじゃないとは思うけど、もう何年も体を鍛えていないように見える。頑丈な筋肉も柔軟なバネも、かつてあった物をすっかり無くしてしまった後の様な体をしている。
「あの、さっきの話ですけど……召喚術は祈りの魔法って、どういう意味ですか?」
絵里の質問に、ロジーさんは野菜をパリパリと頬張りながら答えた。
「話によると、君達は図形と詠唱をそれぞれ分担して召喚術を行うようだね。詳細は知らんが恐らく……図形を描いた君も、詠唱を読んだ君も、そちらの彼の事を守りたいと心から想って、描き、読んだんじゃないかな」
絵里と千佳が止まる。そして俺は……いや、どんな顔をすればいいんだ。
あの時はトアが撃たれたショックで頭がぼんやりとしていた。だけど確かに、力強い千佳の声が強引に俺の意識を戻してくれた事を覚えている。
俺を守ると言ってくれた事も。
「召喚術は祈りの魔法。術師のそうした内面のエネルギーがどうしようもなく反映される。君達の、彼を守りたいという意思が召喚術の1つの要素になったんじゃないかな」
俺を守りたいと願い呼んだ召喚竜が、俺を守るために機能した、という事か。あの蒼天の竜にその想いが伝わって、俺に使役の権利を与えたと、そういう事なのか。
「非科学的で根拠の無い話だけど、そう考えるとなかなか素敵じゃないか」
ロジーさんがニッコリと笑う。優しい笑顔だった。なかなかロマンチックな事を言う人だ。
絵里と千佳が照れているのかニヤニヤと笑って、それを隠そうと前髪をいじっている。2人して可愛い。
俺が使役する立場に居たのは、絵里と千佳が俺の事を想ってくれていたからだったのか。相変わらず2人には頭が上がらないな。その結果俺は助かったわけだし、リッシュともギリギリ渡り合えたんだ。
「さて……と。すっかり話の邪魔をしてしまったな。食事も終えたし、私はここで退散するとしよう」
「ロジーさん。国営に戻って来てもらえませんか? 今は召喚団体サモニカと名称は変わっていますが、中身の本質はあの頃の警備団体と何も変わっていません。ロジーさん程の方に戻って来て頂ければ非常に心強いし、ザイン国王もきっとお喜びになるはずです」
グラウンさんの嘆願に、しかしロジーさんは首を振った。
「有難いが、やりたい事があってな。少し早いが老後の様なものだ。ある程度任務を全うした今だからこそ、追求したい道もある。それはもしかしたら自分自身への贖罪であるかもしれないがな」
空になった食器を載せたトレーを返却口に運びながら、ロジーさんは俺達に頭を下げた。そして出口に向かって行く。
その去り際だった。
小さな声でポツリと、独り言の様に呟いたのだ。それを俺は聞いてしまった。それとも、聞こえるように言ったのか。まるで何かの警告のように。
「ザインよ。またあの悲劇を繰り返すつもりか」