序章~前半~
突然だが修羅場だ。そしてさらに色々な事が立て続けに起きて、まだ自分でも整理が追いついていない。
いつの間にどうしてこんな状況になったんだ? 俺はやかましい部屋の中から目をそらし、窓の外の月を見上げる。最初の修羅場は今もなお続いている。順応出来ていないのは俺だけみたいだ。なんだか情けなくなってくる。
そもそもの発端は、期末テストの結果発表だった。
県内有数の進学校であるウチの高校では、通常クラスの他に特進クラスが設けられ、さらにその中で理系文系を明確に分けたグループ別の選択授業を実施していた。そして特進クラスにおけるテストの成績発表は、理系分野と文系分野、それぞれ表示項目を分け優秀者を点数と共に掲示する形を取っていた。
俺はこの発表の日を、今までにないほど緊張した思いで待っていた。
そう。今回のテスト結果は、とある重要な意味があったのだ。
夕焼けが教室内を赤く染める、放課後の事だった。誰も居ない部屋で待っていた俺の元に、ようやく控えめなノックの音が響く。
「柳君、見てくれた?」
頭にちょこんと乗せた小さめのポニーテールが揺れる。
「もちろん! おめでとう、絵里」
絵里は照れたように顔を綻ばせた。夕焼けのせいか赤く染まっているようにも見える。
幼い顔立ちと少し背の小さな絵里は、クラスでも人気の女の子だ。中学からの付き合いである俺は他のクラスメイトより多少親しくて、その関係を羨ましがられる事が多い。
だが、どういうわけか。
「約束通り、私と付き合ってくれる?」
ありがたい事だが、こんな風にまで想ってもらえてるらしい。なぜだか全く分からない。いや、それなりに付き合いも長いから(もちろん友人として)、今まで色々あったんだけど、それは今は割愛しよう。
それにしても、見事な成績を残した優秀な生徒でありながら、自信なさげに上目遣いで聞いてくるこの姿は、実に可愛らしい。本当に俺なんかにはもったいないくらいだ。
その時。
「ちょっと待ってよ!!」
叫び声と共に、ドアが勢いよく開く。入ってきたのはショートカットの女の子、千佳。スラリと伸びた綺麗な両足は、所属するテニス部でも魅力を放っている。今はその2つのつま先は真っ直ぐに俺を捉え、そのままの勢いでグングン歩み寄ってくる。
「抜け駆けは良くないよ! 約束なら私だって果たしたんだから!」
何故か千佳にも好かれている。その辺の事情も色々あるんだけど、後々説明するとして今は割愛しよう。
つまりこういう事だ。俺は何故かこの2人に好かれている。皮肉でもなんでもなく、俺なんか選んでもらえる程の男では無いと思うのだけど、そうなってしまっている。
というのも、この2人は今回のテストにて、とてつもない成績を残しているのだ。特進クラスのテストは、通常クラスと比べても特別難関と言われているのだが、絵里は理系分野を満点で突破。千佳は文系分野を満点で突破。お互いにそれぞれ苦手な分野で数点落としてはいるものの学年のツートップで、3位以降を大きく引き離している。
そして成績優秀な方が俺と付き合うという話になった。断っておくが、俺が決めたのではない。2人が勝手に決めたのだ。
だが結果的に2人は総合得点1位。そして各々の得意分野でそれぞれ1位という、決着を付けるには非常に微妙な数字となった。
「理系と文系なら、理系の方が難しいんだから、ここは私の勝ちにしてよ」
「そんなのおかしい! 同じ100点は100点でしょ!」
2人が言い合いをしながら俺に近付いてくる。恐い。どうして俺がこの修羅場の間に居るのか理解が出来ない。少なくともこの状況ではどちらかを選ぶ事なんて無理だ。
今思えばここまでは、複雑な事態ではあるけれどまだ日常の中に居たのだ。
次の瞬間から、俺達の日常は予想を遥かに超えて激変する事になる。