part 52 バルボトス
読んでいただきありがとうございます。
「……海斗君は確か、最近異世界から来たんじゃったな」
それがどうした、と思いつつ、海斗は声を返した。
「そうだけど」
「じゃああの事件を知らないわけじゃ」
「あの事件?」
「数年前、ここから少し離れた場所にとある村があってね。そこで大量虐殺があったんじゃ。それは本当に血の海だったらしい。数千人が一夜にして殺される…というね。そしてその犯人はさっき言っていた奴じゃ」
「……え?」
「紫の霧をまといし奴じゃ。もともとはあやつも人間だったのじゃが、魔獣に身を喰わせよった」
遠い目をしてルドラは話す。
「喰わせた…?」
「簡単に言うと自分の身体に憑依させているのじゃ。まあ禁術じゃが」
禁術がどういうものなのかは九条に教えてもらった。使用するのは絶対に許されることはなく、魔術をつかう者のマナーなどではなくて法律できまっているのだそうだ。
「その禁術に使われた魔獣バルボトスをその身に宿し、今もその力を借りて暴れまわっておる」
となるとあの紫の霧というのはバルボトスの力ということか。そう考えると首元がすっと冷たく感じる。
「バルボトスは元々その事件があった場所に封印されていたのじゃ。それをあやつが掘り起こして復活させ、己の身体に棲ませるという禁術を発明し、そして実現させた。憑依に成功した奴は突然暴れだし、人々を殺したのじゃ。恐らくあれは復活したバルボトスが魔力を必要としたのじゃろう。だがそれでも満ち足りない奴は、この中心街まで来ようとした」
「……それで……?」
「ワドウッド様が即座に向かい、中心街に来るまでに阻止なされた。……じゃが、ワドウッド様は一人、大切な人をお亡くしになられた」
カエルがそう言ったとき、ふとその「大切な人」というのに思い当たる節があった。
「…それって、まさか」
「……奥様じゃ」
予想していたのとぴったり同じだったので心の中がとても大きく揺らいだ。
「奴は奥様を人質に取り、手紙を残していったそうじゃ。『国王の血を俺にささげよ』と」
「血だと……?」
「なぜだかは分からん。じゃが恐らく何か禁術に関係があったのじゃろうか。まあ結果として術には成功したようだし、なぜワドウッド様の血を求めたのかは謎じゃ」
「でも成功したのなら九条の母さんは殺される必要はなかったんじゃねえのか?」
「それも謎なんじゃ。じゃが見せしめだったのかもしれんのう……。あの時のワドウッド様は怒り狂い、我を見失いながら闘っておった。国王という国の頂点に立つ人間が泣きじゃくりながら……、あれはもう、人生の中で一番辛い出来事じゃった」
ここまで人という存在に嫌悪感を抱いたのはこれが初めてかもしれない。外見からすれば恐ろしいが、話してみれば声の低くて面白い、今の海斗の印象からすればただのおじさんであるあのワドウッドに、それほど辛く、悲しく、そして苦いことがあったというのには全く気づかされることはなかった。いや、海斗のようなものに気付かれるような態度で接するほどあの人も馬鹿ではない。国王という名の看板を背負う限り、それでめそめそしている暇はないのだろう。だが、当時は絶対に辛かったはずだ。愛する人を亡くすという経験をしていない自分には分かることのない、とても深い傷を負っているに違いない。
「でも、今そいつが生きているということは、あのワドウッドさんでも倒せなかったということなのか?」
とても強そうで威圧的なワドウッドでもあの男は倒せなかったのかと思うとそいつがどれだけ強いのか想像できる。
「いや、実際には殺したのじゃがな……。蘇りおった」
「は? 蘇ったって…、殺されたのに!?」
「そうじゃ」
馬鹿げている。とてもじゃないが馬鹿げている。死者が蘇るなんてことはゲームや仮想のなかでしかあり得るはずがない。まして魔術が使えても……。
――あれ?
今になって我に帰った。――そうだ、ここは異世界ではないか。ましてやこちらの常識など通用するはずがない。まだ異能開発というのがあったから魔術があることは信じるのにそう時間がかからなかったのだ。恐らくこちらの生活に慣れてきていて感覚が鈍っていたのだろう。
死者蘇生というのは現代でも実現不可能であると実験や検証を行われた末に結論付けられたのだ。それを思い出すと、どうも封印していた魔獣を身体に憑依させるというのも信じがたくなる。
だが禁術ではそのような、死者を蘇らせる研究を秘密裏にするのが多いらしい。ほかにも種類が色々とあるようだが、大体はそうだと九条が言っていたのを思い出した。国が裏でこそこそと研究をしていた時期もあったらしいが、それは他国に阻止されただとかいうのも聞いた。
12月6日まで海外に行くので更新はお休みとさせていただきます。申し訳ありません。