part 48 戦争
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「これは?」
天井からぶら下がっている照明に下敷きをかざしてみる。何の変哲もない、ただのガラスだ。模様も色もなく、氷のように透き通っている。
「これをですね…、この本の上に乗せると…」
九条が海斗の手からその板をとり、開かれたまま机に置かれている本の上にかざした。
「おおっ、すげえ! 読める! これって翻訳されてんのか?」
不思議なことに本にそのガラスをかざすと、本来書かれていない文字が浮き上がっていた。それは日本語で、しっかりとわかりやすいように翻訳されている。
「これは他国の言語が分からない人のためのものです。分からない文字で記されている本にこうやってかざすと、それを持っている人の母国語や常に使っている言語がそこに浮かび上がるのです」
「へえ…、すげえな! これは魔術のものなのか?」
「そうですね、そのガラスには特殊に術式が盛り込まれていて、それが使っている者の魔力を少しだけ消費して見れるようにしているんですよ」
自分の知ってる言葉に自動翻訳してくれる下敷き、といったものだろうか。こんなもの、現代にあれば英語の授業で絶対に使うだろう――。そんな私利私欲に使うものではないはずだ。
「えーと、これはどういう意味だ? 魔術複合なんとかって――」
「あ、そこはですね……」
わからないところは九条に尋ねつつ、地道に魔術というものが何たるものなのかを学ぶ。難しい言葉や単語にすぐに音をあげるかと思っていたが、その日は意外に続いた。九条の教え方がうまいのか、ただ単に自分が集中していたのかどうかは分からない。身の回りの友達が知ることさえできないことを自分一人が学べるという優越感もあった。
――そして、魔術を勉強し始めてから十六日が経過した。
お陰で大体の基礎は覚えた、はずだ。うつろなところもあるが、まあそこは何とかなるだろう。そう思っていたい。
加護珠の扱い方は分かったし、魔術の実技も練習した。まだまだ甘い面があるのは自分の感覚で分かる。だが以前より確実に、自分の中にある大きな何かが成長したのが感じ取れるのだ。それが何なのかは未だにわからない、が、それ以上にこの心の奥に何かが潜んでいるような気がする。
その大きな力の、その奥に、もっと大きな何かが。
アナリアの力自体が未だ完璧に理解されていないので一ノ条海斗の魔術的能力の限界値はまだ計れていない。本気を出すつもりもないが。
それに今後、この力をつかうことがあるだろうか。
学ぶにつれ、この力は何のためのものだ、と考えることが多くなった気がする。犯罪を起こそうと思えばできるのだろうし、正義のヒーローになろうと思えばなれる。だが、海斗にはそれを起こす勇気も理由もない。ましてや、正義のヒーローなんてなれそうにもない。
今日が始まる。
最初は慣れなかったこの生活も日にちが経つにつれて段々と慣れてきた。むしろ食事と寝床はこっちのほうがいい。だがこちらに来て分かったのは、あまり部屋が多い食ても落ち着けないということだ。今のマンションぐらいのおおきさが居心地のよい大きさなのだろうか。部屋を移動するのにも時間がかかる。
「いただきます!」
今日は日曜なので学校がない。学校に行く時間よりも少しだけではあるが遅く起きた。部屋に集まった者は皆、己の目の前に並べられた朝食に手を付ける。
「今日もワドウッドさんはこねえのか?」
今部屋にいるのは自分と九条、アナリア、ブルダの四人だけである。が、これは今日だけの話ではない。先週から姿を見ていないのだ。海斗が魔術の勉強をし始めてから四日ほど後からはいないという記憶がある。
「ええ、仕事の関係で遠出をしているので帰ってくるのはまだ……」
笑いかけながら九条が答える。だが、恐らく心の中は微塵も笑っていないだろう。なぜそう思うのかというと、ワドウッドが消えてからあまり九条の元気な姿を見ていないのだ。何か難しそうな表情をしているときもあれば、ぼーっと物思いにふけっているときもある。それが九条にはらしくない、というか、おかしいと思ったのだ。魔術のさまざまなことを教えてもらっているときも何となくではあるが、表情が落ち込んでいるようにもみえる。
ブルダは何も答えず、九条の顔をじっと見ていた。それが心配の眼差しなのか、普通に視野に入っただけなのかはわからないが、恐らくこの異変には気付いているだろう。ブルダとは食事の間ぐらいしか会わないので落ち込んでいたりしているのかはわからないが、今のところ何もなさそうにみえる。アナリアは相変わらず元気で、何もわかってはいないようだ。
海斗には国王の仕事の内容なんて耳には入ってこないし、むしろ「国王なんだからいそがしいのだろう。早く帰ってきてほしいな~」としか考えていない。心配ではあるが、この三人女子、男子一人という状況が少し気まずいのでできれば早く帰ってきてほしいと思っている。
「まあまあ! どの仕事も忙しいんだから仕方がないんだよぉ。大人舐めんなぁ?」
「朝からワイン飲んで酔ってる人には言われたくないな…」
「今日は仕事ないからいいのよぉ! 昨日の夜から飲みっぱなしだし、それに朝からワインっていいもんよぉ?」
この数日間、食卓でブルダと話していたら打ち解けてきて、年上だから敬語というのがなくなってきた。それに一回、「そんなかたっ苦しく喋らないでぇ」と言われたこともあっただろうか。
「――――。――――、」
「――――、」
ブルダと話しながら料理を口に運ぶ。ちらりと九条を見るが、やはり表情が曇っている。それに料理の減りが以前より遅い。
「……なあ、九条。なんかあったのか?」
「え?」
「お前なんか最近元気ないぞ」
「いや別に…、いつも通りですよ?」
にこっと笑顔をみせる。もっと話を詰めたいのだが、その笑顔をみせられるとどうも言いにくい。その時は「…そうか」としか口が動かなかった。
朝食を食べ終え、城外に出てみた。午後には九条に魔術を教えてもらう予定になっているが、午前中はすることがない。
街は相変わらずの賑わいである。この前はふらふらしていただけだったが、今日は一つ目的があってきたのだ。
「おう坊主! いらっしゃい!」
武器屋だ。体格のいい大男が店前の商品を整理している。
「今日は何を買いにきたんでぇ?」
「何も買わねえよ。それよりもあんた! この前の加護珠めちゃくちゃ高かったって聞いたぞ! ぼったくりやがって!!」
「がっはっはっ! 何も知らずに買う坊主が悪いんだよ!」
「うるせえ!」
送られてきた請求書をみさせてもらったときは本当に体が震えた。
「ところで坊主、加護珠の能力は分かったのか? 最近それが気になっててな」
「ああ、わかったぜ」
「ほんとか!? どんなやつだってんだ!? 攻撃系か、治癒系か!?」
前回訪れた時以上に元気だな、と思う。
「それは、」
「お、お、お?」
「教えませぇ~ん!」
「な、なんだとぉ!? 教えてくれよぉ~! こいつにゃ、何かすげえ能力があるって思ってんだよ!」
一瞬アナリアの力のことをいわれたのかと思って驚いた。
慣れこく話してもいいとわかったのは、九条に「あそこの店主は威圧感がすごいですけど、懐は大きくて結構ノリに乗ってくれる人ですし面白い人ですよ」と教えてくれたからだ。九条とこの店主は面識があるらしく、それなりに九条も買いに行っていたりするらしい。
「――そういえば坊主、図書館の奥で神奈ちゃんに何か教わってるんだって?」
「え、そうだけど何で知ってんだ?」
「いやーさ、この前知り合いが本を借りに行ったときに坊主を見かけたらしくてさ。んで入ってった部屋を覗いてみたら二人で何かこそこそしてるって」
「魔術を教わってるんだ。それなりに使えるようになったんだぜ?」
「へぇ~、それはよかったな! 神奈ちゃんは教えるの上手いからな~!」
なかなかスパルタな部分もあるが、と言葉を挟みたくなるが、ここはあえて出さないことにしよう。
「まあ気分が乗ったら教えてくれよ。んで今日はそれだけか?」
「…いや、あのさ、訊きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「ワドウッ…、国王を最近見かけないんだ。もしかして何かあったのかなぁ~、と思って。知ってることがあったら教えてくれよ」
この武器屋は国の軍隊の武器も輸入、作成などをしていると九条から聞いた。国に関係している人物で、なおかつ極秘裏なことでも話してくれそうな人を探しているのだ。が、海斗はアエラムに友人や関わりのある人物は指で数えられるぐらいしかいない。そのなかにこの人がいたので訊いてみることにしたのだが、果たして何か知っているのだろうか。そして答えてくれるのだろうか。
だが、意外な答えに海斗は唖然とする。
「ああ、あれだろ? 戦争」
「……え?」
その言葉を心の中で反芻する。
――知らない、どういうことだ? 戦争、だって?
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