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part 3 再会

読んでいただき、ありがとうございます。

 世間はゴールデンウィーク。


 せっかく長い休みだというのに、この学術都市(まち)では実家に帰るという人が少ない。ただ長い休みを友達と一緒に過ごして時間を過ごすのが大抵だ。

 だが、一ノ条海斗はそんな時間を過ごしてはいない。


「…………はぁ~」


 とてつもなく途方に暮れたため息は今日で何度目だろうか。覚えている限りでは家から駅までで二回、電車のなかで三回、駅から目的地までで五回、そして今ここで椅子に座っている間で五回ぐらいだろうか。やる気のなさがうかがわれる。


「こらー、海斗きゅん。さっきからため息ばっかりついているけどきいてるの?」

「はいはい聞いてますよ~」

「一応補習なんですからちゃんと聞いておかないとダメダメですよ?」


 入学当初、こんな先生がいてたまるものか、と一ノ条海斗は思った。


 いかにも年上とは思えない低身長。西洋の人形が着ているような、真っ赤なリボンとフリルのスカートというゴスロリ私服。その服装にマッチする幼児的体型。そして小さな身体の腰まである髪はツインテールに結われている。

 入学式で会ったときは最初、どこかのお金持ちの親御さんなのかな? という常識的|(?)な考えでいたのだが、式が終わり、教室に戻ってみるとその少女が教壇に立っているではないか。

 そしてこのクラスを担任することになりました明宮萌結です一年間よろしくお願いしますという挨拶をされたときは保護者含めその場全員が驚いていたに違いない。


「じゃあ先生質問で~す。なんでみんなは休みなのに俺『だけ』補修なんですか~?」


 たくさんある座席に一人、一番前の席、一番黒板に近い席|(先生にも近い)座席にぽつんと一ノ条海斗は座っている。他に人はいない。補習といってもなんだか一対一の塾に来ている感じがする。


「そ・れ・は」


 教壇がなければ身体全てが隠れるのではないかという低身長で教卓に身を乗り出して注意するように指さしながら話す。まるで言うことを聞かない猫を叱るように。


「あなたが心配だから電話をかけてまでして呼んだんじゃないですか~。前回の『定期検診』の結果自分でちゃんと確認しました? 無能力者なのは別に関係ないですけど、もう筆記が全然ダメダメじゃないですか! 課題は今のところすべて出ているのに……。海斗きゅんの何がいけないんですかね?」


 滑舌は悪くはないと思うのだが、なぜか○○『くん』を上手く言えていない。

 クラスのみんなは癖だと思ってなにも指摘はしないが、こう二人だけの空間になるとどうしても気になってしまう。


「無能力者の俺にこんなわけわからない用語押し付けられてもわからないです」

「無能力者でもみんなこれくらいの基礎知識は覚えています!! 馬鹿なんですからそれくらい覚えてください!!」


 ちなみに明宮萌結の担当教科は『生物』だ。一応、こんな小さな身体の明宮だが、れっきとした『先生』だ。だが先生には何の能力もなく、ただ生徒を『開発』するだけの立場にある。


「そこまで馬鹿ではないですよ!? わたくし一ノ条海斗にだって生きていくために必要な知識ぐらいならこの脳みそに蓄えているんで大丈夫ですが!?」

「『記憶術きおく』の単位落としそうな子がそんな知識どこに蓄えているって言うんですか!」

「あんなの覚えるだけじゃあ無理だろ!!」


『記憶術』とは、ただ単に本の文章全部を覚えるようなものではない。この前は四〇〇ページはある小説を全て、一文字足らず覚えなければならないという超鬼畜レベルのテストを受けて海斗は見事に一点以下の点数を取り、惨敗した。


「なんだよあんなのできる奴はキモすぎて怖いわ! 教科書の重要単語すべて記憶していて常に満点とかじゃねえか!!」

「それは海斗きゅんが馬鹿だからじゃないんですかね?」


 そんな記憶能力があるのなら自分はこんなところで補習なんて受けてはいません、という言葉を胸に秘めながら一ノ条海斗はむっとした表情で明宮を睨む。


「それにこんな意味のなさそうなことしてるより遊んでいるほうが充実したゴールデンウィークライフを堪能できると思うんですけどね?」


 とりあえず昨日の疲れがまだ身体に残ったままなので今すぐベッドに飛び込みたい一ノ条海斗はさりげなく帰りたいアピールをしながら明宮に目を向けた。


「ダメですよ~。もし寝たりしたら授業一コマ増やしますからね~」

「うげっ!? それだけは勘弁してください!」

「じゃあ続き始めますよ~」


 そういって明宮萌結は後ろを振り返り、黒板に板書を書き始める。


(……これじゃあ、いつもの授業と変わりないじゃないか)


 海斗は背もたれに体重をのせ、大きく天井を見上げる。三階の高さまで伸びた樹木の間からは少し運動場が見えて、風が吹いて木々が揺れると見える隙間が大きくなったり小さくなったりする。

 部活動の活発な声が遠くから聞き取れる。こんな休みの日でもスポーツに励んでいる人は羨ましいものだ。夢中になれるものがあるのはとてもいいことだと一ノ条海斗は思う。


「……ねむい」


 海斗は意識が朦朧としながら、明宮が一所懸命に講義をしているのを聞きくために顔を黒板に向けた。


―――――――――――――――――――


 地球温暖化が進む今、五月になった途端夏休みが始まるのではないかというぐらいの暑さが身体を煮えらせる。去年ならまだこの時期は涼しいぐらいだったのに、と直射日光を浴びながらうだるような暑さに負けかけの一ノ条海斗は午前の補習を終え、帰宅している最中だった。


「くっそぉ……。財布忘れた……」


 家を出る前に確認したときは確かに学校制定の鞄の中に入れたはずなのに、帰り際に暑いから冷たい飲み物でも買おうかな~、などと思って鞄に手を突っ込んでみたが一銭も入っていなかった。


「なんでこんなに暑いんだよぅ…」


 歩道沿いに立ち並ぶ飲食店や雑貨店に私服姿の学生らしき人が多く入っている。本来ならば誰かクラスの友達とでも連絡を取り合って遊ぼうと考えていたのだが、誰一人として時間に余裕のあるものがいなかった。


 お腹も減り、身体のだるさを感じはじめた海斗は、熱中症で今年初の緊急搬送者になるのでは、と嫌な未来予想をしてしまう。そんなことになるのは御免だ、と一ノ条海斗は足をふらつかせながらも、近くに見えたコンビニに入った。ドアが開くと涼しい風がほてる身体を冷やし、「いらっしゃいませ~」という女性の声が店内に響いた。海斗は身体を冷やすためにゆっくりと店内を歩く。


「…………」


 無一文の海斗は冷え切ったアイスクリームや飲み物、レジ横で温められているフライドチキン類を食べることができない。ほんの一時的な休息をとるために入ったのだが、海斗の腹が鳴る。

 目の前には食べ物があるのに食べることができないという、胃への精神的攻撃によって先程よりもさらに空腹度が上昇する。涼むために店内に入ったのになぜか冷や汗をかいてきた。 


 気を抜いたら目の前にある菓子パンを貪り始めそうな気さえしてきた海斗は、「ありがとうございました~」という声をかけられて外に出た。結局ゆっくり涼むこともできず、体力を消耗しただけの無駄な時間になってしまった。


「……帰るか」


 少しでも休憩できると思った自分がバカだった、とまた身体が熱くなってきた海斗はゆっくりとではあるが自分の家の方向へ足を進め始めた。

 相変わらず風は全く吹いてこない。

 ……どこかに風使いの能力者がいないものか、とあるはずもない希望が頭をよぎり、辺りを見渡す。そんな人物がいたとしても、この死にかけで無一文の一ノ条海斗に情けをかけるものはまずいないだろう。もしそんな人物がいるのならその人は今の一ノ条海斗にとっては命の恩人以上の存在になるであろう。お礼には今度改めてご飯でも奢ろうかと思う。


 ……やはりそのような奇跡の誕生があるはずもなく、着々と、そしてゆっくりとではあるが家に近づいていくだけだった。


 だが。


「あっ! あんた昨日はよくも!」


 すれ違った誰かが急に叫んだ。だが海斗は頭が暑さにやられてしまっているのか、気にも留めず歩き続ける。


「…え? ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! 無視してんじゃないわよ! そうそうあんたよあんた! 『え? 私ですか?』みたいな顔しないでよ!」

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