part 21 知らない少女
読んでいただき、ありがとうございます。
「別に面会を断るわけじゃないんだけどね。今日だけはやめてほしいんだ」
「は、はあ」
「色々と仕事が立て込んでいてね。この後、すぐに行かなければならないところがあるんだ。明日も少し忙しくてね、明後日以降にしてくれないか?」
コーヒーを悠長にすすっている彼が忙しそうには見えないが、仕方のないことだろうと海斗は思った。それに、急いでいるわけでもないのでいつ来ても変わりはない。
まず電話もなしに押しかけたのは自身なのだから、断られても文句は言えない。大人の事情というものなのだろう。相手に合わせるのも時には必要なのかもしれない。
「まあいいですよ」
「それはよかった。今すぐにしてくれなんて言われたらどうしようもできなかったよ。それじゃあ、いつごろ面会しに来る?」
洒井は先程から様子一つ変えずにこちらを向いていたのだが、ほっとした表情で胸を撫で下ろした。海斗が断るのではないか、と心配していたのだろうか。
具体的に予定が決まっていないのでいつでもいいのだが、逆に決めてしまった日に何か予定が入ってきたりしたら困るので、「行く前に電話します」とだけ答えた。それに明後日からは通常授業が始まる。そうなると、夕方以降しか行けなくなるのだ。
放課後に学校に残って勉強するつもりはさらさらないが、かといってそのまま家に直行するのもあまりない。友人と遊びに行ったり、追いかけまわされたりと、海斗にも少し忙しいときがあるのだ。だが、面会すると言っておいて、何週間もいかないというわけではない。もし明後日が空いたらその日に行くつもりだ。
「じゃあ、持っている名刺に書かれている電話番号がここのやつだから、それにかけてきてね。いつでもいいけど、夜遅くにはかけてこないでね?」
「ああ、多分授業が終わってからかけるので、多分三時過ぎだと思います」
「それなら大丈夫だ」
アナリアはこの施設のどこにいるのだろうか。施設自体は随分と広い。上の階層にいるのだろうか。まだここにきて、洒井以外に人と会っていない。
部屋に入ってからずっと、周りが気になってしようがない。真っ白な空間に飲み込まれそうだ。目がチカチカする。このような部屋では気を落ち着かせることもできない。
「あの…、すみません」
海斗はそわそわと、身をもがきながら言った。
「トイレって、どこですか? さっきから行きたくて…」
「ああそうなの? この階にはないから、一つ上に上がればあるよ」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
海斗はソファーから尻を離し、入ってきた扉に向かって足を進めた。すると、洒井が海斗の背中に向けて呟いた。
「エレベーターを出たら場所は分かると思うけど、すぐに帰ってきてね」
恐らく、洒井が悠長に過ごしていられる時間もないのだろう。海斗は後ろを振り返り、洒井の目を見て「わかりました」とだけ伝えて部屋を出た。そんなに長い時間を取らせるつもりはない。今日アナリアに会えないのなら、もう帰るしかないのだ。いつまでも居座る理由がない。
来た道を戻り、海斗はエレベーターに向かった。周りをちらちらと見ていても、白一色が続くだけ。埃や手垢すらついていない壁紙は常に新築の家のようだ。だが、それが今いる空間すべてを覆うとなれば、少し奇妙にも感じる。
(しかし、本当に何もないな)
海斗はエレベーターのボタンを押して、扉の前に一人仁王立ちしていた。自分の足音が廊下に響くのを聞くのが嫌になってきたのだ。一人だということが余計に心に印象付けられていそうで、その感覚が気になって仕方がない。
――無音になるのもそれはそれで嫌だが。
エレベーターの扉がゆっくりと開き、正面のガラスから太陽の光がみえ、目に刺さる。海斗は中に入り、一つ上の階のボタンを押した。
扉が開くと、天井より拳二つ分くらい下に何かがあるのが目についた。よく見ると、半透明のガラスでできたプレートが差し込まれており、トイレへの方向を示している。プレートには右へ白い矢印が指されている。文字の部分は透明だが、他の部分は半透明だ。恐らく曇りガラスが使われているのだろう。海斗は矢印の方向に従い、右へ進んだ。
一階と同じ構造ではないのか、二階はやや複雑な気がした。ただ単に一本道だけだった一階と比べると、二階は廊下が何本か枝分かれしている。
エレベーターを出てすぐの場所にはなかった。建物自体が広いせいか、しばらく矢印の方向へと進むしかなかった。その行く道もすべて白色、どこを見ても白一色である。
ようやくトイレにたどり着いた。初めて行く大型ショッピングセンターで、目的の専門店を探すくらい一苦労した気がする。
数分も経っただろうか。用を足し、海斗は焦る様子もなくトイレから出てきた。「よし。戻ろうか」そう思ったときにふと来た道とは反対の方向を見た。すると、海斗ではない誰かが少し奥の道を通り過ぎていくのが見えた。
(誰だ?)
海斗よりも背が小さかったので洒井ではなさそうだ。興味がわいた海斗は、人影の見えたほうへと進む。すぐに帰って来いとは言われたが、そんなに奥へは行くつもりはない。
十字路からそっと顔をだし、通り過ぎた影の存在を確認する。すると数メートル先で、誰かが動かずに仁王立ちしているのが視界に入った。海斗よりは背が小さく、白い服を着ている。女の子なのか、髪は長い。だが、海斗は何かを思い出すようにその背中を見ていた。
(……もしかして)
はっと海斗は気付く。
見たことのある髪色、自身よりも小さい身体。
間違いない、と確信した。
海斗は自然と足が動き、少女の目の前に立っていた。
(……やっぱり)
あの子だ。ようやく会うことができた。
「よお、アナリア」
ぼーっとしているのか、少女は俯いていた。ゆっくりと顔を上げると、海斗の目を見る。
だが彼女の目は、死んだ魚のような目をしていた。
海斗はその異変にすぐに気付いた。
「あなたは、だあれ?」
またまた区切りがいいので投稿。
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