part 2 異能
二人が闘いますが、別に死んだりはしないと思います。
「あー、そうだ思い出した。愛宮か」
別に忘れていたわけではない。
そういうことは一ノ条海斗にとってはよくあることなのだ。担任の先生の名前が一年間わからなかったり、席替えをしたときに隣になった女の子の名前がよくわからなかったり、道端で「よお海斗。久しぶり!」と声をかけられたその人が誰なのか、一日考えても答えがでてこないのだ。
小さい頃はそんなことはなかったのだが、身体が大人になっていくにつれてそういう記憶障害のようなものが多くなっている気がする。
「いい加減名前くらい覚えてよ! それわざとしてるんだったら本気で怒るよ!?」
「はいはいはいわかりましたよ~。覚えときますからもう帰ってもらえませんかね?」
威嚇する子猫をひょいとあしらうように喋る。
「つか、そろそろこの場から離れとかないと色々と誤解されるかもしれないぞ」
「…は? 何に?」
周りを見てみろ、というアイコンタクトを海斗がとり、愛宮が公園を見渡す。
上からの太陽の光が段々と弱くなってきているなか、公園のベンチに座っているのはカップルと思わしき人物ばかり。まだ日が沈んでいない時刻であるというのにすでに公園の一部はピンク色の空気に包まれている。そんな光景を見て愛宮燈音は頬に色の濃いチークでもつけているのかというくらい赤く染めていた。
「な、何言ってんのよこの馬鹿! 誤解とかそんなこと考えているあんただけがそういう変な意識持っているだけじゃないのかしら!?」
「お前にそんな感情を抱いた履歴はございません」
なっ、と愛宮が言葉を詰まらせる。
「現実的に考えてみろよ? なぜか知らないがこんなに執拗にストーカー行為されているわ、痴漢冤罪で無実を証明することもできずに路地裏を走りまわされたりしているのにそんな恋愛的感情を抱く余裕があるとでも?」
愛宮燈音は黙ったままだった。
「そんな奴を好きになれるほど俺は頭イカれてないっての。それに――」
流暢に口を動かす海斗が座っていたベンチが突如悲鳴を上げる。アンティークを基調としたベンチの木材は鉛筆を削った残り屑のようになり、内側からの圧をかけられたのか、その欠片が身体に刺さるように吹き飛ぶ。体重を支えていた鉄の骨組みはへし曲げられて元の原形を留めてはいなかった。海斗の身体は衝撃で飛び上がり、寝返りをうつように横向きに一回転した。
「……うるさい」
愛宮がこぼす。
一瞬だけ、一瞬だけ愛宮が触れるだけでそこにあった公共品がただの邪魔でしかない鉄のオブジェと工事現場で落ちているような木片に変えられてしまった。海斗はゆっくりと立ち上がり、ぼそりと呟く。
「…そういうお前のところがな」
明らかに女の子一人ではできるものではない代物。普通の人間には持つことのできない怪力。それがこの場所では存在する。むしろ、その力を『開発』しているのがこの『開発都市』の特徴というのだろう。
人間をやめたのか、と言われても過言ではない。
そして、一ノ条海斗の目の前にいる愛宮燈音こそ、『異能』の力を自由自在に操る者の頂上に立つ七人のなかの一人。
「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」
……中身は至って普通の女の子なのだが。
『開発都市』に住んでいる学生の全員がこのような『異能』をつかえるようにさまざまな『授業が組み込まれている。だがそれを受けたからといって、全員がそのような力を手に入れているものではない。恐らく学生の半分はほぼ無能力者といってもいいだろう。
「ったく、人がせっかく休憩している椅子を木ッ端微塵にするなよ」
「あんたがッ…!」
ひしゃげた鉄の塊を愛宮が掴む。すると形がみるみる変わっていき、ただの塊が細長い太刀に姿を変えた。刀身が鋭く光を反射させる。
愛宮はベンチ製の剣を細い腕で持ち上げ、身構える海斗にむけて振り下ろした。
「悪いんでしょうが!!」
鉄同士がぶつかる甲高い音が公園の一角で鳴り響く。
「…おいおい」
焦る様子もなく、一ノ条海斗は普段と変わりないトーンで話す。
「無能力者の人間に対してこういうのは危ないんじゃないか?」
「だったら!」
愛宮の持つ剣が突然輝き、風船のように膨らみ始めた。コンマ一つ分の時間もかけずに風船は破裂し、衝撃波が生まれる。
指向性エネルギー兵器。
分子レベルの振動を物質におくり、内部の細胞から破壊するというトンデモ軍用兵器だ。マイクロウェーブという別の言い方もあるがあの力はそんなやわなものではない。どこからともなく現れた剣も、それを爆発させたのも愛宮燈音がその力を駆使しているのだ。
「なんであんたはこれでも傷一つないのよ!」
確実に爆風に巻き込まれているはずなのに一ノ条海斗はそんなことが無かったかのように平然と爆心地で突っ立っていた。
「……」
海斗は黙ったままだった。「なぜ怪我をしない」と言われても、それは身体が自然と『自己防衛』をしただけだ。
そう。
超能力者が放った『異能』の力を無能力者が自己防衛という名目で。
「あんたのその『力』、マジで何なのよ!!」
もう一度言うが、一ノ条海斗は無能力者だ。
だがしかし、それは定期検診で判断されただけ。
未だ海斗は口を開かない。愛宮はすました表情でいる海斗に苛立ちを感じたのか、あるいはただ単に話を無視したことに対して怒ったのか、右足で地面を踏みつける。
すると踏みつけられた地点から海斗に向けて一直線に亀裂が走る。
振動は物体を伝わる。それだけの常識を知っているだけでここまでの応用をできるのも流石者超能力者様ですね、と海斗は思った。
ひび割れた赤褐色のコンクリートの間から熱風が吹き上がる。熱風といっても
ちょっと身体に触れるだけで体内の水分が蒸発してしまうくらいの温度だ。熱いと感じるレベルではない。
吹き上げる熱風が地面を焦がし、ゴムの焼けた臭いがする。流石に自分の身に危険を感じたのか、海斗は身を捻り……。
いや。
一ノ条海斗はそのような動作をしなかった。
一ノ条海斗の手が地面に触れただけで亀裂から漏れ出す熱風をせき止めた。割れた地面をチャックを閉じるようにコンクリートが柔らかく動いて噴き出る風を止めたのだ。
「…ふう」
こちらも明らかに普通の人間ではできない行為。
そして。
「『覚えた』」
記憶写しという名前でも付けてみてはどうか。
学術都市の常識では通常、『異能』の力は一人一つとなっている。どんなに一生懸命勉強しても二つ目の『異能』は発生しない。だがこの力はその常識を打ち破る。どんなに複雑な能力であったり、どんなに演算能力が高い能力者の力でも手に触れたり、見たりするだけでその力を『再現』することができる。だが、今のところ能力を記憶しておけるのは3つに限られている。それは自分の身をもってわかったことだ。
海斗は手のひらを地面に叩き付け、先程『見た』能力を模倣する。油断していた愛宮燈音の周りの地面が盛り上がり、それを見た愛宮は身の危険を感じたのか、「きゃっ!」といかにも女の子らしい声を発していた。
「ったくよお。いちいちキレてっと禿げるぞ?」
地面に亀裂は入らない。海斗が故意でそうしたのだ。
「…その力」
「ん?」
「またあたしの力をつかって…。人の能力をコピーしてペーストする能力なんて聞いたことないわよ」
「そりゃあ、無能力者判定されてしまうから仕方ないだろ」
「ほんと……。むっかつくのよあんたの態度ぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
突如視界に入る地面がすべてもごもごと盛り上がる。先程の攻撃のように無効化したらよいのだが、あまりにも範囲が大きいと海斗の力では対処できない。
流石に危ないと感じたのか、予測できなかったことに驚いた海斗はくるりと振り返り、鬼ごっこをして消耗されていた体力がようやく回復してきたというのに全速力でまた走り出す。
「うはっ、あぶねえ!!」
海斗の後ろで轟音が鳴る。振り返る余裕もないため、足を回す速さを一層上げる。
「マジでヤベえ…! 殺される!」
心拍数が急激に上昇する。そしてまた新たな鬼ごっこが始まる。
「くそっっっったれぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!!」