part 1 the start
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まるで正義のヒーローにもう少しでやられる寸前の敵キャラのような叫び声を発しながら、この物語の主人公である一ノ条海斗は表通りの歩道を歩く放課後タイムを楽しむ学生の波を搔き分け、路地裏に入ると全速力で走り抜ける。
学校を出てから何分間逃げ惑っているだろうか。
「待ちなさーい!!」
逃げる一ノ条海斗を後から追いかける一人の叫び声が路地裏に響く。その声は一ノ条海斗の耳には届いているがその足の運動は止めない。チラリと後ろを振り返る。六人ほどだろうか。狭い道を塞ぐように追いかけてくる。
「待ちなさいって言ってるでしょうが、この『痴漢』野郎!」
ようやく退屈な授業が終わり、せかせかと学校を出て家の近くにあるスーパーで今夜の夕食の買い物をし、ようやく帰れると思ってエレベーターに乗り込んだのが運の尽きだった。
ぎゅうぎゅう詰めにされた箱の中、どこぞの知らない誰かさんと鉄の扉でプレスされて小さくなっていると隣の女の子が「この人痴漢です!」と叫んだのだ。
……ったく、痴漢なんてそんな幼稚な行為をする奴いるのかよ、と一ノ条海斗はため息をついていた。すると女の子は身体のどこかを触ったのであろう誰かの腕をつかみ、上に挙げていた。
だがしかし、なぜか一ノ条海斗の腕がエレベーターの中に高々と挙げられていたのだ。
無論、痴漢なんてしていない。
「だから誤解なんだって~~!!」
エレベーターで一緒になっていた人たちが海斗を追いかけ続けている。自分は何もしていない、という誤解を解く暇もない。この後家に帰って料理するつもりだった材料もどこかに投げ捨ててしまった。
狭い道がひらけ、大通りに出ると足を止める暇もなくまた別の道を探す。
「くっそ…あの野郎ッ……!!」
おおよそ東京都の面積の半分ぐらいの『開発都市』では、人口の半分以上が学生だ。どこもかしこも学校帰りの学生が存在する。人目の多い放課後の時間帯に街中を走り抜けていると嫌でも目に付くのだろう。
海斗が走り抜けるとなんだなんだと人がざわめく。もし学校の先生にでも見つかったり、『クカタチ』の人に見つかったらまず署までご同行願いますかと言われ、しばらくもしくは永遠に尋問されるのかもしれない。
店と店の間の、猫が好みそうな狭い場所に身体を突っ込む。これ以上追いかけられてたまるか。
素早く横歩きで小道を抜ける。視界が開けると、目の前には道路があった。焦る気持ちが海斗の身体を動かして、視界の右側の少し先にある横断歩道には目もくれず、道路を突っ切った。
飛び出してきた海斗に驚きと怒りをあらわにして警告するように左からきた車が急停止をしながらクラクションを鳴らす。すまん、運転手さん、と心の中で謝りながら道路を突っ切り、ガードレールを飛び越えると目の前には大きな公園があった。
「…ま、撒いたか?」
またも後ろを振り返る。後を追う者はいない。海斗はゆっくりとペースを緩め、いつも歩くぐらいの速度で公園の中を歩いた。こんなにも必死に逃げ回ったのは久しぶりな気がする。これほどスリルがあったのは初だが。
身体が沸騰するように熱い。
コンクリートに囲まれた中で人工的に植えられた木々の葉が吹き抜ける風によってゆらりと揺れる。顔に吹き付ける風が心地よい。
「つうか、家と正反対じゃねえか…」
息苦しさと憂鬱感が身体の中で混ざる。
海斗は近くにあるベンチに倒れこんだ。またここから歩かなければならないのかと思うと、余計に憂鬱になる。海斗はぼーっと雲一つない空を見上げていた。
すると誰かが、ベンチの背もたれ側から海斗の顔の上ににゅっと顔をだした。
「スリルある鬼ごっこは楽しかったかしら?」
海斗の身体が一瞬硬直した。女子高生はその表情を見ておかしそうにくすりと笑う。
すべて見られていたのか。身体を起こし、海斗は睨む。
「お前なぁ…」
一ノ条海斗はまたもや大きなため息をついた。
「いくらなんでもこれは酷いだろ! さすがにこれはいたずらの範囲を超えているぞ! もし捕まったらどうなるのか分かっててこんなことしているのか!? これってある意味男女差別ってやつですよね!?」
架空の罪をきせられて街中を走りまわされた挙句、目の前に現れるとはどういうことか。口からは文句が止まらない。だがその内容を知らんぷりをしながら女子高生はにやけながら「え、そんなことあったっけ?」と嘯いた。
「ざけんな!! マジでやばかったんだぞ。痴漢冤罪で捕まるとか絶対死ぬわ。今でもそんな罪擦り付けられて追いかけまわされて、周りの痛い視線のおかげで今にも死にそうだよクソ野郎!!」
「クソ野郎って何よ! もう一回追いかけまわされたいの!?」
「うるせぇ! 第一、なんでこんなことしたんだよ」
と、言うと女は鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「あんたが無視なんかするから悪いのよ。いっつも、いっつも、い~~っつも! 無視して帰ろうとするから!!」
確かにその行いをしたかを問われると答えはイエスだ。なぜかこの女子高生は最近、それが毎日の日課のように帰り際に話しかけてくる。
だが、そんなしょうもない理由で随分と騒いでくれたな、と思った。
「なんで家が同じマンションだからって一緒に帰らないといけないんだよ」
確かに目の前にいるこの人とは面識がある。
それよりも住んでいるマンションが一緒だ。
そして同じ学校でクラスも一緒なのだ。
「そんなの一人で帰るより、二人で帰るほうが楽しいからに決まっているじゃん!」
確かに、一人でいるよりにぎやかなほうがいいのは分かる。
だが、
「じゃあ他の友達と帰ればいいじゃん。俺男だし。お前女だし」
なぜ一緒に帰ってやらないのかという結論が出なくとも、それならまず自分でなくてもいいのでは? という疑問に到達した。彼女にも友達はいるはずだし、話しかけても無視する自分よりかは帰り道にどこかへ寄り道するぐらい、仲のいい友達ぐらい、一人はいるはずだ。
「う、うるさいわね! それに『お前』呼ばわりするのやめてもらえる? 前にも言ったけど私の名前覚えてんの?」
ギクリ、と海斗の表情が引きつる。
「覚えてるも何も。そんなもの知ってて当然だろSランクなんて7人しかいないんだから。えーと、確か、あみ…あみ……そうだ! あみねだ! どうだ覚えていただろ」
「愛宮よ! 愛宮燈音!」
これで何度目か、と思っているのだろう。彼女の顔やため息をつくところからその声が漏れているようにみえた。
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