*デビュー2日目* 思い違い
入学式翌日、目覚ましよりも早くに目覚めたあたしは、今日はちょっとおしゃれに決めてみる。
いつもは下ろしている髪も、ちょっとしたアレンジを加え、赤いリボンをつけてみた。
「よし・・・。」
鏡の前で最終チェックを済ませたあたしは、予定よりも少し早めに家を出た。
真新しいローファーがコツコツと心地の良い音を立てた。
今日は藍澤君にお礼を言うのだ。
遠足前の小学生のように心ははしゃいでいた。
これで話すきっかけが出来た。新しい友達の第一号は藍澤君だといいな。
そんな風に気分よく考えていたものだ。
鼻歌を歌いながら陽気に交差点へと向かう途中だった。交差点の手前には小さな川が流れていて、そこに人だまりが出来ている。
人々は何かをコソコソと話してはすぐにその場を立ち去っていた。
「なんだろう・・・」
不思議に思ったあたしは川を覗いてみた。
段ボールの中に子猫が二匹、川に流されそうになっている。一匹は崩れかけた段ボールから落ちそうになっていた。川の流れもそう早くはない。だが、これから会社へ行くサラリーマンや、従業員の通行人はそれを助けようとはしなかった。
助けなくちゃ
すぐにそう思ったあたしは瞬間的に身体が動いた。
スクールバッグを川岸に放り投げ、靴も脱がずにそのまま子猫の元へとバシャバシャと進んだ。思ったより深くない。このまま行けば助けられる。そう思い必死だった。
「大丈夫だよ!もう少し・・・」
段ボールに手を伸ばし、ようやく捉えた瞬間だった。崩れかけていた段ボールがとうとう壊れ、もう一匹の子猫が流された。
「あっ!!!」
手を伸ばしたがヌルヌルと滑る川の底に足を取られ間に合わなかった。
最悪の結末が頭の中をよぎる。
その時だ。
誰かが子猫を助けた。あたしと同じくらいの学生。
その人は男の子で、どこか見たことのある制服だった。
彼はこちらを見るとそのまま岸に上がった。
彼は子猫の無事を確認するとあたしの方を向いた。
「あんた、いつまでそこにいんの?」
「あ・・あの、先にこの子をお願い」
あたしは彼に段ボールに入っていたもう一匹の子猫を渡した。
二匹とも無事のようだ。元気に鳴き声を上げている。良かった・・・
ほっとしたあたしは、よいしょと岸に上がろうとしたが、足元がまだヌルヌルして
体制を崩して倒れそうになった。
「わっ!!!」
彼の胸に飛び込むような体制になった。
あれ、
何か、前にもこんなことあったような・・・
「ごめんっ・・・」
慌てて顔を上げた時、彼の顔を見た。
「・・・どこかで・・」
「重い。」
どこかで会った事ありますか?と問いたかった。だがそれは乙女心をぶち壊しにする一言でかき消された。
「お、重くてごめんなさいね!」
そそくさと彼から身を離した。
「これ、あんたの猫?」
「違うよ?」
「・・・ふーん。」
言葉数の少ない人だった。
とりあえず、子猫どうしよう。今から家に帰っていたらそれこそ学校に間に合わない。
うーん、と頭を悩ませているとそこへ
「お前達大丈夫か?」
一人のおじさんが通りかかった。
そのおじさんに訳を話すと、快く子猫を引き取ってくれた。
「いやあ、今時君たちみたいないい子がいるんだねえ」
「あはは・・・その子たちをよろしくお願いします。」
おじさんと子猫に挨拶を済ませたあたしはふと我に返る。
やっちまった。
制服も靴も髪も当然ボロボロだった。
しかも時間ぎりぎり!!!
やばいと思い鞄を手にして一目散に学校へと向かった。
そういえばあの男の子の姿がない。
「やばっ!!遅刻だーーー!!!!」
.
そんな悲劇から始まった登校初日。
さすがにボロボロの恰好はクラスではよく目立った。
「なにあの子、ずぶ濡れじゃん」
「初日からやばい子いるよ」
教室に入るともう女子はグループが出来ていて、あたしの事を指さしながらヒソヒソと話していた。
「あ、おはよう」
挨拶をするとそそくさとあたしから逃げて行った。
本当に最悪だ。
でも、子猫を助けた事に後悔はしていなかった。
「あたしの席は・・・」
座席表を見て自分の席を探した。
「ラッキー!!一番後ろだ」
せめて隣の席の子とは仲良くなれるといいな。
そんな思いを胸にあたしは席に着いた。
ここだ。窓際から二番目の席。
「あの、今日からよろしくね」
鞄を机に置くと、隣の子にそう挨拶した。
窓際の席は男の子だった。
その子がこちらを向き目があった。
すぐにわかった。
「もしかして、今朝の一緒に子猫助けてくれた人?」
「ああ、あんたか」
「一緒のクラスだったんだ」
びっくりした。その男の子は川で濡れたズボンを少しまくり、ブレザーは椅子に掛けて乾かしているようだった。
「朝から大変だったね。あたしなんかまだ靴下も乾いてないよ。」
「あんた、いつもあんなことしてんの?」
「え、ううん。今日はたまたまだよ。」
「ふーん。」
相変わらずの質問した後はふーんという何とも興味なさそうな返事。
「てゆーか、あんたじゃないよ。あたしの名前は藍澤千秋。」
そういうと一瞬その男の子は何かを思い出したような表情をしたが、またすぐあの真顔に戻った。
「藍澤ね・・・」
「名前教えて」
「・・・やだ」
ほんとに、子猫を助けてくれた時は優しい人だと思ったのに。
なんなのこの人。
「そうだ、ねえ、昨日あたしを保健室まで運んでくれた人知ってる?」
そうだよ、あたしは今日、その人にお礼を言わなくちゃ。
「・・・知らねえ。」
「あたしと一緒の藍澤って名前なんだけど」
あたしがそういうと彼はびっくりしたように笑ってみせた。
「なんで笑うのよ!」
「・・・いや、お前あほだなと思って」
「はあ?」
「藍澤君ね・・・この教室にはいないだろ」
「でも先生はこのクラスの人だって・・・」
あれ、この教室にほんとに藍澤って名字はもう一人いたっけ?
必死にクラス名簿を思い出したが、40人もの名前を思い出せる訳もなく。
結局藍澤君が誰なのか分からないままHRが始まった。
「はーい、ということで、今日はここまで。明日からは6限目まであるからなー。くれぐれも忘れ物のなにように。」
今日は昼までで学校は終わった。教材が配られてそれに名前を書くだけの作業だった。
一年生の下校のチャイムが鳴り響いた。
授業が終わると同時にあたしは先生の元に駆け寄った。
「田村先生!!」
「お、どうした藍澤」
「あの、昨日あたしを保健室まで運んでくれた男子生徒はこのクラスにいますか?」
「いや、確か・・・3組の奴じゃなかったかな」
3組・・・全然違うじゃん。
そう思いながらもその人の居場所が分かったことはうれしかった。
ありがとうございますと先生に深々とお礼をすると、あたしは3組に足を運んだ。
教室の窓から3組の中を見渡してみる。
ここもみんな新しい友達とわいわい楽しそうに会話をしていた。
「あの、藍澤君っていますか?」
教室から出てきた女の子にそう尋ねてみた。
「藍澤君?いないよ」
「なになに、どうしたの?」
「ねえあいちゃん、このクラスに藍澤君って名前いないよね?」
「藍澤ぁ?いないと思うけど?」
嘘じゃん。クラス違うのかな・・・?
「ありがとう」
お礼を言い、もう一度3組の教室を眺めてみる。
教室にはえらく賑やかな男の子の集まりと、女子生徒が数人残っている。
やっぱり、ここも違うのかな・・・
ため息をついて教室に戻ろうとした時だった。
「いっ」
振り返ったと同時に誰かにぶつかった。
「いたた・・・ごめんなさい」
顔を見上げると、そこには茶髪にピアス。高身長の男の子!
こわっ!不良だ
瞬間的にそう思ってしまいすぐさまもう一度誤った。
「・・・あの、ごごごめんなさい」
ものすごくあたしを睨んでいる。やばい。本当にあたしの高校生活終わった。
すっと彼が口を開こうとした。何を言われるか怖くて目をぎゅっと閉じた。
「お前、昨日の貧血女か?」
・・・・・・・え?
「お前、見た目より重いがやな。ほんま昨日は大変やったわ。」
・・・・え?
「ほんで何?お前このクラスやないやろ?わざわざ俺に礼でも言いに来たが?」
「え、あの・・・」
待って待って、この人が藍澤君!?
しかもなんかどっかの方言で何しゃべってるのかよくわかんない!!
「もしかしてあなたが藍澤君?」
別人であってほしい。あたしがイメージしていた藍澤君はもっと爽やかで物静かそうな・・・
この人はその真逆!!!真逆過ぎるよ!!
「は?俺の名前は・・・」
「おーい、土屋―!!」
「おう、もうちょいしたら行くき、先行っちょけ」
え、土屋?
「悪いな、俺もう行くわ。」
さっき、この人の友達は土屋って言ったよね?じゃあやっぱり藍澤君は
別に人なんだ・・・
「それと、俺の名字は土屋やき、藍澤君ちゃうぞ」
そういうと友達の元にかけていった。
どういうこと?結局藍澤君はいない・・・
じゃなくて、藍澤君事態が土屋君だったってこと?・・・
わけがわからない。
「お礼言えなかった・・・」
なんとも、漫画のように事は進まないものだな。窓の外を見つめてそう思った。
とりあえずまた今度お礼をちゃんと言って、それから二度とあの人には関わらないようにしよう。どこの言葉かわからないし、長く話すとなにかとやばそうだ・・・
とぼとぼとあたしは学校を出た。
そういえばあの子猫大丈夫だったかな?・・・・