脳筋猫耳女
マタタビがなんらかの形で魔法のリミッターを外すであろうことは予想していたし、ハナの場合にはコンロに火を点ける程度の魔法で屋根が吹き飛んだので、サクラには屋外で攻撃に使う魔法を放ってもらってみた。
「風よ、纏まり集いて進み、爆ぜて敵を倒せ、ブラスト!」
通常であれば、せいぜい指くらいの太さの枝が折れる程度の威力がある攻撃魔法らしい。
これをサクラの家の近くにあったちょうど抱えられるくらいのクスノキっぽい木に向かって放ったところ、みごとに木がへし折れたのである。
木の太さから考えて、手榴弾でも折るのは難しいだろう。
サクラには続いて折れた木に向けてブラストを連発してもらった。
折れたクスノキには申し訳なかったが、10発も当てたころには枝が吹き飛んで丸太になり、葉っぱなんかは残っていなかった。
「……すごい」
「うん、予想通りなかなかの威力だね」
「まお……お兄ちゃんに抱いていただくと魔法の威力が大きくなるのですね」
「違う、おそらくマタタビ、あの枝の効果だよ」
サクラはあまりの威力に調子に乗ってもう1本にも当てようとしたのだが、クチンの村にある貴重な大木が減ってしまうので止めさせた。川の近くに行けばともかく、村の中にはこんな大木は数本しかない。
やってみた結果わかったのは、
まず、魔法の威力は非常に大きくなる。魔法を放った感覚は変わっていないらしかったが、折ることのできる木の太さは直径で20倍、断面積だと400倍以上になっている。
次に、連続して放つことができる数も増えている。大鼠相手に使うときはせいぜい5発くらいで疲れてくるらしいが、10発でもまだ撃てそうとのことだった。
この10発を撃っている間、威力には大きな変化はなさそうだった。魔力的なものの残量より、マタタビの影響が残っているかどうかで威力は決まるっぽい。
マタタビの影響がほとんど抜けた昼過ぎにもう一度撃ってもらったが、MPが回復しているはずであるにもかかわらず、その時の威力は朝の10発目よりはるかにショボかった。
この時倒した木だが、さすがにそのままにしておいて朽ちさせるのはもったいないので、ハナに借りた剣を鉈代わりに使い、細かく割って薪にしておいた。途中、太めの幹に剣が喰いこんで抜けなかったため力を入れてて叩きつけたところ、剣はパキーンといつもの音と共に折れて見事に吹っ飛んだ。
ハナはその様子を見ていたのだが、
「お兄ちゃんに貰った魔王の槍Ⅰがあるから平気ニャ」
と、もはやあまり気にしていなかった。
なお、魔王の槍Ⅱを持っているのはトラで、Ⅲはサクラ、Ⅳはミケのだそうである。
薪つくりは村人も手伝ってくれたのだが、途中で剣が折れてしまったこともあり、クスノキを1本すべて薪にするのに昼間いっぱいかかってしまった。
夜、今日は自分ん家のベッドの方が広いと言っていたミケの家に厄介になる。
ミケの家に行くと、壁に棍棒やメイスと言うのだろうか、打撃系の武器が並んでいる。この前渡した三角ホーもしっかり並べてあった。
ミケは狩りでは後衛をやっていて支援魔法を主に担当しているが、詠唱に時間がかかるのでもっぱら打撃系の攻撃を中心にしていると言う。
「みんなは撲殺魔術師なんて言うの」
酷い言われようである。
ミケにもツナ缶と食卓塩を渡し、夕食を作ってもらう。
献立はサクラと同じツナ缶オムレツだったが、台所でミケが料理を作っていた時に原料を見てしまった。ソフトボールくらいある卵を使っていた。
形から考えてウミガメの卵だろうか?いや、クチンの近くに海があるなんて聞いていない。
そう、何の卵か大体判ってるんだが、頭が答を出すのを拒否しているんだ。
出来上がったツナオムレツは、おいしかった。
「ほぼ同じものを作ってもらったはずだが、みんな味付けが随分違うね」
「ハナは塩が貴重だって知ってるからあんまり使わなかったと思うの、サクラはお兄ちゃんに貴重な塩を貰ったから奮発してたくさん使った料理を作ろうとしたんだと思うの」
なるほど。なかなかの分析力である。
食後は、マタタビタイムである。
隠れているものをじっくりと堪能させていただこう。
マタタビの枝を渡す。
ミケは、表情にあまり変化はないが、普通に纏わりついてくる感じである。いつもハナかサクラがくっついていたので、あまり出張ってこないミケを間近で見る機会は初めてかも知れない。
茶髪と言うか金髪に近く、白い房毛と黒い房毛が左右の猫耳の前から垂れている。美人と言うよりかわいらしい感じである。
「今日ね、お兄ちゃんたちが薪割りしてる間に川に行って水浴びしてきたの」
そう言いながら、ミケが服を脱いだ。
たゆん。
おぉっ。
たゆんたゆん。
おぉっおぉっ。
着やせするというのはこういうのを言うのだろうか。ミケがベッドの上で姿勢を変えるたびに、
たゆゆん。
うーむ、思わず見とれてしまう。
「痛いのっ」
ハナやサクラよりも少し短めの尻尾を撫でていると、ミケが痛がった。この前、クロに踏まれたところが治りきっていないらしい。
「ごめんごめん」
というわけで、尻尾をいじっていた手を他の場所に動かさざるを得ず、姿勢を……。
たゆ……。
「ふむぐぅっ」
「楽しい夜だったの」
「うん、いや、体力が……ちょっと」
お兄ちゃんはすっからかんだよ。
ミケの魔法は詠唱が長い分元々の威力が大きいらしいので、村を出て外で試し打ちをすることにした。
手頃な的がないかと探していると、ちょうどワニモドキがやってきた。距離は100mほど。実に運の悪いワニモドキである。
「大気よ、世の理によりて熱を包み、逃がすことなく縮んで光と共に力を開放し、敵を殲滅せしめよ、エクスプロージョン!」
詠唱が終わったかと思うと、ミケの振った腕の先にできたオレンジ色の光の球が白く輝きながらワニモドキに向かって飛んで行く。
光の球はワニモドキに命中して爆散し……、土煙が収まった時には。
直径10mほどのクレーターができていた。ワニモドキは影も形もない。
「逃がしたの、ワニモドキを狩れなかったの」
いや、絶対逃げてないし。あっちに落ちてるの尻尾じゃないか?
通常なら、命中してもワニモドキの頭がちょっと割れる程度の威力のはずなのである。
大小のクレーターを15個ほど作ったあと、クチンに戻ってきた。念のため述べておくと、主に石を的にしたため他に爆散させたのは大鼠が1匹だけである。
クチンの村に戻ってきたところ、村に入ったあたりで大人の女性だろうか、猫耳女が立っていた。その女は俺を目にしてつかつかと近づいて来たかと思うと、いきなり腰に下げていたナイフを一閃、目の前の柱に突き立て、
「なんで人族がクチンにいるのさ」
鋭い目つきで睨みつけながらそう言い放った。
まぁ、異邦人の不審人物なのは確かだが、いきなり目の前に刃物を突き刺してはいけないと思うんだ。
普通なら、目の前にナイフを突き立てられたら驚くなり腰が抜けるなりするはずだ。
だが、俺はそんなに驚かなかった。
ナイフに意識が行っていたらもっとびっくりしたと思うが、その時はミケが腕にしがみついていたし、ナイフの少し向こうでプルンと動くものにも目が向いていた。
「あ、ノーラのタマ姐なの」
ミケが懐かしそうな声を出す。そうか、この猫獣人がハナの言っていたタマ姐さんか。
お姉さんの声が大きくてよく通ったためだろうが、近所の住人が数名、何事かと言うように家から顔を出した。
タマ姐さんはハナを捕まえて、
「で、この人族は何」
と聞いた。
「お兄ちゃんは魔王様ニャ、ご飯をくれるニャ」
「魔王様は食糧をくれたんだ。悪い人族じゃない」
「何を言ってるんだ。食糧で釣るのは人族の常套手段じゃないか」
タマ姐さんは少しイラついた様子でナイフを引き抜いた。プルン。
「やつらは食い物をくれるが、捕まってしまうのだ。捕まったら何をされるか」
「お兄ちゃんはひどいことしないニャ」
「おおかたクチンの村全体を手に入れようってんだろう」
「でも、お兄ちゃんは武器もくれたニャ」
「武器を……」
タマ姐さんは少し考えるように、俺を見てきた。あふれていた敵意は形を潜めている感じだ。プルン。むぅ、ハナはタマ姐を目指すとか言っていた気がするが、全然目指せていないぞ、まだまだだな。
ふふふ、これは良い被検体だ。
おっといかん、相吾の考え方に染まって来たかもしれん
「まあそうおっしゃらずにお近づきのしるしです。これでもどうぞ」
俺はそう言ってポケットから取り出したマタタビの枝をタマ姐さんに差し上げた。
「これは?」
「魔法の威力が大きくなる特別なアイテムです」
「そうかい、じゃあ使い方をじっくり教えて貰おうかね」
タマ姐さんはかなり柔らかくなった口調でそう言うと、俺を1軒の家に引っ張って行った。がっちりホールドされているので逃げられない。入った家は実にシンプルで家具もほとんどないが、武器がやたらと置いてある。どうやらここがタマ姐さんの家らしい。
「あの、タマ姐さん、この家にベッドは」
「そんなもの、ノーラになると決めた時に捨てた」
「えっと、そうすると床で?」
床に倒されることはなかったが、俺はタマ姐さんに背負い投げでもされるかと思った。
そして昼間っから、タマ姐さんの尻尾を観察してさらに体力を使うことになったのである。
タマ姐さんは、普段ほとんど魔法を使わない。長い間使っていないので、使わないと言うよりも、使えないと言った方が正確だ。それでもノーラをしていると水を集めることはあると言うので、やってもらった。
「水よ集いて喉を潤せ、ウォーター……フギャーッ」
空気中の水分は限られているので、おぼれたりすることはなかったが、すごい勢いで耳に水が入ったらしい。結局俺がタオルで拭いてあげることになり、タマ姐さんの耳の内外をじっくり堪能することになった。最初はそうでもなかったが、乾いてきたタマ姐さんの猫耳の触り心地はヘニョヘニョ感が最高だった。
本来ノーラは家に戻ることはあまりない。今回タマ姐さんが帰って来たのは人族のたいぐんがこちらの方に向かうのを見かけたためらしい。
そして、人族の国に居たノーラの人たちをまとめて連れてきたのだ。このあとダルエに向かうつもりらしいが、一時的にクチンの人口は30人以上増えている。
さすがにこれだけ滞在者が増えると、食糧が足りなくなるのが目に見えている。一旦戻って取って来るか。あと、どうせならだいぶ汗をかいたので風呂も入っておきたい。こちらにゆっくり入れる風呂がないのをうっかり忘れていた。
「ミケ、川のほとりでエクスプロージョンを叩きこんでおいてくれないか」
ほんのかけら程度のマタタビを渡し、ミケに頼んでおく。狙い通りに行けば、川から水をすぐに引ける小型プールができているはずだ。
「あ、痛っ。タマさん、後ろからつっ突かないで下さいよ」
「ちんたら歩いてるからぶつかっただけよっ」
一旦食糧調達のために戻ることにしたところ、タマさんが洞窟までついてきてくれることになった。どれだけ持ってくるか信用なんてできないから大鼠を狩るついでだそうである。
タマさんはサクラから借りた三角ホーを持っている。初めて持ったはずだが扱いは慣れたもので、体長3mほどのワニモドキは瞬殺、洞窟で5匹ほど集まっていた大鼠が気配を感じて散開する前に、跳びこんでこれも一瞬で殲滅した。
一緒に来たクロにノーラと言うのはこんな身体能力が必要なのかと聞いたところ、ふるふると首を横に振った。タマ姐さんが特別らしい。ハナはタマ姐を目指すと言っていたが、いよいよ無理じゃね?
クロ以外他にも何人か付いてきていたのだが捕れた獲物を持ってさっさとクチンに帰ったため、今は洞窟内でタマさんと二人っきりである。
「付いてきていただいてありがとうございました、それではなるべく多く食糧を持ってきます」
「べ、べつにアンタを護衛するために付いて来た訳じゃないからね、大鼠を狩りに来ただけだからお礼なんていいわよ」
うわー、なんてわかりやすい姐さんだ。