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岩亀

「朝ごはん作るニャ」


 起き出したハナは台所に向かった。なぜか上機嫌で朝食の用意をしている。


「フニャアアアーーー!」「ドドーーン」


 ハナの悲鳴に続いて爆発音が台所から聞こえてきた。台所に行って見るとハナがしりもちをついており、コンロ周辺がやけに明るいと思ったら、台所の天井が……なかった。


「何だ、何が起こった」

「火を付けようとしたら天井が飛んでったニャ」


 天井が勝手に飛んで行ったら大変である。


「もう少し詳しく話してくれ」

「うううぅ、火を点けようとしたらものすごい大きさの炎ができて、エッと思ったら天井が飛んで行ってたニャ」


 やはり要領を得ない。ハナの家の屋根には飛んで行く仕掛けでもあったのだろうか。


 そうこうしているうちに、音を聞きつけたのか住人がわらわらと集まり始めた。


「さっきの音は何ニャ」

「ハナの家の屋根が飛び散って飛んで来たけど何事ニャ」

「魔王様がお怒りニャ? ハナは何をしたのニャ」

「うん、昨晩、あの、その、魔王様と……えっと、シタらしいんだけどよく覚えてなくて、だから、朝ごはんを作ろうとして、吹っ飛んで」


 ハナ、文章になっていない上に、そんなことは皆に言いふらすことではないぞ。それに、誰が魔王様だって?


 話を聞いているご近所さんたちは昨夜何があったか知っている感じだが、そのことについては何も聞かず、屋根の動向を気にしているようだ。


「……ハナ、大丈夫?」

「うん、お兄ちゃんを驚かせてしまったニャァ」


 ああそうか、「お兄ちゃん」の呼称はいつもの5人限定と言ってあるから、それ以外の住人相手には魔王様なんだな。


 屋根が吹っ飛んだのはハナの魔法の暴発が原因みたいだが、その魔法を暴発させた原因は、俺とマタタビのどちらかかも知れないな。


 俺が原因だったら、いよいよ「魔王様」呼ばわりされるだろうし、マタタビが原因なら……。


 とにかく、ハナに魔法を使ってもらうとしても、インターバルを開けないと話にならん。


 それにしても、屋根がないと不便だと思うが、これって修理が大変だろうな。


 俺は一旦戻ることにして洞窟に向かうことにした。まだ魔法の制御が不十分なハナは屋根の修理もあるのでクチンに残し、トラとクロの2人に付いてきてもらう。俺はハナに剣を借り、おそらく俺よりよほどうまく扱えるので、2本目の三角ホーをトラに渡しておいた。


 かなり洞窟に近づいた頃、クロが不安そうにキョロキョロと周りを窺うような様子を見せた。何かいるらしいのだが、クロをもってしてもどこに何がいるかわからないようだ。


「どうした、クロ」

「んー、何かいるんだよ、兄ちゃん」


 クロが相手を特定できないとは珍しい。


「むぅ、せめてどっちに居そうかぐらいわかんないか」

 トラも不安そうだ。


「あっ、あれ岩亀じゃないか」


 クロが指差す方向を見ると、ざっと50mほど離れた岩の上に小さな動物がいる。体長20cmくらいの鼠っぽいやつだ。


「岩亀だ」

 近付いて良く見ようとした俺を、トラが押しとどめる。


 言われて見回すが、日陰になった岩の上にいる鼠っぽい奴以外、何もいないようだ。


「え? 岩亀ってこの辺で一番危険と言う奴だよな。あれのどこが危険なんだ」

「えっと、兄ちゃん、剣を貸してくれ」

 そういうトラに、ハナから借りている剣を渡す。


 トラは警戒するように鼠に近づくと、剣で鼠を突っついた。

 鈍くさい鼠で、剣で(つつ)かれても逃げようとしない。


 次の瞬間、鼠のいるところを日陰にしていた岩が、鼠の上に落ちてきた。

トラは剣を持ったまま、素早く跳び退いた。


「これが岩亀だ」

「は?」


 クロはとっくに、さっきキョロキョロしていた場所まで戻っている。


 トラはホーで落ちてきた岩を叩きながら


「これが岩亀の上あご、さっきチロチロ動いていたのが舌で、獲物だと思って近づいたら今みたいにパックリやられる。この大きさだと、ワニモドキだろうが跳ね鰐だろうが一撃だ」


 少し離れて待つことしばし、落ちてきた岩が少し持ち上がって、鼠が乗っていた岩との間に隙間ができている。さっきはあんな隙間はなかったはずだ。


「あれが、口か」

「そうだ」


 動いた岩の後ろに、小山のような岩の塊がある。これが岩亀の本体だという。


 あれか、地球のワニガメと同じ餌の採り方だ。


 ワニガメは舌の先が小さいミミズのような形状になっていて、水中で口をあんぐり開けてじっとしている。舌先を餌と間違えた魚がそこを(つつ)くとパクンと口を閉じて魚を食べてしまう。


 岩亀は、それを大規模に陸上でやっているわけだ。


 ワニモドキや跳ね鰐が、鼠だと思って舌を(つつ)くと、ガブッとやられる、と。


「普通はほとんど動かないし追いかけられることはないけど、夜なんか獲物だと思って近づいたらパクッとやられる」


 いやいや、さっきのを見る限り、パクッ、なんて生易しいものではない。ブチッとかバキッとか、そんな感じだろう。


「舌の先が小さめの大鼠くらいの奴もいて、気付かないと危ない」

「そいつはでかいな」


 こいつと比率が同じだとすると、頭だけで2mくらいありそうだ。


「でも、卵はうまいんだぜ。もっとも、巣に近づいたら攻撃してくるから採って来るのは簡単じゃないけど」


 そこまで無理して食いたくはないかな。


 舌が少し見える程度に口が開いてきたので、デジカメで撮影しておく。



「ありがとう、また6日ほどしたら来るから」

「うん、兄ちゃん、またね」

「それじゃあ、この槍は借りとく」


 岩亀が動かないとはいえ、危険なのでホーはトラに預けておいた。


 戻った俺は相吾の所にデジカメ画像なんかを見せに行った。


「なるほど、共通しているように見える植物もあるが、独自に見える種もありそうだな」

「これなんか、食えるらしいぞ」

「また女の子撮ってるな」


 三角ホーを振り廻すハナが写っている。画像を見ていた相吾が、こちらをチラッと見たかと思うと、いきなり


「おまえ、この()とヤッたな」

 と言ってきた。


「な、なんでそう思うんだ」


 俺もそこまでバカではないので、「なぜわかったんだ」とは言わない。


「ふむ、やはりか。全くこの発情男が」

「だからなぜそう思う」

「では説明してやろう。さっき、この()の画像を見たとき、一瞬だけ目を逸らしたよな。

 だが、三角ホーは返却不要と言ってあるわけだから、破損やなんかで持って帰ってこなかったとしても疾しいことはないはずだ。

 だとすると、目を逸らさなければならない理由はそれ以外のものだが、お前が報告できないことがあるとすると、この前議論した向こうでの行動についてお前の主張が間違っていた場合だけだ。その中でこの()が絡んでいるとすれば関係を持つかどうかの話だろう。

 相手だが、三角ホーを渡すような相手以外に交渉を持つとすれば、この画像の撮影以降に行動したことになる。こっちと向こうの時間経過はほぼ同じと言っていたが、この画像の撮影時刻は17:47となっているな。

 日没後暗くなるはずの向こうでこのあと別の女と過ごしたとすると時間経過が不自然になる。違うか?」


 くそう、さっき一瞬目を逸らしただけでそこまで推理するとは。もっとも、この推理力と洞察力のおかげで試験のヤマを外したことはない。俺がこの大学にいるのも、入試予想問題をバッチリ作ってもらったからだったりする。曰く、普通に授業を聞いていれば問題を予想するのは簡単なのだという。


 こいつと出かければ、周りで殺人事件が起こりまくるんじゃなかろうか。まったく、どこの死神だ。


 こいつとは絶対に一緒に旅行するまい。そんなことをすれば殺人事件に巻き込まれ、被害者になって殺されるか、そうでなければ犯人にされてしまうだろう。


 ま、実際にはそんな心配は無用だ。そもそも相吾(こいつ)は出歩かないし、殺人事件が起こっても関係者を一か所に集めたりすることなく、証拠と犯人を警察に通報して終わるだろう。


 無意味な演出をやる奴ではないのだ。最初の被害者にさえならなければ大丈夫だ。


 しかしその分、ろくでもない好奇心は持ってやがるのだ。


「で、魔法が暴発したのか」

「うん、俺とヤッたからなのか、マタタビの影響かわからないんだけれども」

「なぜそれを確認して来ない」

「だから、どうやってだよ。マタタビを与えたらほぼ確実に押し倒されるんだぜ」

「お前には自制心と言うものがないのか」

「相吾も自制心なんて単語を知ってたのか」


 自重とか、自制心とかからは程遠い行動しかしない奴なのだ。


「魔法の暴発の原因はマタタビではないかと思う」

「なぜだ」

「前に、詠唱しなければ魔法が発動しないと言っていたな。おそらく詠唱は安全装置のように働いているんだろう。だとすると、マタタビでその安全装置に相当する部分が外れたのではないかな」


 そういうものなのだろうか。そういえば、キウィの影響があるときも、いつもと魔法の様子が違っていた気もする。


「自制心が無くて押し倒されるのを拒否できないと言うなら、雄個体相手に確かめてくればいいんじゃないか。雄を相手にどんな反応するか調べてこいよ」

「ちょっと待て」

「なにをだ」

「あのな、俺は男とやる趣味はないんだが」

「だろうな。では確認するが、向こうでこどもを作るつもりはあるのか。まぁ、おそらくできないと思うが」

「いやいやいや、それはないから」

「そうか、だったら、子どもを作るつもりのない交尾という点で雌雄どちらとヤッても同じだろ? ハーレムの雄には強い遺伝子を持つ子どもを残す責任があるんだぞ」

「ハーレムの雄には子どもを作る責任がある、か。光速より速く動ける黒い兄ちゃんに聞かせてやりたいね」

「あぁ、子どもを求めないとか構成要員に問題がある場合は責任がないだろうな。そんなハーレム、存在する意味がないわけだし。ま、そういうハーレムならスニーカー戦略がさぞかしよく効くだろう」

「黒い兄ちゃんの周りは明らかにスニーカー戦略を失敗している奴ばかりだがな」

「それはどうでもいいから、しっかり雄相手に検証して来いよ。来週から秋休みだろ」


 まぁ、こいつ相手に話を逸らせるとは思っていない。


「貴重な秋休みを雄相手にイチャイチャして潰せと」

「異世界で冒険してくるんだと思えよ」

「じゃあ、すまんが三角ホーをもう2本ほど頼めるか」


 あまり備品の横流しを要求してはいかんだろうが。


「そんなの、自分で貰って来いよ」

「あんなもの、どこにあるのか知らんわ。それと、頼みたいのは炭化タングステン処理だ」

「マテ工なら自分でやれよ……」

「うん、砥ぐのは自分でやるぞ」


「ほほう、こいつはそんな生態なのか」


 岩亀の話をすると喰いついてきた。


「うん、移動は夜の間にするようだが、獲物を狙っているのは一日中らしい」

「こいつの首は持ってこれそうにないな」

「当たり前だ、舌だけでもトンネルの直径よりでかいわ」

「骨の1本ぐらいなんとかならんか。ワニガメと比較してみたい」

「つまり、こいつを倒せと。倒す方法の見込みくらいあるんだろうな」

「その点は情報不足だな。本体の硬さもわからないし」


 卵の話もしようと思ったが、それは止めておいた。そんなことをすれば、子亀を干物にして持ってこいと言うに決まっている。あの大きさの肉食獣に追いかけられるのは真っ平である。



 次に相吾の所に行くと、岩亀の画像を壁紙にしてやがった。


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