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魔王の食卓

「に、兄ちゃん、もう1つ貰ってもいいかな」


 剣を持った頭と尻尾が黒い猫耳少年が躊躇しながら声をかけてきた。うん、きっとこいつがクロだな。

 後の2人はミケとトラのはずだ。


「いいけど、クチンの人たちに持って行かなくていいのか」


 そう言って尻尾のファスナーを開け、中に入った大量の魚肉ソーセージを見せてやる。


 大学の近所の業務用を謳っている店でほとんど全部買い占めたものだ。


 この増設ポケット、トンネルを移動するときに引っかからないように足の間にぶら下がるようになっているので、何も入れていないときには確かに尻尾と言って良い。しかし、大量に物を入れている状態では足の間に垂れ下がることになり、信楽焼のタヌキの足の間にあるもののように見えるのが何とも微妙だ。


「うわぁ、それ全部ぎょにくそうせいじなのか」

「本当に村の皆で貰って良いのですか」

「うん、かまわないよ。村の人たちにも食べてもらおうと思って持って来たんだからね」


 そう言うと、5人の顔色が何となくだが明るくなった気がした。


「サクラ、良かったね、きっとチャトラも元気になるよ」


 ハナが話しかけている樺色の毛並みの子がサクラらしい。チャトラと言うのは桜の兄弟か何かだろう。


「……あの、どうして私たちにそんなに良くしてもらえるのでしょうか」


 サクラがそう尋ねてきた。ふむ、どうしてだろう。ハナがかわいいから?

 だがそんなことを言って調子に乗せることもないので、一応の説明をしてやる。


「俺はこのあたりの調査をしようとしている。だが、1日で調査が済まないことも考えられるので、こちらに拠点を作っておきたいのだ。

クチンは場所としても適当だし、お前たち住人も調査に協力してくれそうだ。なにしろ最初に来たとき、ハナは俺を持っていたナイフで刺そうと思えば攻撃できたはずなのにそうしなかったぐらいだ。

だから、そのためには食糧くらいどうってことはない。

別に死んだら首を貰って行こうとか思っているわけではないぞ」


 もちろん最後のは小声だったが、どうやら聞き取ったやつがいたようだ。


 結局クロのリクエストは無視して、魚肉ソーセージを村に持って行った。

 波風を立てることはないので、5人にソーセージを渡し、入口で待機する。すると、見かけ壮年の獣人が走ってやって来た。人間がいないとは聞いていたが、走ってきたこの獣人も猫耳である。要するにこの村は猫獣人(ウェアキャット)しかいないんだな。


「はぁはぁ、わ、私はクチンの村長をやっておりますブッチと申します。このたぶ、この度は多くの食糧をいただきありがとうございます」


 息遣いが荒い、思いっきり慌てて走ってきたようだ。そんなに慌てなくともいいのに。ブッチさんと言う名前から見て、頭髪が半分白いのは白髪ではなくそう言う模様なのだろう。猫耳のおじさんとか似合わないコスプレのようだ。


「それで、死人が出たら私を首になさると云う事ですが、まだ次の世代がしっかり育っておりませんで、辞職するのは構いませんが補佐させていただき」

「待て」


 なんでそう言う話になっている。死んだら首を貰うというのを聞かれた上に、斜め上方向に誤解までされている。


「その首の話は当面気にしなくて良い」

「そ、そうですか。ありがとうございます魔王様」

「マオウサマ? なんだそのまおうさまと言うのは」

「魔王様ではございませんか? あの洞窟には言い伝えがございまして……」


 なんでも、あの洞窟は大鼠が生息しているだけのはずなのだが、明らかにネズミのものではない痕跡が見つかったことがあるということだ。しかも、昔に洞窟から現れた魔王が周辺の村をいくつも滅ぼしたという伝説があるらしい。特に、絶滅してしまった狼獣人(ウェアウルフ)の絶滅の原因になったのが魔王だと言われている。

 ネズミのものではない痕跡というのは、俺と同様にトンネルから来た者が残したものだろう。俺もいくつか実験をやって残したはずだしな。木の棒なんかネズミに齧られたのかと思っていたが、鼠狩に来た誰かが持ち去ったのかもしれない。


「あー、俺は魔王様じゃないから」

「はっ、判りました魔王様」


 全然わかってないじゃないか。あー、もうめんどくさいから訂正するのは止めておこう。


「それで、体調の悪い者がおりますので見てやっていただけませんか」

「見るだけならな」

 獣医じゃないんだし、体調の悪い者を何とかしろと言われたら困ってしまう。


「サクラ、魔王様をご案内して」

「はい、こちらにお願いします」


 サクラに付いて集落の中に入っていくと、他の4人も付いてきた。こいつら本当仲良しなんだな。それでもハナを洞窟に置き去りにしたのだから、生きていくうえでのリスクマネジメントはしっかりできているわけだ。


 集落の中を進んで行くと、家の中からこちらの様子を窺っている気配がする。別に隠れて見てもいいから、気配ぐらいちゃんと隠せと言いたい。


「……ここです」


 サクラが1軒の家を示す。


「ここはサクラの家なのか」

「……はい」


 家の中に入ってみると、部屋が2つ。入った部屋にはイスとテーブルがあり、奥の部屋にベッドが置いてある。ベッドの上に、誰か寝ているようだ。


「妹のチャトラです。体が弱って起きられなくなってしまいました」


 妹のチャトラを見ると、蹲って弱々しく呼吸をしている。獣医じゃない俺でもわかる。これは栄養失調に違いない。良く見るとノミだらけだ。


「あーあ、こんな状態じゃあ落ち着いて寝られないから余計に体力消耗するだろぉ、服を脱げ」


 一旦宿主に取りつくと接触した者以外に移動できず、宿主が死んだら自分も生きていけないシラミと異なり、宿主から宿主へ跳んで移動できるノミは宿主を食い潰しても困らないから容赦なしである。体力回復には栄養の他に十分な睡眠も必要だ。まずはノミ取りシャンプーできれいにし、落ち着いて寝られるようにしてやらないと。


 チャトラ本人は服を脱ぐ体力もなさそうなので、腰ひもをほどいて服を脱がせにかかる。


「待ってください、その子はまだ小さいので私が相手をします。チャトラは許してやってください」


 サクラが上着を脱いで下着姿になりながらすがりついてきた。お、意外に胸がある。ええい違うっ、何の相手をするつもりだ、勘違いをするんじゃない。


「いいからお湯を沸かせ!」


 そう言うと、こちらを何度も伺いながらもサクラはもたもたとお湯を沸かし始めた。かまどに薪を並べ、魔法であっという間に火をつけると、川から汲んできた水の入った鍋を乗せる。


 そこからも結構大変だった。クチンの村では風呂に入るなどと言う習慣がなく、どの家にも湯船はもちろん風呂桶に使えそうなものがなかったのだ。まさかチャトラに直接熱湯をぶっかけるわけにいかない。


「村で一番大きな鍋を持ってこい」


 と言ったところ、ハナが涙ぐみながら


「チャ、チャトラは小さくて食べるところが少ないニャ、ハナの方がきっと食べるところが多くておいしいニャ」

 等と言いだし、こいつも服を脱ぎだした。またか、こいつらは俺を何だと思っているんだ。


「わかった、それじゃあチャトラを洗い終わったら生きたまま頭から齧ってやるからそこで大人しく待っていろ」


 そう言ってやると、クロは逃げだしたがハナだけではなくサクラとトラも固まってしまった。ミケはベッドの下に頭だけ突っ込んで震えている。


 ハナは固まりながら

「ううぅ、やっぱり魔王様だったにゃぁ」

 とボソボソつぶやいている。


 大鍋はチャトラが入りそうな大きさだったが、今後も食べ物を調理するであろうものを風呂桶として使うのも憚られたので、結局家の外に出て川魚の泥を吐かせるための大生簀を傾けて風呂桶として使うことにした。


 巨大プールを隅っこだけ使おうというのだ、傾けるのが大変だった。


 風呂としては少し温めの温度にした湯の中にチャトラをそっと入れ、温まったところでノミ取りシャンプーをぶっかけて洗った。1回目はあまり泡立たなかったので二度洗いすることにしたら、2回目はそれなりに泡立ってきれいになった。残ったお湯の表面には大量の溺死したノミが浮かんでいる。

 良く拭いたら本人もすっきりしたようで、シーツを取り換えた家のベッドに戻したらすぅすぅと寝息を立てて寝ている。姉のサクラもかわいいが、チャトラももう少し大きくなったらきっと美猫(びじん)になるだろう。


「さて、サクラ、ハナ、ちょっとこっちへ来い」


そう言ってやると、2人はビクビクしながらおずおずと近寄って来た。器用な奴らだ。


「2人ともまずは服を着ろ」


 するとハナはいきなり下着も脱ごうとしてきた。思わず両耳をつかんで左右に引っ張る。


「ウニャッ」

「だれが服を脱げと言った? この立派な耳は只の飾りか何かか?」

「えっ、だって……、今服を着ろって……、着ろって……、あれっ」


 どうも思い込みで行動がおかしくなっている。サクラと違ってハナはあまり大きなほうでもないしな。


「ハナ、サクラも。俺は鼠も食わないし、お前たちを食う気もない。それから、かわいいとは思っているが、裸にしてどうこうするつもりもない。だから、俺の目の前で服を脱いだりする必要はないし、なによりも」


 2人を睨み、ついでに他の連中も見回しながら


「俺が何かやるたびにビクビクするのを止めてくれ、いいな」


 当然この連中をいろんな意味で食ったりするつもりはない。せいぜいデジカメで写真を撮ろうとしているくらいのものだ。すでに何枚か撮影済みである。


 写真集を出したら売れるかも知れないが、いろいろ説明しなければならない煩雑さを考えたら売ろうという気は失せる。


「わ、わかりました」「……わかったニャ」

 そうか、サクラには「ニャ」禁止というのは言ってなかったな。


「サクラ、ちゃんと喋れるはずだから『ニャ』は禁止だ。それから俺はもちろん魔王ではないが、お前たちは特別に俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶことを許してやろう。さ、言ってみろ」


「「お兄ちゃん」」


 きれいに揃ったな。


「よし、他の3人、いや、チャトラを入れると4人にも言っておけよ」

「……わかったニャ」

「わかりました、お兄ちゃん」


 うん、やっぱりハナはいい子だ。



 戻った俺はチャトラのために仔猫用キャットフードを買いに行ってやろうと思ったのだが、魚肉ソーセージ他で資金が底をついていたため、資金調達のため相吾の所へデジカメ画像を見せに行った。


「これが異世界の連中だ」

「ほう、で、どうしてこいつらは下着姿なんだ。危ない奴だな」

「ちょっと待て、こいつらが勝手に脱いだだけだ。大体お前に危ない奴とか言われるのは内密さんにおまえはスケベだと言われる並に理不尽だと思うんだが」

「なぜだ、比較の問題ではなく事実として危ないわけだろ? それで間違っていないと思うが」


 口でコイツに勝てる気はしないが、事実誤認は訂正しておくべきだろう。


「どこが危ないんだ」

「ふむ、まぁどこが危ないかはいずれ説明してやるとして、その栄養失調の子に与えるキャットフード代を出せと? で、そいつらはそんなに猫なのか」

「ああ、猫だ。すまんな、今ちょっと例によって金欠なんだ」

「金欠じゃないおまえを見たことなどない気がするが、まぁいい。これだけあれば足りるだろう。あと、渡すものがあるから次に行く前に寄ってくれ」

「サンキュ、わかった」


 スポンサー様の意向には逆らえない。買い出し後、もう一度相吾のところに寄ると、木の枝を数本渡された。


「なんだこれは」

「キウィフルーツの枝だな。キウィはマタタビ科で、その枝はマタタビ同様猫に効果があると言われている。これを与えるとどんな感じになるか観察してきてくれ」

「うぇ、俺や向こうの連中に危険はないんだろうな」

「嫌ならキャットフード代を返せよ」

「わかった、キウィの枝の効果を確かめてくればいいんだな」


 結局危険がないことの確約は得られていないが、俺は鳥ささみ仔猫用キャットフードの袋詰とキウィフルーツの枝を持って、翌日再び向こうの世界に向かったのだった。

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