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類は友を呼ぶ

 ハナが集落に入って暫くすると、「おおっ」とか「本当か」などの声の他、「良かった無事だったんだー」という声も聞こえる。最後のは先に洞窟から出た4人の中の誰かだろう。何人か見かけた住人は皆同じように猫耳がついており、しかもかなり痩せて見えた。食糧がかなり少なくなっているのだろう。


 ハナの話からして人族が集落に入っていけば嫌がる住人もいるだろうが、この時間に出歩いている住人はそれほどいない。入口であれば問題ないだろうということは、ハナに確認済みだ。危険な動物が接近すればさすがに入って来るなとは言われないだろうとも言っていた。


 集落の入り口付近で蹲ってからしばらくして、誰かがこちらに歩いてきた。


「お兄ちゃん、鼠ありがとう。夜は冷えるからこれ使って。それと、これ脂」

 そう言って、ハナが毛布と鼠のであろう脂を渡してきた。冷えるよりもクッションになる物が無くてつらかったから毛布は正直ありがたい。


「助かる、ありがたく使わせてもらうよ。足はもういいのか」

「うん、走らなければ大丈夫」

「そうか、毛布は朝起きたら誰かに返しておけばいいかな」

「あの……、雨が降ってなければ、畳んでそこに置いといてくれればいいです」

「わかった、それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい」


 夜行性ってわけでもないんだな。今から枝を拾いつつ洞窟に戻っても良かったが、せっかく毛布を貸してもらったので野宿でもするか。そう思った俺はハナが貸してくれた毛布に包まり、空腹のまま横になった。


 毛布は温かいが、そこはかとなく猫臭かった。



 朝起きると、周囲は既に明るかった。毛布を畳み、雨が降っていなかったので集落入口の目立つ木の枝に引っ掛けておく。松明に使えそうな木の枝を探しながら歩き始めてすぐ、自分で左腕をポリポリ搔いているのに気付いた。なんか痒い。


 見ると二の腕に赤くポツっとした跡がある。そして、ごく小さい何かがそのあたりから肩の方に向けて跳んだ。


 ノミかよ。


 次に来るときには、ハナにノミ取りシャンプーを持って来てやろう。


 サークル棟でも経験があるが、こいつらを捕まえるのはなかなか困難である。今日の風呂まで我慢するか。銭湯に行くことになるので迷惑な話かもしれないが。


 明るい中、ケガ人を気にせず歩くのは楽なものだ。方角も間違えることなく、木の枝も結構な量集めてあっさりと洞窟の入り口に到着した。枝と同様に途中で拾ったボロ布で鼠脂を巻き、枝を組み合わせて即席の松明を作る。


「問題は着火だな」


 ハナはライトの魔法とか言っていた。人の方が魔法は強力であるとも。


「やってみっか、ライト」


 灯りが点くことをイメージして、そんなことを声に出してみる。


「ダメか、ファイア!」


 やっぱり点かない。これはなにか、詠唱と言うやつが必要なのか。漂う灯りが存在することは見ているので、何らかの手段はあるはずだ。できないとは思いたくない。


「熱よ、集まりて炎となれ、ファイ……おわーっ」


 どうせ誰も見ていないからと大声で厨二全開の詠唱をやってみたところ、全部言い終わる前に一気に松明の先に炎が噴き出した。やった、成功だ。


 灯りは確保できたが、途中で消えたらえらいことだ。ライトの魔法も練習してみよう。


「えーっと、光よ、漂いて周囲を照らせ、ライト」


 ポッ、頭の上に丸く光の球が浮かんだ。これで松明が消えても何とかなるな。調子に乗った俺はさらに、


「小さき吸血鬼よ、この世界に留まり、我が身より去れ」


 何が悪いのか、相変わらず首から肩の周辺をピンピン跳ねてやがる。去ってはくれなかったようだ。魔法万能という訳にはいかないらしい。

 何となく覚えている道順に従い、洞窟の中を進んで行く。昨晩大鼠を仕留めたあたりで大鼠くらいの大きさの動物が動いている気配はあったが、襲われることもなくハナ達に遭遇した場所に到達した。


 ここまで来れば、あと少しである。俺はこの洞窟に出てきた場所に向った。


 記憶通り、洞窟の途中になぜか木でできた直径40cmほどの扉があって、開けるとわずかに上りになったトンネルが続いている。


 頭からトンネルに入ると、手を伸ばした先に別の扉がある。こちらが研究室倉庫側の出口のはずだ。ところがこの扉、入って来た木の扉を閉めないと開かないのである。逆も同じで、倉庫側の扉を閉めないと木の扉が開かないのだ。


 ということは、2人同時に入ったり、ロープを垂らして物を引っ張ったりはできないことになる。


 さらに、もう一つなんとなく分かったことがある。


 俺は倉庫側に出た後、なるべく銭湯に迷惑が掛からないようにしようと、着ていた服を脱いでノミの駆除を試みたのだ。

 ところが、洞窟の中まではあれほど纏わりついていたノミが、1匹も見つからなかったのである。


 トンネルをくぐるという行動が、ノミにとってそれほどダメージの大きなものとは思えない。

 もしかすると、このトンネルを通れるのは1回に付き生命体1個体とか決まっているのではないだろうか。


 ただまぁ、これはまだ仮説である。



「おーい、相吾(しょうご)―」


 異世界から戻った俺は、亜空間研のサークル室に小古瀬相吾をたずねた。


 こいつはマッドサイエンティストが白衣を着て歩いているような、というか、世間ではマッドサイエンティストは白衣を着ているイメージがあるから、絵にかいたようなマッドである。

 こいつは進学振り分けの際の平均点が実に93点あり、医学部だって確実なのに「何をやっても怒られないし研究室に泊まれるから」と言う良くわからない理由で環境科学科に行った変人である。


 とにかく好奇心がすべてに優先し、化学実験でカドミウム検出用の青酸カリを見て


「先生、これどれくらい舐めたら死にますか」

 と聞き、さらに

「10倍に薄めても量がわかるほど舐めたらアウト」

 と言われたので100倍希釈で舐めようとしてみんなに止められたような奴である。


 知識量も多く、頭の回転も速い方だと思う。


 しかし、バイタリティーは乏しい、というかほとんどない。ひたすら動かない奴である。


 シャーロックにもワトソンにもなれない、マイクロフトタイプなのは間違いない。


「俺、異世界に行ってきたらしい」

「ふーん、どうやって」


 そこで俺は洞窟に行った経緯と向こうで出会ったハナ達の話をした。


「なんだって、それは本当か」


 まぁ、ここまでは普通の反応だろう。だが、相吾の恐ろしいのはその先である。


「どうしてそいつらの頭蓋骨を持ってこない。いや、現地で皮を剥ぐのは大変か、また行くんなら生首でもいいや」

「なぁ相吾、なんで頭蓋骨が要るんだ」

「あ? 猫耳の構造がどうなっているか知りたいだけだ」


 相吾が生首を欲するのは、昔に「猫耳っ娘の耳はどのように頭に付いているのか」という議論をして、結論が出ていないからである。


「どうやって頭蓋骨や生首を手に入れろと?」

「ナイフか何かでスパッと切って来ればいいだろう」

「付いてる胴体はどうすんだよ」

「そっちも興味はあるがとりあえず頭だけでいいや。」


 そのために首を切って来いというわけだな。


「それって、頭蓋骨をデジカメで撮って来るんじゃダメなのか」

「それでもいいけど、やっぱ実物が見たいんだよ」


 だったらお前も来いよ、と言っても無駄である。こいつはひたすら出不精なのだ。亜空間研にいるのだって、異世界に行けたら面白そうという理由ではなく、転送装置ができたら歩かなくて済むという理由なのだから、明らかに大学より遠い異世界に行くなんて冗談じゃない、と言うことだ。この場合、距離的には大学と変わらないはずだが、気分の問題だそうである。


 ダメだコイツ、早く誰か何とかしてくれ。もちろん、口では頭だけで良いと言っておきながら、頭を持って来たら「胴体はどうした」と言い出す奴である。



 言っている内容で当然見当がつくだろうが、こいつ、相吾は友人が少ない。最初は優秀な奴だしノートを見せてもらうとか試験のヤマを張ってもらうだとかで付き合おうとした者は何人もいた。しかし、とにかく好奇心のままに行動するので一般常識人から見ると行動の予測ができず、振り回されて友人は次第に減っていった。


 そして行動原理が判明していけばいったで、危険度が跳ね上がるのがこいつである。学園祭の打ち上げで焼肉を喰った時の


「人肉ってどんな味がするんだろうねぇ」


 という発言以降は、必要以上に会話する者はいなくなったようだ。


 要するに、紙一重の辛うじてこっち側にいるのが、この小古瀬相吾と言う奴なのである。


 では、ヒマ哲を進学先の候補に選ぶような俺がどうしてこいつとツルんでいるのかだが、簡単に言うと、高校で同じ部活だっただけである。


 当面、首をもいでくるつもりはないが、他のものを運ぶことはありそうな気がしたので、いろいろ実験をした結果を相吾に報告した。とにかく、一度話題に出したことは絶対に忘れない奴でもあるのだ。


「残念ながら頭蓋骨も生首も無理だな」

「なぜだ」

「いや、いろいろ物を運ぼうとして見たんだが、どうも俺が手に持っているかポケットに入っていないと運べないらしい。

トンネルの太さは俺がやっとつっかえずに通れるくらいだから、首なんて通らねえわ」

「うーむ」

「しかも、どちら側にも蓋になる扉があって、入った方を閉めないともう一方から出られない」

「大きなものは運べないと云う事か」

「しかも、どうやら自分で動く生命体は運べないらしい」


 植物は、持ち運ぶのに成功している。


「あとな、向こうでは魔法が使えるんだが、トンネルを通ると使えなくなる」


 こっちでも使えたらかっこいいのに。


 次の日、小古瀬は恐るべきものを持って来た。オーバーオールを改造し、胸ポケットの袋の部分をタヌキの尻尾のように長さ2m近く(のば)したものである。


「これなら頭蓋骨を入れて運べるんじゃないか」


 確かにこれなら頭蓋骨に限らず、嵩張る物も穴の太さ以下なら運べそうだ。


「こんなものいったいどうしたんだ」

「サークルの後輩に頼んでベースになるオーバーオールを買って来てもらって、自分で改造した」


 同年代連中には避けられているが、後輩にとっては「模範対策付きの歩く逆評定」なのだ。買い物の頼みくらい聞いてもらうのは簡単だろう。しかも、改造に必要な裁縫スキルは当然のように持っていやがる。常識とコミュニケーションスキル以外はほとんどの物を持っていると思えば良い。


 俺も、せっかくだからこの魔改造オールは活用させていただこう。懐中電灯、ノミ取りシャンプー、コストパフォーマンスの良い魚肉ソーセージ大量などを買い込み、狸の尻尾(ポケット)にしまった俺は金曜の午後に(トンネル)をくぐった。


 金曜にした理由? 講義をサボってこれ以上GPA下げるわけにいかないんだよ。


 (トンネル)を出ると、無事に洞窟に出た。実験的に何度か出入りしていたのはここまでなので、懐中電灯を手に洞窟を進む。


 出口に近づいたところで、話し声が聞こえてきた。ハナは食糧不足から大鼠狩りによく洞窟まで来ると言っていたが、ハナ達だろうか。


「光よ、集いて周囲を照らせ、ライト」


 念のため懐中電灯を消してライトを漂わせる。


「ハナ?」

「お兄ちゃん?」


 もしかすると居るかもしれないと思っていたハナ達がちゃんといた。


 この前と同じ5人パーティである。俺を確認すると、警戒しながらも全員が寄ってきた。まずは魚肉ソーセージを1本ずつ渡す。このタヌキの尻尾はチャックがついており、胸ポケットを通さなくても簡単に出し入れできる優れものである。さすが小古瀬だ。


 皮を剥いて念のため少し齧って見せたあとハナ達に渡すと、あむあむとすぐに食べてしまった。


「う、ちょっと味が濃いけどおいしいニャ……おいしいです」

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