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人族軍襲来

 異世界の冒険が道半ばである今、サル軍に洞窟を占拠されると行き来しにくくなることに気付いた俺は、一旦大学に戻ってサル軍排除の方法を検討していた。


 だが、タマネギ作戦にダメ出しをされた上に雌ザルにハニートラップを喰らう可能性まで指摘され、他の有効な対抗手段を検討していた。


「いっそ、逆ハニートラップとかいうのは、雌ザルを色仕掛けでどうにかするというのはどうだろう」

「お前は向こうのサルにモテる秘訣でも持っているのか」

検討は深夜に及び、俺も相吾もだいぶおかしなテンションになっている。

「そうだ、サルに教えたら死ぬまでやっていると言うから、神田の専門書店(花のマーク)でいろいろ買ってきてばらまいてみようか」

「死ぬまでやってるとかいうのはそれこそ都市伝説だ。それが事実ならずっと交尾をしっぱなしの個体とか出現することもあるはずだし、ボノボなど絶滅してしまうことになるぞ。第一そういうグッズは結構な値段がすると思うが、どこにそんな金がある」

「じゃあコンニャクとか」

「コンニャクの使い方をどうやって教えるんだ。それならコンニャクを食わせて低血糖でふらふらにする方がまだ現実的だ」

「よしそれで行こう」

「言葉の意味をしっかり読み取れ。要するにそんなことできねえってこったよ」

「逆に成人病作戦なんかどうだ。旨いものをいっぱい食わせてメタボにしてしまうというのは」

「その予算の出どころ以前に、作戦に何年かけるつもりだ。秋休みどころか大学生活が余裕で終わってしまうぞ」


 人類のダメさが良くわかった。


 結局、有効な手段が見つからないまま翌日になってしまった。何とかサルが洞窟周辺に来ないようにしたいものだ。


 一応、向こうに行く前にもう一度寄ってくれと言われていたので、朝に相吾の所に寄る。


「では、これを渡しておこう。おそらく一般人が合法的に入手できる最凶の化学物質だ。耳かき一杯でサルなら50頭は無力化できるだろう」


 そういって相吾は小さなチャック付きポリ袋に入った白い粉を取り出し、使い捨てのゴム手袋と一緒に渡してきた。


「このヤバそうな粉はなんだ、サルを薬漬けにでもしろというのか」

「合法的に入手できると言ったろう、これはカプサイシンという物質だ。使い方としては風上から風に乗せて撒くだけでいい」

「人にも効くのか」

「もちろんだ、条件にもよるが耳かき一杯で無力化できるのは10人かな」

「なぜサルよりも少ない」

「サルの方がヒトより敏感だからだ。だから猫が曝されたら大変なことになる。十分気を付けて使えよ。鈍感なヒトでも素手で触ったら水ぶくれになるし、吸い込んだらしばらく呼吸できなくなる。ま、最後の手段くらいに思っとけ」


 と、そんな最終兵器的な危ない粉を手に入れたが、さすがにこんなに早く追加が必要になるとは思っていなかったらしく、キャットフードの在庫は残り少ない。それでもクチンの人口を考えれば3日分はありそうな量をツナギの増設ポケットに入れ、トンネルを潜ったのだった。


 幸い、洞窟とその周辺はまだサルに占領されていなかった。洞窟を出たところで警戒中のハナ達に出会い、歩きにくくない程度までポケットの中身を減らした。


 サル軍の動向を聞くと、ミケが開けたクレーターの効果か進軍速度が落ちているという。


「ふむ、今のところ洞窟を占拠される心配はなさそうだな」

「うん、でも少しずつクチンに近づいているの」

「よーっし、こっちに侵攻して来たらこの粉で無力化してマタタビブーストの魔法使って殲滅じゃぁ」


 俺がそう言うと、サクラやハナ、ミケがひそひそと何やら話している。


「……やっぱり洞窟は魔王様の領土ニャ」

「うん、あそこに手を出すと大変なことになるニャ」

「きっと人族も容赦なしなの」


「何をボソボソ喋っとるのか」

 そう言うと、ハナがビクッとこちらを向いた。


「あのっ、まお……お兄ちゃん、人族といきなり戦おうとするのは避けた方が良いと思うニャ」

「なぜだ、サr……いや、人族がクチンや大鼠の狩場にやって来ない方が良いんだろ?」

「それはもちろんニャ。でも、いきなり戦ったらきっと怪我をしたり、場合によっては死ぬ人が出るニャ。そんなことにならない方が良いに決まってるニャ」


 言われてハッとなった。俺はサル軍を排除することしか考えていなかったが、ハナ達はなるべく衝突が起こらないようにと考えているのだ。そのためには、クチンからの撤退や狩場の変更も視野に入れているのだろう。


 だが、俺はこの世界でまだクチン周辺しか見ていないのだ。折角の異世界、その出入り口を簡単に放棄してしまうのはもったいない。


 その、洞窟を確保して侵入者を排除しようとする行動が、彼らから見れば「魔王様」なのだろう。


「そうか、ではなるべく洞窟やクチンに人族が来ないような方法を考えよう」


 サル軍はミケの開けたクレーター(結構深い)を埋めつつ、道を作って進軍中らしい。


「川沿いの方はさらに穴だらけにしておけば、足場も悪いし簡単には突破できないはずだな」

「……ん、沼地になってるとこもあるから通れないと思うニャ」

「問題は洞窟側だな。軍の駐屯地はこの辺か」


 かなり大雑把だが、地図を見ながら抵抗する場所を決めていく。


「こっちのルートは大きな岩がゴロゴロしてるから通らないだろうな。すると、この崖沿いの道を進んでくるはず、と。それなら」


 よし、怪我人も出さずにサル軍を止めて見せよう。




 俺はクチンと洞窟、どちらに向かうとしても通るであろう、V字に切れ込んだ谷の真ん中あたりの崖沿いの道に来ていた。みんなほとんど既にマタタビ補給(できあがり)済みである。


「クロ、その岩はこっちに。ミケ、その岩の先を砕いてくれ。タマ姐さん、大鼠を何匹か潰れないように撲殺してきて欲しいんだが」

「自分で行けば」


 くっ、力の制御ができないとまずいタマ姐と、意味のないチャトラはドーピングしていないのだが、そうすると今度は本人の制御ができないな。


「チャトラ、鼠を2、3匹捕まえてきてくれ。くれぐれも魔法を使うなよ」

「えー、魔法で吹っ飛ばした方が楽に捕まえられるニャ」

「鼠は形を残したままあとで使う必要があるから傷をつけないで」

「わかったニャー」


 そう言うとチャトラは洞窟方面へと駆けて行った。チャトラ一人では何かあるといけないので、サクラにも行ってもらう。サクラはぽよんぽよんとチャトラのあとを走って行った。何がぽよんぽよんなのかは、あえて語らないことにする。


「トラ、このあたりにもう少し岩を転がしてくれ。で、その岩(そいつ)をここに嵌め込んで。よし、こんなもんだろう」


 俺はサル軍が来るであろう方向から、建造した構築物を眺めた。おお、これは良くできている。


「捕って来っ、……びっくりしたニャ。良くできてるニャ」


 そこに丁度、サクラとミケが大鼠を3頭持って来た。指示通り、撲殺したことで切傷の無いものだ。


「ハナ、すまんが(ワタ)と骨を抜いてくれ」


 自分でできなくはないが、ナイフの扱いに慣れているハナに任せる。さすがハナは手際よく鼠の解体を進め、袋のようになった鼠の皮を作り出した。


 鞣したり乾燥したりした方が良いのだろうが、気にせずボロ布を詰めてアラミド繊維で皮を閉じる。できた即席の本革ぬいぐるみを崖側の岩の上に置く。うん、完璧だな。


 そう、俺達が狭い崖の道に作ったのは、偽物の岩亀である。狭い道しかないところに、上下に挟むように岩を置き、下側の岩に鼠ぬいぐるみを乗せる。これはアラミド繊維がつながっているから本物の偽鼠のように動かすことができる仕組みである。サルの運動能力を考えると、岩亀の尻に相当する部分を越えて来ようとするかもしれないので、その時に通るであろうルートのこちら側には谷底へと続く落とし穴が掘ってある。


 当初の予定では落とし穴は底があり、その中に切った竹(に良く似た節のある植物)を立てておくつもりだったのだが、


「落ちた人が怪我するニャー」


 というハナの意見によって谷底まで落ちるだけにしておいた。谷に落ちる方が大怪我しそうだが、そこはサルの運動能力、ほぼ確実に無傷で落ちて行くはずらしい。


「あとは哨戒担当だが……」


 あわよくば引き返してもらおうというのだが、そのためには鼠のぬいぐるみが動いていなければならない。また、無謀にも越えてきた兵への対応も必要である。


「仕方がない、見張りをしてやるよ」


 タマ姐さんが哨戒を引き受けてくれた。少々気まぐれなところが不安だが、哨戒能力に問題はない。ぬいぐるみの動かし方を示しているときタマ姐さんがぬいぐるみに跳びかかるというアクシデントもあったが、直ぐに動かし方にも慣れて対人族の準備が完成した。


 斥候としてサル軍の様子を見に行っていたトラが言うには、今日中にサル軍が到達することはないだろうとのことである。


「じゃあタマさん。哨戒宜しくお願いします。危険だと思ったら急いで逃げて下さいね。いざと言うときはこれを」


 そう言ってマタタビを渡しておく。そもそも人族の所から逃げてくることができたタマ姐さんだから心配いらないとは思うが。


「フン、任されてあげるわ。ちゃんとやってるか見てても構わないよ」


 マタタビでラリッたタマ姐さんと一緒にいるなんて危険なことはしたくないので、一旦クチンに食糧を置きに戻らせてもらう。


「では、明日交代に来ますね」

「あぁ」




 翌日昼前、偽岩亀作戦の地へ行くと、こちらに気付いたタマ姐が静かにして伏せろと言うジェスチャーをする。どうやら人族軍が近くまで来ているらしい。


 そっと近づいて様子を窺うと、100人規模の兵が偽岩亀(こちら)を指差して固まっている。期待通り、岩亀と判断して通るのを躊躇してくれているようだ。なにしろ向こう側から見ると、唯一通れそうな場所に岩亀が口を開けて待っているように見えるのだ。誰も岩亀に咬みつかれる最初の一人にはなりたくないだろう。


「くっそー、あの集団にブースト掛けたミケのエクスプロージョン叩き込めば一網打尽なんだがなあ」


 たゆん。


「んー、それはだめなの、殲滅じゃなくて、撤退させるのが目的なの」


 たゆん。


 さすがサルっぽくても人族、突撃隊なのか棒のような物を持ったのが二人、こちらに向かって来た。棒で偽鼠を(つつ)いて顎を閉じさせようと言うのだな。


 本物の岩亀相手なら有効な手段だが、あいにくこれは対人族軍幻惑用の偽物だ。いくら鼠部分を弄っても、顎が閉じることはない。


 サル兵は必死に棒を伸ばして偽の偽鼠をつっ突いている。そこのサル兵の顔を目がけ、岩の隙間からゴム手袋に載せた耳かき半分もないカプサイシンを「ふっ」と吹きかけてやった。


 カプサイシンは折からの谷風に乗ってサル兵に纏わりついた。いくらサルの眼が良くても、耳かきレベルの量の粉末相手では何が起こったかわからないだろう。


 2人のサル兵は弾かれたように転がり、必死に顔をこすったり咳き込んだりしている。


 暫くすると、2人のサル兵はその場所に蹲ってしまった。


 集団本体から、数名追加のサル兵が走って来たかと思うと、2人を回収していった。大丈夫だと言うように手を動かしているから、死んではいないはずだ、多分。


 たゆゆん。


「エクスプロージョンッ」


 サル集団と偽岩亀の間で大爆発が起こった。


 サル兵たちは何が起こったかわからなかったらしくしばらく呆然としていたが、自分たちの集団のまとまりより大きな直径の穴を見て騒ぎだし、次にミケが崖の中腹を吹き飛ばして転がって来た岩に意識を取り戻したのか、一目散に逃げて行った。


 偽岩亀は姿勢が全く変わらないから、次にやって来た時には正体がばれてしまうのは自明である。


 今、ミケが開けたばかりの大穴の縁に杭を打ち込み、アラミド繊維を渡していく。これを骨組みとして支えにし、木の皮や枝を載せたあと、最後に土をかぶせれば、落とし穴の完成だ。


 集団で走ってきてくれるのなら半分くらいは落とせるかもしれないが、サル軍も馬鹿ではない。乗ると表面が揺れるし穴が開いたところを見ているのでおそらく落とし穴に気付かれてしまい、落とせてもいいところ2、3人というところだろう。


 たゆゆん。


 ミケさん、お兄ちゃんは今日もすっからかんなんですが、クチンの家に帰っても続きをやるんですね。

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