ひとぞくのたいぐん
今回、やや15R寄りのネタが多いです。苦手な方はご注意ください
人族と言われて確認に行った集団はどう見てもサルだった。
サル……というか、類人猿ぽい奴らが整然と行進するのを見るのは、サルの行動を見慣れていないためもあるかもしれないがかなり不気味である。
タマ姐さんに聞くと、逃げてくる時よりもさらに接近してきているという。サルの大群はどうもクチンの方に向かって移動しているようだ。
「今まではこう言う移動の仕方をすることはなかったんだが」
タマ姐が言う。
サルの中で何かが起こっているのかもしれない。
見た感じ知能を持って行動しているようにしか見えないのだが、集団で動いていることはわかるものの個々のサル個体からは感情を読み取ることができない。
一番まずいのは、会話が聞き取れないことである。
猫獣人とは普通に会話できているのに、聞こえてきたサル語? は全く理解できない。
そんなこんなで、彼らと友好的に対話できるビジョンが見えてこない。SFでも、同一の惑星にいる文明的なサルとヒトは戦うことになっているしな。
撤収後、距離を取ったところで野宿し、ほぼ1日かけてクチンに戻ってきた。集団で移動することを考えても、サルが全力で移動すれば約2日でクチンに到達できるところまで来ていることになる。
「ここに村があることは知らないだろうから、一直線に来ることはないだろうけどね」
「タマ姐さん、あとを付けられたりしてないですよね」
「フン、当たり前だろ」
まぁ、後を付ける理由もないだろう。
「それより、アンタが情報を漏らしたりしてないだろうね」
「なぜ、何のために、どうやって?」
酷えな、人をサルのスパイ扱いかよ。
だいたいタマ始め猫獣人には、あの連中と俺が同じに見えているのか。あんなのと一緒にされるのは心外だったので、いったいどうやって人族と猫獣人を区別しているのか聞いたところ、
「耳の位置ニャ」
という答えが返ってきた。
まぁ、言われてみれば我々も猫獣人を耳の位置で区別しているな。
「他に違いがあるニャ?」
実は、耳以外にも、人間と猫獣人に違いがあることを知ってしまった。
「あとな、(―ピー―)が違うぞ」
「そんなもの、いちいち見ないニャー」
真っ赤になったハナがかわいい。
とにかく、サルの大軍がクチンに接近する可能性と、その対策を考えておかなければならない。
サル軍がクチンに向かっているとすると、それほど時間はないのだ。
「クロ、とりあえず今晩泊めてくれ」
集められるデータは集めておこう。
「なんだ、サクラの家でのことは聞いているのか」
「うん、いっぱいかかっちゃったって」
「に、兄ちゃん、オレ初めてで……」
「心配するな、俺もこれは初めてだ」
「そうなの?」
「しっかり握るんだ」
「あっ、う、うん」
クロに、しっかり握らせ、その上から左手を添える。クロの尻尾が不安げに俺の足を叩く
「最初はゆっくり動かすんだ」
「こう?」
「そうだ、そして固くなり始めたら徐々に早く動かす」
「ハァハァ、こう?」
クロが激しく手を動かす
「よしっ、入れるぞっ」
「あっ」
いきなりで驚いたのか、クロが短く叫び声をあげる。ここからは俺が動かないとできないだろう。
入れたものを中でなじませるように往復させる。
「けっこう熱いんだね」
「そうか? 慣れだ、慣れ。むっ」
フライパンもどきを火から下ろし、できたツナオムレツを皿に載せる。
やはり味付けは自分でやるのが安全だ。サクラは一気に食卓塩をぶっかけていたみたいだからな。クロにまで話が伝わっているって、自分でも入れ過ぎた自覚はあったのか。
食後、マタタビタイムはこれからだ。
「兄ちゃぁん、えへへ」
「こらクロ、ちょっと離れろ」
「えー、嫌だぁ」
マタタビに影響されたクロは人懐っこいというか、ペタペタべたべたくっついて来るやつだった。
「ほれほれ」
「ふにゅう、ぐう」
頭、耳の後ろ、喉、背中など、そこらじゅうを搔いてやると気持ちよさそうにゴロゴロした。
魚肉ソーセージの朝食には飽きたので、起き出してから近くで採って来た柑橘類風の果実を齧っているとクロが起き出してきた。
室内ではいろいろまずいので村の広場に連れ出し、まずは魔法を撃ってみてもらった。
「ファイア」
やはりリミッター自体は外れているようで、詠唱無しの単語だけで発動したが、威力は普段と全く変わらない。
「よし、次はこの石を……そうだな、あの木に向かって投げてみてくれ」
そう言って、握りこぶしよりも少し小さめの石を渡し、家の無い方向に立っている高さ5mほどの細い木を指し示す。
「んー」
クロがぶんっ、と投げた石は示した木の天辺あたりの枝を掠めてへし折ると、200mくらい先まで飛んで行った。
「え、え、え?」
投げた本人も驚いている。
「よし、じゃあ次は今の木を思いっきりぶん殴ってみようか」
「えー、痛いから嫌だ」
「そうか、なら軽くでいいや」
クロでも木をぶち倒せるだろうと思ったのだが、クロがビビってしまって殴ろうとしない。しかたがないので軽く叩いてみてもらったのだが、
「~~ん゛~~~~」
ガシッといい音がして木全体が激しく揺れたまでは良かったが、クロが手を押さえて蹲っている。
「どうした、クロ」
「~~痛ェ」
聞いてみると、軽く叩いたつもりだったがものすごい速さで殴りに行ってしまったらしく、思いっきりぶつけた拳が痛いのだという。どうやら筋力はものすごく上がっているが、肉体自体に変化はなく、硬さとかが強化されているわけではないようだ
危なかった、もし言った通り思いっきり木を殴っていたら拳が砕けていたかも知れんな。
やはり、雄はマタタビで力にブーストがかかるようだ。だが、筋力のみで肉体は強化されないから、いくらブーストが掛かっているからと言って素手で殴るのは危険で、強力な武器を持たせるのが最も効果的だろうか。
だがまぁ、人数が随分違うからサル軍との戦いを視野に入れるのではなく、必要に応じてクチンからの移転、撤退もも考えておいた方が良いのだろう。
ブッチさんたちとそんなことを話していたら、ふと、とんでもないことに気付いてしまった。
クチンを占拠されるのではなく、敵対したサル軍が洞窟のある岩山を占拠してしまったらどうなるのか。
答 帰れない。
サル軍が移動している目的はわからない。もし、定住可能な地を探しているとしたら、そこそこ餌が多く、雨を凌げる洞窟を占拠することは十分に考えられる。ファンタジーではゴブリンが洞窟に住んでいるのはデフォルトではないか。同様に、一応の知能を持つらしいサルが洞窟を住居に定める可能性を否定することはできない。
「これはまずいことになった」
現在は秋休み中なので帰れなくとも当面は問題がないが、その後も帰れないと授業に出られず、単位が出ませんがな
こちらで生活して骨を埋めろと?
かわいい女の子が多いのはいいけど、マタタビの在庫には限りがあるのだ。
食糧も、マタタビを持っていない俺が相手をしてもらえるとは思えないし、ヤスデ喰ってる鼠を日常的に食うのは嫌である。
よし、サルの排除だ。俺は俄然、やる気になった。
「なんか、危ないから戦わない方が良いと仰ってた魔王様が、俄然やる気をお出しだ」
「殺る気まんまんだニャー」
当面、どんな方法で戦うことにするかな。
サルにラッキョウかタマネギを与えるとどんどん皮を剥いて行き、中身がないので怒りだして逃げていくと言うのを聞いたことがある。
サル軍の居留地近くで、作戦行動に移る。
「これこれこういう根っこの方が丸くて茎が空っぽで真っ直ぐな植物は見たことないか」
「昔の魔王様が持ち込んだという、人狼を絶滅させた毒草ですね」
「あぁ、それだと思う」
昔、トンネルを通ってきた先輩は人狼を絶滅させているのか。
あんなものを人狼にどうやって食わせたのだろう。猫獣人が絶滅して無くて良かった。
「あれは、川沿いに少し上流に行ったところにまとめて生えていたと思うニャ」
「そうか、ではそれをたくさん集めてくれ。そんな気にならないとは思うが、絶対に食うなよ」
「了解ニャッ」
タマネギが近くに自生しているらしかったので、ハナ達に採りに行ってもらった。
ノーラの人たちは集団になった人族の危険性を良くわかっているので既にダルエに向けて脱出済みである。クチン組は食糧や魔王の槍を持って来てくれる俺が来れなくなることに危機感を持ってくれたようで、サル軍の排除に積極的だ。
「ありましたっ」
午後には、100個近くのタマネギが集まった。運んでくれた者たちはみんなものすごく嫌そうな顔をしている。
「よし、人族軍の進行方向に撒いておくんだ」
集めたばかりのタマネギを、サル軍のこちら側、クチン方向に移動するとした場合の進行方向に置いてくる。最初は投げ捨てるように放り投げていたのだが、こちらが風下で潰れて臭いが漂ってきたので慌ててそっと置くようになった。
「どうだ」
「奴ら、拾っているようです。人族軍陣地に持って帰っています」
よしよし、混乱するのが目に見える。
そろそろ皮を剥いて混乱している頃か。
「どうだ」
「えーっと、毒草を普通に食っているようですが、これから人狼のように退却して行くのでしょうか?」
「おかしいな」
サルどもは、タマネギをガリガリと齧っているらしい。
「効果ありません」
「よしっ、こうなったらタマネギでなくてもいい。何か毒入りの餌を撒いておくぞ」
「毒なんて危険だから持ってないニャ」
まぁ、そうだ。普通使う予定のない毒なんて危険なだけだ。
「魔法で攻撃してみるか」
「魔法が届くところまで行ったら反撃されて危険ニャ。数は向こうの方がはるかに多いニャ」
サルが魔法で反撃? と思ったが、俺でも魔法を撃てるんだからそりゃそうか。
よし、皆来い、マタタビだ。
ブースト掛けてから魔法撃ちまくって雄を突撃させれば無敵だ。
「にゃううっ」
「……」
「うにゃあん」
「うみゅう」
「兄ちゃん……」
「ふにゃああ」
ううっ、みんな寄って来た。これ全部相手してたら体力が持たない。
「よ、よしっ、ミケ、その辺に10発ほど穴開けといてくれ」
ミケが言われた通り、そこらじゅうの地面にクレーターを作る。
クレーターを作っている最中、音の原因を探りに来たらしいサルに追いかけられた。周辺には猫獣人もいたのに、なぜか追い掛けられたのは俺だけで、サクラのファイアに驚いて戻って行ったが少し危なかった。ミケはその間に援護するわけでもなく淡々とクレーターを開け続けていた。
これで警戒して違う方向に移動してくれればいいんだが。
この隙に一旦帰ろう、戻った時に占拠されてたら目も当てられないから大急ぎだ。
「じゃあ俺は洞窟に向うから、皆はクチンに戻ってくれ。2日経っても俺が戻らなかったり、洞窟を占拠されてたりしたらダルエに撤収してくれ」
「「ん、お兄ちゃんも気を付けて」」
「相吾、サルはどうやったら退治できる」
「なんだ、秋休みにニホンザル退治のバイトでもするのか」
非常に遺憾ながら、自分だけでは限界だったので、作戦行動に関する助言を求めることにした。不本意ながら、助言を求める相手の心当たりが少ない。
俺は相吾に、サルの大軍がクチンに迫っていることを話した。
「そうか。サルに頭を咬まれたら死ぬぞ。武器がないとサルに抵抗するのは無理だ。実は個人では素手でサルに勝てる手段はない。ヒトは最弱の霊長目なんだ」
サルの犬歯はネコ科より鋭いらしい。サルの犬歯とか、それは反則じゃないのか。
「玉ねぎは効かないものなのか」
「ああ、サルは普通に食うぞ。ラッキョウの皮むき? そんなものは都市伝説だ」
「罠とかは」
「うむ、岩盤に開けた穴の中にナッツを入れ、ナッツを握った手が抜けなくなったサルを捕まえるという方法があるらしいが、岩盤に正しい大きさの穴を開けるのは大変だろう」
「ていうか、軍を組織するようなサルがそこまでバカかな」
「そういえば、どう考えてもお前のせいで追いかけられたとしか思えないんだが。奴らは白い服に興奮して追いかけて来やがったぞ」
「それなら猫獣人みたいに、こちらから色仕掛けで籠絡でもするか?」
「今のところ雄しか見てないが、その気はないな」
「一つ、指摘しておいていいかな」
「なんだ」
「サルが人族とまとめられているのは耳の位置に拠るんだそうだな」
「そうらしい」
ここで、相吾はデジカメの画像を表示させた。
「だとすると、猫獣人がこういう形態をしている世界で、耳の位置が人族だというのは、単なる萌っ子なのではないのか。そんな萌っ子に籠絡されない自信はどこから来るんだ」
確かに、雌猿の形態によっては危ないかも知れない。