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猫に小判

「では、少し出かけてきます。ノーラの皆さんには明日朝、多目に食糧持ってきますんで気が向いたらいて下さい」

「ふん、食料で懐柔しようっていうの? くれるって言うなら期待しないで待ってるわ」

「待ってて貰えるんですね、ありがとうございます。ところでライトなしで大丈夫ですか」


 言葉尻を捉えるようにして出迎えを確約させる。あと、いま周囲を照らしているライトの魔法は俺が点けたものなので、俺が潜ってしまうと真っ暗になるはずだ。


「フン、それくらい訳ない、ノーラを舐めるなよ」

「ならいいですが、それではまた明日」

「光よ集まりて……ライト……フギャーッ」


 俺がトンネルに潜ったあと、後ろで閃光が見え悲鳴が上がった。そりゃあ暗闇用に瞳孔が開き切ったところに閃光弾級の光を見たら悲鳴も上がるわな。


 トンネルの中では方向転換できないので、悲鳴など聞かなかったことにして資料庫に戻った。


「というわけでキャットフードは多目に貰っていくぞ」

「ああ、全部持って行っていい。誰も食わんからな」


「その、水が耳に入ったというのは興味深いな」

「なぜだ、いつもは上を向いて顔の前に水球を創り出してそのまま飲むところを、鼻の前から耳の方に流れただけだろ」

「そんな程度で耳の方に水が流れたら、野生動物は雨の中では前を向いて走れない」

「あぁなるほど、言われてみれば」

「ということは、水球のできる速さが予想を上回ったということだ。できた水の量だけではなく生成速度も大きくなっていたことになる。魔法の暴発は大きさだけではなく速さにも作用するわけだな」


 続いて、川沿いで見た鳥が食べない黒紫の実の画像を見せる。


「ところで、この実は食えると思うか」

「ん、どれどれ」


 そう言ってデジカメを覗き込んだ相吾は、例の邪悪としか表現しようのない笑いを浮かべ、


「うーん、食ってみるしかないんじゃないか」

 と言った。


「そうか食えないんだな」

「俺は食えないとは言ってないぞ、なぜそう思うんだ」

「あのな、今のお前の笑いは林間学校で海鮮鍋を作ろうと言って悪乗りした俺らがスベスベマンジュウガニを入れたのを見た時と同じ笑いなんだよ」

「あー、そんなこともあったな。良く覚えてるじゃないか」

「当たり前だ、たまたま毒のない個体だったから良かったが、食った後の茶碗を見た教師が真っ青になってたぞ。あのときは自分だけイシガニとカメノテ、フジツボを入れた見かけが不気味で安全な鍋を作りやがって。で、この実は何なんだ」

「同じ植物種が存在している保証はないから確定できないが、多分ウルシの実だな」

「食ったら?」

「食った量と体質に因るが、最悪喉が腫れて食い物と空気が喉を通らないだろう」

「空気が喉を通らなかったらダメだろっ」


 俺は相吾の首を締め上げた。殺人犯にはなりたくないので気管と頸動脈は押さえないでおいてやる。


「グェホッ、何を言う。未知の物はトライ&エラーで真実に近づいて行くのが自然科学者の務めだ」

「異世界なんだ、エラーが2、3回も続いたら死ぬわ」


 ワニモドキとか岩亀とかウルシとか。マタタビの影響下にあるミケの魔法を喰らっても危ないな。


「すごいな」

 ミケの画像である


「これもなかなかだな」

 タマの画像である


「で、こんな画像があるということはさぞやたくさんデータが集まったんだろうな。雄ではどうなった」

「いや、これから。というか、やっぱり雄のデータも取らなきゃダメか」

「いったいどこにヤラナイ理由があるんだ」

「いやほら、♂-♂は本来の組み合わせじゃない訳だし」

「ハ、本来の組み合わせだと? これだけの画像があると言うのに、4人のだれも妊娠しておらんのだろう」

「してないが、たまたま発情期でなかったとか、周期が合わなかったとか」

「連中の生態が猫と同じなら交尾排卵だぞ。交尾刺激で排卵しないのならそもそもマタタビに反応しないはずだ。子どもができるのならとっくに誰か妊娠している」

「いや、そんなこと言われても、異世界に子どもとか作るつもりないし」

「だよな、だがそれなら子どもができなくてもやるわけだから相手が雄でも問題ないはずだな」

「ムゥ。ま、まぁ雄雌2人同時にマタタビを与えて様子を見るという方法も……」

「何を考えているか知らないが、より形質の離れた個体を本能的に求めるという説があってだな。ま、工夫すれば同時に雄雌2人相手ができないこともなかろう」


 うにゃーん、アッー、という効果音が脳裡に浮かんだ。それは体が持たんわ。


 夕方、久しぶりに家に帰るとピンク(ポメラニアン、♂)に思いっきり吠えられた。


 それだけではなく、詩亜に、


「お兄ちゃん、なんかそこはかとなくネコ臭いよ」


 と言われてしまった。犬と違い、猫は特徴的な臭いはほとんどしないはずだが。


「そ、そうか。秋休みの調査でちょっと猫の多いところに行ってたからかな」

「えー、猫臭くなるのは嫌だけど、秋休みいいなー」

「だったらお前も鹿島大学来いよ」

 そう言ったところ、


「無理」

 一言で返された。


 さっさと風呂に入って寝るつもりが、猫臭いことを理由に親父の前、3番目に回された。理不尽だ。


 翌朝、台車を駆使して大量のキャットフードを資料倉庫に運んだ。トンネルを通る時に運べる量に制限があるだけで、トンネルを挟んで何往復しても構わない訳である。


 1回目、ポケットを満タンにしてトンネルを出るとタマ姐さんたちがいたので、背負子とポケットの中身を渡してすぐに資料庫に取って返す。


 5往復したところで資料庫のキャットフードをすべて運び終わった。戻った時に備えて台車はそのままにしておく。


「フン、朝に待ってるって言っちまったからね」


 なんだかんだ言いながら、俺が朝に大量の食糧を持ってくることは信用してくれていたらしい。待っててくれているのはタマ姐さんだけでも良かったはずだが、台車一杯のキャットフードは問題なくみんなの荷物として収まった。


 ぞろぞろと集団で歩いていたためか、タマ姐さんが振り廻す魔王の槍Ⅲに恐れをなしたのか、クチンまでの道には何も出なかった。良く見ると魔王の槍Ⅲに血が付いていたので、来るときにいろいろ仕留めたのかもしれない。獲物は既にクチンに戻っている訳だろう。


 さて、ノーラの皆さんはダルエに向かうことになっているらしいので、一応常温保管できるソーセージと真空パックささみをみんなに配る。


 俺はタダで貰っているものではあるが、それでもクチンの村に渡す予定だった分の食糧を無料でノーラの人たちにそのまま、というつもりはないのだが、どうしようか。


 クチンの人たちに対しては一応お礼の形にしているわけではあるが、今回マタタビ実験に参加してくれたのはタマ姐だけだし、かといって他の人を手ぶらで追っ払うのも気が引ける。


 いずれクチンに還元するとして、食糧の代金と言う形でお金をもらうことはできないだろうか。


「ノーラの皆さん、食糧代金としていくらかお金を払っていただくというのは可能ですか」

「へ、お金? お金ってなんですか」


 ノーラの一人、キジシロさんが呆然とつぶやく。え、お金とかないの?

うん、そりゃあノーラの生活の中では使わないだろうね。


「お金って何ニャ」

 とか言ってる奴もいるから、クチンにも存在しないのか。


「ハナ、クチンでは家の建築をするとか、家具をそろえるとかのときどうしてるんだ」

「えー、物が必要だったり、困っている人がいたらみんなで何とかするニャー」


 クチンの猫獣人たちは頼むと本当に何でも動いてくれる。もし怠けることを覚えてしまったら、何もしないでも生きていけるのではないだろうか。


「過去に、何もしないで生きて行こうとした奴はいないのか」

「食料の調達は自分でやるのが基本ニャ。お兄ちゃんが食糧を持って来てくれたから何もしないで食べてる人がいるように見えるだけニャ」


 そういうものか。確かに野生動物が最も多くのエネルギーを割くのは食事と生殖だな。


 どちらもしなかったらその個体と何もしないという生態の遺伝子は消えて行くな。


 単に必要ならそのまま協力して、物々交換すらしないのか。


 俺から食料を貰うのに、サクラ以外疑問に思わなかった理由が何となくわかる。サクラはチャトラの世話を通して、返せるものと返せないものの違いを何となく理解していたのだろう。


 それはともかく、金が無いのなら体で……払って貰うと体力的にきついから、価値のあるもので払って貰おうか。


 具体的には情報と素材かな。


 ノーラは移動先の情報の有無によって動きやすさが異なることを知っているはずだから、情報の価値を知っているだろう。10日に1回くらい、誰かがクチンの近くに来れば、状況を知らせてもらうというのでどうだろうか。


 1回こっきりの食糧で継続的な情報と言うのは虫が良すぎるかも知れないので、続けての情報の対価にマタタビをと思ったが、ノーラには人族に去勢されてしまった者も多く、その人たちはマタタビにほとんど興味を示さない。


 素材として、タマ姐さんのクチンの家を接収させてもらうことにした。


 これで拠点が手に入ったので、食糧を備蓄しておけば、情報を持って来てもらった時に渡すことができる。


 では早速、ベッドを搬入してもらうことにしよう。


「それじゃあ置くのはこの辺で。もうちょっと奥の方へ」

「魔王様、このあたりで宜しいでしょうか」

「ご苦労さん、運んでもらったから夕食を食べていくか」

「宜しいのですか」


 魚肉ソーセージと鶏ささみ、ツナ缶ばかりでは芸が無いのでめざしを用意してみた。かなりしょっぱいはずだがトラは


「うみゃみゃー」


 とか言いながら食べているのでそれなりに好評なようだ。猫耳連中は塩分に対して実に無頓着である。


 相吾が「猫はタウリンが多めに必要なんだぜ」と言いながらスルメを渡してきたのだが、俺の勘が食べさせてはいけないと言っているので今日の献立には入っていない。


 食後は不本意ながらマタタビタイムである。


「トラ、これを見てくれ。こいつをd」

「ウニャニャー」


 トラはセリフをすべて言い終わらないうちに反応した。両手で挟み込むようにマタタビを取りに来る。持った手を引っ叩かれてはかなわないので手をひっこめると、いよいよ必死でマタタビを引っ手繰ろうとする。


「さすが魔王様ニャ、まったりとしてしつこくなく実にいい香りでうにゅにゅ……にゅう」

「ちょっとおとなしくしろ、な」


 少々身の危険を感じたので首根っこを摑まえておとなしくさせる。


「どうした、トラ。もう少し前だ」

「ハアハア、ハイ魔王様、ハァハァ」

「しっかり立てておけよ」

「ハァハァ、魔王様、あまり硬くないので難しいです」

「これは、ここだな。ほらしっかり持て」

「魔王様、無理です。大きすぎます」


 マタタビ効果で言うことを聞くのをいいことに、トラをこき使って大きな棚を本棚として設置した。ウルシの実を食いそうになった反省から、ある程度の傾向だけでも知ろうと植物図鑑も持って来て並べた。ハードカバーの本ばかりではないので並べ難そうだったし、分類しやすいように並べようとしたら本の大きさが合わなかったりで少し苦労したが、なんとか拠点として使える程度には立派な文献庫になった。


 さすがに疲れたのか、トラは本棚設置後すぐに寝てしまった。()と抱き合って寝る趣味はないので、トラを抱えて部屋の間の扉を足で押し開け、トラを隣の部屋のベッドに転がしておいた。


 朝、起きだした俺が持って来たシリアルコーンに豆乳をぶっかけていると、隣の部屋でごそごそとトラが起き出した気配がした。


「魔王様、おはにゅうごじゃいま『バキョッ』すムニャ?」


 なにか破壊音がしたので音の方を見ると、部屋の境になっている扉の取っ手の所に手を添えて、扉全体を持っているトラがいた。つまりトラは、扉を破壊して片手で重そうな扉を持っているのである。


「「ななななな」」

 俺とトラの声が被った。


 重そうな扉を軽々と持っている(というかそもそも片手で破壊できるような扉ではない)ので、トラに昨夜の本棚を動かしてみてもらった。


 結果、片手でスルスルと動かしやがった。力半端ねぇ。


 しかし、トラの魔法の威力には全く変化がなかった。


 どうも、雄では力の強さにマタタビの効果が出るようだ。


 だが、最後に使った力が強化される可能性もある。クロでも試してみよう。




 ノーラの人たちがダルエに向かうので、午後はタマ姐に人族の大群を見た場所まで案内してもらった。


「ほら、あれだよ」


 ほう、「たいぐん」というから大群かと思っていたが、恰好はどう見ても大軍じゃないかっ。


 さらに接近して、表情がわかるほどの距離に……。


 あれが人族って、そりゃあ猫獣人から見れば人族なんだろうが、あれは。


「どう見てもサルじゃねえかっ」

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