トンネルを抜けると
「フシャーッ」
「ニャーッ」
「どうして人族が……大鼠しかいないはずなのに」
「……」
俺はどこかの洞窟で、猫耳少女および猫耳少年数人と対峙していた。洞窟の高さは屈まずに歩けるが、横幅は人がすれ違うのが少々困難な程度。彼らの後ろは行き止まりになっており、戻る道には俺が道をふさいでいる格好だ。彼らの周りには明るく光るボールが浮かんでおり、それが周囲の洞窟を照らしている。
彼らの身長は俺よりかなり低く、150cmくらい。それぞれが杖の様な棒か剣を持っている。
そして、全員が敵意をむき出しにしている。猫耳が付いている以外顔は人間と変わらず、尻尾もついているかも知れないが、今の所見る手段はない。
何か小声で話していたかと思うと、先頭に立っていた少年二人が姿勢を低くして突進してきた。
後ろにいた三人がそれに続く、と、最後の一人、剣を持った少女が思いっきり転んだ。
えっ、とそちらを見た隙に、残りの四人は俺の横をすり抜け、洞窟の中を走って行ってしまった。
「にゃううぅ」
転んだのは他の者を逃がすための作戦かと思ったが、眼に涙をためて睨みつつ後ずさる様子を見ると、どうやら素で転んだようだ。
「ニャーッ、置いてかないでーっ」
少女はみんながかけて行った方に向かって叫ぶが、返事は帰ってこない。
少しかわいそうになってきたが、俺も現在地がわからないので言葉が通じるらしい情報源を逃がしたくはない。見ていてかわいいし、それよりもここがどこか全くわからない状態なのだ。
だが、俺の視線に気づいたのか少女はよろよろと立ちあがり、剣を無茶苦茶に振り回し始めた。
「おわっと、危ねっ」
俺が一歩下がった時、少女の振り回した剣が洞窟の天井、要するに岩に当たり……根元からパキンと折れた。
「ニャ……」
少女は絶望的な表情で、折れた剣と俺を交互に見ている。おぉ、なんかいよいよかわいいな。これが萌えというやつかな。
次の瞬間、何を思ったか剣だったものを投げ捨てると、俺に向かってきてポカポカと素手で俺を叩き始めた。やられたことはないが、小学校4年生くらいの女の子に叩かれている程度のダメージではないかと思う。
「ニャッ」
「捕まえたっ」
無防備に叩いている少女を左腕で難なく捕まえる。少女は抵抗できないまま俺を見上げた。ふむ、タペータムが良くわかる。あ、尻尾あった。
「ウニャアア」
今度は逃げようともがき始めた。逃げられないように抱えたまま、首根っこを掴む。
「キュウ」
大人しくなった。
さて、いろいろ聞き出すとするか。
だいたい、俺はどうしてここにいるかわからない。さっきまでは大学の工学部棟の地下室にいたはずだ。念のため今日午後の動きを思い出してみよう。
俺が通う鹿島大学では、2年の前期(夏学期)に希望する学部学科を選ぶと言うシステムがあるのだが、各学科には定員があり、希望は成績が高い順に決定する。いずれは決まるはずだが、進学先が1回で決まらないと貴重な秋休みが潰れてしまうことになる。そのため、成績の低い学生は安全に一発で進学先が決めるため、人気のない学科を選ぶことが多い。
で、成績のパッとしない俺は人気薄のマテリアル工学とヒマラヤ哲学専攻のどちらにするか迷った結果、無事にマテリアル工学丙への進学を決め、研究室にあいさつをしておこうと思ったわけだ。
なに、進学先の選び方が変だって? いいんだよ、そういうシステムなんだから。
その結果、なぜか地下の資料室(=物置)の整理をすることになり、資料の山の奥に不審な穴を見つけたのだ。
最初はダストシュートかと思ったのだが、ドラム式の洗濯機についているような蓋を開けると、東大寺の柱の穴よりも少し大きめの穴がずっと奥に続いていた。
その、人が一人やっと通れるくらいしかない穴に、好奇心からむりやり潜りこんだら、洞窟の中に立っていたというわけだ。
地下室から洞窟に出たので、大学の地下だと思い歩いていたところ明かりが見え、近づいたら猫耳を生やした集団に遭遇した、と。
俺はさっき捕まえた猫耳少女を地面に座らせた。
「にゃっ、ハ、ハニャをどうするニャ、殺されてしまうのニャ? それとも生きたまま齧られていくニャ? もしかして裸にされてひどいことされるニャ?」
「そうか、そういう方法もあるか、てか、ニャアニャアうるさい」
「ニャァァアアアア……キュウ」
首根っこを掴んだら大人しくなった。ずっと持ってるのも大変なんだが。
まず、少女をよく観察する。猫耳はコスプレ用のカチューシャなどではなく、どう見ても頭から出ている本物だ。しかも、尻尾もゆっくり動いており、ズボンにくっつけてある飾りではなさそうだ。だとするとこの少女はファンタジーに出てくる獣人と呼ばれる種族で、ここは地球ではない可能性が高い。
「さていいか、おとなしく質問に答えたら状況によっては解放してやる。
まあ、場合によっては洞窟の出口まで一緒に行ってもらうことになるかもしれんが、解放はしよう。
逆らったり、逃げようとしたり、質問に応えなかったら……分かっているな。
分かったら、尻尾で2回地面を叩け」
自分で「分かっているな」とか言っているが、どうするかなんて決めていない、逆らってくれるなよ。そう思っていると、尻尾が恐る恐ると言う感じで力なく2回地面を叩いた。
おー、すげぇ、やっぱり自分で動かせる本物の尻尾だ。
「まず最初に、ここはどこだ」
「うぅ、クチンの村の近くの洞窟だニャ」
クチンか。残念ながらクチンと言う地名自体は聞き覚えがある。確かインドネシアかどこかあっちの方にあったはずだ。もっとも、それなら日本語が通じるはずはないんだが。
「そこには俺の様な人間はいるか。あ、ニャ禁止な」
萌えると言えば萌えるが、ニャアニャア言わなくても話せるだろう。
「いないニャ、村どころか国にも多分一人もいない……です」
睨むと、ちゃんと喋れた。
「それは、他の国にはいるということか」
「人族の国にはいっぱいいる、です」
「それなのにこの国にはいないのは何故だ」
「人族の国とは仲が悪いからやって来ないです」
「なぜ仲が悪い」
こんなにかわいいのに、この世界の人間は感覚が俺達と違うのか。
「人族の国に近づいたり、入り込んだりすると、捕まって奴隷にされてしまうから、です。
帰ってくる人もいるけど、子どもを作れなくされていて……そういう人が村には何人も……」
むぅ、それは、大学の近所でも猫に対して似たようなことをやっている気がする。
「次だ、ここに何をしに来た」
「えっと、村の周りで食べ物が取れなくなってきて、大鼠が良く出るこの洞窟に採りに来ました」
「ググゥ」
おっと、食べ物の話を聞いたら腹が鳴った。別にネズミを喰いたいと思ったわけじゃあないぞ、昼を喰って地下室に入ってから何も食っていないだけだ。
それにしても、仲間から取り残されて恐ろしいはずの人間相手に1対1で詰問されているというのに、しっかり受け答えできるとは見かけによらずしっかりした奴なのかも知れん。
「ハナたちは普段どんなものを食べているんだ?」
「ニャッ、どうしてハニャの名前を知ってるニャ?」
訂正、やっぱバカだ。さっき自分で言ったの忘れてやがる。口調も戻ってるし。
「ハナ、俺はできたらひどいことはしたくないんだ」
ハナの両肩にポンと手を置いてやる。
「ニャニャッ……あうぅ、ごめんなさい。お、お肉とか、魚とか、木の実を食べてます」
ほう、自分が何をミスしたのか理解できてるな。やっぱりしっかりしている?
木の実か、完全に肉食と言うわけではないんだな。
「この洞窟の地図を持っているか」
「えっと、クロかサクラが持ってるのでわたしは持っていません。でも、道はだいたい分かります」
クロとサクラと言うのは、さっき逃げて行った4人の中の2人だろう。
考えてみれば地図があっても中では周りが見えない。
「そのフワフワ浮いているボールを貸してくれ。というか、その灯りはなんだ」
ふわふわと周りに浮かんでいる光のボールを指差す。
「これはライトの魔法だニャ、我々はこれくらいだけど、人族ならもっと明るくできるはずですよ」
少女はなに当たり前のことを聞くんだとばかりの様子で首を傾げる。ほう、魔法があるんだな。
「これは、持って行く方法はあるのか」
「あの、これは術者について行きますから、持って行けないと思います」
ということは、この少女を帰してしまったら暗闇の中を移動しなければならないということだな。いろいろこちら側も見てみたいし、懐中電灯と武器になりそうなものを持って出直すか。
「そうか……、ありがとう。では、灯りが欲しいので俺が来たところまで一緒に来てくれ。その後は約束通り解放しよう」
そう言って俺が立ち上がると、少女も立ち上がろうとしたようだ。しかし、よろめいて壁に手を付いている。歩き始めたが、ヒョコヒョコと足を引きずって歩きにくそうだ。さっき転んだ時に足を痛めたのだろうか。
「なあ、その大鼠ってどれくらいの大きさなんだ」
「これくらいですが?」
少女が両手を広げて見せる。中型犬くらいありそうだ。
武器もなく、足を痛めた状態で遭遇すると、結構危険なのではないだろうか。
「ハナ、その足で出口に向かうのは危険だから、出口まで一緒に行ってやろう。ほら、おぶされ」
そう言ってしゃがんでやる。質問してさんざん怖い目に合わせたんだ。それくらいしてやってもいいだろう。
「ニャ……」
またも固まったハナが、慌てたように
「だ、大丈夫ですっ、ひとりで行けます……フニャッ」
走り出そうとして、またも前のめりに転んだ。
「無理するな、大鼠が出たらどうすんだ」
「うぅ」
ハナは転んだまま呻いている。俺は手を持って引き起こし、しゃがんでハナに背負われるように促した。ハナは渋々と言う感じで背中に乗って来た。
「じゃあ、道案内を頼むぞ」
「ここを右です……真っ直ぐ」
ハナの誘導によって、洞窟を進んで行く。洞窟は次第に広くなり、3人くらい並んで歩ける程度になった。かなり奥の方にいたらしい。と、向こうに光る点が2つ並んでいるのが見えた。
何者かの眼のようだが、眼の位置的にハナの仲間ではなさそうである。ハナも気付いたのか、ギュッとしがみつく。そいつは逃げることもなく、灯りの届く範囲に入って来た。でかいネズミだ。
確かに中型犬くらいある。
「ジャーッ」
ネズミはこちらを見て逃げるどころか、跳びかかって来た。
「てえいっ」
避けると同時に、ネズミの腹に蹴りをくれてやる。ボクッといい感じに蹴りが入った。
さすがに不利を悟ったか、ネズミは這いずるように逃げて行こうとする。そこを、尻尾を持って仰向けに半回転させながら、ネズミを振りかぶって頭を壁の出っ張った所に叩きつける。ゴスッといい音がした。このネズミの麻酔方法は生命科学実験でやったばかりだ。大きさはだいぶ違うが。
「ハナ、ナイフはあるか」
「は、はい」
おずおずと差し出すナイフを受け取り、頸動脈を切って血抜きをする。ネズミ解剖の基本だな。
幸いその後はネズミに遭遇することもなく、洞窟の入り口に出た。久しぶりの広い空間に、思わず深呼吸をする。うん、空気の感じは変わらないようだ。時刻もそれほど差がないらしく、洞窟の外ももうだいぶ暗くなっている。
洞窟の先はずっと荒野が続いている感じで隠れられそうなところはない。
ということは、先に逃げた連中はどこに行ったのだ。どう見てもそのあたりにいないじゃん。俺はハナをそっと下ろしてやった。
「なんだ、先に逃げた連中はどこに行った」
「もう暗くなると危ないから、先に帰ったんだと思う」
「薄情だな、ハナが残っていることを知っているのに」
「だって、待ってた方が危ないもの。生きていくって言うのはそういうこと。弱いのが悪いの」
「そうか……」
危険認識と集団行動のメリットを考えると、そういう結論になるのだろうか。ま、猫は群れないもんだしな。
「気を」
歩き出そうとしたハナに「気を付けて帰れよ」とネズミを渡そうとしたら、足を押さえて蹲っていた。だいぶひどく痛めているらしい。
「ハナ、クチンまではどれくらいかかる?」
「洞窟の中を歩いた長さの2倍くらいです」
そうすると、だいたい1時間くらいか。
「だったらついでだ、クチンまで行ってやろう。どうせたいまつ用の木を探さなけりゃならんからな。で、どっちに行けばいいんだ」
ハナは今度は素直に負ぶさって来た。背中の上でクチンの方角を指差す。
歩きながら、このあたりにいる危険な動物や毒のある植物、村の様子などについて話をした。
途中、いくつか段差があってハナを背負ったまま越えるのに苦労したが、肉食獣とかには遭遇することもなく、クチンの入り口に着いた。着いてみると、村と言っても家が20軒くらい建っているだけの集落である。
「ほら、持ってけ」
ハナを下ろし、そう言ってネズミを渡そうとした。
「えっ、お兄ちゃんが捕った鼠でしょ、要らないの?」
「俺はネズミを喰う習慣はない。灯りに使うから脂だけくれないか。明るくなるまではこの辺で休ませてもらうから」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
ハナはパアッと明るい表情になり、ネズミを抱えて足を引きずりながら集落に向かって行った。