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第八話:配達員

               

「“これからも母をお願いします”……っと! ああ疲れたぁ」


 セシリアのゴミ箱の中には、丸めた便箋がたくさん入っていた。あの完ぺき主義な医者、アレックス宛の手紙。

 丁寧に書かなくてはと思うばかり、手に力が入りすぎて書き損じてばかりいた。


「これで封をしてっと」


 最後の最後まで気は抜けない。ビシッとまっすぐにして封筒をとじた。


「完璧! 配達員の人に渡さなきゃ」


 時計を見ればちょうど午後の集配時間。タイミングばっちりね、とセシリアは手紙を持って扉を開けた。



 だが開けた途端セシリアは叫び声を上げそうになった。今まさに探そうとしていた配達員が俯くように佇んでいたのである。


(え、何? 真昼間から”出た”のかと思ったわ!)


 十字をきりかけた手をそっと下ろす。


「こんにちは……セシリア様」と蚊の鳴くような声。

「私、城内で配達員をしております、ロゼと申します」

 

 ペコリと頭を下げると、お下げが垂直になる。

 

「は、はあ」

 

(ずっとここで待ってたのかしら……)


 ロゼは周囲を見わたすと、さっと部屋の中へ入ってきた。


「お手紙……私に渡しているところを見られないでください」と分厚い丸めがねの向こうが揺らめく。

「どうして?」


 突然何を言い出すのかと首をひねった。ロゼは郵便バッグのヒモをギュっと握る。


「実はあなたの手紙……全部捨てさせられているんです。ここを出る前に」

「え?」


 セシリアは驚きに眼を見開いた。

 メイドのドリーの手紙をふと思い出した。確か“お暇ができたら、ぜひ連絡くださいね”と文末にそえられていた。

 もう何通も出したはずなのにと不思議に思っていたのだ。


(ああ、そういうことですか)


 セシリアは鼻から大きく息を吐いた。


(私が王へ出す手紙を止めれば、向こうもこなくなると思ったのね? 生憎陛下になんて一通も書いてないわよ!)


 女同士の争いは姑息だと聞いていたけれど、ここまでとはと呆れる。文句があるなら正面からかかってくればいいのに。


「ごめんなさい! 悪いことだってわかってたのに……私、ここの人たちに命令されたんです! 便箋や封筒も渡すなって! 私は嫌だったのに……ごめんなさい!」


 今にも泣き出しそうに、ロゼは頭を下げた。


「いいのよ、あなたは悪くないんだから! そいつらはいつかまとめてとっちめてやるわ」


 と握りこぶしを作る。それを見たロゼは儚げに笑った。


「セシリア様が羨ましいです」

「私が? どうして?」


 こんな落ちぶれ貴族の自分が羨ましいなどとは、不思議なことを言うものだとセシリアは思った。


「強くて、優しくて。そして何よりあんなにお美しい方に愛されてらっしゃって」

「お美しい方……」


 陛下のこと? とセシリアは嫌な顔をする。

 あの人は自分を愛しているのではなく、遊んでいるだけ。

 夜な夜な部屋に来ては、一人だけ楽しんで帰るような性悪王の一体どこがいいのだろうと思った。こちらはストレスがたまる一方なのだから。


 もうじきハゲるのではないかと案じていた。いや、むしろハゲて嫌われたい。


「そ、そう? よかったら代わってあげましょうか」


 セシリアもむしろ代わってもらいたいとつくづく思う。だがロゼは意外な反応を見せた。


「そんな……いいんですか?」


 頬を赤らめ、めがねの奥の瞳をきらめかせる。予想外だった。確かに代わってもらいたいのはやまやまだが、それが現実的なことかと言われればさしものセシリアもNOと言う。


 それをこの自分と年の変わらない少女は、言葉通りに受け取ったのだ。

 てっきり“何をおっしゃってるんですか”的な返答があると思ったのに。


(えっと……どうすれば?)と戸惑った。


「セシリア様! 陛下が私を愛するように仕向けてくださいませんか! 身分が低くても後宮には入れます。王妃にはなれなくとも、愛妾(あいしょう)くらいになら……」

「ま、待ってロゼ。それは本当の本気で言ってるの?」


 ロゼはそれにあからさまに肩を落とした。


「無理……ですよね。私ブスだし。陛下もね、一度も挨拶を返してくれたことがないんです。私は毎日してるのに。陛下もブサイクは眼中にないんですよね」

「そ、そうじゃなくって!」

「いいんです。自分がどれだけブスかって分かってますから。根暗だし。失礼します」

「ちょっと待った!」


(そんなこと言われてそのまま帰せるわけないじゃない!)


 ロゼの腕を掴んで引き止める。


「ロゼ、こっちへどうぞ」


 彼女を化粧台の前へ連れて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さ、できた」


 セシリアの手で着飾られたロゼは、別人のような変貌を遂げていた。

 お下げだった髪は後れ毛が可愛らしいハーフアップにされ、花のようなクリップがワンポイントになっている。

 ファンデーションもつけていなかった顔にはほんのりとチークや口紅が施され、少し大人びた表情になっていた。


「わあセシリア様、お上手ですね」

「美容師さん雇うお金がないから、自分でやるしかなくて」


 と少し自嘲気味に笑う。


「ロゼのめがねはダテだったのね」


 化粧台に置かれためがね。今は完全に不要の産物と化していた。


「はい。めがねをかけていたほうが何だか安心して」


 めがねを取った彼女の目はキラキラと輝きを放っていた。それにセシリアも喜びを覚える。


「ほら、キレイだわ、ロゼ! ブスなんて思い込みよ」


 飾り立てられたロゼは、信じられないと言いたげに自分の顔をさわった。


「そうだったみたいです。ああ私、きっとここの誰よりもキレイだわ! かわいい……」


 と鏡に映る自分自身に見とれる。


(見かけによらず、とんでもないナルシストね……)


 確かに可愛くなったが、自分で自分をそう言ったりするものだろうかとセシリアは思った。

 来たときとは比べ物にならないくらいの明るい表情を向ける。


「あの、またお化粧してもらえませんか。あ、このマニキュア可愛い! ください!」

「え……ああ、ど、どうぞ」

「セシリア様よりきっと私の方が似合うわ……ふふ」


 ロゼはピンク色のマニキュアを手に、また恍惚とした表情で鏡を見つめた。だがハッとしたように時計を見る。


「あ、ごめんなさい。もう行かなきゃ! ありがとう」

「はあ、気をつけて……」


 すっかり敬語も忘れてしまったらしい。


(自信がついたのなら、良かった……のよね?)


 心にモヤモヤとしたものを感じながら、セシリアはそういえば肝心の手紙を渡すのを忘れていたことを思い出してため息をついた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「配達員だと?」


 深夜。クライドにいやいや腕枕をされながら、セシリアは彼女の話を切り出した。本当はベッドに入る前に話したかったのだが、クライドが先にさせろと拒んでこうなった。

 疲れもあって眠くてしかたがない。だがロゼが王に挨拶を無視されるのだと聞いて、とても気になっていた。


「そんな者に興味はない。知らん」とぶっきらぼうに答える。


 どうやら挨拶されていることにも気づいていなかったらしい。

 やっぱりと思いつつ、配達員に「おはよう」などとさわやかに挨拶を返す彼の姿はちょっと想像がつかなかった。


「でも彼女が毎日のように手紙を届けてくれるんですから、知らないことはないでしょう?」

「ああいう制服組はどれも同じ顔に見える。そなたのように特徴的なら覚えやすいんだが」


 セシリアは寝ぼけながらも怒りはしっかりと覚えた。


「それは一体どういう意味ですかね」と歯を全てかみ締めながら抗議する。


「とにかく、陛下! 挨拶されたら返すぐらいなさったらどうですか。人となりを疑われますよ、ただでさえ性格が悪いの……」


 ハッとして口を塞いでももう遅い。


「ほう、余のことをそんなふうに思っているのか」


 声のトーンが落ち、セシリアはしまったと思った。クライドはわざとらしくため息をつく。


「セシリア……気を遣って今日はここまでにしておいてやろうと思っていたが、まだまだ元気そうじゃないか」

「え……い、いえいえとんでもありません」


 クライドはゆっくりと体を浮かせ、逃げようとするセシリアの上にまたがる。どこからか出してきたヒモをチラチラと楽しそうに見せつけられ、血の気が引いた。


「へ、陛下すごくステキー! 今日は一段と髪型が決まってますね! もう、すばらしい!」


 そんなごまかしが聞くはずもなく、クライドはセシリアにまたがりながらアゴを持ち上げて黒い笑みを浮かべる。


「泣いて詫びるがいい」


 まるで死刑宣告のようなそれに、セシリアは体を凍りつかせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 コンコンとノックされ、セシリアはあくびをかみ殺しながら扉を開けた。


「こんにちは! セシリア様!」


 それに眠気が吹き飛ぶ。またロゼの姿があった。昨日セシリアが施してやった通りの化粧と髪型。それに半ば強引に持って帰ったマニキュアも。


「今日陛下が初めて挨拶をしてくださったの! オシャレをしたかいがあったわ、嬉しい……っ」

「よかったわね。まあ、男性はみんな可愛い子が好きだから」


 セシリアも、まさかあの腹黒王が自分の言うことを素直に聞くとは思わずに驚いた。けれどロゼが自分のおめかしのおかげと思うなら、それに水を差す必要もない。


「ああ、きっと陛下もそのうち私を後宮へお入れになるわ! そのときはよろしく!」

「ま、まあそれは正直どうかと……」

 

 だがもはやロゼの耳には何も届いていない。扉口からセシリアの部屋を眺め、パッと顔を輝かせた。

 セシリアが止めるのも聞かず、勝手に部屋に入って香水のビンを手に取る。


「これ可愛いですね! もらってもいいですか」

「ち、ちょっとロ――」

「じゃ、失礼しまーす」


 まるでそれが当然のごとく部屋を出て行く。

 もしかして自分は、とんでもない人間と関わってしまったのではないか。

 さすがのセシリアも少々呆然としながら、扉の向こうに消えたロゼの背中を見つめていた。


あとがき

 イライラッ……な少女(笑)

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