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第六話:ようこそ後宮へ

「『ということで、セシリア様ご安心くださいませ。ドリーより』か」


 セシリアは届いた手紙を見てホッと息を吐いた。

 手紙によると貴族出身の経験豊富で有能な医者らしい。外国で最先端医療を学んで帰ってきたばかりらしく、さっそく治療に取り掛かってくれていると書かれてあった。


「腕のいいお医者様がついてくださるなんて、こればっかりはあの腹黒陛下に感謝しなきゃ」


 いつもいつも。ベッドの上でも外でも、屈辱とも取れる発言をされたりさせられたりで苛立ちはつのるばかりだったが、久々にいい知らせだ。


「でもお医者様のことと結婚は別問題だわ。お礼なら別の形でいくらでもできるし」


 それにしても、とセシリアは眉間にしわを寄せた。

 手紙の末には“お暇ができたら、ぜひ連絡くださいね”と仲のよかったメイドの丁寧な文字でしたためられている。


(オカシイわね。もう何通か書いたのに)


 ここへ来てからというもの、何をしていいやら分からない。確かに後宮の大きな図書館は書物が充実

しているし、楽器の間やらおしゃべりの広間やら、美しい庭やらがあることは知っている。


 だがそんなものはいくらあっても、セシリアの暇は潰せないのだ。

 山がそばにあることだし、いっそのこと裸足でロッククライミングにでも興じてみたいのだが、あいにくそこへ行くには腹黒陛下の許可がいる。


 この間、自身の黒歴史にランクインしたワックス事件を思い出して身震いした。弱みを自ら見せるようなマネなどできるはずはない。

 許可など求めようものなら今度は『ならば余の前で着ているものを一枚ずつ脱げ。ゆっくりとな。全部だ』などとストリップ紛いのことでもさせられる可能性が、図書館の入り口にある超巨大地球儀よりも大きいのだから。セシリアをはずかしめることに関しては、もはや一流の男だった。


(あれはろくな育ち方をしてないわね)


 自分の性格はさておき、セシリアは上から目線でやれやれとため息をついた。


 今一番の暇つぶしは、母親や懐かしい家の者たちに手紙を書くこと。残った使用人一人ひとりに手紙を書きながら、思い出に浸って一人ニヤケていた。


 ガラッと机の引き出しを開けたが、中には何も入っていない。そういえば元々あった便箋と封筒が切れていたのだと思い出す。これでは手紙が書けない。

 ふとそばの置時計をみると、まもなく午後の二時をさすところであった。


「あ、ちょうどよかった。もうすぐ配達員の人が来る頃だわ。今度は売り切れてないわよね」


 配達員は午前と午後の二回に分けてやってくる。

 今朝便箋と封筒をもらおうとしたとき、もう無くなってしまったと言われてガックリした。


(でもまあ、急ぎの用事じゃないことだし)と気にせず廊下に出て、午後の配達をしているであろう配達員を探した。



 後宮は頻繁に手紙のやり取りが行われていた。親元を離れた娘たちがセシリアのようにホームシックになって……ということではない。

 そのあて先のほとんど全てが、この城に住まう若く美しき王、クライドへ向けられたものだった。


 彼が後宮にやってきた女性の元へ初日から顔を出すなど、セシリアが来る前でたった一度たりともなかった。

 それどころか何日何週間何ヶ月、彼の姿を見るのがやっとという者までいる。


 クライドとて健全な若い男であったし、この国の宗教は結婚前の男女の行為を禁じているわけでもなかったから、当然後宮へ足を運ぶことは運んでいる。


 問題はクライドにとって彼女らが、あくまで六百分の一でしかないということだった。

 顔や名前を覚えてもらい、さらに愛してもらわなければ、たとえクライドがご丁寧に一日一人の部屋へ順番に赴こうと、約二年に一度しか部屋には来てはもらえない。


 何とか頻繁に来てもらおう、という苦肉の策が手紙だった。他の後宮の女性たちは、月に何十通もの手紙を書くが、実際のところクライドはそれらをすぐに不要書類の中へ放り込むので役に立っていない。


 しかも紙が比較的高価なものだったこの時代。

 他のゴミと同じように捨てて燃やすということなどせず、回収してまた紙にというリサイクルがされていたものだから、クライドに読まれなかった手紙たちが、新しい便箋となってまた愛の言葉を書かれては捨てられて……と何とも不毛な循環を延々と繰り返していた。


「すみません、お手紙を書きたいのですが」


 そんなことは知らないセシリアは、ちょうど配達途中だった配達員に元気よく声をかけた。

 緑色の制服に身を包み、赤い郵便マークの入った黒いバッグをななめにかけている。国の紋章が入ったワインレッドの腕章をつけ、それが国に認められた一流配達員の証らしかった。


 これがなければ城内で手紙を配ることができないらしいが、一体何がどうすれば一流配達員なのかセシリアには分からなかった。


(ポストに入れる動作が速いのかしら)


 まるで足の速いカニを思い浮かべ、セシリアは一人で笑いそうになるのを必死に堪えた。


「便箋と封筒をいただけませんか」


 声をかけられた配達員は、まるでイタズラが見つかった子供のような、気まずそうな顔をした。


「あ……実は切らしていて」

「え?」


(また?)


 配達員はまだ少女だった。お下げにまん丸な分厚いめがねをかけ、いつもどこかオドオドしていた。


「いつになったら手に入るの?」


 彼女はじっと俯き、「あ」だの「う」だの、言葉にならない声を発するだけで、セシリアの問いに答えようとはしない。


(どうしたのかしら、一体)


 トイレにでも行きたいのかしらと、セシリアは要らぬ心配をしていた。


「ねえ、配達員さん。便箋と封筒くださらない?」


 別の後宮の女たち数人がぞろぞろ集まってきて、セシリアと同じようにそう話しかける。セシリアが挨拶を交わそうとしたが、彼女らはまるでセシリアが見えていないかのように目も合わせようとしない。


(まあ気取っちゃって)


 彼女らは皆、有名な貴族の娘たちだった。ある者は大臣の娘であったし、ある者は外国の王族とつながりがある娘。

 着ているドレスも身につけている宝石もセシリアとは随分とは違った。貧乏貴族とは口を利かない主義なんだろうとセシリアは歯噛みする。


「あ……はい、どうぞ……」


 さっき無いといった配達員の彼女が、その同じ口でそう返事し、さらには目の前で黒いバッグからさまざまな種類の便箋と封筒を取り出して見せた。

 セシリアはその光景に唖然とする。


「そうね。じゃ、このピンク色のやつにしようかしら」

「やだ、それ私が狙ってたのに」

「早い者勝ちよ」


 セシリアを輪からはみ出そうと尻で押し出し、わいわいと便箋選びが始められる。


(これは……わざとね!?)


 そう直感したが、セシリアはそこで“ああ、みんなヒドいわ”などと泣いて帰るようなタマではない。


「ねえ」


 少々低めの声に皆動きを止め、一斉にセシリアを振り返った。


「あら、何かしら? 没落貴族のアディソンさん?」


 それに嘲笑が巻き起こる。

 セシリアは臆せず、一歩あゆみよった。


「私も手紙を出したいの」

「おあいにくさま。もうすっかり無くなっちゃったわ」


 彼女らはクスクスと笑いながら、各々便箋を手にあっという間に立ち去っていく。


「お手洗いの紙にでもお書きになったら?」


 すれ違いざまにボソリとそう言われ、セシリアは両手の拳を握りしめた。


(何あれ! 感じ悪いっ!)


 だがセシリアがすぐさま薄い笑みを口元に浮かべる。いい暇つぶしを発見したときの笑いだった。

 ちょうど生ぬるいこの後宮生活に飽き飽きしていた頃。これぐらいの刺激がなければやっていけない。陛下の次はあなたたちよ、といわんばかりにどす黒い笑みを浮かべていた。


「あの……ごめんなさい!」

「え?」

 

 配達員の少女は、ぎゅっとバッグの肩紐を握りしめ、そう言って一目散に廊下を走っていった。


「ねえ、ちょっと!」


 声をかけても彼女は立ち止まらず、セシリアは首を傾げながらその後姿を見つめていた。


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